最終話
日が暮れて漸く目的地のマジソニーへ到着する。
宿へ向かうと一人部屋がちょうど人数分空いていたので、各々が自室へ向かった。
私は荷物の整理をして一息ついた時、部屋の入り口の扉の下に、白い紙が挟まっていることに気づく。
『お話があります。今夜10時に部屋で待っています。 ベニキア』
紙にはそう一言だけ書かれていた。
時計の針はすでに10時を指そうとしていた。
私は廊下に出て、ひとつ隣の彼女の部屋に向かう。
扉を2度叩き、返事がないので扉を押し開く。鍵も掛かっていなかったため、少しの軋む音とともに難なく開いた。
そこで、目に飛び込んできたのは、ドレスがはだけたベニキアさんと彼女の服に手をかけるフェルナンド様だった。
目の前の状況を一瞬で理解したが、体が動かず2人の光景からも目が放せない。
するとベニキアさんは、はだけた胸を隠そうともせず妖艶に微笑んだ。
「あら、何のかしら? フェルナンド様と良いところですのに」
その言葉に私の体はバネのように動いて、宿屋の入り口へと走り出した。
「ローザリア!! 止まれ!!」
フェルナンド様が、背後で叫ぶ声がした。
そういわれても、逃げ出したい気持ちで衝動的に動く体は止められない。
しかし、走り出すとすぐに誰かの胸にぶつかった。
驚いて見上げればコーサスさんだ。
にっこり笑って、私の手首を捕らえる。
「放してください!」
逃げようと必死に身じろぐも、びくともしない。
「ダメだね。フェルナンドが入っていったベニキア嬢の部屋から、そんな顔して出てきたんだ。何かあったんだろ? 予想はつくがな」
体を捻りながら視線を反らせば、コーサスさんがため息をつく。
「君は勘違いの天才らしいからな、まずフェルナンドの話をちゃんと聞いてから逃げだすなり、何なりすればいい」
「嫌です! 放してください!」
嫌がる私をコーサスさんは引きずるように、あの場所へと連れもどした。
放してくださいと何度もいうが、聞き入れてもらえなかった。
戻った部屋の前ではフェルナンド様が立っていた。
彼が私に触れようとして伸ばされる手を、私は叩いて拒否する。
「ローザリア、誤解だ。俺の話を聞いてくれ」
何も聞きたくなくて逃げようもがくけれど、コーサスさんは未だ私の腕を掴んでいる。フェルナンド様は、彼に背を向けた私に言葉を続ける。
「ローザリアのことで話があると言われて、この部屋にきたんだが、なんのことはない。自分がいかに俺に相応しいかを延々喋り、いきなり口づけられた。しかも、服も脱ぎだしたから、驚いて着せようとしたところ、君が来た。……誓って俺は何もしていない」
フェルナンド様の話を俯きながら聞く。
そこに、ベニキアさんが笑った。
「フェルナンド様、そんな嘘を仰らなくても構いませんのに。突然お部屋に来られて、情熱的な口づけの後、わたくしを押し倒したのではありませんか」
「黙れっ! そんな嘘を堂々と言いやがって! おまえのような人間は視界に入るだけでも汚らわしい!」
2人のやり取りの声が収まると、コーサスさんが私に聞いてきた。
「さぁ、ローザリア嬢はどっちの言い分を信じる?」
「…………」
「ローザリア。信じてくれ、俺を……」
フェルナンド様の真摯な声が、私の耳と心を揺さぶる。
彼はいつだって偽りない思いを、真っ直ぐ一生懸命私に自分の思いを伝えてくれていた。
だから、今回だって……分かっている、分かっているのだけれど。
「じゃあ、どっちの言い分を信じたい? 君はもう分かっているはずだよ。大丈夫自分を信じて」
「私は……、フェルナンド……様を信じます」
俯きがちに自分の考えを口にする。
声に出せば、自分の中の迷ったり不安がる気持ちが消えて、言葉通りの心持ちに変わっていく。
コーサスさんが、ぽんぽんと頭を撫でた。
「あなたが何を信じようとかまいませんが、事実は変えられませんわ!」
「……ベニキア、大概にしてくれないか」
フェルナンド様が、怒りを多分に含んだ低い声を発した。
「たとえおまえが、一糸纏わぬ姿になったとしても指一本触れたいとも思わない! 俺が求めているのはローザリア=マーティンただ一人だけだ、これまでもこれかれも。ずっとだ!」
彼女がすがるように、彼に伸ばした手はフェルナンド様に弾かれた。
「触るなっ。これ以上何か、俺やローザリアに仕掛けてくるのであれば、家を頼るのは不本意だがダーランド家の名をもっておまえを排除する」
「でも、わたくしは……」
「あんたさー、」
ベニキアさんの声を掻き消すように、コーサスさんが声を上げる。
「お呼びでないことがまだ分かんない訳?」
「な、なんのことですの?」
「フェルナンド、さっさとローザリア嬢を連れていけ」
フェルナンド様は頷くと、私に歩み寄って腰に手を回し歩みを促した。
私は大人しく彼に連れられて歩く。
「お待ちになってフェルナンド様! わたくしは、わたくしはただ、あなたのことが好きなのだけなのです」
フェルナンド様は、振り向きも返事もしなかった。
「フェルナンド様!」
ベニキアさんが、甲高い声で叫ぶ。
私は首を巡らせ後ろを振り向くと、コーサスさんが暴れるベニキアさんの腕をっていた。そして、顎で行けと指示を送ってくれる。
私たちは、フェルナンド様の部屋に向かった。
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自分達の呼吸や、布が擦れる音しかしない空間。
お互いが一歩近寄れば触れ合える距離で、お互いの顔を見つめ合う。
「俺の話を信じてくれて、ありがとう」
彼が私の右手をとり、両手で包み込んだ。
「不安ならなんでもする。命を賭してもかまわない」
私は困った様に笑った。
「大丈夫です、フェルナンド様の言葉を信じます」
事実何もなかったのだろうと思うし、そこまで言ってくれる彼の誠実さを信じたい。
フェルナンド様は、流れるような優雅な動作で体を落とし、片足で膝まづいた。
そして、私の顔を見上げてくる。
「6年前君と出会ってから、君を想わない日はなかった。あの夜の君が俺を変え、今も俺を支えてくれている。君の薔薇で傷ついた指先が持つ熱は、消えることなく甘く俺の心で疼くんだ」
あの時から、この方も私と同じように想っていてくれたんだ……。
「君が他に将来を願う人いたと知っても、心は君を求めて止まなかった」
彼の言葉に、アレクシオのことだと直ぐに気づく。
「誤解です。アレクのことは借金の返済の為の婚約であって、あの券のお陰で婚約は解消しました。……フェルナンド様、貴方が私を救ってくださいました」
アレクシオには親愛の情しかない。彼とそのまま結婚しても幸せだったかもしれないが、フェルナンド様を想う自分の気持ちを胸に秘めたまま生きることは、今思うと耐え難いことだと分かる。
「思い返せば、いつも私は貴方を傷つけてますね」
「君がくれるものなら、何だってかまわない」
打てば響くように、彼の言葉が返ってくる。
「君を愛している。君の全てが愛おしい」
フェルナンド様が私の手の甲にそっと口づけた。
私は、ゆっくりと膝をつきフェルナンド様を見上げるように、顔を上げた。
「フェルナンド様、私も貴方を愛しています」
そして、溢れる喜びを伝えるように微笑みを浮かべたまま私は問う。
「ずっとお側にいさせていていただけますか?」
フェルナンド様は、勿論だと囁いて私に口づけた。
その言葉が、私のいつかの決意を変える。
『あなたの傷が癒えるまで、あなたと』から。
『あなたの傷が癒えても、ずっとあなたと』へと。
一寸の時を惜しむかのように口づけを繰り返し、愛を語り合う。
これまでの想いを確かめ合うように、そしてこれからの未来を確かめるように。
空はあの夜のように、雲一つないとても綺麗な夜だった。
しかし、今夜は2人をわかつものは何もない。
勿論、これからも。
……そして、いつまでも、ずっと。
~お終い~
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
本作品はこれでお終いです。
つたない文章でしたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
誤字脱字や読みづらさなどご指摘いただき、ありがとう御座いました。
そのほか頂いた感想もとても嬉しく拝読させていただきました。
少しでも笑って頂けていれば幸いです。
後日、おまけでこぼれ話などを追加しますので、よろしければご覧いただければと思います。
それでは、重ねてありがとうございました。
ジャイアン・ト・コーン




