降臨
「こちら隼。目標を肉眼で確認した」
「蜂、同じく」
「了解。引き続き警戒されたし」
無線からの指示に応え、男は操縦桿を握り直す。
曇天の下をゆく二機の戦闘機。その下に拡がるのは今は無人となった、かつての大都会。その先に見えてきたのは、幼い少年たちが喜びそうな、お伽噺の世界。
コードネーム蜂を名乗った男が軽口を叩く。
「乳も尻も。何だってデカい方がいいに決まっているって思ってたけど、アレを見て流石に俺も考えを改めたね」
「ハッ。意外と小さいんだな。お前さんのケツの穴は」
隼の返しに蜂はしばし口ごもる。
「あんなものが出て来たんだ。そりゃぁ、身の程ってヤツを思い知らされるさ。世界経済の中心だったこの街も、今じゃゴーストタウンだ」
「どうせならこの硝煙塗れのクソッタレな世界ごとひっくり返してやってほしいもんだな」
少し荒れ気味な同僚にやれやれと肩を落として、蜂は一瞬だけ計器に目を落とした。ほんの、一瞬だけ。目標が目に入ってからというもの、蜂の目はずっとそれに釘付けだった。それは目標を警戒してではない。
資料映像を見た時には、彼はそれを鼻先で笑い飛ばした。冗談じみた話だったからではない。それを映像で伝える事が愚かしいと思ったからだ。ディスプレイ越しではその迫力を、魅力を伝えきることなど到底出来やしないだろう。
「なぁ、この際だから告白させてくれ。実は俺、」
「おい、迂闊な発言はするなよ?」
隼の言葉は意に介さず、蜂は思いの丈を吐き出した。
「実は俺、アレに乗るのがずっと夢だったんだ……」
本当はこんな鉄の塊ではなく、自分たちが哨戒するその巨大生物の背に乗って大空を駆けたかったのだ、と。そう語る蜂の目には、憧れが満ち満ちて溢れそうだった。
それは分厚い雲を掃き退けて、その向こうからやって来た。
右のこめかみから生えた古木の如き一本の角。
摩天楼の外壁を容易く突き破り食い込む爪。
巨体を覆って余りある翼。
伝えられる姿形に幾分かの差異はあれ、広く洋の東西を問わずに旧くから語られてきた伝説の生物――竜。
それが今、この街で一番高い摩天楼で羽を休めている。長旅の疲れを癒しているのか、規則正しく動く喉元や鼻孔、閉じられた瞼からして眠りに就いているものと思われた。
その到来から早くも半日が経とうとしているが、竜は動き出す気配はない。
――今のところは。