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アレクシオと食卓を囲む中、フローラはキャロルの事が気に入ったのか楽しそうに今日の出来事を話している。
私とフェルナンド様のことは言わないようにと事前にいっておいたので、あの事がばれる心配はない。
フローラが「大人にも色々な事情があるものね」と知った風にの賜ったのだが、そんな言葉どこで覚えたのか、後で姉さんに教えなさい。姉さんは、あなたの言葉にとっても泣きそうです。
ちなみに、アレクシオは貴族の嫡男だが、今は屋敷をでて城下町に一人で住んでいる。
中心街に建っているアパートで、調理場とダイニングを兼ねた部屋が一つ、大きなソファが置かれた書斎兼仕事場が一つ、そして、寝室が一つの計3部屋を有している。
食事をして、一しきりおしゃべりを楽しめば、フローラは欠伸をし始めた。
私も今日はいろんな事があって疲れていたので、妹と一緒にベットで横になる。
しかし、今日フェルナンド様とのことを思い出すと、目は冴えて寝付けなかった。
フェルナンド様は私の事を、好きだと言ってくれた。
今思い返しても、胸の鼓動が早くなっていく。
でも、彼は高貴な家柄で、彼自身も素敵な人だ。私なんかと比べるのもおこがましい。
でも、私は彼が好きだ。
でも、彼に私は相応しくない。
頭の中を駆け巡る否定の繰り返し。
寝返りを何度も繰り返して、答えの出ない答えを探す。
幾ばくかの時間が経つと、蝶番が軋む音がして暗い部屋に一筋の明かりが走る。
アレクシオが静かに部屋に入ってきてベット脇に佇んだ。
「なんだ、まだ寝てないのか」
瞳を開けていた私を見て静かに告げた。
「うん」
「何かあったかい飲み物でも作ってやる、来い」
それだけ言って、彼は部屋の外に出て行った。私も素直に起き上がり後を追う。
ダイニングに置かれている木製の椅子に座り、会話もなくコンロに向かう彼の背中を同じく会話もなく見詰める。
アレクシオは、あまりしゃべらない。
今日みたいな食事の場でも私やフローラが主にしゃべり、それに対して相槌を打ったり、二言か三言話すに過ぎない。しかも、無表情で。
表情が出たとしても機嫌が悪そうな感じや、本当につまらないんだろうなという表情だ。
笑った顔なんて年1回あればいいほうだ。
程なくして、目の前にホットワインを入れたカップが置かれた。
アレクシオも同じカップを手にして私の隣の席に座る。
今日フローラが口にした婚約者のことを思い出し頭を下げた。
「今更だけど、借金の事ありがとう」
ふんと鼻で笑われた。
4000万ペンドの借金を抱えた時、私は途方にくれた。
何とかお金を稼げないかと屋敷の物を売ったり、日雇いの仕事をしてみたが、手に入るお金はほんの僅かしかなかった。
それでも、私の変化に気づいた彼に問い詰められたが、私は借金のことは口を頑として割らなかった。
アレクシオとは生まれたときからの仲で、父や母がいなくなった今残された、私たち姉妹の最後の『家族』のようなものだ。
血の繋がりはない。
しかし、母は彼を弟のように可愛がり、私やフローラは兄のように慕った。そして、彼も彼なりに誠意一杯の愛情表現を持って私たちを可愛がってれている。
いつか、母が私にこっそり教えてくれたのだ。
彼の言葉の悪さや手が出る暴力は、愛情の表現方法なのだと。
不器用な優しさを知っているからこそ、迷惑を掛けたくなかった。
借金のことを知れば、無理やりにでも返済をしてくれるだろう。
そして、そうなった。
隠し事が判明した時、アレクシオは烈火のごとく怒った。
散々怒られ、頬を抓られ、最後にこういった。
「借金は僕が返す」
でもと、私が抵抗を見せると頬を抓られた。
「タダだと思うなよ、糞餓鬼が。僕と結婚しろ。一生掛けて返済させてやる」
アレクシオの事は親愛の意味で好きだ。
彼が言ってくれた言葉は一見悪徳業者みたいな言い方だが、つまるところ、私に返済させる気などないのだ。
結婚という代償で相殺してくれると言っている。
その優しさと他に用立てる宛てのない私は、婚約者になることに頷いた。
しかし、その数日後、例のくじ引きで手に入れた『デート券』で、3000万ペンドを手に入れた私は、残りの1000万ペンドだけ彼に借りることにして、婚約は辞退した。1000万ペンド分は、時間が少しかかるが返すめどが立っているからだ。
彼の一生を私がもらうなんて贅沢すぎた。
「どうせダーランドの坊主のことでも考えて、寝付けなかったんだろ」
突然の問いに驚く。
アレクシオはカップを置き私の方を向くと、そのまま私を抱きしめた。
そして、私の頭に顎を乗せ低い声で呟く。
「そんなに辛いなら、あんな餓鬼なんて諦めて僕を選べばいい」
彼の指が私の髪を優しくゆっくりと梳く。
「頷けよ、ローザ。そうすれば、身も心も全部僕の虜にして、すぐにアイツのことは忘れさせてやる」
フェルナンド様を諦めれるのだろうか、私は。
あの人を想うだけで、こんなに胸が痛くて会いたくてたまらないのに。
それに、身分だって違うし容姿だって見劣りするけど、好きな気持ちだけは誰よりも持っていると思う。誰かに何か言われても、この気持ちは変えられない。
……そうか、そうなんだ。
自分で否定しても誰かに否定されても、結局は彼が好きなことには変わらない。
否定する度に、確実に彼をどれだけ好きか気づかされる。
わたしは、こんなにもフェルナンド様が好きなんだと。
だから、もし報われない想いだとしても、まだ今は諦めたくない。
「ありがとう、アレク。でも、私はもう少しフェルナンド様の事想っていたい」
「上出来だ、この糞餓鬼が」
アレクシオは私を解放し、頬を力一杯抓って笑った。
「頭の悪いお前のことだ、身分がどうとか考えているんだろうが、今のダーランドの当主は、身分差の恋愛結婚だ。だから、息子や孫達の結婚云々に身分の事で口出しすることはまずない」
そっか、よかった。
安堵で胸が一杯になる。
あとは、この貧相な容姿か。
どうにかできるかな。
「あと、お前はそこらへんに転がる女共よりずっと綺麗だ」
あのアレクシオが、私を褒めた。
驚きで口が開く。
「今日も家にやって来たお前を見て、どこの妖精が迷い込んだのかと思った」
彼の言葉に再び驚く。
今日はキャロルの家で綺麗にされた格好のまま来たが、それにしても今日のアレクシオは変だ。褒めるなんてめったに無いことだ。
嬉しさを通り越してなんだか気持ちが悪い。
まだ季節は秋の終わりに掛かるくらいだが、明日は雪でも降るのではないだろうか。
それでも言ってくれたことは素直に嬉しかったのでお礼を述べておく。
「ありがとう、お世辞でも嬉しい」
そいうと、なぜか頬を抓られた。
「僕がお前みたいな餓鬼に、お世辞を言うと思ってるのか?」
いえ、全く持って思いませんとも。
なので、ほっぺたを開放してください。
「そうだな、もう一言いえば……」
そういって、私の髪を一房手にする。
「僕がうっかり結婚しても良いと思うくらい、お前はいい女だ」
愛おしそうな顔で髪へ口づけた。
初めてみた彼の態度に顔が熱くなる。
すると、無表情に戻ったアレクシオが私の頬に手を当てた。
「どうした、顔が赤い」
「なんでもない!」
それだけ言って机の上のカップを取ると、顔を隠すようにホットワインを口にしたのだった。
ローザリア劇場
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◆フローラは見た
アレク:「お前はいい女だ」
ローザ:(顔が赤くなる)
フロー:(お姉様とアレク叔父様が、いちゃラブしてる!!)
フロー:(フローラは誰にも言いません。ええ、キャロルお姉様以外、誰にも言いませんとも)
~後日~
キャロ:室長といちゃいちゃしてたんだって?この!
ローザ:なぜそれを!?
フロー:にやり




