自重しない初陣 其の一
「待てん。行くぞ。」
小さな、呟き。
それをきっかけに、ローバルク・ベルフェレナの名は、恐怖撒き散らしながら大陸を駆け巡った。
この時、ローバルク皇太子は15歳。
もちろん、彼の所業を信じなかった者も当時は多かった。
だが、世界がローバルクを知ったのは、この時である事は間違いない。
彼にとっては、どうでもよかっただろうが。
「朕の親征である。各々、励め。」
欠伸が出そうな朝礼が、やっと終わった。
壇の上にある、無駄に豪華な椅子から親父が腰をあげる。
俺は、その隣でぼへーっとしていた。
ほとんどの官僚共は跪いたまま微動だにしない。
そろそろ本気で殺したい宰相も、なんか青褪めてる。そのまま死んでくれねぇかな。
もうなんか、色々面倒だし、俺も親父について一緒に退出する。
誰も喋んなくなったし、良いよね。
朝っぱらから官僚の皆さんのテンションは最低だ。
隣の大陸から、数カ国が連合してうちに侵攻開始した、と昨夜に早馬が飛んできたからだ。
だいたい全部で六十万。本隊が三十万で、残りは六万ずつ六軍六路に別れて侵攻している。
ちなみに、うちの総兵力は五十万ちょい。
二十万ほどは地方の守備や、その他諸々で動かせない
実際に動員できるのは三十万ぐらいか。
この中には、ほとんど実戦を経験してない近衛や禁軍も入る。
即刻降伏しましょーよ、と言う程でもないが結構厳しい状況っぽい。
俺と俺の側近達は、事前にその情報を得ていたが、別に政治に深く関わってる訳でもないし、誰かなんとかすんだろ、と放っておいた。
近くまで来たら出張っても良いが、こっちから行くのは面倒なのだ。
俺に足を使わせる価値が、アレにはない。
「戦仕度、やっとけよ。とりあえず、俺の直属は全部連れてくから、親衛隊っぽく見えるように飾っとけ。」
離宮に戻り側近を束ねている四人に、そう言うと、四人共即座に駆け出していた。
俺は軽騎兵一千ほどの私兵を抱えている。
一騎当千とまでは言わないが、俺の運動不足とストレス解消のオモチャにされてきた彼らは、まぁそこそこ強い。
面倒だが、親父が出ると言う以上、俺も行かねばなるまい。
こちらが侵攻する側の親征なら、俺は居残りだろうが、国家興亡の時、となると仕方ない。
さっさと終わらせちまおう。
五日後、ちょっとしたパレードをして、俺は出陣した。
侵攻に対する親父の親征、皇太子の初陣、って事で豪勢にやった。
花火もあがったし、帝都のメインストリートは花が敷き詰められ、都民は総出でお見送り。
俺の麾下は、軍装を赤で統一した。
ミスリルの胸甲と兜、剣鞘の拵、軍旗に至るまで、赤である。
赤に染まった軽騎兵一千が、整然と進む姿は、そこそこ様になっていた。
親父もなんか満足そうである。
この一千の他に、近衛と地方軍混成の一万五千を率いて、俺は敵の一軍に当たる。
真正面からは戦わず、決戦場に向かわせないよう、足止めするのが任務である。
ぶつかるのは、丘陵と森が多い場所を選んだ。
「バーボロス。」
呼ぶと、既に俺の隣にいた。
決して、馬を並ばせない。
必ず半馬身は後ろで止まらせる。
「麾下を連れて、先行しろ。」
「はっ。親衛隊を率い先行致します。」
復唱して、バーボロスは馬を返した。
「エース、親父に会いに行くぞ。ついて来い。」
エースの父、豚宰相も一軍を率いている。
こちらは、敵軍の撃破が任務で、五万の兵力が与えられ、それなりに将軍なんかも揃ってる。
うちには、将軍見習いのバーボロスのみだが。
親父の軍に、エースと二騎で駆け込む。
煌びやかな兵装が、目についた。
近衛はともかく、禁軍は腐っている。
親父は、わりかし文官肌なので、仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
大陸を統一してから、禁軍の将軍なんかはほとんど名誉職に近かったからな。
「ローバルクか。どうした。」
親父のとこまで、誰にも声をかけなかったが、遮られる事はない。
普段ならともかく、軍事行動中にコレは、なぁ。
「本隊とは、ここで別れますので、ご挨拶に参りました。」
「お前らしくもない。」
親父は、口元だけで笑った。
身分と言うモノがあり、それほど口をきく親子ではなかった。
元々、親父の方は俺に思う所があったのかも知れない。
本格的な戦闘が任務でないにせよ、本隊と離れて寡兵で戦えと言うのは、捨て駒とも取れる扱いだ。
「初陣ですから。少々思う所もあるのですよ。」
「戦では、何が起こるかわからぬ。地の利はこちらにあるが、どこも寡兵の戦。無理はせぬ事だな。」
「肝に銘じておきます。御武運を、陛下。」
馬上で一礼し、自分の軍に戻った。
少なくとも、親子の会話ではない。
まぁ、こんなもんだろう。
行軍を並足から、駆け足に。
槍を装備した重騎兵五百、軽騎兵三千、残りの一万二千ほどは歩兵と言う、機動力に欠ける軍だ。
練度も低く、寄せ集めの混成軍なので、連携も難しい。
それでも、本隊が見えなくなるまで、駆けさせた。
遅れる者は、最後尾につけた軽騎兵に斬らせる。
十名ほど斬られた所で、皆が必死に駆け始めた。
予定していた戦場に、二日で到着した。
先行していたバーボロスに、陣を築かせ兵糧を運び込み、当座の拠点にする。
不眠不休で木の柵で囲み、土嚢を積み上げ、空堀を掘った。
即席の厩舎、幕舎を張り終えた後、交代で休息をとるよう命じると、泥のように眠る兵が続出した。
「奇襲でもされたら、終わりだな。うちの軍は。」
全く、情けない限りである。
幕舎で一人、呟いた瞬間に悲鳴があがった。
「敵襲ッ!!敵襲だ!」




