接触
改めて間近で見ると、竜のその巨大さに青年も息を飲んだ。通りを二つ挟んで竜の正面に立つビルの屋上で、青年は強い風に煽られながら、自分の心を落ち着けようと努めていた。
両者が立つ建物の高さと、当人の大きさの差の分だけ、青年が竜を見上げる形になっていた。
大きく息を吸い込むと青年は声の限りを張り上げて叫んだ。
「伝説に謳われる竜よ!伝承の通り貴方が知恵のある者ならば、どうかこの声に応えて欲しい」
青年の呼び掛けに、竜の反応はない。それを心配そうに将校は見守っていた。
「竜との対談が可能なのか?」着陸際の機内でも訊いてみたが、そもそも竜が人語を解さなければ、会話が成り立たなければ、交渉のしようもない。あの時の青年の回答は、「まぁ、何とかなるでしょ?」という非常にお気楽なものだった。加えて「誰かが声をかけてみなけりゃ、会話が可能かどうかなんて分からないでしょ?」と言われて納得してしまったが、今にして思えばそれは余りにも浅はかだった。もう少し真剣に考えてから挑むべきだったのではないだろうか?
言葉が通じなければ、彼の必死の呼び掛けも、相手を威嚇する遠吠えか、或いは休息を妨げる騒音くらいにしか認識されないのでは?
大統領から彼の護衛を命じられている将校からしたら、竜が彼に危害を加えようとしないことを願うばかりだった。身を擲ったところで一撃を凌げるかどうかも怪しい。炎は吐くものと思って身構えているが、不思議な魔法など使われた日には抗することも出来ない。
改めて青年が呼び掛けるが、やはり返事はなかった。ただ鈍色の空の下を吹き荒れる風だけが、耳を打った。
将校が一度出直した方が良いのではないかと提案しようとした、まさにその瞬間だった。竜の首がゆらりと動いたかと思えば、うっすらと開いた目で、しかし真っ直ぐに、間違いなくこちらを凝視していた。
「聞こえておる」
地の底から響く様な重苦しい一言が二人の脳を揺さぶり、流石の青年も一瞬、継ぐ言葉を忘れてしまった。