予定
青年のようにあの手この手で他人を思い通りに動かそうとする人間は、将校にとってはどちらかと言えば忌避したい種類の人間だった。軍というヒエラルキーに身を置く彼女にとって、上下関係というものには敬意と信頼が絶対必須であるし、そうでなくとも弱みにつけこんだりして相手をコントロールするような行いは軽蔑に値するものだ。
「貴方は嫌な人ですね」
「そりゃ、口先だけで相手を丸め込むヤツをいいヤツだなんて、普通は思わないだろう?もしそんなのを有り難がるヤツがいたら忠告してやらないとな。「気を付けろ!ソイツは詐欺師だぞ!」ってな」
「そうですね。次の定時報告では忘れずに警告を発しておくことにしましょう」
青年の笑い声の後にはしばらく沈黙が続いた。その後で先に口を開いたのは将校の方だった。
「一つ、伺っても宜しいでしょうか?」
「何かな?」
「いえ、大したことではないのですが。随分と稼いでおられるでしょうに何故、このようなお住まいに?このアパートに何か思い入れでも?」
「あぁ、なんだ。そんなことか。ん~、住み慣れちゃった、って言っちゃうとそれまでなんだけど。このちょっと手を伸ばせば大抵の物に手が届く感じがいいんだよね。ほら、広くても逆に落ち着かなかったりするでしょ?それになんてったって安いし」
「口先一つで何千万と稼ぐ人の台詞とは思えませんね」
「住む所にお金をかけたって、仕方ないよ。それにほら、こういう所の方が何かあってもお金で迅速に解決出来るし」
「それは、そこはかとなくお金持ちの考え方に聞こえますね」
「だろう?」
何故か得意気な青年に将校は肩を落とす。
「特段拘りがないのであれば、拠点変更については前向きに検討して頂けないでしょうか?」
「あぁ、明日からはあっちに拠点を移すよ?」
「えっ?」
「ん?誰も拠点変更に反対なんてしていないよ?第一ここから通う訳にはいかないでしょ?向こうで借りてるアパートは今は立ち入り禁止区域になっている筈だけど、そのくらいは君の方で融通を利かせられるよね」
「それは、問題ありませんが……」
「じゃあ、それで決定。朝のうちにここを出発して、明日は記念すべきファースト・コンタクトだ。そうと決まったら今日はもう、早く寝よう」
「分かりました。それではごゆっくりお休み下さい」
「あれ?寝ないの?」
「明日の準備を整えておきます。報告書を書いたらその後は不寝番です。私のことはどうぞ、お気になさらずに」
「そんなの聞いたら気にするよ。初日からそんなので……」
「大丈夫です。問題ありません。明日の移動中には少し仮眠も取れるでしょう。御気遣い有り難う御座います。それでは」
一方的に話を打ち切ると将校は立ち上がった。部屋の隅で通信機に向かって捲し立てる将校に溜め息をこぼして、青年はカップを片付ける。結局、将校の分のダージリンは一口口をつけただけで、すっかり冷めきってしまっていた。