閑話
バスケットの中から最後のツナサンドを摘まみ上げると、いよいよ将校に残された時間的猶予は底を突いた。
話相手が欲しいと言うからどんな話を聞かされるのかと思っていたら、青年は逆に「君の話を聞かせて欲しい」と言い出すのだった。どうにか話をはぐらかそうと朝食のバスケットを開けてはみたものの、青年の勧めを拒みきれず、一緒にサンドイッチを食べる羽目になってしまっていた。二人で食べたらそれだけ、バスケットの中身が無くなるのが早くなるなんて、少し考えたら分かりそうなものなのに、事がここに至るまで将校はその事に気がつかなかった。
「面白い話なんて、何もありませんよ。私には訓練の話や銃火器の解説くらいしか出来ません」
「そうかなー?じゃあ、例えば、どうして軍に身を置いているか、とか」
「それは私にとっては当たり前の選択でした。父も母も軍属で、基地の中で産まれ育った様なものでしたから。父は、私が軍人になることを快く思っていませんでしたが」
「あれ?てっきり親御さんのコネで昇進したんだと思ったんだけど?」
「いいえ、むしろ逆です。父はいつも邪魔ばかりしてくれます。心配してくれるのは嬉しいのですが……もう少し、子離れして欲しいものです」
「いいじゃないか。自分のことを大事に思ってくれる人のことは、大切にしないとね」
「……そうですね。ところで、貴方のご両親は?」
「私の家族かい?父も母も幼い頃に事故で亡くしてしまっていてね。薄情かもしれないけど、もう、あんまり覚えていないんだぁ……」
ほうっと吐き出される言葉に空気が淀む。
これがあるから、身の上話とかはダメなのだ。何処にどんな地雷が埋まっているか、分かったものじゃない。
「それは……済みません。余計なことを聞いてしまって」
「いいって、いいって。それより、他には何かないの?年頃の女の子らしく、嬉し恥ずかしの甘酸っぱい恋バナとか」
「ありません。訓練に明け暮れててそんな暇はなかった――と言うと、嘘になってしまいますね。そういったことにはどうにも興味が湧かなかったもので。ですから、私の男性遍歴を聞きたいと仰るのでしたら、申し訳ありませんが、御期待には添えません。」
「えーっ?じゃあ、ボーイフレンドとか、今憧れてる人とかも?」
「いません。万一いたとしても、」
「私には教えられない?」
「と言うよりも、そもそもそれは軽々しく人に言うことではないでしょう。そこに第三者が絡んでも、話がややこしくなるだけではありませんか?まぁ、貴方ならどんなに無茶な縁談も首尾よく纏め上げてしまうのかもしれませんが」
「ははっ、もし本当に仲立ちが必要だったら言ってよ。格安で引き受けてあげるよ」
安請け合いする青年の笑いに答えるかの様に内線のコールが鳴る。どうやら間もなく着陸体勢に入るらしい。シートベルトを締めながら青年がボヤいた。
「もう少し色々と、君の話を聞かせて欲しかったんだけどな」
「私としては思っていた以上に話をさせられたと感じていますよ。これ以上はご勘弁願います」
「そんなの、いくら聞いたって足りやしないよ。確かに今の話で少しは君のことを理解出来たかもしれないけど、それって一体、君の何パーセントになるんだろうね?」
「そんなに深く私のことを理解する必要などないでしょう。私は大統領から貴方を護るように命じられた楯に過ぎません」
「そうは言っても、一緒に事にあたる仲だろう?だったら相互理解ってヤツは大事なんじゃないかな?まぁ、近くの人間にあれこれ聞いて、その人のことを知ろうとしちゃうのは、もう、職業病というか、性分なだけかも知れないけど」
「恐らくそうでしょうね。どう贔屓目にみても興味本意としか思えません」