1
本作品には、男性同士の性描写を匂わす文章がありますので、苦手な方はお気をつけください。
舞台の上で、仮面をつけた男性が目の前のシルクの布を一気に取り払った。
「本日の目玉商品は、我が国の第二騎士団長であられるフェルナンド=ダーランド様との一日デート券です」
『あれが!』とか『ぜひとも私の手に』などと、ざわざわと辺りの人々から声が上げる。
あのフェルナンド=ダーランド様とのデートの権利。
さあ、いかほどの値がつくのか。
「いよいよね」
私はごくりと喉を鳴らせた。
--------------------------------------------------------------
ここはとある貴族の館で開かれているオークション会場だ。
広めのホールには、通常であれば天井にあるシャンデリアが部屋一面をまばゆく照らすのだが、今宵は最低限のランプの光が灯るだけの為、来場者達はぼんやりとお互いの服装が見える程度でしかない。
顔は会場の入り口で渡される黒いベールで覆っているため、判らないようになっていた。
ホールの奥は高さ1メートルほどの舞台になっており、先ほどから仮面をつけた恰幅のよい男性が次々と商品を紹介しては、オークションの進行を仕切っている。
そして今、舞台中央に置かれた机上の品は、硝子に挟まれた一枚の紙切れだ。
しかし、ただの紙切れではない。
この国の乙女・ご婦人(一部の紳士を含む)が選ぶ、抱かれたい男一位の「第二騎士団長フェルナンド=ダーランド」様とデートが出来る権利を有する券だ。
この国を支える3本の剣のと呼ばれる三つの公爵家の一つ、ダーランド家の三男かつ独身という良物件である。身分もさることながら、本人そのものも超良物件。
艶やかな漆黒の髪に、夜の月を思わせる銀の瞳。その甘いマスクから漏れる声は、腰砕けもの。高貴な身分であるにもかかわらず、威張ったところも無く剣の腕前もさることながら入団した騎士団での地位は、瞬く間に上り詰めていった。
しかも、これだけいい男の条件がそろっているのに女の影も噂もない。
世の女性達は、かの人の隣に立つ栄光を我が手に!と、様々な攻撃を仕掛けるものの、フェルナンド=ダーランドを手に入れた者は今のところいない。
あまりのつれなさに、もしや男色家なのではというのは……というのが、ここ最近のもっぱらの噂である。
渦中の人物とのデート券などなぜここにあるのかというと、発端は先日行われた王国騎士団主催の祭りに、くじ引きの特等の景品として用意されたことに始る。
城下町にある店舗の購買促進を目的として、1000ペンドの購入につき1枚のくじ引き券が配布され、5枚で1回くじが引けるようになっていた。一般市民だと1000ペンドで1日暮らせる金額だ。
デート券の存在が公表されるや否や、女性達は鬼の形相で物を買いあさり、真夜中には「くじが1枚、くじが2枚、くじが3枚、、、、」と暗闇の中で数える姿に、男性達は恐怖したという。
なかにはちゃっかりと手に入れたくじを高値で転売するものの現れ、それを聞いたときは、その手があったかと私は地団駄をふんだ。
何しろ我が家は貧乏貴族で、5年前に母が無くなった後、賭け事に身を預けるようになった父が、半年前に借金を作って蒸発。後に残ったのは、小さなオンボロ屋敷と、少しの貯え、長女である私『ローザリア=マーティン』と妹のフローラと借金の4000万ペンドだけだった。
借金は、女好きとしてあまり評判のよくない男から借り入れていた。
父が蒸発するや否や男は我が家へやってきて、嫌な笑みを浮かべた。
そして、妹を上から下まで嘗め回すように見ると舌なめずりをし、借金返済の変わりに妹を差し出せと言った。
ちなみに、私は17歳で、妹は8歳だ。
もう一度言おう、妹は8歳だ。
妹は、贔屓目に見ても可憐で美しい部類に入るが、この男にはその手の趣味があったことを思い出し、冷や汗が背中を伝った。
しかし、手元にある貯えは10万ペンドもなかったし、父の駄目っぷりに親族とは縁を切られたため、お金を用立てる宛てもない。思考を巡らせるも、良い考えが浮かばなかない。少しばかり時間が欲しい私は、交渉した結果1年の返済期限が設けられた。
私はすでに働いていたのだが、さらに身を粉にして働き、なんとかお金を用意できる見通しがついて一安心した頃、職場の同僚に祭りへ連れ出され、くじを引いたら、偶然にも特等を引き当てたのだった。
フェルナンド様との出会いを機に、あわよくば玉の輿!なんてことを考えなくもなかったが、そんな夢のような話より今はお金が大事だ。
券を手に入れた翌日、オークションの主催者へ連絡をとり、夢をお金に変える魔法をかけることにしたのだった。
そして、今に至る。
-------------------------------------------------------------
「50万ペンド!」
その声に、思いをはせていた私の意識は現実に戻る。
妹と会場の隅で、品物の出品者としてベールを被りオークションを見守っていたのだが、その金額に私は目を丸くした。
「ご、ごじゅうまんペンド!?」
「姉様!すごいわ!50万ペンドあれば、5年は食事に困らないわ!」
10万ペンドがから始まった競売は、私たちの驚く様子をせせ笑うかのように、金額はどんどん上がっていき、とどまるところを知らないようだった。
「80万」
「100万」
「ひゃくまん・・・」
出品前、高値で売れたら雨漏りする屋根を直してできれば服も買って……など妄想していたが、とんでもない事になりそうだ。
最初は多くの人物から声が上げられていたが、150万を超えたあたりから数は減り、現在二人の女性と一人の男性が値を争っていた。
「275万」
「280万」
「300万」
ここで、あたりは静かになる。
最後に声を上げたのは、ステージ前に陣取っている背の高い品のよさそうな中年の男性のようだった。
きっと、い、妹とか、娘のために手に入れようとしてるんだよね。
うん、きっとそう。
ステージ上の進行役の男性が、あたりを見回す。
「300万ペンドの他はありませんか」
ほんの少しの間ざわめきが、ホールに広がる。
すると、来場者の中から女性の手が上がり、舞台前に姿を現した。
金色の髪と胸が豊かな女性だ。
そして、凛とした張りのある声を発した。
「400万」
その声に、ざわめきがさらに大きくなった。
突然隣の妹が私に寄りかかる。
「フローラ?フローラ!」
声をかけ揺さぶるも、白目をむいて気絶していた。
普段の生活では聞くことのない金額が、やり取りされているのだ。気を失ってもしょうがないだろう。
かくゆう私も、先ほどから心臓は早鐘をうち、息も荒く、意識が遠くなりそうだったが、ことの顛末を見るまで一瞬たりとも気を抜いてはならない。
ここからは、2人の一騎打ちだった。
「450万」
「500万」
・
・
・
「800万」
「1000万」
中年の男性が、穏やかに値を告げた。
たかが、チケットに1000万とは、貴族恐るべし。あ、私も貴族か。
1000万とくれば、貴族のお嬢様でも、そう簡単には遊びに使えない金額だ。
これにはさすがの女性も、手にしている扇を震わせ張り合う男性を睨んでいる。
視線を受ける男性は、ワイングラスを傾けて涼しげな顔をしていた。
「い、1100万」
搾り出すように、女性は声を出した。
が、すぐに、男性が上回る金額を告げる。
「1200万」
「いっせん、、、300万」
「1400万」
「1500万っ」
「1600万」
「1700万!!!!」
「1800万」
女性は、この争いから、もう降りられない意地のようなものだろうか。
ヒステリックな声に対して、一方の男性は穏やかだ。
会場の人々は、息を潜めて二人のやり取りを眺めている。
「2000万、これでどう!」
叫ぶように声を上げた女性に、おお、と観客達が唸る。
自然と全員の視線が、男性に向かった。
しんと静まる空気の中、男性はふっと鼻で笑らい、皆に聞こえるように告げた。
「3000万だ」
女性は口を開け、わなわなと全身が震え始めた。
進行役は、渦中の二人をそれぞれ見やり、この物語が終わりを告げたことを感じた。圧倒的勝者の笑みと敗者の苦悶の表情。
「3000万ペンドの他はありますか」
会場を大きく見渡し、高らかに告げた言葉に、誰一人声を上げるものは居ない。
「では、第二騎士団長であられるフェルナンド様との一日デート券は、3000万ペンドでの落札となります」
爆発したかのように、会場が沸いた。
「3000万、、、ペンド、、、」
会場の盛り上がりの声も耳に入らず、私はただ目の前の事実に呆然としていた。
偶然手に入れた、たった一枚の紙切れが、一晩にして3000万ペンドに化けたのだ。
まさか、こんな金額になるとは夢にも思わなかった。
興奮冷めやらぬ人々の間を縫って、仮面をつけたオークション主催者の従者が、静かに私の元へやってきて私たちを別室へ誘う。お金のやり取りのためだ。
フェルナンド様様だ。今夜からはフェルナンド様に足を向けて眠れない。
などと、晴れやかな気持ちですごした1週間後のデート執行日の翌日、明け方にフェルナンド様がお尻を抱えて騎士の宿舎に戻ってきたという噂が全乙女を震撼させたことを知るのは、まだ先のこと。
2014/10/3 誤字脱字修正
2014/10/15 誤字脱字修正
ローザリアの冒険
*******************
テケテケテケテテテン♪
◆ローザリアは、イベントアイテム『フェルナンドとのデート券』を手に入れた!
~五分後~
in 道具屋
◆『フェルナンドとのデート券』を売却しますか?
ローザリア:>はい
◆ローザリアは、3000万ペンドを手に入れた!
◆フェルナンドは、悪寒を感じた!