意図
「確かに、そういう個人的な感情で動く人間が軍の要所に居たら、厄介なことになるだろうね。その点は我が国の軍人さんたちが理性的であることを期待しているよ」
「軍人以外にも――」
言いかけて将校は気が付いた。竜を一個人でどうこう出来るものか。伝説の英雄や大賢者ならそれも可能なのかもしれないが、そんな非常識な存在が現代に存在しているとは思えない。竜が存在したのだから、という言い分もありそうだが、そんな論法で都合よく超人的な人間が現れて竜をやっつけてくれるのを期待しているとしたら、それこそ神頼みだ。
現実的に言って、平和的にしろ暴力的にしろ、あれにどうこうしようと思ったら組織的な背景が必要不可欠だ。
将校が言葉を呑んで自分の誤りに考えを巡らせているうちに車輌は発進した。
「根本的なところ、何で大統領は竜に手を出さないと思う?」
椅子にのけ反って青年が訊ねる。
「それは……国内の被害が拡大するからでしょう?攻撃するとしたら、人か、物か、土地か……まぁ、一番はやっぱり土地と建物ですね。それもちょっとやそっとでは済まない規模でいろいろと被害が出るでしょう。それが分かっていながら、攻撃が通じるかどうかも分からない相手にいきなり討って出るのは、愚か者のすることではありませんか?」
「はい、0点。不正解」
青年が大袈裟に首を振って否定して見せる。
「まず、竜を放置したらしたで、それもまた被害が広がる。今はそのつもりはないみたいだけど、竜が移動すれば今度はまた別の都市が被害を被るわけだからね。どのみち被害が出るのなら、今、包囲網を敷いて総攻撃を仕掛ける方が理に適っている。この街はとっくに壊れる物は壊れてしまっているし、人の避難も済んでいる。竜が再び動いたところで大差はないさ。
それに、竜を撃退するにあたって攻撃が効くか効かないかなんてのは、実は大した問題じゃないんだ。効果のほどなんてのは攻撃してみてから測ればいい。この際だ、ちょっとばかし非人道的な最新兵器の実験台になってもらうのもアリだろう。公にできないような兵器の中にはひょっとしたら竜にもダメージを与えられるものがあるかもしれない。攻撃が効かなかったとしても、例えば、定期的にミサイルを撃ち込み続けてやれば、流石の竜も鬱陶しい、此処ではゆっくりと休めない、と思うだろう。この街から追い払うだけなら、交渉なんかしてるより、そっちの方がよっぽど確実で手っ取り早いさ。さっきの話を聞く限りじゃ摩天楼を破壊してやれば竜は他所へ行く筈だよ。
そしてここが一番肝心なところなんだけど、我が国のスタンスとして、巨大な害悪に対しては立ち向かって行かなければならない。敵が強大であればあるほど率先して先陣を切らなきゃならないし、犠牲なんて恐れてはいられないんだ。軍部が攻撃したがっている一番の理由がまさにこの対外的面子さ。自国がこれだけ荒らされていてなおかつ、手をこまねいているだけだなんて、我が国としてあってはならない事態なんだよ」
これだけ聞けば確かに、攻撃しない方がおかしいように思えてくる。特に三つめの説は軍に身を置く将校も疑問に思わなかったわけではない。
しかし、それでも大統領は絶対に攻撃を許可しない。