第10話 残酷な現実と逃走 中編
妹を先導に俺たちは街を走る。
「地図で見て知ったんだけど、この街はアクアリーフって名前で私達が住んでいたところから、森や山を挟んで南に行った位置にあるんだってさ。」
「つまり、あの祠からここら辺に転移させられたってことか?」
「多分…でも、そんな長距離を転移する魔法なんてないはずよ。精々視界に入る範囲に移動する魔法があるぐらいじゃないかしら?」
「固有魔法もしくは転移魔法を極めるかすれば出来なくはない。」
「さらっと答えるだなんて…流石と言ったところね。」
ちなみに今の会話全て、全速力で走りながらやってるのだが、様々な訓練を積んだせいか、息切れ1つなく、平気な顔してる。
この港町アクアリーフはきっちりと敷き詰められた石畳と海風や山風に強い作りの建物が立ち並ぶ、洒落てるようで何処か親しみやすさを感じる…そんな印象があるところだった。
売り買いの声や世間話、たわいも無い話がこの街に賑やかさを足している。
そんな様子を風越しに聞き、流れる景色を捉え、ちゃっかり楽しんだ。
2人も少し大変そうだったが、目や耳が慣れたのか楽しんでいた。
本当は一度街で『買い物』とやらをやってみたかったのだが、今回はその後の人生がかかっているため、のんびりする暇は無かった。
10分程度で港に着いた。
建物の間を縫うようにして通らなければなかったため、全速力で走ってもそれぐらいの時間がかかってしまった。
山とは違う環境に身体がついていかないのだ。
初めての街は想像以上に疲れ、暫くは行かなくてもいい気がした。
「……着いたわね。で、兄様どこ行きのフェリーに乗れば、本部へ行けるの?」
身体の不自由さをどうしたものかと考え始めた頃、妹が兄に話を振った。
「…?……ああ、フェリーか。えっと、確か今本部は西へ30キロ行った所の街にあるって言ってたから…」
2人とも目や耳が慣れたとはいえ、全速力で走りながらだったのだ。
止まった時と通常時との差で、感覚器官が多少麻痺していても、可笑しく無いスピードで、だ。
こんなふうに会話を始めるのに、タイムラグが生じても仕方あるまい。
「西へ30キロね?分かったわ。ちょっと聞いてくるから待ってね。」
そう言って、スタスタと乗船受付に向かってしまった。
しかし、こんなにしっかりしているのに、まだ6歳とは…世の中は広いものだ。
「ちょ、向日葵⁉︎…はあ、何だかもう…兄としての必要性を感じなくなってきたよ…」
がっくりと肩を落とす、尻に敷かれた男もいるみたいだが…見なかったことにしておこう。
あまりモチベーションを下げ過ぎると、後で使い物にならなくなるからな。
5分程で話を切り上げたのか、妹が戻ってきた。
その手には封筒程度の大きさに折り畳まれた紙が3つほど握られていた。
「聞いてきたわよ。えっと…さっきの街…通称魔術道具の住み家、ランベルへ行くには、まず6番乗り場からメリル港行きのフェリーに乗って、次にそのメリル港近くの駅で馬車に乗り換えるの。それでランベルに到着よ。本部の細かい場所は街の人に聞いた方がいいみたいね。」
魔術道具の住み家、か。
資料なんかで聞いたことはあったが…案外遠いんだな。
こりゃ…付いてかなくて正解かも。
兄でさえ、面倒くさそうな顔したからな。
多分馬車捕まえるのに手間取りそうだからだろう。
もう時期、『夏祭り』や『夏の収穫祭』の準備期間に入る。
馬車が荷物運びや職人派遣に優先的に使われる様になれば、地方から来たものにはあまり数が回らなくなる。
そうなれば、簡単に馬車など捕まるはずも無い。
「次のフェリーの出航は何時だ?」
これだけは確認しなくてはならない。
命の安全と自由を手に入れる為には。
「えっと…確か午後4時35分だったはずです。それがどうかしたんですか?」
眉間に皺を寄せ、訝しげな目線を向けてきた。
「いや、一応時間確認をしておかないと、次のどの時間のフェリーに、乗ればいいのか分からないからな。不安の芽は早めに摘み取るに越したことは無い。」
それらしい理由で返すと、パッと表情を変え、申し訳無さそうに、だが納得がいったような顔をした。
「ああ!そうでしたね。すいません、気が利かなくて。」
「いや、気にしなくていい。」
さらっと、態度の変わりようの滑稽さを受け流し、素っ気なく返す。
あまり揚げ足を取って、話を長引かせたく無いのだ。
こう言うしっかりした奴は、案外疑り深い部分がある為、油断して隙でも見せれば、足元を掬われかねない。
それを警戒するのは問題無いはず。
「そう言えば、そもそも何で騎士団はその街に留まったままなんだろうな。」
「えっ、兄様連絡取ったんでしょ?何で知らないのよ。てっきり知ってると思ってたから、私が居ない間に、葉宵さんに説明してるものだと思ったじゃない!」
怒気と困惑が混じり合った声は、兄に鋭く突き刺さった。
「す、すまない。何か本部の方が騒がしかったみたいだったから、必要最低限の事しか話せなかったんだ。」
かなりの声にブレがあったため、精々聞くの忘れてた
程度の事を誤魔化しただけだろう。
「まあ、相手の都合無視してかけたんだから、仕方ないわ。でも、確かに私もその点では引っかかってたの。だから聞いといたわ。」
何故街に留まっているのがいけないのか?
答えは簡単だ。
本来騎士団本部は拠点を一箇所に置いていないからだ。つまり、地方を転々としているのだ。
普通は一箇所留まりそうなものだが、騎士団的には、敵に本部を叩かれるリスクが減り、おまけに地方を見回れる為、緊急な案件でも速やかに対処しやすいとの事だ。
まあ、そんな訳で今回の様に移らず、一箇所に留まっているのは、住民や団員にとっては異常事態って訳。
「どうやらその街の周りで最近妙な事が起きてるらしくて、調査の為に騎士団が長期滞在してるみたいよ。本部は偶々その時期にそこに置かれていたから、そのまま残ってるだけって話よ。」
「妙な事って?」
…明らかに年の差のある兄が妹に質問する構図は中々痛々しい気がするのは、俺だけだろうか?
「それがね…何度聞いても、知らないの一点張りで、それ以上の事は聞けなかったわ。多分騎士団が箝口令辺りでもしいてるんでしょうけど。」
聞けなかった事に苛立ってるのかは知らないが、怒ったような声で兄の質問に答えていた。
「それぐらい大きな事が起きたってことか。しかし、それなら何故、俺を呼ばなかったんだろうか?」
「それもそうね。ああ、そういえば今の、兄様にしては、珍しく的を得ていたわね。」
なんか段々と妹の兄の扱いが酷くなってるのは、気のせいだろうか?
いや、でも…確かにそれは言えてるかもしれない。
普通、大きな事件や事故が起きれば、副団長の兄が招集されてもおかしくはない。
「非番…というか兄が長期休暇をとっていたとかは?」
「それなら、通達程度は来るはずだろう。」
「そうね…」
う〜ん…と3人して悩み出した時だった。
『あと5分で6番乗り場にメリル港行きのフェリーが来ます。乗船手続きがお済みで無い方は、お急ぎください。繰り返しまー』
「おっと、手続きまだしてなかったんだった!2人とも待ってて!」
そう言って、妹はまた乗船受付に戻って行った。
沢山の大人が群がる方へと。
2分程で揉みくちゃにされながら、妹が出てきた。
その手には2枚のチケットが握られていた。
どうやら無事ゲットしたみたいだ。
「買ってきたよ〜!ほら、兄様これ持って!じゃ、葉宵さんまた後で!行くよ、兄様!」
「分かったから、腕引っ張らないで!鬱血してるから!」
妹は俺にぺこりと一礼し、兄は腕を鬱血するまで握られながら連れて行かれた。
端から見れば、仲良しに見える兄妹に苦笑いを浮かべつつ、辺りを見渡した。
どうにも、さっきから誰かに付けられてるというか、見られているような気がするのだ。
それも複数人から。
俺は辺りに気を配りながら、港から離れる事にした。
とんずらするなら、敵をまいてからの方がずっといいからな。
ブックマークしていただきありがとうございます!
皆さんに読んでいただけて、私は凄く嬉しいです!
これからもよろしくお願いします!
思ったより話が長くなりそうになったので前後編から前中後編に変更しました。
勝手ですいません。