提案
自室の灯りをつけると青年は廊下で待っていた女性将校を招き入れた。
「散らかってるけど、適当に寛いでて。今お茶を淹れるから」
「お構いなく。それよりも各部屋の間取りを確認させて頂きたいのですが」
「うん、好きにしたらいいよ。ダージリンでいいかな?」
部屋の一つを覗き込む彼女から返事はなかった。
年季の入ったボロアパートの、彼が暮らす小さな部屋にはリビングとキッチン、寝室の他にはバスルームともう一つ、その書庫となっている部屋しかない。彼女の探索は呆気なく終了した。
探索が終了した後は青年の後ろについて回り、彼がティーポットを載せたトレイをテーブルに置いてソファーに腰を下ろすと、その背後に直立不動で陣取った。
「……そんなところに立たれると落ち着かないんだけど?」
「貴方の護衛を命じられておりますので」
「大丈夫だって。まだ情報は出回っていない筈、って言ったのは他でもない君じゃないか」
「…………」
「どうか私の心の平穏も守ってもらえないものだろうか?警戒のレベルを一つ二つ下げて、こっちで少しお茶を飲むだけでも」
「……了解しました」
渋々その横に立ち、青年が淹れたお茶を一口だけ啜ってカップを置く。どう贔屓目に見ても、警戒レベルは全く下げられていなかった。
「拠点の変更を提案します。この建物のセキュリティは信頼が置けません。また、この部屋は物が多く、不審物が紛れ混んでも判別出来ません」
「確かに管理人さんはちょっとずぼらなところがあるけど、気さくでいい人だよ」
「そういうことではありません。分かっていて仰ってますね?」
「うん、まぁね」
少し悪びれて見せる青年。
「……私のことで何かご不満があるようでしたら、貴方の意識の範囲内に入らない形で任務にあたりますが?」
「誰もそんなことは言ってないよ。むしろ目の前にいて欲しい」
「そう仰る割には先程から私の話は真面目に聞いて頂けていませんし、おちょくられている印象しか受けませんが?」
「そりゃ、君みたいに可愛い子が近くにいたらちょっかいの一つや二つ、出したくもなるさ」
将校の目尻が僅かに吊り上がる。
「大統領閣下からは貴方の諸々の便宜を図る様に仰せつかっています。お望みとあらば、お応えしますが?」
「護衛に各方面への顔繋ぎに夜のお相手までこなせるとは、優秀だねぇ。でも、アレでしょ?」
「アレ、とは?」
「君の部下があちこちから監視してるんでしょ?」
「まぁ、そういうことになりますが?」
「衆人監視の中で、っていうのは、趣味じゃないな」
笑って背もたれに身を投げ出す。
「座りなよ。君がそうやって何時までも臨戦体勢でいるのは、部下を信頼していないってことにならないかい?」
青年の指摘に将校は不承不承腰を下ろすのだった。