禍因
「竜を攻撃すれば、政治問題になる?」
「そういうこと。我が国にこれだけの被害が出たのだから……とか、周辺国にも被害が及ばぬよう苦渋の判断を……とか、幾つか言い訳は考えられるけれど、禍根が残るだろうね。
でも一番問題になるのは、何かの間違いで討伐に成功してしまった場合だ」
「確かにそれは大きな問題になりますね」
「あぁっと、ごめん。多分君、何が問題になるか理解できてない。信仰どうこうといった問題は別にしても、竜を討伐したらとんでもなく大きな問題が生じるんだ」
「信仰は別?う~ん……軍事力の疲弊とか?」
「全然違う。そんなの些細な問題だ。竜を倒したら、そこに残るのは……竜の遺骸だ」
「そんな当たり前の話を。確かにあれだけの巨体だと処分するのも一苦労かもしれませんが……」
「あのねぇ……」
大きなため息をついて青年は説明する。
「今でこそああやって途方もない存在感で摩天楼に君臨しているけれど、あれは未知の生物なんだよ?伝説の中にしか存在しなかった、幻想の存在なんだよ?それが今、現実のものとして目の前にいる。その価値はもはや計り知れない。例えそれが死骸となっても、だ。世界中の科学者たちは今頃あれの鱗片だけでも入手できないかと躍起になっているだろうね。どうしてあの巨体で空を飛べるのか?どうやって炎を吐くのか?鋼の剣を通さない鱗とは一体何でできているのか?研究価値が高いなんてものじゃない、研究価値の塊そのものだよ。中でも一番厄介なのが……血だ」
それは将校も聞いた覚えがあった。
「伝説に曰く、竜の血は不死をもたらす。竜が倒れ伏したら間違いなく、その亡骸を巡って大争奪戦だ。そうなった時の方がよっぽど核の雨が降る確率は高いだろう。他国に利用されるくらいなら……って、ね」
「そんな……そんなお伽噺を信じて世界戦争が起こるとでも?」
「お伽噺ってのは可愛い言い方だ。竜の伝説は神話……神々の物語だ。例えどれだけの疑念があっても、それを凌駕する魅惑がある。もしも神話が事実だったのなら、それは神の力を得ることになるわけだから、人が滅ぶ理由に十分足るよ。まぁ、それを避けたくて、大統領も苦心しているわけだけれど」
傍らのモニターには両翼で巨体を覆い、蹲る竜が映し出されている。
「だから、面倒が起る前に早々にお帰り頂くのが一番いいんだよ。誰にとっても」