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チャイムが鳴り、授業の終了を告げる。教科書や筆箱を鞄につめ、帰る支度をする。
「裕太、一緒に帰ろ」
由梨が自分の鞄を持ってこっちへ来た。珍しいことではあるがどうせ帰るとこは一緒なんだ、たまにはいいだろう。
「いいよ。行こうか」
さあ、お姉さんと待ち合わせしているはずだがどこにいるんだろう。
「あっ、来た来た。裕太、由梨ちゃん、こっちだよ」
お姉さんはイチョウの木の下で待っていた。いつもの場所ってここかよ。お姉さんはイチョウの木にもたれかかったまま片手をあげる。
「おう」
僕も手を上げてできるだけ自然にお姉さんの待つところへと行く。
……やっぱりちょっと恥ずかしい。
「由梨ちゃんも行くよー」
僕たちはちょっと変わった組み合わせで駅へと歩いた。
「たまにはどこかで遊んで行かない? はる姉ちゃん」
由梨は実に楽しそうだ。
おっと、そういえば、今とても重要なことに気づいた。僕はお姉さんの名前を知らない。
はる姉ちゃんってことははるかかな。兄弟なのだからそんな当たり前のことは絶対に間違えられない。家に帰ったら調べておこう。
「いいねー。うーん、ここら辺だとカラオケかなー」
「カラオケ賛成ー」
由梨は幼馴染ということもありお姉さんに敬語を使っていないようだ。それどころか姉妹にさえ見える。大人っぽく見えるお姉さんもカラオケで喜ぶ普通の高校生だ。
「裕太もそれでいいよね」
由梨はにっこり笑顔でこちらを向く。
えっ、僕も行くのか。
「うん、まあ」
これは緊張するなあ。
ふと思ったんだけど由梨との距離が昨日までより近づいている気がする。これは気のせいなのだろうか。
今、カラオケではお姉さんが歌っている。
……かなりうまい。今朝からつくづく思い知らされるがこの人は天才なのか! 料理はできるし頭もいい、その上、歌もうまいじゃないか。
お姉さんと由梨は交互に、またデュエットして歌う。定番の歌謡曲から洋楽まで、さまざまなジャンルの歌を歌い尽くしていた。
「裕太も歌っていいんだよ」
気をきかせて由梨は言ってくれる。
「いや、僕はいいよ」
僕は2人の歌を聴いているだけで楽しかった。遠慮とかではない。僕は歌が下手だからいうこともまったく関係ない。
ただ純粋に楽しかった。
「あー、歌った歌った」
「うん。楽しかった。はる姉ちゃんと来ると超テンションあがるよ」
由梨はいまにもスキップしだしそうないきおいで歩いている。
家の前まで帰ってきた。
「あっ、郵便屋さんきてるじゃん。ちょっと受け取って来るね」
そういってお姉さんは我が家のポストの前に立つ人に駆け寄っていった。
「裕太、今日ほんとに楽しかった? 」
2人になった由梨は少し不安気に聞いてくる。
「楽しかったよ。上手な歌聴いてるのって結構楽しいもんだよ」
僕は思ったままの感想を伝える。
「そっか、それはよかった」
由梨の顔はぱぁっと明るくなる。
「また遊びに行こうね、裕太」
……今度は2人で。
なぜだか由梨は少し顔を赤くしながらひらひらと手を振った。
「じゃあねばいばいまた明日」
早口でそれだけ言うと、由梨は自分の家へと駆けていった。
夕飯はお母さんが朝作ってくれたものを温めて食べる。これはいつも通りだ。違うのは1人で食べないということ。お鍋のおかずを皿へといれる。
「さあ裕太、食べましょ」
2人向かいあって食卓に座る。
僕はテレビをつける。いつも見ているテレビ番組にチャンネルを合わせた。
僕は兄弟というものがまだよくわかっていない。見たいテレビを争ってケンカしたりするものなのだろうか。高校生にもなってそれはないか。
そんなことが気になり、ふとお姉さんを見るが、普通にテレビを眺めていた。
そんな感じで一日が終わりベットに入ってゴロゴロしていた。
今日1日お姉さんといたおかげでだいぶお姉さんという存在に慣れた……。
…………嘘だ。
緊張するし、家の中なのにこんなに気を使って生活したのは初めてだ。頭の中がパンクしてしまいそうだ。
ほんとにどうなってるんだ。
明日は病院に行こう。記憶喪失って可能性はあるのかな……。
また明日ゆっくり考えよう。
お姉さんの持ち物を調べたところ、名前は晴美だとわかった。
というのが今日の出来事である。
思い出しながらいろいろ考えたが、困惑が大きくなっていくばかり。
よし。しょうがない。今日は寝よう。
僕は電気を消して、そっと目を閉じた。
まぶたの裏側に映るお姉さんの顔がなかなか消えなかったが、それも時間とともに夢の彼方へと流されていった。




