棄却
「私は大統領――この地に住む者たちの代表の代理で来た交渉人、彼女は私の護衛官だ」
青年の紹介を受けて将校が頭を下げる。鬱陶しく思ったのか、はたまた注意深く探りを入れようとしてなのか、竜の目蓋が僅かに下がり、細かった目線が更に細く、鋭くなる。しばしの間を置いて青年は続けた。
「竜よ。貴方が何処から来て何処へと向かうのか、私には分からないが、一時羽根を休め、疲れを癒したのであれば、早々にこの地を立ち去って欲しい」
青年の訴えに竜は応えない。青年が更に言葉を続ける。
「これは大統領の……引いてはこの地に暮らす多くの者たちの願いだ。貴方の羽ばたきで多くの命が失われた。今も難を逃れるために多くの者たちがこの地を離れることを余儀なくされているのだ。それに、そんなことが可能かどうかは別として、貴方に害をなそうとする者たちもいると聞いている。長くこの地に留まることは、きっと貴方にとって益にはならない」
「断る」
青年の説得の言葉を断ち切ってその一言は、再び場に静寂をもたらした。竜が拒絶するのは退去に他ならないのだろうが、青年の中では一瞬、何を拒むのかが繋がらなかった。こうも端的で明確な拒絶を受けて、動揺は少なくなかったが、かといって、そのまま引き下がる訳にもいかない。
「そこを退く事に、何か問題でもあるのだろうか?」
少し間を置いて、竜はゆっくりと語った。
「儂は此処が気に入った。此処に居れば遠くまでを見渡せ、また、遠くからでも儂を見ることが出来るであろう」
「貴方のその姿は既に地の果て、海の彼方まで伝わっていると、私が保証する」
青年の言葉に竜は興味を示す素振りもないが、事実として竜が飛来した際の猛威は、多くの映像として記録され、電波の波に乗って地上の隅々にまで伝わっている。今、世界中の人々から一番の注目を受けているのがその竜であることは、疑いようもない。
「では竜よ。貴方は何時までそこに居られるつもりか?」
「知らぬ」
「もしも貴方がそこを新たな巣に定めるというのであれば、私たちはこの地を捨てざるを得ない。しかし、ここは私たちが長い年月をかけて築き上げた、私たちの巣だ。それをむざむざと捨てるのは本意ではない。高い場所が良いのであれば、もっと高い山脈へと案内出来るのだが?」
「此処が良い」