忍耐
一向に埒が明かない。取りつく島もないとはこの事だ。竜ののっそりとした語り口がまた、青年の神経を逆撫でた。
それでも青年は竜の言葉を頭の中で反芻し、何処かに何か切り口は無いかと探る。此方の要望は伝えたが、相手には応える気がまるでない。いくら此方を見ていたとしても、ただそれだけに過ぎない。それだけ彼我の存在の大きさに開きがあるとでもいうのか、竜は青年のことなど歯牙にもかけていないのだ。これでは交渉どころか、子供の伝言役にも劣る仕事ぶりだ。
竜も将校も、自分からは口を開かない。青年が口を噤めば、必然、沈黙が訪れる。
結局、青年は長期戦に応じるしかなかった。少なくとも、悪い印象を与えていると思われるような節はない。
「もしも貴方に、そこに居座る事の他に望むものがあるのなら、是非とも教えて欲しい。私はきっと力になれると思う。それから、私は小まめに此処に来ようと思う。だから、気が向いたらでいい。貴方のことを聞かせてはくれないだろうか?何処から来て、何処へと向かうのか、何を為してきて、これから何を為すのか――私は、貴方のことが知りたいのだ」
「――好きにするがいい」
精一杯の愛想を浮かべる青年から少しだけ目を反らして、竜は応えた。
「気に入らねば、吹いて散らすまでだ」
「貴方の機嫌を損ねないよう、注意することにしますよ。
それで、当面はそこを動かないつもりなのですね?」
「くどい」
竜の眉間にシワが寄るのを見て青年は慌てて手を振って制する。
「いえいえ、動かないのであればそれで良いのです。それならば逆に明日一日はじっとしていて欲しいのです」
これまでと逆のことを言い出す青年に、竜は明らかに不審の目を投げた。それは将校も同じ。
両者の視線を当然とばかりに頷いて受け、青年は説明する。
「貴方が休んでいる間に、その足元の瓦礫に埋もれ救いを待っている輩を助け出したいのです。貴方がほんの気まぐれで、例えば食料を求めて飛び立てばまた、辺りの建物は崩れます。帰って来たときにもまた、同じ。ですから、」
「此処には最早、息のある者は他にはいない」
言葉を遮って竜が断じて言い捨てるが、青年は食い下がった。
「それでも、亡骸だけでも送り届けてやることが出来れば、その人の帰りを待つ者たちもまた、救われます。例えもう手遅れだと分かっていても、それが絶望を確定させるだけだとしても、新しい一歩を踏み出す為には、やらねばならぬことなのです」
言うだけ言い切った青年は、長い間竜と睨み合っていた。将校には、青年が何故本命の交渉を保留にしておきながら、今の一点ではそこまで食い下がるのか、理解し難かった。それは竜も同じだったのか、ふん、と一つ鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
「理解し難い。儂は少し休む」
そう言って竜は目蓋を完全に閉じた。早くも眠りに落ちた訳ではないだろうが、何か訊いたところでとても応えてくれそうにはなかった。これ以上は無理だな、と青年が踵を返し、それに将校が続いたところで、竜が呟いた。
「此処は、」
二人が驚いて振り返るが、竜は来た時と同じ、踞るように首を下げて瞳を閉じ、寄るな、触れるなと言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
「少し、冷えるな」
独り言にしてはいささか大きな呟きに聞こえたが、かといって、此方の反応を待っている様にも見えない。
二人は顔を見合わせて小首を捻ったが、そのままビルの屋上から立ち去っていった。