第16話 地方都市と雪 前編
『身の安全が確認されました。これより月夜見 冷夏に戻ります。返り血の処理は既に加速・光発動時、清潔化を使用し、完了しています。付近の港を検索…1件該当します。地方都市パルマードの領地内と特定。都市近くから徒歩での移動に切り替えます。』
俺が目覚めたのはとある森の中だった。
だが、それは加速・光でその森を移動している最中だった。
薄暗くひんやりした空気がビシビシと当たり、体温は下がり続けてる。
探知を発動させると、近くに都市がある事が判明した。
加速・光から加速・波に切り替える。
波は術者や指定したものを指定した海が波打つスピードで動かすものだ。
先程よりもゆっくりとしたスピードで移動しているため、怪しまれる事はあまりないだろう。
暫くすると木々が消え、だだっ広い原っぱの中に一本道が通っているところに出た。
減速を使い、速度を落としながら、一本道へと歩みを進めた。
多分この道を歩いて都市へと向かうのだろう。
遠くに歩く人影が見える。
流石に都市というだけあって、この位置からでも城壁に囲まれているのが見て取れる。
城壁があるのなら、当然入り口となる場所には兵士がいる。
身分証の類は一切なく、記憶…思い出の部分は皆無に近いほど思い出せていない。
つまり、状況から見れば身寄りのない身分証もない不審な少年…となってしまうわけだ。
このままでは港どころか、都市にさえ入る事ができない。
「行くしかない…か。」
焦りだした思考回路を無理矢理断ち切り、都市へと続く一本道を歩き出した。
着の身着のままに脱出してきたため、服はボロボロ、靴や靴下は身につけておらずという、如何にも訳ありですよ感満載の格好で果たして向かっていいのだろうか?
そんな不安をよそに足は動き続ける。
リュックの中身も確認したが、入っていた服には…何故か血が付着し、カピカピに乾き、変色していたため、着ようにも着れなかった。
清潔化を使うにしても、1週間以上経過した汚れは落とせないようになっているため、半年も眠っていたらしい俺の服はお役御免で、ゴミ箱行きなわけだ。
そうこうしているうちに城壁がはっきりと捉えられる距離にまで迫っていた。
仕方なくそのままの格好で行くことにし、髪を括り直し、堂々とした態度で歩く。
「君、身分証見せてくれないかな?」
城壁前で若い兵士に止められた。
背は高く、年は20歳前後だろうか。
「身分証はない。」
「じゃあ、親御さんは?」
…察することもできないのか?
「身寄りがないんだ。」
「そ、そうか…」
焦るなら聞くなよ。
「身分証無しでは入れないのだろうか。つい最近まで世から離れて生活していたんだ。この辺りのことも知らないし。」
「俺一人では判断出来ないんだ。少し待っててもらえるか?」
最初から上司呼ぶなりすれば良かったのに。
「はい。」
…5分ほどで上司らしき兵士が現れた。
「えっと、君が身分証無しの子かな?」
見た目で判断したのか、かなり小さい子に向けて使う喋り方になっていた。
「ええ、まあ。ちなみに身分証はすぐに発行できるのか?」
発行できるなら、さっさとしてほしいものだ。
「身分証は街の中のギルドで作れるんだが…ちなみに君年は幾つかい?」
「…8歳だ。」
そういうと兵士2人は目を見開いた。
なんだよ、その反応。
低くて悪かったな…
「じゃあ、俺についてきてくれ。兵士付きなら何とか入れるんだ。」
それならそうと言ってくれませんかね。
上司の兵士は俺の手を取り、歩き出した。
城壁の向こうには中世ヨーロッパ風の賑わいある街が広がっていた。
沢山の人が行き交う中を、上司の兵士はスタスタと歩いていく。
周りの目が少し痛い気がするのは、気のせいだろうか。
少しして急に上司の兵士が足を止めた。
長さの違う足に追いつくために、かなりの速いペースで走ったからなのか、呼吸が安定しない。
「ここがこの町で一番大きな冒険者ギルドだ。他にもギルドはあるが、身分証無しで入れるのはこの建物だけなんだ。悪く思わないでくれ。」
「あ、はい。」
いや、別にどこでもいいし。
カランカランカラン
扉を開けると、そこには酒場と受付所がくっ付いたようなつくりのものが広がっていた。
昼間から酒の匂いが漂い、活気に満ちた様子だったが、ベルが鳴ると同時にシンと静まり返った。
みんなして此方を見ている…というか凝視している。
「こんにちは。兵士さんが同行しているという事は、身分証の発行ですね。少々お待ちください。」
受付嬢は戸惑いもせず、きっちり営業スマイルで仕事をしていた。
「…えっと、まずこの紙に必要事項を記入して下さい。代筆はいりますか?」
「自分で書けます。」
紙には名前、年齢、出身地、職業、特技などを書く欄があり、さらさらっと済ませた。
「はい、では次にこの水晶に手を置いてください。」
出てきたのは人の頭ぐらいの大きさの透明な球体だった。
手を置くと、水晶が眩いほどの光とともに赤、青、黄など様々な色が混じり合い、終いには虹色+黒といった色合いになった。
中々離していいと言われなかったため、暫くそのままにしていると、パリンという音と共に水晶が砕け散ってしまった。
沈黙が流れて暫く経った頃、震えた声で離していいですよ…って言われた。
それとほぼ同時に受付嬢が耐えきれないとばかりに叫んだ。
「あ、あなた一体何者ですか⁉︎全属性、魔力量は測定不能⁉︎聞いたことありませんよ!ただの8歳の少年がそんな…!」
戸惑いをあからさまに浮かべた受付嬢はワナワナと震え出した。
「おい、ロゼ!デカイ声出してどうしたんだ?」
奥から誰か出てきた。
受付嬢にはそれが鶴の一声だったのだろう。
ほっとした表情に戻った。
「……!…割れてる、水晶が?」
奥から出てきたのは白髪混じりの黒髪をしたおじさんだった。
…なんか、面倒なことになってる気がする。
そう思った時にはもう遅く、受付嬢がさっきの事をそのおじさんに伝えていた。
「…何だと⁉︎これをこの少年が、だと?」
あの、ちゃっかり指ささないでもらえますかね…
「お主、名は?」
「月夜見 冷夏だ。というか、人に名を聞くときは自分から名乗るものでは?」
空気がピンと張り詰めた。
「…ごもっともだな。ワシはこのギルドのギルドマスターをしておるサルバトだ。しかし、月夜見家のものがなぜこのようなところに?」
……は?
月夜見家?…それってそんな名家なの?
「…何を聞いているのか、さっぱりだ。あ、一つ言っておくが、俺の素性は俺自身分からないんだ。」
「…つまり、記憶がないと?」
察しがいいな。
「まあ、そんなところだ。…それより早く身分証を発行してくれ。この町にはあまり長居しない予定なんだ。」
「そうか……ロゼ!手続きをさっさと済ませい!」
「は、はい!」
バタバタしつつも、手続きは進んだ。
「ではこのカードの上に血を一滴垂らし、『ステータスオープン』と言っていただければ、そのカードに文字が浮かび上がります。それが確認でき次第、手続きは終了します。」
言われた手順で行うと、文字が本当に浮かび上がり、そこにはさっき記入した事と、ランクが表示された。
「浮かび上がった文字の中にランクというものが表示されていますね?ランクはSからFの7段階に設定されており、依頼をこなしたり、経験値やレベルを上げるうちにランクが上がり、ランクによって、受けられる依頼や入れる場所が決まっています。今回、冷夏さんは先程の魔力計測の結果、Dランクからのスタートになります。Cランクからは昇格試験があるので、お忘れなく。何か質問はありますか?」
「ない。では俺はこれで。」
「いえ、あのちょっと!」
慌てふためく受付嬢をよそに俺は足早にギルドを後にした。
ギルドから出た俺は街をぶらぶらしつつ、港を探すことにした。
周りからの視線が集中しているのは、もしかして俺の服装の事だろうか?
それとも…この髪色なのか?
服装はまあ…見た感じみんなマトモな格好をしてるし、その中にボロい服着た幼子がいれば当然目立つが…
それに、視線が痛いというよりかは人が避けてるって感じだ。
髪色は皆が茶髪や黒髪、中にはいかにも染めた様な色の髪もあるが、天然物の金髪…しかも純粋な金色の中にオレンジ色の髪が数束混じっているような人は一人もいない。
それに避けてる者の中には『天使様がいらっしゃった!』なんて呟きながら、崇めてくる老人までいた。
はあ…面倒い。
そんな思考に至ると同時期に、潮の香りを微かながらに感じた。
『海』とやらが近いのだろう。
『海』は塩水らしいからな。
潮の香りがしてもおかしくはない。
念のため、近くにいた若い男に港の場所を聞いたところ、その香りのする方にあると指差し、教えてくれた。
礼を言い、その場を離れると、その男の周りに人が集まり、何やら騒ぎ始めた。
これ見よがしに、軽めに本気を出し、港まで走った。
潮の香りが強烈になってきた時、港に到着した。
大小様々な船が出入りを繰り返し、入ってきた船からは大きな木箱が運び出されたり、魚などが下されたりしており、町の通り以上に騒がしかった。
リュックの中を確認したが、金銭の類いは一切なく、中に入っていたのは数日分の水、食料、それとポーション、魔力回復薬、アイテムポーチが一つずつという具合だった。
アイテムポーチは所有者の魔力を流し込まなければ開けることさえ出来ない魔法使い専用のもので、中には魔物の討伐部位や肉、毛皮といったものや、魔力草などのものが大量に入っており、暫くは何とかなりそうだった。
だが、先程ギルドで…やらかしたり、町の方でもかなり注目を集めていたため、この町には長居するのはあまり良くない。
そこで目をつけたのが、貨物船だ。
実際見てみると、船の中に運び込まれる際に厳重な検査はなく、精々品物を入れた木箱の数を数える程度で隙を見て潜り込める確率は非常に高い。
俺がこの町に来た目的…それは貨物船に忍び込み、適当な島で降りる…タダ乗りをするためだ。
しかし、真昼間に堂々と行くのはあれだ。
実行は深夜でいいだろう。
問題はその貨物船がどれくらいの間移動するか、だ。
忍び込む…ということは飲食などは全て自分自身でする羽目になる。
例えば今の状態のまま、一ヶ月間船が移動し続けたとしよう。
数日分の食料しかなく、回復薬が一つしかない状態で、海賊や海の魔物に襲われた時、何時まで持つか分からない…そんな状態ではとてもじゃないが、生き延びるのは難しい。
今から深夜まではそんな事態に備えて、必要なものをギルド以外で魔物の肉や魔力草を売り渡して得たお金で買い、間の時間を潰すことになった。
適当な飲食店や露店、薬屋に入り、回り続けた結果、保存状態の良さなどからアイテムポーチ内の4分の1ほどを売ることに成功した。
得たお金は20万円ぐらいになり、予想以上の買取合計金額だった。
そのお金をアイテムポーチにしまい、まず向かったのは古着屋だった。
暫く歩くうちに見つけた古着屋は、ナチュラルな雰囲気でところ狭しと置かれた古着はどれもセンスがいい。
入ってきた俺に気づいたのか、奥から若い女が現れた。
「いらっしゃい。あら、今日のお客さんは随分可愛らしいわね。何を買いに来たのかい?」
気さくさに甘んじて、この街を訪れてからの要望を提示した。
「人混みであまり目立たない服を適当に見繕ってくれ。出来るだけ安めにしてくれると有難い。」
「へぇ。見た目に似合わず大人びた喋り方すんだね。あんまり目立たない服…ちょっと待ってな。」
意外そうに目を細めたかと思うと、店内をグルグルと回り始めた。
どうやら思い当たるものがあるらしく、既に3着ほど上下セットで選ばれていた。
少しして戻ってきた女の手には5着ほど上下セットで握られていた。
「こんな感じでどうだい?気に入ったやつがあれば遠慮なく言ってくれ。何なら試着でもするかい?」
「じゃあ、その黒いやつとグレーと白のやつ、それに水色と黒のやつで。試着は面倒だからいい。それと、ここは靴や靴下は置いてるか?流石にこの時期に素足は辛くてな。あれば適当なのを靴下は三足、靴は一足もらえるか?」
視線を足元に向け、悲しそうに顔を顰めた後、何かを察したように黙ってスタスタと店内を回り、要求通りのものを揃えてくれた。
「ありがとう。合計でいくらだ?」
「…2500円だよ。それとこれはサービス。買った服着て行きな。風邪ひくよ。」
そう言って渡してきたのは、茶色いダッフルコートとマフラー、手袋だった。
サービスにしては明らかに過剰な事を指摘しようとしたが、あまりにも優しげに見つめる女を目にし、それを止めた。
「悪いな。何から何まですまない。試着室借りるぞ。」
「どうぞ。それにこれは子供が気にすることじゃないさ。あくまでサービスだからな。」
水色のセーターに黒のパンツを履き、グレーの靴下と黒のスニーカーで足元を固め、サービスで貰った茶色いダッフルコートに身を包む。同じくサービスで貰った赤紫のマフラーと手袋で防寒も完璧だ。
店の入り口まで見送ってくれた女に礼を言い、再び町の中へと向かうのだった。
その後、必要な水や食料、ポーション、魔力回復薬などを買い、全て終わった時には朱に染まった空が辺り一帯を覆い尽くしていた。
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