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シャーロック

 俺と姉貴には、魂に刻まれたもう一つの名前がある。『後藤悠吾』と『寺島瑞希』だ。そう、俺と姉貴は前世の記憶を持ち、この世界——魔法学校を舞台に繰り広げられるゲームの中に存在した国——に生まれた、よく言う『転生者』だ。


 そう、俺を取り巻く現状は、俺の知るゲームの設定に非常によく似ているのである。

 それは、15歳の少女が3年間の魔法学校生活を送る、シミュレーションゲームだ。魔法や錬金術を極めるもよし、魔法剣士を目指すも良し、登場人物と恋をするもよし、学園生活を謳歌するもよし。RPGとして楽しんだり、乙女ゲームとして楽しんだり、アイテム生成ゲームとして楽しんだりと色々遊べるなかなか高品質なゲームだった。


 前世、乙女ゲームの攻略対象同士でカップリングを形成し、薄くて高い自家出版本を制作していた隠れ腐女子な妹を持っていた俺は、自身も毎月ゲームに課金していたそこそこの隠れオタクであり、嗜みとしてラノベや深夜アニメ、ニチアサの世界に身を投じていた。互いに他人に己の闇を隠していた兄妹であったため仲はそう悪くはなく――むしろ良く、妹のサークルの売り子を手伝ったり、聖地巡りに付きあわせたり、酒を飲んで今週の萌えを語り合ったりしていた。それ故にいわゆる『女性向け』の知識もまあまあ持ち合わせていたのだ。己が身をおくジャンル外にも、広く浅い知識を持ったオタクだったと言えよう。

 だから俺は知っていたのだ。ラノベの世界に、異世界や物語の世界に主人公が『召喚』、もしくは『転生』するというストーリーを扱うジャンルが存在することを。そのジャンル、特にWeb小説なんかでは、若くして死んだ人間がゲームの世界に『転生』させられる物語がよくあり、それは大抵、モブキャラクターか悪役キャラクター、時々ヒロインへと転身するのである。


 もちろん、そんなことをこの現世において言えば気狂い扱いを受ける。ここは魔法のある世界だけれど、異世界なんてものはそれでもやっぱり眉唾だし、前世なんてもんはこの国で一般的な宗教の倫理観にはずれているのである。

 であるからして俺も姉貴も子供の頃は、己の中に他人の記憶があることが、ひどく不可解で、薄気味の悪いコトだと思っていた。幸いだったのは俺達が双子だったことだ。似たような状況にある人間が身近にいて、その苦悩を語り合えるということは自分を孤独にせずに済む、非常に重要なことだった。

 そして俺は長ずるにつれて、『転生』というネタがあの世に存在したことを思い出し、己の位置づけはおそらくそんなところであろうとあたりをつけて、推定『前世』の記憶と折り合いを付けた。


 しかしである。姉貴はそうはいかなかった。

 姉貴はおそらく、俺と同じ『転生者』でありながら、そう言った知識は欠片もなかった。異世界に迷い込んでしまう物語といえば『ナルニア国物語』を上げ、ファンタジーといえば『ハリー・ポッター』であったし、ゲームは彼氏とマリオカートをしたことがあるだとか、子供の頃ポケモンで遊んだだとか、その程度で。マンガもワンピースだとかナルトみたいな超有名なものしか知らず、アニメはスタジオジブリだった。当然、『転生』だとか『召喚』なんていう物語のジャンルの定石もしらなければ、『恋愛ゲーム』のセオリーなんてものも、一切知らない。

 彼女の語る記憶を聞くに、『寺島瑞希』は普通の女性だった。三人姉妹の真ん中で、関東北部で育ち、大学に入る時に上京。そのまま都内の中小企業の事務職に就職し、働いていたようだ。9時に出て、6時過ぎに退社し、女子会したり習い事に通ったりウィンドウショッピングをしたりして。週末は彼氏と会うか学生時代の友達と女子デートしてた、という彼女の記憶は、そんなステレオタイプな『OL』が現実にいたのかと俺を驚かせるほどだった。

 そんな姉貴は幼い頃から己の二重の記憶にひどく悩み、長ずると、『インナーチャイルド』であるとか『二重人格』であるといった『寺島瑞希』の持っていた記憶を引っ張りだして、なんとか納得しようとしたようだった。


 えーと。話がそれたな。

 で、そんな俺と姉貴が暮らすこの世界に似ているゲームだが。

 聞いて欲しい。そこではなんと、俺が『攻略対象キャラクター』なのだ。


 そのゲームでは、いわゆる「攻略対象」が、主人公が選べる3つの学科に合わせて、それぞれ4人ずつ存在する。全部で12人だ。豪華だろ? っていいたいとこだが、いわゆる「オトメゲー」じゃあないから、そんなにガッツリ作りこまれたパートじゃない。選んだ学科の外にいる攻略対象者は攻略対象からは外れちまうし、パラメーターの設定もそんなに細かくない。普通に生活してただけで惚れられたり、好感度にかすりもしないで卒業を迎えたり、なんてことも珍しくない、ある意味現実の恋愛に近いところのある、かる~いパートだ。

 魔法剣士の道を選ぶと、人と魔の戦いに巻き込まれる。一番RPGっぽいルートだ。そして、その戦いの中で、男の色気駄々漏れな元近衛師団員だった教官、豪商の出で、ガタイのいい爽やか同級生、銀髪で線が細くて身のこなしの軽い公爵家の次男坊、隠しキャラとして、敵対する魔族の王子と出会う。

 魔術師の道を選ぶと、人と魔の戦いの余波で起こる王宮の陰謀に巻き込まれる。貴族社会に一番食い込めるのがこのルートだ。そして出会うのが、魔術師同級生のキラキラ眩い実は第三王子な少年、隣国からの留学生(実は隣国の王家に連なる名家の出だと卒業後に判明する)だが根暗で引きこもり、でも長い前髪と眼鏡の向こうは超美形な先輩、1年遅れて入学してくる占いの得意なわんこ系後輩(実は伯爵家の妾腹の子である)、隠しキャラとしてちょっと重い過去持ちな、王子の双子の弟と出会う。

 そして――多分、シャーリーが進むことになるだろう錬金術師の道を選ぶと……、前述の戦い、陰謀に巻き込まれた騎士や魔術師からあれこれとアイテムの生成を頼まれ、あっちこっち飛び回る羽目になる。錬金術のみ、よく言えば『日常ルート』、悪く言えば『ギャグルート』なのだ。ここで出会うのは、嫌味系美形眼鏡の同級生、少女のような容貌のシスコン同級生、天才だけれど研究馬鹿でやっぱり眼鏡の変人先輩、隠しキャラとして採取の途中で出会う、人化のできる黒いドラゴン(人外だ……)に出会うという、ここだけ別の物語かよ、と突っ込みたくなるような異色美形ばかりなのである。

 ちなみに、それぞれのルートにはサポート友人キャラな女の子もいて、友情エンドも迎えられる。……が、武術ルートは男装の麗人、魔術ルートは王子狙いだった高飛車お嬢様なのに対し、錬金術ルートは、市街に工房を開いている、派手めのマッチョなオネエ卒業生なのである。

 なぜだ。


 で、だ。

 前述の『少女のような容姿のシスコン同級生』。

 これが、俺なのだ。


 まさかである。

 びっくりである。

 この記憶に行き当たった時、俺の中の『後藤悠吾』は驚愕し、鏡にうつる自分の顔を呆然と眺めていた。もちろん俺もだ。なんせ後藤悠吾は並みの顔立ちの青年だった。それに俺は己を、美少女顔だなんて思ったことはない。俺は男だ。

 とはいえ、鏡できちんと確認してみれば、たしかに俺は、姉そっくりの顔をしている。誠に遺憾だが、女顔であると言えよう。残念ながら、線も細い。姉と同じミルクティの色の髪も、紫色の目も、少女漫画めいていると言っていい。いやこれからだ。まだこれからだ。俺はこの奇病を治したら筋トレをする。

 そして確かに、俺はシャーリーのことも大好きだ。あいつが家を出る事になって心配が極まった俺は、自分がシスコンであることをようように自覚した。前世、妹に対してはシスコンだった記憶はないのになんでこうなったんだろう。でもあんなかわいい姉が男率の高い学園に入るなんてホント心配で弟は胃がねじ切れそうだ。なんで病気になんてなったんだ俺のばか。


 ……話がそれたな。

 ともかくも、己が、女顔のシスコン同級生『シャーロック・マクスウェル』というあのゲームの『攻略対象』のひとりであると自覚した俺は、だからってまあ、特に何もしなかった。俺が学園へと進学するのは、魔法伯の嫡男に生まれたからには当然のことだったし、考えても見て欲しい。攻略対象は12人いるのだ。友情エンドも入れれば15人である。対して主人公は1人だ。恋愛が主軸のゲームじゃないから、ハーレムエンドもないし、そもそも恋愛エンド以外のエンディングだって複数存在する。主人公が俺を選ぶ可能性は、恋愛パートに限ったって8%ちょいだ。人気キャラクターだったのは公爵令息と第三王子だったし、人気を確率に反映すれば、もっと低いだろう。

 ……そうやって、『どうせ選ばれやしない』と斜めに構えていたのがいけなかったのだろうか。だって、まさか、まさかだろう。攻略対象のはずの俺が病に倒れ、ストーリー上は一瞬しか登場しない双子の『姉』が入れ替わり、進学することになるなんて。


 ちなみにゲームで攻略対象『シャーロック』の『姉』が現れるのは、確か、シャーロックの恋愛エンドを迎えたあとだった。シャーロックが進学を決意したのは、大好きな双子の姉が病に倒れ、その治療法を研究するためだった、ということが分かるのだ。その回想シーンで、シャーロックによく似た美少女の姉が寝台に横たわっているスチルを見ることができるのである。多分。

 ……そう。聡明な皆さんは、とっくのとうにお気づきであろう。


 逆なんだよ!!


 実際、倒れたのは姉じゃなくて弟の方だった。

 進学したのは、弟じゃなくて姉のほうだった。

 少女めいた顔立ちのシスコンの少年は、実際に少女でブラコン(だといいなあ)だったわけだ。そんなばかなである。なんてこったである。


 ああ、今更後悔したって遅いけれど。

 俺は多分、記憶持ちとして生まれたチートをもっと活かして暮らしてくるべきだったのだ。俺の知る通りに周囲が進むのなら、シャーリーが倒れるだろうと想像はできたのだから、できるだけそうならないように、あらゆる病の文献を集めたりして、暮らしてくるべきだったのだ。

 記憶を持って生まれてきたのは何故だろうと、俺は常々思ってきた。ただの記憶持ちじゃない、よく似た世界の物語を知る記憶を持って、生まれてきたのは何故だろうと。考えても見て欲しい。物語の展開を知っていて、それが自分に不都合のあるのなら、なんとかそうならないように、と考えるものだろう?

 俺は、このまま行けばシャーリーが倒れると知っていたはずだ。なのに、運命に抗う事ができたはずの俺が、なんにもしなかった。だから、きっと、神様が怒ったのだ。そして、倒れるはずのシャーリーではなく、俺に病を与えたのだ。

 物語の筋書きは狂ってしまった。そして、シャーリーは、要らない苦労を背負うことになったのだ。

 ああ、ごめん、シャーリー、ほんとにごめん……!


 ――今の俺にできるのは、シャーリーが主人公と仲良くなって、無事貞操を守り切って学園を卒業してくれる事を祈るだけだ。

 ああもう、ホントに心配で仕方ない。どうか無事でいてくれ、シャーリー!


乙女ゲームを自分でプレイしたこともないのに印象だけで書くからこういうことになるのだ……

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