第14話 氷涙の殺人者の誕生 前編
外へと繋がる扉は探知を放った後に浮かぶ、敵の位置が表示される地図を見る限り、5つのようだ。
とりあえず、扉へ近い順に向かうか。
加速・風から加速・光に切り替え、文字通り光の速さで移動を再開した。
一番近くの扉につく直前に減速をかけ、直撃を避けながら、ゆっくりと止まった。
減速は術者自身や術者が指定した者の動くスピードを下げる魔法だ。
加速と対になり得る魔法なのだが、減速には加速のように種類がないため、単体で使うには些か不便なのが、玉に瑕と言ったところだろうか。
魔物の動きを遅くして捕らえやすくしたり、割れ物を落としたときに、落ちる速度を落としてキャッチしたりなど、案外地味に生活の役には立っているんだが。
扉はかなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除でも開ける事は叶わなかった。
解除はトラップや鍵、拘束具などを解除できる魔法なのだが、これには術者自身の技術力が必要で、特殊な構造のものとなればそれだけ高い技術力がいる事になる。
だが、俺には特殊なものは多少解除出来ても、完全に解除する事はできない。
技術力を、常人に毛が生えた程度しか持っていないからだ。
そんな諸々の事情によって、俺はこの扉からの脱出を断念する羽目になった。
再度加速・光をかけ、移動を再開した。
次の扉までは少し距離があり、移動しているうちに敵と鉢合わせした。
…とはいえ、こちらは光の速さで移動中だ。
鉢合わせというより、ぶつかる直前に引き抜いた愛刀によって、斬られた事にも気がつかずに絶命したため、蹴散らしたの方が正しいかもしれない。
1分程度で2つ目の扉に到着し、衝突する直前に減速をかけ、ゆったり止まった。
しかし、この扉も1つ目と同じく、かなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除で開ける事は出来なかった。
「はあ…」
2つ目でも開かない扉に、早くも諦めを覚えていた。
…まあ、そう上手くもいかないか。
そんな考えに切り替え、光に飽きを感じ始めた俺は、加速・音をかけ、移動を再開した。
割と近かった3つ目の扉までは、光に速さで劣るものの、それでも十分速いため、僅か10秒で着いた。
減速を忘れずにかけ、緩やかに止まった。
まさかの、この扉も今まで同様、かなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除で開かなかった。
開かない事に対する苛立ちが募る中、加速・音をかけ、移動を再開した。
4つ目の扉までは割と離れていたのだが、さっさと移動してしまうためか、敵の反応が遠く、戦闘は皆無だった。
到着直前、減速をかけ、ゆるりと停止した。
悲しい事に、この扉もさっきまでのと同様、かなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除で開かなかった。
ここまでくると、イジメなんじゃないかと思うのは、気のせいだろうか?
何故か溢れそうになる涙を拭い、再び加速・音をかけ、移動する。
5つ目の扉は少し複雑な道のりで、到着までに3分かかり、割と時間を要した。
これで開かなければ、俺には脱出手段がなくなった事になる。
それは性欲処理に当てられるという名の死に繋がる。
そんな考えがよぎる中、減速をかけ、地を踏みしめるように静かに力強く止まった。
解除をかけ、様子を見る。
1分経過…
2分経過…
3分経過…
「って、反応なしかよ⁉︎」
あまりのショックさに変に声が裏返った。
駄目押しに扉を押してみた。
ガチャ
…は?
待て、今ガチャっていったか。
ガチャって。
えっ、扉ってそんなあっさり開くものだった訳?
そんな混乱した頭でも、身体は欲には抗えないらしく、扉の向こうへと歩き出していたのだった。
敵の反応が迫っている事に気づかないまま。
扉から出て少しした頃、やっと冷静になって来た頭で辺りを見回し、状況把握に努める事にした。
さっき出てきた扉は既に見えなくなって…というかこの扉の向こう側が真っ暗闇だったため、扉から離れてしまった今では、見えるはずもなかった。
仕方なく、夜目を発動させ、さっさと地上に出る事にした。
敵を相手取るにしても、夜目で見た限り、狭い一本道の通路はあまり戦闘向きじゃないからだ。
夜目は夜行性動物が持つ夜目になれる魔法で、隠密活動や暗殺、夜間の魔物との戦闘によく用いられる便利なものだ。
だが、この魔法には弱点があり、この魔法をかけたまま明るい場所や太陽のもとに向かうと、頭痛と目眩しを伴ってしまうというものだ。
使う時間帯が限られてしまうのも、また問題点と言えるだろう。
そんな魔法を発動しながら、並行して探知トラックをかけ、敵の位置と共に地図を確認しながら、進み続けること約10分。
地上へ出るための階段が出たところで、歩みを止めた。
念のため、夜目を解除し、代わりに灯を球体状で2つ両サイドに浮かべ、視界を確保し、再び歩き始めた。
灯は術者が指定した形、数、位置で明かりを灯す魔法で、ちょっとしたことでも使えるほど、消費魔力が少ないため、非常に日常的で使用頻度がとても高いことで、有名だ。
灯に照らされながら、階段を上るうちに思ったのだが、地上から見て気がつかないほど、高度な魔法が使われているということは、それだけ地上への出口にも、それ相応の構造の鍵がいるのではないだろうか、と。
で、今俺は鍵を持っていない。
…誰かがうっかり閉め忘れでもしてない限り、俺が脱出する事は不可能ではないだろうか。
それに、探知で見ても、誰1人として追ってきていないのは、不自然だ。
まさか、罠に嵌められた⁉︎
いや、しかしなら何故今まで対峙してきた奴らは、その事を話題に挙げなかった?
普通、何かしらヒントとなる発言ぐらい漏らしそうなものだが…
洗脳状態にさせられてたとしても、敵の目の前で、あんな呑気に会話することはできないはずだ。
洗脳状態になれば、かけられた人間の意志は意味をなくす。
自ら、考え、喋ることなど不可能なのだ。
…じゃあ、一体この胸に渦巻く嫌な感じは何なんだ?
それに闘えば闘うほどに、自分が自分ではいられなくなっていく…そんな気がする。
ああ、もう分からない。
…なる様になれだ。
俺は思考放棄し、無駄に長い階段を駆け上がる。
どれくらい上っていただろうか?
急に天井が低くなり、終いにはゴンッという音とともに、激痛が走り、天井にぶつかってしまった。
「痛ッ………ここが外への出口か。」
灯を細長い棒状にし、広い範囲を照らす。
見えたのは、シンプルかつ頑丈そうな開閉式の鋼の板だった。
取っ手もついていたが、鍵がないと開かない作りになっていたため、開けてからじゃないと意味をなさないだろう。
…しかし、この鋼の板についている鍵がない。
ダメ元で、解放を発動させてみる。
…ピーッ、ガチャ
電子音の後、暫く、沈黙の時が流れた。
「………は?ガチャって…まさか開いたのか?こんな簡単に?…ありえないだろ。」
試しに鋼の板を押し上げてみる。
かなりの力がいるが、何とか板を押し上げれた。
バーン!
凄い音で板が開き、それと同時に眩しいどころか、よく分からない感情を覚えるほどの光が降り注ぐ。
暖かい陽だまりの中にいる感覚は、不思議でポワポワと浮いているかの様だった。
そんな状態から何とか脱し、半年ぶりぐらいに外に出た。
嗅いだ森の木々や草花の香りは、落ち着きを与えてくれる。
とりあえず、板を閉め、敵に備え、ダッシュでその場を後にした。
…潜んでいた複数の気配に気づかないまま。