認識
将校は考え込んでしまった。思い当たるところがないでもない。でもそれは認めたくない矛盾を含んでいる。一つ一つ確かめるように、しかし自分の推理が間違っていることを願いながら、将校は自分の頭の中身を言葉にしていった。
「事は国内で決着を着ける必要がある。他国に被害が及ぶことは避けねばならない。だから、交渉人を差し向けて足止め?ただ、交渉で解決できなかったら、本当に単なる時間稼ぎにしかならない。でもそれが目的だとしたら?……大統領は、実際には他に解決の手段を用意している?」
「私たちが交渉しているところに核でも打ち込むのかい?」
「敵の注意を引いておいてから最大火力を叩き込むのは、初歩的な戦術だ」
もしそうだとしたら、彼らは首尾よく交渉がまとまらない限り、丸っきりの捨て駒ということになる。悲痛な顔で将校が頷く。
「まぁ、軍人さんらしい発想だね。ないとは言い切れない。でも、大統領は軍人じゃない。政治家だ。それに君は一つ、根本的なところで大きく取り違えている」
「勘違い?私が?何を?」
将校の問いに青年は一つ大きく息を吸って答えた。
「竜は敵じゃない。害悪でもない。ただの、訪問者だ」
「訪問……これだけ被害が出ているのにか?」
青年の指摘に将校は驚きを返した。彼女にはそのような認識はまるでなかったのだ。
「過失ってヤツだよ。竜自身に害意はない。そもそも人間の事なんて端から気に掛けていないんだから。だから、謝意もないんだけれどね。竜が人を襲って、取って食うとかだったらまた話は違うんだけど、そうでもないなら。積極的に人に害をもたらすものでないなら、これは“天災”として処理できる。災いが過ぎ去るのをじっと耐えて待つ、という選択肢が出てくるんだよ。対話で意思疎通ができる分、スーパーセルや地震なんかよりも被害を抑えることのできる可能性は格段に高い筈だ。
それに、竜が侵略者でないのなら、それ相応の待遇をして見せる必要が、我が国の大統領にはある。人類の代表として適切に振る舞って見せなきゃならないんだ。他国に対しても、竜に対しても、だ」
「……それも、対外的面子というヤツか?」
「皮肉な話だけどね。我らが大統領閣下はどっちを向いたってそういう話になっちゃうのさ」
青年が肩を竦めて見せる。
「ところで君は、竜ってのはどういったものだと思っている?お伽噺やゲームを中心にいろんなところで顔を出すけれど、君の中で竜は、どういった存在だい?」
「それは……大きなトカゲの姿で、角と翼と堅い鱗を持っていて、炎のブレスを吐いて……」
「それから?」
興味深そうに将校の顔を覗きこんで、青年は続きを促す。
「ゲームや娯楽小説はあまり詳しくないのですが……山奥の洞窟で財宝を独り占めしようとして守っているとか……一言でいうなら、強大な難敵、といったイメージでしょうか?」
「そんなイメージだから、ただの訪問者、という視点には至れないんだよ」
「違うのですか?」
「いや、そうは言ってない。むしろそのイメージが主流だと思っていいよ。ただそれはあくまでも主流というだけであって、もちろん、違う見方もある」
そこで将校がはたと気付く。
「あぁ、東洋では蛇のような姿で神の化身として崇められたりもするとか」
「そうそう。強大な力を持った存在という点では共通するけれど、私たちの一般的な認識では“竜は討ち倒すべき対象”なのに対して、あちらでは“竜は神聖なもの”という考え方が強いんだ。そんなものにミサイルをぶち込んだらどうなる?」
「自分たちの神様にそんなことをされれば、黙ってはいられないでしょうね」
青年が頷く。
「幸いと言うか、あの竜はトカゲ型、いわゆる西洋竜の形ではあるけれど、だからと言ってみんながみんなあれは別物、と割り切れるとは限らないだろうね。それに西洋にだって竜を信仰の対象にしている国はいくつもある。護国の象徴として国旗に掲げているところだってあるくらいだ。もちろん、こちらはトカゲ型だ。色は違うけどね。そちらの方面からはとっくに大統領に向けて、手荒な歓迎はしないように、って要請が行っているだろうね」