依頼
この国の元首は頭を抱えていた。
竜の飛来は前例のない大災害であり、今なお現在進行形の大問題だ。
大統領として下した判断は間違いではなかったと確信していても、それで状況が閉塞してしまっている現状では、周囲の声は耳に痛い。際限なく湧き上がる不満と非難が彼を酷く苛むのだった。
執務室の扉がノックされる。落ち着いたその響きに緊急性は感じられない。つまり、竜が動きだしたとか、軍部が暴走しただとか、そういった非常の報せの類いではない。それだけで彼にとっては充分良い報せだった。
居住まいを正してからノックに応える。
「入りたまえ」
「失礼致します」
慣れ親しんだその声で遂に待ち人が来たのだと知る。
軍服の女性に伴われて部屋に入って来たのは長身の割に幼さの残る顔の青年だった。部屋の主を見るなり相好を崩して握手を求めた。
「お会い出来て光栄です、大統領閣下」
「こちらこそ、御足労感謝する」
机越しに堅く握手を交わし、青年は勧められるままソファーに腰を沈めた。
無邪気な笑みを浮かべる青年に大統領は少し不安になった。こんな男に任せて大丈夫なのかと。しかし、今更別の人間を立てる時間的余裕はない。別の手を探すつもりもない。自分の窮状を大統領は精一杯のジョークで覆い隠した。
「君の首を縦に振らせる為にはどうしたものかと悩んでいたところだよ」
「知り合いに腕の立つ交渉人がいますよ。ご紹介しましょうか?」
青年の返しに二人で声に出して笑う。ひとしきり笑ったところで青年は目付きを変えて切り出した。
「それで。概ね察しはつきますが、今日はどういった御用でしょうか?」
仕事の出来る、男の目で訊ねる青年に、大統領は主導権を握られてしまったと気付いたが、不思議と不快感はなく、むしろ心が落ち着くようだった。
「君の腕を見込んで仕事を依頼したい。私はこの国の大統領としてあの竜をなんとかせねばならない。私が望む一番の理想の解決はあの竜に平和的に退去してもらうことだ。その交渉役を君に委ねたい」
「退去、と言うのは、この国から?」
青年の問いに大統領は直ぐには答えない。
「あれに現代兵器が通用するとは思えない。試してみる価値はあるのかもしれないが、少なくともそれはあの街で、ではない」
大統領の言葉は迂遠だが、回答としては充分だった。
「――軍部に攻撃禁止を厳命したのは、賢明な判断でした。何時だってミサイルは一発で交渉のテーブルを吹き飛ばします。交渉の余地が残されている以上、私に出来ることが必ずあるはず。きっと御期待に応えてみせましょう」
青年は自信に満ちた笑みを浮かべ、改めて大統領と固く握手を交わすのだった。
「私と異なる考えの者は非常に多い。妨害工作があるであろうことは想像に難くない。そこにいる彼女を護衛に着ける」
この部屋まで導いてきた女性将校が改めて、敬礼の姿勢をとる。
「必要があれば各種機関や軍部にも協力させる。それが可能なだけの権限は彼女に与えてある。好きに使ってくれ」
「それは気前のいい話ですね」
「非常事態だからな」
大統領の嘆息を受けて青年はニヤリと笑ってみせた。
「ですが――私が動かすのは口先だけです」