心配
ベッドの上で飛び起きて青年は思わず身震いした。日が昇り切らない時刻で、単純にまだ空気が冷たかったのもあるが、極寒の北極海に投げ出される夢など見た後ではなおさらだった。シーツを握り締めて自分が今、間違いなくアパートのベッドの上にいることを確かめてもなお、耳の中では真冬の嵐と荒波が渦を巻いていた。
呼吸を整え、ベッドから降りようとすると、部屋の入り口に将校が立っていた。
「随分とうなされていたようですが……大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだよ。シャワーでも浴びてさっぱりしてくるよ」
口先ではどうってことはないと言うが。
「死人みたいな顔をしていますよ。気分が優れないようでしたら、本当に無理はなさらないで下さい。最悪1日くらい休んでいても構わないでしょう。幸い、竜にはアポイントを取ってあるわけでも何でもないんですから」
「大丈夫、大丈夫」
ひらひらと手を振って、軽い調子で答える青年は、これ以上言っても弱音を溢さないだろう。その場から一歩下がって道を譲る代わりに、将校はもう一言だけ言う。
「私から言わせてもらうと、自分を顧みずに無茶をする人間が一番、護るのに骨が折れます」
「護衛官を振り回すような輩よりも?」
「好き勝手振る舞うだけならまだ、心配は少なくて済みます。後先考えない人もこちらで注意してセーブすればいいだけです。でも無茶を無茶と分かっていてしたがる人間だけは手に負えません」
「私が無茶をするような人間に見えるかい?」
答えは聞くまでもない、とでも言うかのように、青年はそのままバスルームの中へと姿を消していった。
そうだといいんだけど、という将校の心の呟きを聞きつけたのか、ドアが開いて青年が顔だけ出す。
「心配してくれてありがと」
それだけ言って引っ込んでいった顔は、にっこりと微笑んではいたものの、寝覚めのそれよりもやつれて見えた。
シャワーを浴びて出てきた青年を出迎えたのは、甘くて優しい香りだった。将校が淹れた温かいミルクティーを今日は二人で向かい合って口にする。お茶のお誘いを想像もしていなかった青年はいささか驚いたが、将校曰く、
「自分で淹れれば、一服盛られる心配もないと気付いただけです」
とのことだった。
「それで、本日のスケジュールですが……」
「予定だと先発隊がもう、現地入りしている頃だよね?」
「えぇ。先程到着したと、待機班から連絡がありました」
何しろ摩天楼を中心とした辺り一帯は瓦礫の山と化している。竜と対面した例のビルまでのルートは確保しているが、広範囲を捜索するには周囲の状況をしっかりと把握しておく必要があった。先発隊がまず簡単に現地を調査して、後から来る本隊を誘導する段取りになっている。本隊は二人がそうしたように大型の輸送機で郊外に乗り付け、そこから車輌で移動する手はずで、遠方の基地からは既に数機発進しているはずだった。
「それじゃぁ、予定通り行こうか。これを頂いたらすぐにでも出発しよう。本隊が到着する前には向こうに着いて、改めて竜に説明しておきたい」
またあのビルを登ることをことを考えたら急いだ方が良い気がするが、青年はミルクティーをじっくりと味わっている。
そこへ兵士が一人飛び込んできた。
「大変です!正体不明の機体が竜に迫っています!」