第11話 残酷な現実と逃走 後編
しかし、歩き始めたのはいいが…
流石に人目の多い場所で叩きのめすのは後々の生活に響く。
先生も言ってた。
『状況判断を誤らなければ、大体のやつが上手く生きれるものだ。』って。
何処かにヒントは無いものだろうか?
そんな考えのもと、荷物を漁ろうとした時、不意にあるものが目にとまった。
それは妹が持ってきた紙…というか地図だ。
試しに中を見てみると、そこには、ここら一帯の地図の他に、店の情報や観光スポットなども書かれていた。
これらの情報の中には、街の危険スポットというのがあり、案外裏路地の一角など、ここから割と近い場所も中には含まれていた。
「これは使える。」
思わず声に出すほど、その情報の利便性には感嘆の意を覚えた。
再度地図で場所を確認し、俺は港近くのある場所へと歩を進める事にした。
まあ、強いて言うなら、そこは危険スポットの1つだという事ぐらいだろうか。
10分程度でその場所に着いた俺が見たのは、いかにも、出そうな雰囲気が漂う廃墟群だった。
ここは港の外れと街の間で、他よりも潮風が強く吹き付けるため、建物を建ててもすぐにダメになる場所として、地元の人からも見捨てられた地区だ。
建物は、いつ崩れてもおかしくは無いほど脆く、迂闊に近づけば、下敷きになりかねない。
まあ、そんな部分があるから、危険スポットに入れられ、立ち入り禁止の黄色いテープが貼られてるんだろう。
そんな分析をしつつ、黄色いテープを破かないように、テープの間をすり抜け、中に侵入した。
幸い警報システムの類はなく、周囲に人がいなかったため、咎められる心配は無い。
さらにラッキーな事に、敵も違う場所からだが、侵入してくれたようだ。
魔力線を貼っといて正解だな。
魔力線というのは読んだ字の如く、魔力を線状にする魔法の事で、魔力を鍛え、魔力量を増やすにはうってつけの方法だ。
この魔法は無属性で多少魔力を持っていれば、子どもでもできるお手軽な初級魔法として有名でもある。
しかしこの魔法にはハイリスクハイリターンな点が多々ある。
利点をあげるとしたら、魔力を線状にしたあと、自由に張り巡らせたり、器用な者は球状にしたり、線自体を太くして、上に乗れるようにするといったところだろう。
だが、同時に魔力が視える者には、魔力で出来ている線をトラップとして張り巡らせたとしても、あっさりと対処されてしまうという弱点があるのだ。
そのため、魔物などとの実戦や暗殺、防犯などの場面で使われることはなく、訓練用として使う者が大半だ。
だが、極限まで細くした線は幾ら視える者であっても中々対処する事は出来なくなる。
それを利用して、俺は敵が気づかない細さの線で、黄色いテープ周辺に張り巡らせた。
敵探知用のレーダー代わりに。
それがプチリと切れたのだ。しかも人間でしかその線が切れないような設定にしたものが、だ。
これで違っていたら、精神的ショックになりそうだ。
そんな不安が苦笑いになって、表に出る頃に敵は近くに現れた。
気配が殆どなく、姿も透明化を使われているのか、全く認識出来ない。
そんな状態でなぜ分かったのかって?
答えは簡単。
固有魔法の探知で居場所を見たから、だ。
探知とは、術者が指定した範囲全てで指定した条件に当てはまる者全てを探知し、地図の画像の上に点として浮かぶようになっている魔法で、簡単に言えば、他人の位置がわかるGPSみたいなものだ。
ちなみにその地図は脳内に映し出されるため、他人に見られる可能性が限りなく低いのも特徴としてあげられる。
まあ、俺も俺で透明化と気配消去してるし、念の為常時、自動結界が張られるように設定したんだ。
ちなみに透明化は敵や指定した条件に当てはまる者全てから、術者自身を見えなくする魔法で、言って見れば透明人間になるという事だ。
気配消去は透明化と術の対象までは一緒だが、術者自身の気配を指定した数値分だけ消去する魔法で、暗殺や忍術会得ではとても重宝されるものだ。
自動結界は透明化や気配消去と術の対象までは一緒だが、術者に危害が加えられそうになった場合、術者が指定した範囲内に自動的に結界が張られる魔法で、回数指定や発動のタイミング、効果の限度など、細かい部分まで指定出来るのが、これの強みだ。
まあ、こんな感じの魔法を使ってまで闘わなくてはならないのは、正直言って、一々相手するのは面倒だ。
だが、それぞれに事情があり、それのために敵対するのだ。
真剣に相手するのが道理であろう。それならば、仕方あるまい。
そう言った考えのもと、俺は見えぬが場所が分かる敵を迎え撃つのだ。
はあ…敵には、廃墟群の中で腰に下げた刀を抜くこともせず、ただぼんやりとしているようにしか見えなかったのだろうか?
唐突に発動した自動結界が攻撃を弾き、必然的に展開された結界にかなりの衝撃波が走った。
同心円状の水紋を描くようにして広がった衝撃波の向こうには、透明化の解けた1人の男が吹っ飛ばされ、うつ伏せで倒れていた。
「うっ、くぅ……はっ!な、な、何故透明化が解けているんだ⁉︎」
…そりゃ動揺するよな。
吹っ飛ばされた時の表情からして、自分の透明化に相当な自信があったみたいだし。
あの当たる直前に一瞬だけ見えた自信満々な表情が、驚愕に塗り替えられた瞬間、何かが芽生えそうな気がしたぐらい、無様だった。
それだけは言える。
ちなみに透明化が解けたのは、単純に自動結界で、敵の魔法無効化を指定したからだ。
他にも色々とやっているため、並大抵の者では破れない。
「透明化に自信持つ暇あるなら、ちょっとぐらい頭捻ったら?結界無かったら、今頃ただの肉片になってたんだぜ。ちょっとは危機感持てよ、クソジジイ。」
侮蔑するような目線と殺気を一瞬向け、俺は舞斬華を引き抜いた。
鮮血を彷彿とさせる刀身に男は、ヒッと短く悲鳴を上げていた。
まあ、こんな切れ味いい奴で肉薄されたら、無事では済まないしな。
その時だった。
パリンッ
甲高い音が響き渡り、キラキラと水色のガラスの破片のようなものが辺り一面に飛散した。
降り注ぐ破片と共に背後に現れたのは、意外なようで意外でない人物だった。
「やあ、久しぶりだね〜弟くん?いや…被験体No.13・ハヨイ レイカ。まさか意識が完全分裂して切り替え式になってるだなんてね。ちょっと油断してたよ。昔の方が人形みたいで扱いやすかったのにな。」
その人物とは…五星島騎士団第5部隊兵士長の花宮 祐だった。
悪魔よりももっと黒々しい笑みを浮かべ、まるでおちょくりに来たようなテンションで話しかけてきた。
その手には黒い魔力を纏った持ち手の殆どが刃物のヌンチャクが握られている。
…黒い魔力は悪魔…今は魔族という総称があるが、その悪魔特有の魔力で種族特性の1つだ。
所謂、その種族である事の証明になる力というのが種族特性の大まかな意味合いである。
細かい点は種族によって認識が違うため、簡単に意味を纏めると、どうしても上記のようになるのだ。
しかし、この悪魔はこちらに少なからず動揺を与える情報を平気な顔して、吹き込んできた。
油断ならない。
そんな意識を芽生えさせる登場に身構えたまま、鋭く睨む。
「何故、悪魔が騎士団のそれも平民から見れば高い地位のある兵士長なんてしてるんだ?よく魔族だとバレなかったものだな。」
軽く冗談を言うように吹っかけ、隙を窺う。
「潜入調査だ。魔王様が騎士団活動ぶりを見て、是非真似したいと仰ったんだ。まあ、それと同時期に頼まれた依頼と並行してやった方が効率良かったから、とでも言っとくか。」
…割とまともな答えが返ってきた。
何だこいつ。腹黒い癖に、案外真面目なのか?
「そうか。では最後に聞くが、何故俺を狙う?その理由ぐらい聞かせてもらわないと、納得いかない。」
「というか、お前は根本的に勘違いしている。それに狙ってるんじゃない。保護しに来ただけだ。下手に街にでも出られたら困るからな、お互いに。」
は?何を言っているんだ…この男は。
俺が勘違いしてるだと?何処から何処までを?
狙うという言葉の何処をどう弄れば、保護に変更されるんだ?
こいつの頭はカッスカスなのか?
保護なら何故こんなやり方にした?
兄や妹まで巻き込んどいて、今更なんだ?
頭に浮かぶハテナマークの数だけ、沸々と怒りはわくばかりだ。
「誰が悲しくて、生活縛られる羽目になるものか!俺は自由に生きるんだ。何もかも、1人で十分だ。誰かに世話されるような義理など無いさ。」
「あっ、そうかよ。ま、精々自分の運命に抗うんだな。まあ、俺は一応ある施設の職員もしてるんだ。顔は聞く方だ。何なら住むとこだって用ー」
「要らぬ世話だ。」
バッサリと切り捨て、舞斬華片手に半身で低く構えた。
切り捨てた後、すぐに悪魔も構えた。
悪魔の構え方は独特で強いて言うならば、獲物を狙うチーターのようなしなやかで低めの姿勢。
おまけに割とイケメン。
はあ…なんかちょっとムカつく。
素早く背後に回り込み、足の腱を肉薄しようとした瞬間、偶々空いていた脇腹に思いっきり回し蹴りを食らわせてきた。
慌てて空中で受け身を取るものの、鳥のように翼の無い俺は留まることも出来ずに、一直線に石材の山の方へと吹っ飛ばされた。
「ガハッ…!」
肋骨の内、2本ぐらいに深いヒビが入り、衝撃で内臓の一部が破損したのか、口から血が吐き出された。
ヒビのせいで、起き上がるのも辛いほどの激痛が、ちょっと動くだけで、身体中を駆け巡る。
「まあ、生きてれば人間どうにかなるんだし…多少戦闘不能にしても問題無いだろう。」
…いや、勝手に判断されても困るし。
ま、少し休めばすぐ治るさ。
だってもう今の時間だけで、内臓は全回復、ヒビも浅くなっている。
俺は生まれた時から、この自己急速回復が異常に強く、そして全回復までの時間が通常の人の100分の1ぐらいで済むほど早いという…変わった体質だったのだ。
実質的に…即死でもしない限り、不死ってことになる。
そんな訳で悪魔を暫く睨み、無言の威圧を与える事にした。
あと1,2分程度引き延ばせれば、全回復だ。
「ああ、そう言えば、君すぐ回復しちゃう体質だったな。」
…何で体質の事知ってる?
はあ…全て調査済みっていうことか。
「これ使うか。」
「えっ?」
舞斬華を拾い上げる間も無いまま、光束で縛り上げられ、武器や荷物は全て取り上げられてしまった。
おまけにさっき変な瓶詰めの液体を無理やり飲まされらた後から、視界が段々とボヤけていき、最後には何か強い力が首裏に打ち入れられ、俺は意識を失った。
暗く暗く、深い闇へと吸い込まれていく感覚と共に。