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シャーロット

 どうせなら、攻略対象に転生すりゃあいいのに!





「……なんて贅沢なことは、1ミリたりとも思ってなかったのになあ!!」


 どうしてこうなった!!

 ……と、わけのわからぬ言葉を叫びながら、頭を抱えているのはあたしの双子の弟、シャーロック・マクスウェル。


「こうりゃくたいしょう? って何よ。何を攻略するわけ?」


 と、応えたのはあたし、シャーロット・マクスウェル。

 双子だからっていくらなんでも捻りのない名前じゃあないかしらと思うのだけど、お父様には名付けのセンスというものが皆目ない。白馬にホワイティミラクルシューティングスターなんて名前をつける男だ。あたしたちの名前はマシな方だ。


「あー、うーん、それは、えーと。ほら、前に話したじゃん? 俺たちを取り巻く状況がさ、俺が前世で遊んでたゲームの世界観に似てるって」

「……あんたまだそんな戯言言ってるの?」

「……シャーリーはさあああ! 前世持ち転生者のくせに素養なさすぎんだよぉおお!」

「そんな奇々怪々な素養なんていらないわよ」


 『前世』だとか、『転生』だとか。

 この弟は、時々、意味の分からない事を叫んで頭を抱えることがある。病気の影響だったらまだよかったのだが、これは倒れる前からなので、残念ながら性格なのだろう。

 でも。

 正直に言って、今頭を抱えたいのはお前じゃないはずだ、と姉は言いたい。


「で、どうしてアンタが頭を抱えてるの? あたしならまだしも」

「……ごめんなぁ、シャーリー」

「謝らないでよ。あたしが決めたことなんだから。あたしが頭を抱えたいのはお父様に啖呵切ったことだけ」

「……でも、髪、きれいだったのにさ」

「髪なんてすぐ伸びるわ」


 肩にも届かぬ短い髪。伯爵家の娘としては、みっともないを通り越して、はしたないとさえ言える長さだ。生まれてすぐを除いたら、今まで一度だって、そんなに短くしたことはなかった。昨日の昼まではあたしだって、腰に届く長い髪をしていた。結構綺麗だって、周りに褒めてもらえる髪だった。

 ――それを短くしたのは、すべてこの弟のため。でも、そのことをこいつに後悔させたくはない。


「……学園の8割は男子生徒なんだぜ?」

「分かってる」

「身バレしてシャーリーが食われたりしたら、俺やだよ」

「……気をつけるわよ」

「シャーリーは10代男子の性欲をぜってえなめてるから!!」

「そんときゃそんときよ!! いいからあんたは黙ってさっさと元気になりなさい!」


 あたしは寝台に横たわる弟の青白い頬をなでて、きっぱり言った。


 弟が奇病に倒れたのは、去年の夏の事だった。

 魔力を操ることが困難になり、体の中心の軸がぶれて、体をシャンとさせておくことができなくなるという症状のそれは、体内にある魔力生成器官が狂うことで起こる、昔からある魔法病の一種なのだという。

 古くからある病気でありながら、現時点では薬どころか治療法も見つかっておらず、体内を巡る歪んだ魔力を定期的に外に出すという、対処療法しかない。そんなこの病の別名は『魔術死病』――命は取られないが、魔術師として生きていくことができなくなるから、魔術『死』病、というわけだ。


 シャーロック――シャルは、将来が楽しみな、優秀な魔術師見習いだった。今までは、魔法伯であるお父様の弟子として魔術を嗜んでいただけだったけれど、今年の秋には、国内最高峰の魔術学園に入学することも決まっていた。魔術病と同じくらい昔から存在する魔法伯爵家である我が家、マクスウェル家の、将来有望な嫡男だったのだ。

 ……だから、シャルが魔術死病を発症したと分かった時の、両親の嘆きは深かった。このあたしでさえ、泣きじゃくった。

 けれど、魔法貴族の間で繰り広げられる諍いの前に、シャルの病を表沙汰にすることができなかった。魔法大国の貴族社会とは、隙を見せればいつ足を掬われるか分からない、殺伐とした世界なのだ。


 日々やせ衰えていく、わんぱくだった弟の青白い姿。優れた魔術医師を雇うこともできずに歯噛みしながら焦燥していく父。毎日毎日、弟の体内から魔力を吸収する、高価な魔石を取り替える母。

 その姿を見ていたあたしがやっと決意したのが――昨日だった。

 令嬢のたしなみであり、魔女の命でもあった長い髪をあたしはばっさりと切り落として、真っ青になる両親の前で晴れ晴れとこう言った。


『倒れたのは、シャーロット・マクスウェルということにしましょう』


 まだ14歳だからできる暴挙だとはわかっていた。けれど、少女にしては上背のあったお転婆なあたしと、わんぱく少年にしては線の細すぎたシャーロックは、二卵性の双子とは思えぬ程によく似ていたのだ。その事実が、あたしの背を押した。


『あたしは女で、シャルは男だから、いつか、無理がくるのはわかっています。でも、あたしはしばらく、シャーロックとして過ごす。そして、その間に魔術死病の治療法を、何が何でも見つけてみせます。――そのためになら、シャーロックとして学園にだって入ることだって、厭わないわ』


 魔術学園は、魔法学の最高学府だ。『マスター』と呼ばれる、最高研究機関を備えている。そこに行けば、魔法病の研究をしている先人がいるかもしれない。いなかったならば、あたしが研究者となればいいのだ。娘として生まれたあたしだけれど、そのためならば、息子として人生を送ることもやぶさかではない。


 ……その時あたしは唐突に、『とりかえばや物語』なんて古典文学があったわよねと『思い出し』て、嫌な気分になった。





 あたしはさっき、弟の言葉を戯言だと言った。

 でも本当は、あの言葉の意味をあたしは知っている。本当に奇妙で、気持ちの悪いことなのだけれど、あたしの中にはあたしのものでない、もう一人の女の記憶があるのだ。その女は己を『瑞希(みずき)』という名前だと認識していて、あたしの知らない、魔法のない文明社会を『知って』いた。その女の記憶の中に、『転生』だとか『前世』といった言葉もあった。『仏教』と呼ばれる宗教の言葉だと、『瑞希』は認識していたのだ。

 『転生』とは、死んだ魂が天に昇り、新しい肉体を得て再び生まれてくること。

 『前世』とは、『転生』する前の己の人生のこと。

 『瑞希』の記憶はこの言葉を、そう覚えていた。

 あたしが先ほど思い出した『とりかえばや物語』も、その、『瑞希』の記憶の中にあるものだ。どうも、古い物語の題名らしい。正妻の娘と妾腹の息子、二人は顔がそっくり同じだった。そして娘は賢くわんぱくで、弟はしとやかなひきこもり——『ああ、とりかえばや(とりかえたい)!』そんな父親の嘆きによって、娘は息子として、息子は娘として、人生を歩むこととなり……。非常に古い時代の物語だと記憶は言うのだが、なかなか前衛的な内容だとあたしは思う。


 この例に限らず、『瑞希』の記憶は、あたしの常識や日常からはかけ離れた内容のものが多い。だから、幼いころは、わけが分からず、混乱することしきりだった。

 あたしの知るこの国の宗教には、生まれ変わりという概念はない。生まれ変わりという概念がないから、前世という発想もない。海の向こう、遠い東の国には似たような思想を持つ魔法生物がいるという事を知ったのは、魔女としての勉強を始めてからだ。

 そんなことは知らない幼いあたしは、このもう一つの記憶を、何かの呪か、何者かに取り憑かれているのだと思っていた。泣いて両親に訴えても、記憶を封じる魔法など禁呪であるし、他人の記憶を封じることのできるような高位の魔術師は、王宮にでさえ2、3人いるかどうかという希少な存在である。幼子のためにそのような魔法を掛けてくれと頼む事ができるわけもなく、貴族の娘が『何かに憑かれている』などという外聞の悪いことが広まるような事ができるはずもなく、あたしはこの不気味な記憶と、なんとかして折り合いをつけねばならなかった。

 

 あたしが幸運だったのは、弟のシャーロックにも同じような記憶があった、ということだ。シャルにあったのは『ユーゴ』という男の記憶で、話を聞く限りでは、『瑞希』と同じ文明社会の記憶だったようだ。

 同じような記憶を持った人間が、いつでも隣にいてくれる。それはあたしにとって、何にも代えがたい救いだった。自分の中にある薄気味の悪い記憶が、己の病や妄想ではないという、なによりの証明になったし、それが己の身を蝕むものでないと、元気に駆け回るシャルを見ていれば理解できたからだ。

 それに、シャルはもうひとつの記憶を恐れたりはしなかった。それを自分の持つ記憶のひとつとして捉え、そこから、己の思考に有利な記憶を引っ張りだして自分のものとして使い――非常に優秀な魔術師としての道を歩んでいたのだ。彼いわく、『ちーと』というものらしいが、その言葉は『瑞希』の記憶にはないから、意味はいまいちよく分からない。


 シャーロックのお陰であたしはやっと、もう一つの記憶の存在を気にしないでいることができるようになった。シャルがいてくれるから、あたしは『瑞希』ではなく、『シャーロット』の記憶を核として、この地に立っていられるのだ。

 だからあたしは、シャーロックを失うわけにはいかない。自分のためにも、今までのあいつへの恩を返す意味でも。

 ――死んだような人生を、あいつに送らせるなんて、冗談じゃない!




「無理すんなよ……ああもうホント心配だ。姿変えの薬、ちゃんと飲めよ!」

「分かってるって」

「薬が無くなる前に連絡寄越せよ、すぐ作って送らせるから! 1回2時間しか効かないこと、忘れんじゃないぞ! でも飲み過ぎても駄目なんだかんな! ……ああでも風呂はいる前と着替えの前と運動の授業の前には絶対飲んで……ああもう、貞操の危機とか、俺を呼べよ! ぜったい通じるから! 何とかさせるし何とかするから!!」

「分かった分かった」


 あたしが学園へと向かう朝、泣きべそをかくシャーロックを抱きしめて、あたしはもう一度誓った。


「……見ててねシャル。あたし、何が何でも治療法、見つけてみせるわ」


転生モノはみんな悪役とかモブに転生しすぎじゃね?

どうせなら攻略対象に転生したくね? 美形少年に生まれたくね?

……と思ったので小話。


前編後編+超ショート小ネタの構成となります。

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