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「ふふふんふふー」
私は、鼻歌交じりに、目の前の天秤へ乾燥したネーロの葉を磨り潰した物を乗せていく。
ここは、ローザリア国の王宮内にある、王宮薬学研究室。
日々新しい薬を生み出すため、研究に励む私の職場だ。
今取り扱っているのは夏の女王と呼ばれる柑橘系の果物の葉っぱなのだが、砕いてもなお、すっきりとした香りがかすかに匂ってくる。
先日のオークションのおかげで、借金をすっかり返済し、身も心も軽くなった私は非常に気分よく作業を行っていた。
あの後、オークション直前に4000万ペンドを用立てようとしてくれた知人に事情を説明し1000万円のみ借り、デート券と引き換えに得た3000万ペンドと併せて4000万ペンドを手に持ち借金の貸付元の屋敷に行いった。
あの男の前に4000万ペンドを耳をそろえて、置いてやったときのあの顔。
ぷぷっ。
可笑しいったらない。
「ご機嫌ね、ローザリア」
顔を上げると机の向かい側に、研究室の先輩であるキャロルが立っていた。
ウェーブのかかる黒い艶やかな髪を後ろにまとめ、銀の瞳が胡散臭そうに私を見ている。白いワイシャツに、緋色のタイをきっちりとしめ、紺色のスカートの下に見える足は細く長い。羽織る白衣にはお洒落のためか、小さなブローチが襟元についていた。
「そりゃ、ご機嫌よ。なんたって、綺麗な身になれたんですもの」
一方、私は同じ白衣とワイシャツだが、下は長いパンツを穿いている。
銀色のくすんだ髪は、少年のように切り落としていたし、目があまりよくないため、職場では黒縁の眼鏡を使用していた。
全て経費削減・借金返済のためだ。
男性の服のほうが安いし、髪は切って売り払い、眼鏡も顔を覆わないお洒落なアクセサリーのようなものもあるが、値が張るため普通の眼鏡にした。
眼鏡を外せばそれなりに女性らしい顔をしている(と自負している)のだが、大きな眼鏡で覆っているし、体は出てるととこも出ず引っ込むとこも引っ込んでないので、研究室以外の人には、私は男だと思われているに違いない。
「ほんとに、信じらんないわ!あのお兄様とのデートの権利を売り渡すなんて!」
そう言って、向かいの席に腰を下ろすと、テキパキと薬の調合の準備に掛かった。
眉根を寄せて怒った顔も美しい彼女は、フェルナンド様の妹『キャロル=ダーランド』だ。
ちなみに、あの日の祭りに誘ってくれたのも、くじ引き券をくれたのも、くじを引かせたのもキャロルだ。
全て『強引に』という言葉が付くが。
彼女はこの研究室の先輩で、私より1歳上の面倒見のよい先輩として過ごしてもらっている。
「でも、手段が大きく違ったけど、結果ローザリアの借金返済に繋がって良かったわ」
「ありがとう、キャロル。あなたがあの時誘ってくれなかったおかげよ。感謝してる」
「お兄様には、不名誉な噂が立ってしまったけどね」
「男色家?」
私が伺うように聞くと、キャロルがはぁと息を吐いた。
「お兄様も運が無いにも程があるわね」
私がオークションで売り渡した『フェルナンド様とのデート券』のデート執行日の夜、目撃した人々によると、フェルナンド様は、帽子を目深に被ってなお色気あふれる男性と腕を組みながら歩き、親密に囁きながら食事をし、宿屋に入っていったという。
極めつけが、その夜彼が宿舎に戻ってきた時、自らの尻に手を当てて、足腰が立たないのか柱に縋っていたという。あくまで噂だが、この手の話に目がない人々によって、あっという間に世間様に広がった。
デート執行日は、くじ引きの景品が公表された時点で掲示されていた。
普段は敵同士の乙女もその日ばかりは一致団結し、華麗な連携によるフェルナンド様の行動の共有が逐次なされた。デートの場所も様子も監視され、デートの行く先々で、あたいのフェルナンド様をたぶらかす女はどんなヤツだ!と乙女達が、夜の町中で瞳を爛々と輝かせていたらしい。
その話を聞き、心の底から私良くやった!と自分を褒めてあげた。
恐怖体験付きの呪いの券など売り渡して正解だ。
「そうだ、ローザリア」
顔を上げあると、キャロルが白い紙を手渡してきた。
「何ですか、これ?」
それはメッセージカードで、裏には場所と時間が綺麗な字体で書かれていた。
顔に近づけると甘い花の香りがした。
「ちょっとしたお使い。午後からの業務に遅れてもいいから、昼食を食べる前に行ってきてちょうだい」
「場所と時間しか書いてないけど?」
「行けばわかるわ。絶対行くのよっ」
ずいと机の上に身を乗り出して迫るキャロルに、私は、「はぁ」と気の抜けた声で返した。
カードには、『王宮第5庭園へ12:00に』とだけ書かれていた。
改めて内容を確認した私は『第5庭園』という文字に対し、「はぁ」とため息をついたのだった。
2014/10/10 一部内容修正。(「あの後、オークション直前に~」という説明を追加)
2014/10/15 誤字脱字、一部内容を修正。(同僚を先輩へ変更。)
次回、乙女の憧れフェルナンド様が登場。
ローザリアの冒険
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キャロル姫 :おお勇者よ、あなたにこれを授けましょう。
◆ローザリアは、メッセージカードを手に入れた!
キャロル姫 :必ず向かうのですよ?
◆ローザリアは、王宮第5庭園に行けるようになった!
フェルナンド:(ソワソワ、ワキワキ)