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私の視線を受け止めて、ベニキアさんは少し怯んだ。
しかし、すぐにいつもの調子を取り戻して姿勢を正す。
「その決意はご立派ですけど、ダーランド家とあなたでは身分が違いましてよ」
「今のダーランド家の結婚は、身分を必要としていません。そうよね、キャロル?」
キャロルに確認するように目線を送れば、しっかりと頷いた。
「そうよ。当主の御爺様は、身分の低い御婆様を娶られました。けれど、身分差という点でずいぶん苦労されたから、私たち家族は身分は気にせず、好きな相手を選ぶように言われているわ」
そこまで言って、キャロルは私を見て微笑んだ。
「それに、こんなに可愛い妹ができるんですもの。私もローザリアとお兄様が一緒になるなら援助を惜しまないわ」
「キャロル……」
そこまで思ってくれていたなんて思わなかった。
感動で胸が一杯になる。
「ふん、ですけど、その見れない貧相な容姿で、フェルナンド様の横に立つのは他の皆様のお目汚しになるとは思わなくて?」
次の攻撃に次は私が怯む番になる。
そこを突かれると、胸を張って大丈夫だといえる自信がない。
だが、あのアレクシオが褒めてくれた上に、この2ヶ月で少しは女性らしく努力した結果昨日は、フェルナンド様に綺麗になったといってもらえたのだ。
ベニキアさんのように、豊かな髪も胸もない。くびれもなければ、女性らしさも足りない。
足りない尽くしの私だけど、2人が灯してくれた確かな暖かさが、私の心を支えてくれる。
「いまは、まだ自信を持ってあの人の隣には立てないですけど、必ず変わってみせます」
負けないように一言一言言葉を連ねる。
ベニキアさんの顔が赤く高潮していく。
「図に乗るのもいい加減になさい!」
パン、と乾いた音が車内に響く。
私はベニキアさんに叩かれた右頬に手を当てた。
彼女はわなわなと怒りで震えていた。
驚いたけれど、ちっとも痛くなかった。
こんなのアレクシオに抓られる方がまだ痛いしっ。
ぐっと体に力を込めて叩き返そうとした瞬間、パン、と再び乾いた音が響く。
キャロルがベニキアさんの頬を叩いたのだ。
「どっちが図に乗ってるって言うの! 見苦しいにも程があるわ! お兄様に邪険にされてるにもかかわらずべたべたくっついたり、ローザリアに突っかかったり! 何様なの!」
……まったく同じことをして、同じことを言うつもりだったのが、全部キャロルに取られてしまった。
怒りが収まり、愛されてるなと笑みが浮かんでしまう。
そこに、私たちの異変を感じたのか、馬の嘶きとともに馬車が止まった。
出入り口の扉が叩かれ、そっと開かれる。
コーサスさんが顔を覗かせた。
「なにかありましたか?ご令嬢方」
頬に手を宛て涙目のベニキアさん、怒りに震えるキャロル、そして叩かれたことを隠すため頬を手で押さえた私。
その状況を見て何かを感じ取ったコーサスさんは、何も言わずに、にっこり笑って扉を閉めた。
……コーサスさん、あなた自分に火の粉が及ばないように逃げましたね?!
再び動き出した馬車の中、いつまでも怒って息を荒くしているキャロルを落ち着かせるため、馬車の窓を開けて冷たい風を吹き込ませた。
どうやら寒がりなベニキアさんへのちょっとした意地悪も込めてだ。
しかし、すぐに「ばか! 寒いから閉めて!」とキャロルに怒られて、私の小さな嫌がらせを含んだ作戦は失敗に終わった。
ローザリア劇場
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◆影の存在②
二度目まして、馬車の御者です。
今、私の後ろが修羅場中です……。
近いから、嫌でも聞こえてくるんですよ!
異変を感じた護衛①が、馬車を止めるよう指示してきました。
確認の為、扉を開けて直ぐに閉めた護衛②に、護衛①が聞きました。
「そんな短い確認で大丈夫か?」
「大丈夫だ問題ない」
それ死亡フラグですから!
ああ、護衛②に幸有れ……。




