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裕太、ショッピングいくよ」
今週の日曜日も姉の買い物に付き合わされる。それが嫌というわけではない。むしろ服選びを手伝ってもらえるのはラッキーだ。大輔にも由梨にもおしゃれになったと褒められた。
僕は小さめの鞄に財布だけ突っ込み外に出る。
「さあ、はやく」
不意に姉が僕の手を引っ張る。その刹那、激しい既視感に目が眩んだ。小学生くらいの姉が僕の手を引いている。これはそう、遊園地だ。遊園地自体にも、その状況にも覚えはない。でも、僕の記憶から引き出されたものなんだろう。その光景は不自然すぎるほどはっきりと僕の目の前に現れた。
「いっ!」
頭が痛い。急に足の力が抜け、その場にしゃがみ込む。
「裕太、大丈夫? 」
姉は優しく心配してくれる。しかし、姉が姉に見えなかった。
「来るな」
気づくとそう叫んでいた。
僕の表情を見て、姉はそれ以上に関わろうとはしなかった。その代わりに母に何かを話しに行く。
しかし、心配そうに出てきた母の顔さえ僕は見るのが嫌だった。
黙ったまま自室へと上がる。今まで散々見てきたすべてのものが、なぜだろうすごく怖く感じる。ベットに潜り込み、頭から布団をかぶる。
僕の中で何かが壊れる音がした。
得体のしれない何かが侵入してくる。
僕は本当に僕なのか。
その日から僕は学校を休み続けた。母と姉の心配する声も耳障りでしかない。
ただひとつ大輔からのメールだけは僕の心に安らぎを与えた。自分にもなぜだかわからない。しかし大輔にだけはいつもの通りの自分でいられる気がした。こういう存在は本当に支えになる。世界中が敵に見えても、大輔は僕の味方でいてくれるような気がした。しかし現実は恐怖となって降りかかる。
下は真っ暗だ。落ちれば死ぬ。だから必死にもがき続ける。手の届きそうなところでニヤリと笑った母と姉が僕を見下している。そして手を伸ばしてくれた大輔を掴み損ない落ちていく。二度ともどれない深い闇へと。
また同じ夢だ。ここ数日悪夢が続く。
瞼を開けると白い天井が見える。白い天井の上には青い空が広がっているはずだ。窓の外に目を向ければ見えるその景色すら最近は見ていない。電球色の光を浴びながらなにをするでもなく過ごす。学校ではちょっとしたクリスマスパーティーをやってるらしい。今日が終われば明日からは冬休みだ。
また気分が悪くなってきて目を閉じる。
カラスの鳴く声が聞こえる。きっともう夕方だ。カラスと一緒に帰りましょうというのはなんの歌だっただろうか。カラスなんて朝からゴミ捨て場で鳴いているのに、なぜか夕焼けが目に浮かぶ。ひぐらしが鳴いているのを聞けば夕方を感じることもできようが、あいにく今はそんな季節ではない。
しかしカラスは時に夜を思い出させる。闇に舞い降りた悪の使者は僕に不吉なことを告げる。黒い目には何も映らない。ただ、深い闇が広がるだけだった。
コンコン、扉がノックされる音がする。
「裕太、ちょっと部屋に入れてくれよ」
大輔の声がした。自然とベッドから立ち上がる。
「裕太、私も」
由梨の声がした瞬間、また奇妙な不快感に襲われる。体が言うことをきかない。
由梨のことが嫌なわけではない。自分でもよくわからなかった。結局
「ごめん、今日はむりだ……」
とだけ呟き部屋の隅に座る。
「そっか。じゃあまた来るな」
そう言い残して、大輔は階段を降りていった。
でもとか、だってとか由梨の声がかすかに聞こえていた。こういう風に気を使ってくれる大輔は本当によくできた親友だった。
2人が玄関を出る音がした。由梨には申し訳ないと思ってる。きっと心配してくれているだろう。もちろん大輔にもだ。
決してお母さんもお姉さんも由梨も嫌いなわけではない。でも今は受け入れられない。頭ではない、心がだ。拒絶反応を示す。そんな自分にも腹が立つ。それが不快感に拍車をかける。
部屋の隅で丸くなり、時間がただただ過ぎゆくばかりだった。
また少し落ち着いてくる。きっと大輔のことだ、冬休みの課題やプリントを届けてくれているに違いない。そう思い、ドアを開け、部屋の外を覗く。
予想通り、プリントの束が重ねられていた。そしてその横には綺麗に包装された箱が転がっていた。リボンでくくられたその箱には小さく丸い字でメリークリスマスと書かれていた。由梨の字だった。
そっか。今日はクリスマスなんだな。そういえば大輔もそんなこと言ってたっけ。
包装紙を丁寧にはがす。箱を開けると赤いマフラーが入っていた。
また衝撃が僕を襲う。
しかしそれは不快感ではない。とても懐かしいものだった。
前にもあった。確か小学生5年生のころ。由梨はクリスマスに自分で編んだマフラーをプレゼントしてくれた。心の底から思い出される懐かしい記憶だった。
マフラーを巻いてみる。とても暖かい。
目から涙がこぼれた。ほおを伝ったしずくがマフラーへと吸い込まれていく。
それからしばらく泣いた。
心が晴れていく。
しばらくろくに見ていなかった部屋の中を見渡し、雨戸を開ける。入ってきたのは少し寒い冬のカラッとした空気だった。
ケータイを取り出し由梨にメールを送る。
「マフラーありがとう」
返事はすぐに帰ってきた。
「うん」
短いやりとりだったがお互いの心は通じ合ったように思えた。
僕はリビングに降りていく。母と姉は驚くでも、心配するでもなく、いつも通り僕を迎えてくれた。
「裕太、おかえり」
にっこり笑顔でそれだけ言った。
「うん」
僕はいつものようにソファに腰をかけた。




