18
翌日。
昨日一日中チラチラ降っていた雪は幸いにして積もらず、本日も順調に馬車は走っていく。
天気は良かったものの、ぐっと下がった気温のお陰で、馬車の中はコートの上にひざ掛け等の防寒具を身につけなければないほどの寒さを感じた。
お昼を過ぎた頃、休憩のため、街道沿いの原っぱに馬車が止まる。
昼食は宿屋に泊まった町で購入した軽食だ。
保温性のある入れ物に入れていた暖かい紅茶で、軽食を流し込む。
お腹が一杯になったら元気も沸いたので、寒がる2人を置いて、私は一人で外に出ることにする。
道中の車内で隣り合う私とキャロルは、お互いの体温で暖を取るように身を寄せ合せていたが、ベニキアさんは向かいの席で一人、防寒具を何枚も着込みながらも唇を真っ青にして座っていて、ちょっと可哀想だった。
扉を開ければ、身を切る様な冷たい風が吹き込んできた。
キャロルが、さっさと閉めなさい! と怒ったので最低限に開いた隙間から、するりと地面に降り立つ。
もう昼食は食べ終わったのか、湯気の立つカップを手に、談笑する2人の姿を発見する。向こうも出てきた私を見つけ、フェルナンド様がやって来た。
「どうしたんだ、ローザリア」
「なんだか、外に出てみたくて」
フェルナンド様は、そうかと気まずげに視線をそらすと、深く頭を下げた。
「昨日は、すまなかった」
「……いえ、いいんです。昨日はベニキアさんとお楽しみだったようですし、私も一人静かに眠れました」
「いや、違う! 彼女がっ」
意地悪をっぽく言うと、彼のとても慌てた様子に思わず笑ってしまった。
分かっている。
彼が彼女を邪険に思っていて、その気持ちを隠そうとしない態度を取っていることも。彼女が一方的に付きまとっている状態だということも。
「冗談です。コーサスさんから聞いてます。キャロルと3人でいたって」
フェルナンド様は大げさに息を吐き、安堵した表情を見せた。
「本当は、その、寂しかったですよ? ……来てくれなくて」
自分の素直な気持ちを俯きがちに言ってみた。
「ローザリア……」
近づく彼の気配に、優しく触れられることを期待をして待っていると、くしゅんとくしゃみが出た。
「もしかして風邪か? いけないな、俺のコートを着るといい」
「くしゃみ一つで、大げさです。大丈夫です!」
自分のコートのボタンを外そうとするフェルナンド様を止める為、彼の胸元に手を伸ばしたとき、背後で扉が開く音がした。
振り向けば、ベニキアさんが馬車から降り立っていた。
コートも防寒具も身につけず、胸元の大きく開いたドレス一枚で。
見てるだけで寒さを倍増させる彼女の姿に、私たちは驚愕する。
あの、だ、大丈夫ですか?
震えてますよね。
唇だってほんと真っ青だし、ほら寒さで歯がガタガタいってますよ。
心なしか、顔も青いですよ!?
「フェルナンド様、どうされたのですか?」
どうしかしてるのは、ベニキアさんの方だよ!
と、誰も突っ込めない程、彼女の様子は痛々しい。
十中八九、私とフェルナンド様の様子を見て出てきたんだろうけど、ここまで体を張ってでもやり遂げようとするその根性は尊敬に値する。
「はーい、休憩お終いの時間ですよー。ご令嬢は馬車に戻ってー」
しかし、彼女の捨て身の行動も空しく、コーサスさんが休憩終了の掛け声をかけた。
車内に戻った私たちを乗せて馬車は走り出す。
中に戻るなり、ベニキアさんは急いで防寒具を着込んだ。
やっぱり寒かったんだね、ベニキアさん。
哀れみの視線になってしまったことは仕方ない。
これまでと同じように車内は沈黙に包まれていたが、彼女が突然私の名前を読んだ。
「貴方、頭がよろしくなくて?」
そう、いつもの睨みを利かせた顔で言葉を続けた。
「先日立場をわきまえなさいと、わたくし貴方にお伝えしたのですけど?」
隣で息を呑む声が聞こえた。
キャロルには、先日のこの令嬢とのやり取りは話していない。
何か言おうとしたキャロルの膝に手を置き、何も言わないでと視線を横目で送る。
「覚えています。ですが、私はフェルナンド様を諦めないと決めたんです」
ベニキアさんの目を見て、私ははっきりと自分の意思を伝えた。
ローザリア劇場
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◆影の存在
どうもこんにちは。
あっ、お前誰だって思いました?
ご令嬢達が乗っている馬車の御者です。
一文字だって、出てきませんが居ます。
旅が始まって、あんな時やこんな時も実は側に居たりします。
空気ですね、はい。
今日も軽食を食べていたら始まった、護衛①とご令嬢①の甘い雰囲気に、もうお腹一杯です。
とにかく、一言いってもいいでしょうか。
「リア充、爆発しろ!」
ちなみに彼女募集中です……。