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夜明けのクロニクル  作者: うにうにリレー団「夜クロ」執筆陣一同
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その3

戦禍で生まれた少年は、再び戦禍を呼び起こす者となる。「メルデネスの容態はどうだ?」マサカドがアレンに尋ねる。「ああ、悪くはないよ」実際、メルデネスの怪我は順調に回復していた。と言っても、未だ重態に変わりはないが。「範囲は広かったけど、深くはなかったみたいだ。衛生に気を付ければ大丈夫だと思う」「そうか」と、そこにソラが帰ってきた。「よーうメルデネス!見ろよ、食べ物いっぱいもらってきたぜ」彼の両腕には葬儀の際にガノスの住民が賄ってくれた果物やら野菜やらがあった。後から入って来たアトスやパリスも同様である。「俺は受け取るなって言ったんだが…」アトスは溜め息をつく。「あくまで仮だからな」「いいじゃんか、アトス。これでメルデネスに早く元気になってもらってさ」包帯だらけのメルデネスの隣にカゴを置くソラ。「また一緒に戦おうぜ」ソラの笑顔に答えるように、メルデネスも微かに笑った。「ありがとうございます…ソラ…」と、遅れてジャンが入って来る。大きなモノを背負っていた。「あ、それとさ」これも食おうぜ、とジャンの背中から大荷物を降ろすソラとパリス。「ブタの丸焼き」「え?」アレンとマサカドは首を傾げた。「メルデネスの代わり」火葬…とまではいかなかったが、どうやら中途半端にリアリティを追求したらしい。ブタを一匹、焼いたようだ。「ははは…」ブタか、とメルデネスは薄ら笑いを浮かべた。「つくづく変な奴だよ、ソラは」アトスがアレンに言う。暗くなってきたので、とマサカドが灯りをつけた。「そうだな」日が落ちるのがすっかり早くなってしまった。マサカドは笑いながら言う。「確かに変な奴だ」「だけどソラは、君やメルデネスとは違った面で、僕達を支えてくれていると思うよ」「…そうだな」アトスも小さく笑って、アレンの言葉に頷いた。「アイツのお陰で、少しはマシに笑えるよ」拠点として構えている屋敷の裏に、小高い丘がある。ソラ達は沈んでいく太陽を追ってその丘を登っていた。「寒いなぁ…もう冬か」何か着込んでくれば良かったと、ソラは腕を擦る。「ガノスは田舎だ…ウルメイラは冬でも何か暖かかったぜ?」「都会育ちはヤワだな」パリスとジャンはからかうように笑う。「ああ…そういえば気になってたんだが…」ジャンは首を傾げて言った。「何でお前、わざわざガノステルンに来たんだ?クレスクレイとか、特に反乱の干渉を受けにくい所もあったろ?」「だって、戦いから逃げるためにウルメイラ出たワケじゃねーし」じゃなきゃ剣なんか担いでないよ。ソラは笑って答える。「まぁ…どこにいれば楽しいか、って事だな」「?」「今のアングルは終わってると思う」カラスが鳴く時間ももうすぐ終わりだろう。赤い空は地平線の向こうへ沈み、黒い空が景色を覆う。「だから、新しい国になっちまった方がいいんじゃねェか、って」「お前…そういう事も考えてるんだな」ジャンは感心したように言った。「アレンは…アイツも、国を創れるような人間ではないと思うけど」「え?」ソラはまたニッと笑う。「何だよ、いきなり」パリスは意味が分からないといった感じで聞き返す。「甘すぎるから」風を斬る音。その瞬間、ソラの抜いた刀がパリスの首筋に当たった。「!?」「アンタらもな」「ソラ!!」ジャンが声を張り上げる。が、ソラは首を横に振って刀を鞘に収めた。「落ち着けよ、ジャン」ソラはまた、微かに笑う。「俺が言いたかったのは、俺が敵だったらアンタら死んでるぜ?って事」「…何…?」「アトスやメルリーナを王国に送り込んだ様に、向こうもこっちに誰かを潜らせてるかもって。第一俺らは寄せ集めだからな。楽に潜入出来るぜ?」パリスもジャンも、確かにと考え込む。「!まさかソラ…お前…!」「だーかーら!」勘弁してくれよ。ソラは両手を肩まで挙げて苦笑いを浮かべた。「もしかしたらの話!だいたい、俺が王国側の人間だったらシャルムが死ぬ前にアレンを殺ってる」「そうか…」「用心するに越した事はないけどな。特に最近同盟に加わった奴には」パリスは数人の顔を思い浮かべ、ウンと頷いた。と、そんな彼の首にピリッと痛みが走る。何だろうと触れてみると、その手に少し血がついた。「おいソラ!!切れてるぞホントに!!」「げっ!マジ!?悪い、カッコつけようとしたんだけど…!」ジャンが手に持っていた布でパリスの首を押さえ、慌てて言う。「早く戻ってアレンに治してもらおう!」三人は冷や汗をかきながら屋敷まで走って行った。ベランダに出て夜風に当たるタリア。月は雲に隠れ、朧がかっていた。いつかシャルムと、諺について喋った事を思い出す。『月に叢雲花に風』朧がかっていた方がいいと、風にそよいでいた方がいいと、あの時自分は言った。しかしすっかり月明かりが消えてしまったら?強すぎる風によってせっかくの花が散ってしまったら?― 大切な人が死んでしまったら?「雲なんて…無い方が良かったに決まってます…!」タリアは手すりに掛けた両腕に顔を埋める。と、彼女の部屋を兵士がノックした。「?」「タリア様。ジギスムント様がお呼びです」中庭の花園は好きな場所だが、そう言えば夜に来た事はなかったな。タリアは辺りを見回しながらそう思った。「…何の用です?」湖の畔に佇むジギスムントに、タリアは強めの口調で尋ねる。「そんな格好では寒かろう」ジギスムントはタリアに上着を一枚、羽織らせた。「何、テッドや、それにルイズもか。奴等がいると静かに話せそうにないからな。こうしてお前一人、呼んだというワケだ」「?」「私が聞きたいのは、離反する者が現われた時にどう対処するか、という事だ。昼間の続きだな」唐突な質問に一瞬呆けるタリアだが、すぐに小さく笑う。「そんなの…さっき言った通りですよ」敵と見なし、敵として処分する。「相手が誰であってもか?」「ええ」「本当に?」「ええ」「それがテッドやルイズであったとしても?」「…!」イラついた様に、タリアは地面を思い切り蹴りつけた。「何なんです!?しつこいな!!そうだって言ってるじゃないですか!?」ジギスムントは肩を竦めて笑う。「ああ、すまん。では最後にもう一つ、確認させてくれ」「…?」「それがアガレスだとしてもか?」「…え…?」意味の分からない言葉に、タリアは眉を潜める。「何…それ…?」そして思わず、笑いが零れた。「アガレスが裏切るって…何を?」自分達は王の下で動いている。王のベクトルに添い動くのが自分達だ。アガレスが矢の向きを変えたのであれば、自分達がそれに倣うのではないのだろうか?「そんなの…」「例えば、だ。我々は確かに王に従うべきである。…しかし…明らかにそれが過ちであると気付いたら、お前はどうする?」「え…?」何を今さら。タリアはジギスムントの言葉に戸惑いながらも整理する。そうしてきた結果が“これ”ではないか。何を今さら、と。「それでも…私は…!」だが今にして思えば、それこそがそもそもの過ちだったのではないだろうか。「それが今回の反乱を招いたのだぞ?―…そしてシャルムは死んだ」ピースがカチンと組み合わさる。誰が悪い。そう考えた時…―「アガレスが誤った時、タリア。お前は、我々は、どうするべきだ?」ジギスムントの問いに顔を上げるタリア。「そうなった時は…―…彼も敵でしかありません」風が小さく木々を揺らす。冬の花の香りが辺りを漂った。ジギスムントはニヤッと笑うと、タリアの頭を優しく撫でた。「いや、聞いておきたかっただけだ。しかしそれこそが、国に仕える真の忠信と言えよう。―…だが…」去り際にジギスムントは、タリアの耳元で囁く。「“あの童話”を良く知っているお前だ。間違わない事を信じているよ」花弁が吹雪の様に舞う。それはタリアの好きな昼間の顔と違い、畏怖を与える様に思えた。


時代は誰を求めているのだろうか?古来から諸行無常、盛者必衰と言う。時代が求めるのは古からの『王家』かはたまた民を救うために王家に反旗を揚げた『青年』かその答えは誰も知らない。=夜明けのクロニクル=闇が王都を覆っていく。星の輝きが強さを増し、虫の音が聞こえ始めた。アガレスは苦悩していた。何に?答えは「全てに」である。アガレスはぐったりと椅子に腰掛けた。彼の良き理解者であったシャルディーニ、何があっても忠誠を曲げなかったシャルム。その二人を失った事で彼の心は虚しさで一杯だった。知らず知らずにため息が出る。「私は王として失格だ…」自分をさげすむ言葉が心に去来する。「もう、時代は自分を必要としていないのではないか…」心が痛めつけられていく。いっそ反乱軍に全てやってしまえと何度思った事か。しかし、捨てられなかった。だが、それも、もはや限界に来つつあった。消してアガレスはさじを投げるつもりではない。言い訳に聞こえるかもしれない。しかし、この虚しさはやってられなかった。逃げたい…この重圧から逃げたい…少しでいいから気楽になりたい…苦悩の日々が続く。王として民と臣下を率いるか?それとも、例えば自死といった何も考えなくて良いような道を選ぶか?どちらか選ばなくてはいけない時はもう来ていた。


カースト、正確にはコーネリアと同盟を結ぶに当たって、ガノスにはある人物がその証として置かれた。ルーシー=クライスト。コーネリア=ギニストと並ぶウェインの重役、クライスト家の一人娘である。「ようルーシー、また一人?」屋敷の外で一人座り込む彼女にソラは話しかけた。「みんな中でメシ食ってるぜ?たまには一緒にさ…」「私はいいわ」ルーシーはツンとしてそっぽを向く。「だってあの雰囲気、何だか泥臭いんだもの」その言葉にソラは苦笑いを浮かべた。彼女の言う事も分からないでもない。「そりゃあ…アンタの今までの生活レベルから言えば」「“アンタの”って言うか、“キミも”…でしょ」ルーシーの言葉にまた笑うソラ。「私には考えられないわ。わざわざ自分からこんな所に入るなんて」今までの暮らしの方がよっぽど良かったのに、とルーシーは頬を膨らませる。「そう言うなって。こっちはこっちでなかなか楽しいんだから」「どうかな」ソラとは対照的に、ルーシーは不満一杯の様子だ。「分かったよ、ルーシー」ソラは肩を竦めて言う。「この生活が嫌なんだろ?」「…うん…そうね」ソラは口に人差し指を当て、ルーシーの耳元で囁いた。「後でコーネリアに繋いでくんねェ?」「え?」「一気に片付けようぜ」その夜。ソラはアレンを通し、反乱軍の主要メンバーに召集をかけた。「話って?」アトスが開口一番、疑問を口にする。「うん。僕からじゃなくて、ソラからなんだ」メンバーが一斉にソラに注目した。「まぁ…アレだ。そろそろ終わりにしようぜ、って事」「何を…」アトスは鼻で笑う。「今さらお前は。やれるならとっくにやってる」「今回はちゃんと具体的に段取り踏んでさ」「?」ソラはニッと笑った。「カースト=ベッティンゲートの暗殺だ」今の王国軍を倒すためには相当の火力が必要になる。現在ウェインの兵力に頼っている反乱軍であるが、今ひとつ煮え切らない当主のカーストがその軍事力を抑制してしまっている。『士の都』とまで言われる兵力を出し渋っているのだ。ならばいっそ、そのリミッターを外してはどうだろうか。カーストを殺す、という形で。ギニスト、もしくはクライストを新たな当主とする事で、完全にウェインの力を取り込もうと言うのだ。「ま、こんな感じ」「正気か?」アトスは嘲笑気味に言った。「鞍替えなんて…!」「アンタこそ、アトス。寝惚けてんなよ」「…何?」アトスの肩を叩くソラ。「これから一国堕とそうってんだぜ?諸侯一人消すぐらいでガタガタ抜かすな」「お前…!」憤るアトスを尻目に、ソラはルーシーに言った。「コーネリアは?」「オッケーだって。あのおじさんも、元々そーゆーつもりだったみたい」「ルーシー!」アレンが思わず強めの口調で呼んだ。彼もソラの考えには釈然としないようだ。「君まで…!」「君まで、ってゆーか…」ルーシーは溜め息をつくと、部屋の中の人間を見渡した。「キミ達…ってゆーか、みんなに言っておきたいんだけど…何か勘違いしてる。コレもう戦争なのよね。小さいかもだけど」「そんな事…」分かってる。そう言おうとするアレンの口を、ルーシーの言葉が閉ざす。「でさ、そうなると死人…ってゆーか犠牲?そんなのバンバン出るワケ。身内でも必要なら手にかけなきゃ、時にはね」フッと笑うルーシー。「ついでに言うとカースト、どっちつかずのコウモリだし。寝返られる前に殺しておいた方がいいと思うよ?」「確かに…」「パリス…」パリスが考えながらも口を開く。「ルーシーの言う通りかもしれない。だってもし今カーストが裏切ったら…」「だからそうなる前に、って話」一石二鳥だろ?パリスの肩に腕を回し、ソラはニッと笑う。「火力は上がるし、そんな懸念も消える。俺達に不利益になる事は何にも無いぜ?」「そうだな」マサカドも頷いた。「仮にカーストに裏切る気が無かったとしてもだ。このまま煮え切らないあの男に頼るのもどうかと思う」「私も…そう思います」メルデネスはベッドから上半身を起こす。「マサカド…メルデネス…!」「アレン、貴方の気持ちも分かりますが…しかしコーネリアやルーシーと違って、カーストは確固たる意志を見せてくれない。ここは…」「でも!!」「決まりだな」ソラはアレンの肩をポンと叩くと、言った。「俺とルーシー。それから…アトス。この三人でやる」「!?」アトスはガタッと席を立つ。「待て!俺はまだ…!」「ルーシーは動けるし、カーストの事もよく分かってる。あとは障害を排除する俺とアンタだ。悪くない人選だろ?」「ソラ!!」「アトス」そんなアトスを、アレンが制した。「アレン?」「付いて行ってやってくれ。危険な仕事だし…」「……」自分の裾を掴むアレンの手を、アトスは静かに振りほどく。「…お前が良いと言うのなら…俺は別に構わないが…」ソラはまた、小さく笑って言った。「そう来なくっちゃな」「いつ行く?私はいつでも良いけど」ルーシーは窓の手すりに腰掛け、夜空を見上げた。「今夜はお月様も隠れちゃってるのね」「今夜だ」「え?」ソラの言葉に一同は耳を疑う。「さっさと片付けておきたいからね。こういう事は」「変わったな、ソラ」準備を整えながらアトスは呟く。その脇には彼を気に掛けるアレンがいた。「前はあんなに俺達の指針をどうこう言うヤツじゃなかったが…」「そうだね…」アレンは溜め息をついた。「ごめんよ、アトス。君だって納得していないだろうに、任せてしまって」「いや」アトスは首を横に振った。「アレンのやり方に似合わないと思っただけだ。お前が止めないんなら俺も別に構わないさ」「うん…ソラの言う事が間違ってるとも思わないから…」アレンの手に、シャルムを討った時の感触が甦る。そしてタリアの泣き顔。「この戦いを終わらせたいと思うなら…」「?」「僕だって」そこまで言ってアレンはフッと笑った。「ソラだって、戦いを終わらせたいと思ってるんだ。もっといい国になりますように、って。きっと」アレンは顔を上げると、力強い眼差しでアトスを見つめた。「無事で帰ってきてくれよ。君も…ソラも、ルーシーも」「ああ」一度顔を出したかに見えた月は、再び雲の陰に隠れる。僅かに差す光の下で、ソラは馬に跨るとギュッとバンダナを額に巻いた。「さぁ…行こうぜ」


闇夜に乗じてカーストに向おうとする一行の前に…一騎の騎兵が現れた。闇夜で顔は分からぬが細身の身体と短めの髪の人物と言う事は分かった。槍を水平に構え一行にこう告げた。「…参謀代行のオレを通さずにこそこそと何をしてるんだい?」ハスキーだが良く通る女の声…メルリーナである。一瞬晴れた雲間に移るメルリーナの姿は…兜はつけてないものの胸当て・脛当て・篭手そしてレイピアを装備している。つけてない兜と盾さえ持てば騎兵の完全武装とも言える状態である。長い前髪に覆われていない顔の右半分は…凛とした表情と強い眼差しが見て取れた。突然武装して馬に乗り現れたメルリーナ…彼女の意図が分からなかったソラは一瞬戸惑った。が、いつもの飄々とした表情に戻ると、「…コウモリ退治さ。」とそっけなく言い切った。そっけない言い方の中に意思を感じ取ったメルリーナ。槍を下ろし顎に親指と人差し指を開いて当て2~3秒ほど考えた。…カーストの蝙蝠頭首・カースト=ベッティンゲートの暗殺か…意のままにならぬ兵力を動かせるようにするつもりなのだろうか…王国に潜む害虫の燻り出しが充分でないのだが…ヘマをやらかしたらそれなりの責任はとってもらわんとな…概略は上に述べた通りではあるがそれ以外にもなにやら計算をしていたようである。考えがまとまった後メルリーナは顔を上げると、「蝙蝠を退治するならついでに寄生虫も駆除しな。」と言った。そしてすぐ後にメルリーナはソラをキッと見据えて、「大仕事をするお前らに兄貴がよく言っていた台詞をプレゼントしてやるよ。『戦いを始めるにあたって重要なのは『天の時』『地の利』『人の和』。』…慌てて首を絞める様な早まった真似だけはするなよ。」と言い加えた。そして、一行とは反対の方向に馬を歩ませるメルリーナ。一行の真横に着いたところで一旦馬を止め、「兄貴がああじゃなきゃこう言う任務にはオレもついていこうと思うんだがな。今はそんな状況じゃない。…最低限全員生きて帰って来いよ。」と一言告げると去っていった…。…そんな会話を傍で聞いていたアトス。旅すがらふとこんな事を考えた。…あの女…オレの物にしたい。屈服させるのではなく支えあう存在…パートナーとして…。ん?なんかオレらしくない考えが浮かんだ気がするな…。まぁいい。仕事の前だ。私情は捨てよう。規模は小さいが戦場には違いないからな…。考えが終わったアトスの眼光は強く…そして冷たかった。かつての傭兵時代の…いや、さらに強さを持った眼光だった。命乞いする者も迷わず斬り捨てる抜き身の日本刀のような状態になった…。一行の身に果たして何が起こるのか?それは神のみぞ知る…?


「コーネリア」ソラがウェインの門の前に立つコーネリアに声をかける。彼の周りには数人の部下達がいた。「急だな、ソラ。お前はいつも」「でもアンタの望み通りでもあるだろ?」ソラはフッと笑うとコーネリアの胸を軽く叩いた。「“条約の一”はとりあえず守ったってワケだ」「?」その言葉に引っかかるアトス。「何の話だ?」「こっちの話さ」「ルーシー」と、コーネリアがルーシーを呼び止める。「分かっているな」「うん。新しいイスはおじさんにあげるよ。私のパパ、そーゆーの興味ないし」ルーシーは軽く笑うと、ソラ達に続いた。「ここよ、カーストのお屋敷」ルーシーの案内でベッティンゲート家に到着したソラ達。「で、どうやって忍び込む?」「私だけなら何かと用事つけて入って行ってもいいけど」ソラはアトスと顔を合わせ、尋ねた。「アンタならどうする、アトス?」「…そこまで用意していなかったのか、お前は」アトスは呆れて溜め息をつく。「こっちは人数が少ないんだ。散るのは得策じゃないと思う」「で」「要はカーストを討てればいいんだろう。こんな夜中だ。一番警備の薄い所を探してそこから潜入、あとはカーストの部屋を目指す」「それが妥当だな。幸いルーシーっつー案内人もいる事だし」ソラの言葉にルーシーがコクンと頷いた。「西門は衛兵の宿舎とも近いから、常時は逆に厳重な警備は施されてない。“騒ぎにならない限り”よゆーで入れるよ」「おーけい」ソラはバンダナをきつく締め直すと、ニッと笑った。「行くぜ」西門の比較的小さな玄関は、二人の兵士に守られていた。交代制なのだろうか。眠気も回ってきたらしくアクビをしている。「どうする?」尋ねるアトスの肩をポンポンと叩き、ソラは猫の様に門を飛び越えて行ってしまった。「ソラッ…!」思わず声を上げそうになる口を慌てて閉じるアトス。「アイツ…!」アトスも続こうとするが、それをルーシーが遮った。「後ろ(宿舎)見張ってて」物音に気付いた衛兵がそちらに槍を向ける。「何だ…?」「誰かいるのか?」そう言葉を放った衛兵の槍が闇夜に飛んだ。手に握られたまま。「はぁっ!?」悲鳴を上げそうになる兵士の口に、ソラは人差し指を当ててニコッと笑う。「静かにしてくんねェ?」次の瞬間、その兵士の首から血飛沫が舞った。「貴様ッ…!」剣を抜いた兵士に対し、一度振り下ろした刀を再び振り上げるソラ。たった1セットの動作でソラは、二人の衛兵を沈黙させた。「おやすみ。いい夢を…」「なっ…!」その様子を一部始終見ていたアトスは、あまりの出来事に声が出なかった。一年半、共に過ごした仲ではあるが…―アトスはソラが人を殺す場面を見た事がなかった。何て鮮やかに斬るのだろう、ソラは。獅子の様に力強く、それでいて柳の様にしなやかで。あれだけの動きをしながらまだ口元に笑みが残るのは余裕か、それとも…―兵士の骸二つを見下す様に見つめるソラの冷たい目と、尚も浮かぶ笑み。二つの対極性にアトスは、何か得体の知れない魅力と畏怖を感じた。「行こう」ルーシーがアトスの肩を軽く叩く。ようやくそれで、アトスはハッと目を覚ました。「ああ…」「ソラ」追いついたソラに、アトスは何となく声をかける。「あん?」振り向いたソラの顔は、やっぱりいつものソラだった。「いや、何でもない」「何だよ」変なヤツだな。ソラは軽い笑みを浮かべて、また前を向いた。「この長廊下の突き当たり」ルーシーが真っ直ぐ指を指す。「あの扉が見えるでしょ?あれがカーストの部屋よ」作戦説明、とルーシーは二人の肩に手を回し、自分の顔に寄せさせる。「部屋の中にも当然兵士はいるわ。最低でも十人は身の回りに置いてるらしいし、カースト。だから殺れる人がスキ見てちゃちゃっと殺っちゃいましょ。どう?」アバウトだな、と笑いながらソラが頷く。「いいぜ、それで」ルーシーがそっとドアを開ける。シンとした真っ暗な部屋は少し不気味だった。先に潜入したルーシーが『OK』の合図を出してソラ達を手招く。ふと、雲が動き月が顔を出す。彼女の後ろに剣を構えた衛兵が照らし出された。「!?」その太刀を交わし、身構えるルーシー。ソラとアトスも部屋に駆け込んだ。「アトス、何人?」「…18だ。多いぞルーシー」潜んでいた兵士の数は全部で18人。アトスは腰のサーベルをスラッと抜いた。「じゃあ一人につき6人だな」ソラも背に掛けてあった長めの刀を構える。「てゆーかカーストさえ倒せればそれでいいんだから、そっち重視ね」ルーシーの合図と共に、三人は部屋の奥を目指した。「カースト様!!」側近らしき一人が眠っていたカーストを起こす。「何の騒ぎだ、これは!?」「賊が三人、侵入したようで!」目を覚ましたカーストは慌てて逃げる準備を整えた。「ええい!衛兵達は何をしておるのだ!!」カーテンの隙間から見える凄惨な光景。たった三人で、20近くの兵士を相手にしている。特にその中の一人。「何だ…あの男は…!?」扱っているのはマラカン製の刀だろうか。いや、そんな事はどうでもいい。驚くべきはその運動能力、殺傷能力。そして…―カーストは恐怖の中に、実に素朴な疑問を浮かべた。―…何故彼は笑っている?「よぉルーシー」戦いの最中、背中合わせに会話するソラとルーシー。「何?」「逃げるぜ」「…!」ソラは刀についた血を振り払う。「行けよ」「…了解!」「こちらからお逃げ下さい!!カースト様!!」「!?」側近が逃げ道を示す。外へと通じる道だ。「決して奴等を生かして帰すなよ!!」「誰を?」「!!」その声と同時に、側近の男が血を吐いて倒れた。「こんばんわー、領主様」薄暗い闇から顔を出したのは、ルーシーだった。「貴様…ルーシー…!?クライスト家のルーシーか!?」「うん」フッと笑って頷くルーシー。月明かりのせいだろうか。その顔は実年齢に不釣合な程、妖艶に見えた。「何故お前が…!?父親は!?ジェス=クライストは何をしている!?」「ゴメンね、領主様。パパ、こーゆー事に“興味ない”の」「くっ…!」カーストはサーベルを抜き、ルーシーに斬りかかる。が、ルーシーはそれを軽く避け、擦れ違い際にカーストの腹部に膝を蹴りこんだ。「おごッ…!」悶えるカースト。ルーシーは両腰に手を回すと、二本の短剣を抜いた。それを逆手に構え、ニコッと笑う。「状況見なって、カースト様?楽にイこうよ?」残酷な笑みを浮かべるルーシーを、カーストは忌々しげに睨み付ける。「このッ…『歴史の異端児』め…!!だから私はあの時殺せと…!!」カーストは再びサーベルを手にし、立ち上がった。「この娘を生かしたのは貴方の失態であるぞ!!ジギスムント!!!」カーストの首が宙を舞う。こうして長きに渡ったカースト一族の栄華は絶たれたのであった。


ウェインの領主がギニストに成り代わって数日。だからと言って特に変化の無い日が続いた。「パリス。お前最近妙に周りを気にしているな」ふと、アトスが言う。それに対し、パリスは小声で答えた。「ああ…ソラの言ってた事が気になってな」「あの話か」反乱軍の中にも、外部の者が潜入しているのではないかという話。何日か前にソラが言っていた事だ。「正直…俺はルーシーを疑ってた。コーネリアと違ってアイツは俺達につく理由が無いからな。だから、もし今回の件でギニストじゃなくクライスト家がウェインを牛耳る形になったら、って」「だからお前もカーストの暗殺に賛成したのか」「それもあるけど、あの時言った事はやっぱり本当だ」食堂で会話する二人。と、そこにアレンがやってきた。「何の話をしているんだい?」「アレン」アレンは二人の正面に座る。「今、街で聞いた話なんだけど…また何か妙な事をするらしいね。アングルは」「妙な事?」アレンの言葉にアトスが聞き返す。「どっちの陣営にも付いていない都市があるだろ?そこを引き入れようと、強引な手に出た様だ」強引な手と聞いて、アトスもパリスも眉を潜める。具体的には分からなくても、それなりに想像はついた。「以前、僕が迷った時…ソラに言われたんだ。『今が安定していても、また昔のアガレスに戻ったらどうする』って。そうなって欲しくないって願ってたけど…やっぱりダメなのかな」アレンは溜め息をついて続ける。「思い通りにならないモノを力ずくで、なんて……でも、それはもう僕達にも言えた事じゃないかもね」そう言ってアレンは苦笑した。カーストの暗殺の件を、アレンはやはり気にしていたのだ。「アレン、でもそれは…」パリスが口を開くが、隣で考え込むアトスに気付いてそれを控える。「あ、いや…違うんだアトス…別に君にどうこう言おうなんて…」アレンもバツが悪そうな顔をした。アトスにソラ達に付いて行けと言ったのは、他でも無いアレン自身だ。だがアトスは、そんなアレンの心配とは裏腹に首を横に振った。「いや、そうじゃない。…ただ…」「え?」アトスはあの夜の事を思い出し、小さく身震いする。「俺はソラという人間を少し誤解していたのかもしれない」・・・・ガノステルンとウェイン。そのどちらにも近い都市がクレスクレイ。今回王国がターゲットにしたのはそこだった。「クレスクレイは私達と敵陣の間にあるから」タリアはテッド、それにロンギヌス、メテルス、ライマールを集めて言う。「だから押さえて置きたいんだそうです」「それは分かる。しかし」テッドは強めの口調で言った。「だからと言って、あんな侵略行為にも近い事…!」クレスクレイを帰属させるに当たって王国軍が取った手と言うのは、何の事はない、武力行使だった。期限を定め、その間に答えを決めろと。戦火に見舞われたくない市民達はどちらに付く事も拒んだが、ならば街だけ寄越せと、クレスクレイに軍隊を派遣したのであった。「アガレスは何を考えているんだ?せっかくこの一年、国を建て直そうとやってきたではないか…!」「コレもその一環じゃないですか?」「タリア…!」タリアを睨みつけるテッド。「お前、またそんな事…」「だって」しかしそのテッドの言葉を、逆にタリアが遮る。「不公平でしょ?」「何?」「死んでるんですよ?私達の仲間は。向こうもですけど。そんな中で自分達だけは傷付きたくないから、戦いたくないからって。そんなの不公平だとは思いません?」と、それを聞いていたライマールが異論を唱えた。「だが、役割というものがあるでしょう、タリア。彼らだってどこかで国に仕えている。その代表が我々なのだから、我々が戦うのは当然…」「いーや不公平だ」「!」さらに言葉を返したのはロンギヌスである。「タリアの言う通りだ。国の大事に自分達だけは平和に暮らそうって考えはどうかと思うぜ。俺ならそれで殺されても文句は言わないね」「ロンギヌス…!」「ロイだって戦って死んだんだ。まぁ親しい間柄ってワケでもなかったが」「…!」テッドは何か言おうとしたが、それを止めて深く息を吐く。「だが、住民達を殺してしまっては…」「だから、私達が欲しいのは“あのエリア”だけです。ホントは」「…?」「『どっちにつけ』なんてそんなの建前ですよ。要はクレスクレイを寄越せって、そういう事なんです。平和で寝ぼけちゃった人達なんて要りませんよ」タリアは頬杖を付きながら、もう片方の手をヒラヒラと振った。「お前!」その言葉にテッドは逆上する。「じゃあ結局、さっきのあの言葉も建前か!?何が『不公平』だ!!」「それなら本音を言いましょうか?」タリアは冷たい目で、テッドを睨み返した。「誰であろうと何であろうと、王国に逆らえばそれは“反逆罪”。そして“反逆”は“死”だって、それが騎士団の掟のハズでしょう?それは私も、アナタも、ガノステルンもクレスクレイも同じです。なのに殺されないのは『不公平』だと思ったんです」「だが…!」まだ何か言おうとするテッドを一瞥すると、タリアは嘲る様に溜め息をつく。「テッドさん『黒アリと赤アリ』の話、知らないんですか?」「…!?」「子供だって知ってますよ。“そういう掟”」今回の議事はここまでだと、タリアは席を立った。「とにかくコレは決定ですから。納得するのもしないのも勝手ですけど。割り切って行動してくださいね」「了解しました」ロンギヌスも小さく笑い、タリアの後を追う様に立ち上がる。「テッドさん」去り際にタリアは、未だ心得切れないテッドに言う。「私はずっと小さい時から、思い知っていましたよ」他の者が全て居なくなっても、まだ一人で議事室に残っているテッド。だがそれはクレスクレイの件についてではなく、タリアの言った『蟻の物語』に引っ掛かっていたからであった。レキンの大粛清の時に実際にあった事件を“戒めのエピソードとして”描かれた物語。「嫌な事を思い出してしまったな…」夕日が差し込む部屋で、テッドは小さく呟いた。・・・・「こんな所にいたのか、ソラ」夕食時になっても姿の見えないソラを心配したアレンは屋敷の周りを探していたが、そのソラは木の上に登って月を眺めていた。「どうした?」「僕が聞きたいよ」上から抜けた声で言うソラに、アレンが呆れて返す。「…君もあの事を気にしているのか?」アトスから聞いた話によれば、カーストの屋敷にいた衛兵の大半を斬ったのはソラだと言う。「人を斬った感触って、手に残るよね…」アレンは自分の手を見つめて呟く。一日だって忘れない、シャルムとの戦い。彼の体を貫いた時のあの感覚は、今も鮮明だ。「…」ソラも同様に自分の手を見つめていたが、やがて再び空を見上げた。「俺が気にしてんのは、むしろ“ニオイ”の方さ」「?」「染み付くだろ?あの鉄の臭い」アレンはどう答えていいのか何となく迷って、無言で頷く。『斬り合いに染まってしまう』と、アレンは思ったのだ。「それが嫌なんだよ、俺」「…君は」「?」アレンの投げかけにヒョコッと顔を出すソラ。その彼の表情は何とも無邪気で、アレンは聞こうと思った言葉を飲み込んだ。『俺はソラという人間を少し誤解していたのかもしれない』アトスの呟き。『俺はもっと、ソラは丸い奴だと思っていた。だが…』あの戦いを見る限り。『鬼だ、奴は』笑いながら人を斬るなんて、気がどうかしている。異常な強さも。アトスからその話を聞いた時、アレンもパリスも信じ難いと思った。ソラはそんな人間じゃないと、そう思っているから。「ソラ…」「ん?」ソラは穏やかな表情でアレンの次の言葉を待つ。「…戻ろう。皆待ってるから」「え?」アレンは笑顔で言った。「夕食、冷めてしまうよ」「!ああ、そうだな」ソラもニッと笑うと、ポンと軽く飛び降りた。「早く終わるといいな、こんな戦い」「…!」立ち上がったソラは、笑みを浮かべながらも穏やかに言う。その言葉を聞いてアレンは安心した。この少年が人を殺す事を好むハズがない。きっと自分と同じ平和を夢見ているのだから。


「あれで良かったんだな?」ウェインの都府の一室。ジェス=クライストの問いにコーネリウスは頷いた。「そなたの娘がまた活躍したようだな」「うむ。まったく、お転婆で困っている」「お転婆か」コーネリウスの笑い声が部屋に響く。(まず第一の目的は達成した)ほくそ笑む。(次は…ガノスか、アングルか)「ジュス、我が野望は序章に過ぎない」「わかっている」腕を組み直しジュスが応える。「ジュスよ、ガノス同盟はどうだ?」「アングルの方が先に崩れるかもしれん」「ジギムスントはどうするかな?」脳裏に浮かぶあの男。あの男、どうしているだろうか。それと共にもう一人思い浮かぶ。儚くも強く強烈な存在。「後、軍神小娘も…」「タリア嬢か…」「うむ」会話が止まる。ふと、思いついたようにジュスが顔を上げた。「テッドが浮いているらしい」「テッドか…懐かしいな。シャルディーニの三悪ガキがか」思い出に浸る。(あのクソガキも近衛隊長…立派になったもんだ)「付け込む隙はありそうだが…」「ルーシーに頼めるか?」「娘に聞いてくれ」「まったく、恐妻家ならぬ恐娘家だな」「ま、妻に似たからな」乾いた笑い声が部屋を満たす。

ところ変わってココはガノステルン「リーナ、それでこれからどうなる?」「わからないな、とにかく内政に徹するしかないだろう。向こうの動きも知らなくてはいけないしな」ココはガノステルン王宮の酒場、と言っても王侯の為の酒場である。「内政に困った事はあるのか?」アトスはメルリーナの顔を覗き込む。意志にあふれた顔。真っ直ぐな眼差し。(どうかしたんだろうか?メルリーナの顔なんて観察して)照れ隠しに酒を煽る。「そうだな…内政官がもう少し欲しい。兄貴が表立っていた時は何も思わなかったが、いなくなると存在の大きさが良くわかる」酒が入ってか珍しく双方とも多弁である。(ま、こんな時もあってもいいんだろう)アトスはそう思うようになっていた。(情に触れると弱くなる…か)忘れようと再び酒を煽る。


「何だ、騒がしいな」鳥の鳴き声で、その日アレンは目を覚ました。日はまだ昇りきらず、空は仄暗い。ギャアギャアと鳴き喚くあの黒い鳥はカラスだろうか。「なんだって今日はこんなに沢山…?」「アレン!!」不思議に思って起き上がった時、彼の部屋にパリスが飛び込んできた。その声も目も真剣で、事態の切迫さを物語っている。「パリス?」「大変だ…!」「……え?」重罪を犯した者は十字架に磔けられ、処刑される。今、ガノステルンには正に“それ”が塗りたくられていた。「これは…!?」既に他の仲間達が集まっている広場でその光景を目にしたアレンの体を、戦慄が駆け抜けた。5本、太い木の柱が地面に突き立てられ、それと同じ数の反乱軍の人間が磔刑に処されている。その死体の肉を、カラスが啄んでいた。「どういう事だ…!?」―「見ての通りじゃない?」ルーシーは髪の毛に手櫛を通しながら、フンと笑って言った。「ルーシー…!」「あんまりキミ達が目立つもんだから、王国軍が怒ったのかもね。あの、タリアとかがさ」「!!」アレンは少し乱暴気味に、ルーシーの肩を掴んだ。「タリアはこんな事しない!!」「…!?」一瞬驚いた様な顔をするルーシーだが、何かに気付いて吹き出して笑う。「なに?知ってるの?キミ。タリアの事」「…!」アレンはパッと手を放して俯いた。「…いや…でも…!」ルーシーはジッと目を細めてアレンを睨む。そして乱れた襟を直して言った。「キミさ、元々お医者さんだったんでしょ?こんなトコで呆けてないでさぁ。とっととアレ降ろして調べた方がいいんじゃないの?」アレンは自分を落ち着かせる様にゆっくりと息を吐き、ウンと頷いた。「そういえば…」「?」「ソラとマサカドは?」本拠地である屋敷の裏の丘を歩くソラとマサカド。「気持ちワリーもん見ちまったなぁ、マサカド」青い顔をしながらソラは言った。「カラスってエグイのな。目ん玉食ってやがった」ソラは気分悪そうに自分の両肩を抱く。「で?話って何だよ?」ずっと黙っているマサカドの顔を見上げ、ソラは冷めた様に肩を竦めて尋ねた。と、マサカドが剣の切先をソラに突きつる。「!」剣圧で、ザワザワと風が哭き声を上げた。「…何?」「昨日の晩」マサカドの低い声は、相手を威圧する彼の剣の如く。「お前、ルーシーと何を話していた?」「…話ってそれなワケ?」「答えろよ、ソラ」睨みつけるマサカドの視線から逃げる様に、ソラは笑った。「何でそんな事聞きたいんだ?アンタ。剣なんか抜いて」「ソラ」「…はぁ…」ソラは溜め息を吐き、「分かった」と頷いた。「『そろそろ帰って来い』って手紙が届いたから、どうしようって相談」「?」「家の都合上な、やっぱいつまでも“ここ”にいるワケにはいかないんだと」マサカドは剣を納めて聞き返す。「何だ、それ?ルーシーが?でも何でアイツ…お前に?」「ここじゃアイツの友達、俺しかいねェし」てゆーか。ソラはマサカドをジロッと睨み返した。「どうしてアンタ、あんな言い方したんだ?…あ、俺が朝の事件の犯人だって思ってたんだろ!?」「いや、悪かった!…実はルーシーのことも」マサカドも“内部の敵”の存在を疑っているらしい。彼だけではないが、怪しい動きをする者に対してナイーブになるのは当然であった。「…実は、俺もルーシーの事ちょこっと疑ってるんだけど」「アトスさん」遺体を降ろす作業を手伝い終え、体についた血を洗い流すアトスに、傭兵時代からの仲間であるハックが声をかけた。「…何だ」「あの殺された仲間の中には…弟もいたから」弟と言っても本当の弟ではない。アトスやジャン、ハック達は昔、互いを兄弟と呼び合っていた。「だから…」「だから俺に、犯人を探し出して仇を討てって?」ハックは躊躇いがちに頷く。「俺だって悔しいです…でも…!」「分かってる」アトスはハックの肩を抱くと、怒りを押し殺した声で言った。「俺だってこのまま済ますつもりはない…!」ルーシーは『王国軍の人間』と言った。だがそんなハズはない。凶手は必ずこの中にいる。「必ず見つけ出して…俺が殺す」


やっぱり、彼等が殺されたのは夜中の間らしい。夜明けから三、四時間前だから…丑の刻って所だ」死体を調べ終わったアレンが仲間達に報告する。身内に凶手がいるかもしれないという疑念があるため、誰もが沈痛な面持ちでいる。「やったのはかなりの手練だと思う。みんな一撃で殺されているから」磔けられる時についた手足首の傷はまた別のものだ。「犯人は分かったの?」ルーシーがアレンに尋ねる。だがアレンは首を横に振った。「まだだ。…それに…この中の誰かが仲間を殺したなんて、考えたくないんだ」「でも、この中にいるんでしょ?」「……」食い下がるルーシーをソラが小突く。「やめろってルーシー」そう言ってソラは、ルーシーの手を引いて立ち上がった。「じゃ、とりあえず解散だな。身内を疑うのはちょっとアレだけど…用心しとこうぜ、みんな」ソラ達が部屋を出た後、アトスも席を立つ。「確かに…こんな時だ。一人で動くのは避けた方が良さそうだな。行こう、ジャン、ハック」また、彼等に続いてパリスやマサカド、メルリーナも、無言で出て行ってしまった。「どう思う、メルデネス」残された二人。アレンはメルデネスの考えを伺った。「…みんなが神経質になるのは分かりますが…しかし、これでは…」揃ってアレンとメルデネスは溜め息をつく。「うん…そうだね」「アトスさん…」前を行くアトスを呼び止めるハック。「何だ?」「あの、実は俺…」ハックは何かに脅える様に、声を震わせて言う。「…どうした?」何かに感付いたのだろう。アトスは声を潜めた。「ハック?」「俺…見たんです…!本当は…」「!」ハックの肩を掴むアトス。「見たのか?誰がやったのか…お前」ハックはゆっくりと頷く。そして口を開こうとした、その時だ。「何の話?」「!?」アトス達の間にルーシーが顔を出した。「ルーシー…」ルーシーは小首を傾げる。「どうしたのハック?青い顔して」「ル…ルーシー…さん…俺…!」「ハックが犯人の顔を見たらしい」代わりにジャンが答えた。それを聞いたルーシーの顔が一瞬こわばるが、すぐにニッと笑う。「…ふーん、そう」そしてハックに詰め寄った。「誰?ハック」「あ…いや…」「見たんでしょ?教えてよ、ハック。誰が犯人なのか」─「私が殺してあげる」短剣を抜くルーシー。「今、ここにいる誰か?」その問掛けにハックはブンブンと首を横に振った。「そう」ルーシーはニコッと笑う。剣を納めると彼女は、スタスタとその場を去って行った。「ハック…?」その時何故ハックが震えていたのか、彼等はまだ分からなかった。日もすっかり暮れ、刀を研ぐマサカド。「!」と、とっさに気配を感じとり、その場から飛び退く。彼が今まで座っていた場所にナイフが突き刺さった。「誰だ!?」マサカドの睨んだ位置から、パチパチと手を叩く音が聞こえてくる。「?」「さすが」「ソラ…?」いつもと変わらぬ表情で、ソラは笑いかけた。「何するんだ、危ないだろ」「アンタなら簡単に避けられると思ってさ」マサカドは背中に嫌な汗を感じた。そうは言うが今のソラが投げたナイフ…─「お前…」その時だ。北の方角が騒がしいのに二人は気付いた。アトスは何と無く、屋敷の窓から下を見下ろす。「?」そこにはハックと、そしてルーシーの姿があった。ルーシーの手元で鈍く輝く光。あれは剣だ。「……!」そこで昼間のやりとりを思い出す。「ジャン」アトスは剣を取ると、後ろで本を読んでいたジャンに声をかけた。「行くぞ」「?」「恐らく…アイツがユダだ」「…!」彼女達のいる場所まで行く途中で目にしたもの。それは十を越える死体だった。「これは…!」ジャンの顔に戦慄が走る。「!?ルーシー!」アトスは剣を振り上げるルーシーに気付き、彼女の名を叫んだ。しかしその刃は、彼女の前にいたハックに襲いかかる。「ハック!!」前のめりに倒れるハックに駆け寄るアトスとジャン。「ルーシー…お前…!」アトスに睨まれたルーシーはニヤッと笑う。「何言ってるの?犯人はハックよ」「デタラメを!」と、ハックがアトスの袖を握り、声を絞り出した。「ごめんなさい…アトスさん…」「ハック…」「ルーシーさんの言った事…本当…なんです…!」「!?」「俺が…やらないと、殺すって…脅されて…!」アトスは拳を握り締める。「…誰に言われた?」ハックは震える手を持ち上げた。その指の示す先。そこには…─「ルーシー…やはりお前か…!」


月にかかる叢雲が、ガノステルンを黒く染める。誰が彼か分からない。黄昏をも過ぎ、暗闇。それは今の状況ともどこか似ていた。「アトスさん…ルーシーさん…あの人は…!」その次の瞬間、苦しそうに喋るハックの胸にナイフが突き刺さる。「ハック!」そのナイフは確実に心臓を捕え、ハックの口からは血が吹き出した。「ハック…!」アトスはハックの肩を揺するが、彼の首は垂れ下がり、動かない。文字通り“即死”だ。「ありがと、ハック」ルーシーはニコッと笑った。「手伝ってくれて」「ルーシー…!」アトスはギュッと、剣の柄を握り締める。そして目の前の憎むべき仇を睨みつけた。「ルーシー!貴様ァッ!!」アトスの剣撃がルーシーに襲いかかる。「ははっ!」それを受け止め、ルーシーは乾いた笑い声を上げた。「お前だけは許さない!よくもハックを!!」アトスの形相からは凄まじい怒りが感じられる。それは狂気とも言えた。「殺してやる!!」「ムリよ」アトスの剣を弾き、ルーシーは嘲る様に言い放った。そんな彼女の横合いから、ジャンが斬りかかる。「でやあぁッ!」「キミも」腰からもう一本短剣を抜き、ルーシーはその斬撃を受け流す。そしてジャンを突き放し、言った。「だって全然違うもの。私とキミ達じゃ」「何だと…!?」剣を構えながら、アトスはルーシーを睨む。「キミ達の剣なんて、私が仕込まれてきたモノと違う」ルーシーも構え直し、目の前の敵を睨み返した。「王家御庭番、クライスト家ルーシー=クライスト。キミ達と一緒にしないで」王国側が放ったユダ。それがルーシー。だとすれば同じウェインの家であるコーネリアは?ヒュッと、矢が風を切る。「!」それをルーシーは薙ぎ払い、軌跡を追った。「パリス…」「よくも騙したな!」憤るパリスは、更に弓を弾き矢を放つ。だがそれより早く、ルーシーは物陰へと飛込んで身を隠した。「くそっ!」パリスもサーベルを抜く。「ルーシーが…!」「パリス!」アトスの声にパリスはハッと顔を上げる。月と重なり、黒い影が空から飛びかかってきた。「なっ…!?」ルーシーは素早くパリスの弓を叩き落とし、彼の腕に剣を突き立てる。「ぐあっ!」更に追撃を仕掛けるルーシーの剣を、しかしパリスは寸前で受け止めた。「クソッ…ルーシー…!ルーシーッ!!」例え短い期間であったとは言え、共に笑った“仲間”。─…であると、パリスは思っていた。裏切り以前の話。最初から敵である存在の彼女に、しかし、だからパリスは心の底から殺意を抱く事が出来なかった。だが、対してルーシーは違う。ここにいる間、彼女はずっと彼等を監視し、獲物として見据えていたのだ。だからその殺意は確たるもので、濃く、強い。「どうしてお前が!!」「ごめんね、パリス」ふふっと無邪気に笑いながらも、その剣からはドス黒い殺意が滲み出てくる。と、ルーシーは圧力を感じ、後ろに飛び退く。その瞬間、マサカドの剣が、今まで彼女のいた位置を叩き斬った。「割り切れパリス!」「マサカド…!」ルーシーは彼等から距離を取り、面々を見渡す。「……」アトス、ジャン、パリス、マサカド。それに、彼と一緒に遅れて来たソラ。「逃げられると思うなよ」アトスは冷たく言い放った。が、ルーシーは小さく笑う。「そうね」「もう観念しろ、ルーシー…お前は…!」仲間を殺した。そう言いかけて、アトスはハックもそれに携わった事を思い出す。「何故ハックなんだ!?」「他の寄せ集めの人達よりは強いし、そのクセ気が小さかったから」「お前!!」アトスが怒りを剥き出しに剣を構えるとルーシーはまた小さく笑って、陰へ溶け込む様に暗がりへと身を潜めた。「探せ!!」「騒がしいな」アレンが顔を上げる。寝ていたメルデネスも上半身を起きあげ、言った。「何かあったのでしょうか?…メルリーナ」そして傍らに座っていたメルリーナに促す。「様子を」「分かった」その時である。馬舎の方で何か物音がした。「!」「見てくるよ」一頭の馬の綱を、誰かが外そうとしている。メルリーナは剣の柄に手を当てながら言った。「誰だ?」「!」黒い人影。雲に隠れていた月が顔を出し、光が陰を照らす。「…ルーシー…」「なんだ、メルリーナか」ルーシーは安心した様に胸を撫で下ろした。「腕…ケガしてるのか?」「ん?ああ、コレ…」ルーシーは腕についた血を見て、小さく笑う。「治療しよう。早く中へ」メルリーナの言葉に、ルーシーは首を横に振った。「いいよ。いらない」「でも」ルーシーはメルリーナの言葉を聞き流しながら、馬に跨ろうとした。だが。もの凄い音と共に、また別の影が彼女に斬りかかってきた。「!」火花を散らし、ルーシーをかばってそれをメルリーナが受け止める。「誰だ!?」「どけ!メルリーナ!!」「ソラ!?」状況が把握出来ず、メルリーナは槍でソラの刀を受けたまま、周りを見回した。遅れてアトス達が到着する。彼等から立ち上る殺気は、並々ならぬモノだ。「どういう事だ!?コレは!!」「気付けよ!ルーシーが!アイツが!!」ソラの言葉にハッとするメルリーナ。慌ててルーシーの方に目をやると、彼女は既に馬に乗った後だった。ルーシーはニコッと笑って手を振る。「ありがと、メルリーナ」そう言うとムチを入れ、門の方へと去って行った。「クソッ!」アトスが苛立ちを抑え切れずに地面を蹴る。「どうして!?」「…もういい。落ち着こうぜアトス。らしくない」ソラはヒュッと、馬を繋いである縄を切った。「追うぞ」「どうした!?」その時、尋常では無い騒ぎを聞き付けたアレンが表に出てきた。「アレン」「ソラ?…みんなも…一体何が?」ソラとアトスは目を合わせると、互いにコクンと頷く。「アンタ達はルーシーを。俺は報告してから追う」「分かった」アトスはもう一度頷くと、馬に跨った。「それから」ソラは付け足すようにマサカドに言った。「アンタも残ってくれ。もし今他の連中に攻められたらヤバイ」と、隣のアトスも同意する。「ソラの言う通りだ。他にも潜んでいるかもしれない」「分かった」そう言うとマサカドは刀を納めた。「後で合流しよう、アトス」ソラがアトスにそう言うと、アトス達は馬にムチを入れてガノスを発った。


アレン・メルデネス・メルリーナ・マサカドの居残りメンバー…この4人が話しているのはルーシーの事であった。頭をポリポリかきながらメルリーナは「…ルーシーが裏切り者だったとは…油断した。」と嘆くように呟く。そんなメルリーナの台詞を聞いてメルデネスは、「あのまま戻られたら策略がばれてしまいますな…いや、すでにばらされてるかも知れませんがね…。」と呟いた。しかし、その台詞に慌てた様子はない。妙に落ち着いたメルデネスにアレンは、「妙に落ち着いているけど何か策でもあるのか?」と質問する。するとメルデネスは表情を変えずに、「ルーシーがそのまま帰ったらどうにもなりませんね。ただし、ここには攻められたときの備えが充分にありますので。王国軍がそのままここに攻めてきても何とかなるでしょう。まぁ、困った事と言えばカーストの勢力で王都の西とここが分断される事…そうなる前に策は打たねばならないですな。」と言った。…まだ、確固たる策は出来てないらしい。と、そんな時メルリーナはある事を思い出した。そして、「マサカドさん。今からあの牧場に武装して行ってもらえないか?」と言い出した。突然の台詞に眉をしかめるマサカド。そんなマサカドの様子を見てさらにメルリーナは、「…ルーシーは馬で逃げたんだ。この視界の利かない夜中に。」と言った。ここまでのメルリーナの台詞を聞いたメルデネスは2~3回頷く。そして意味ありげに、「…イタチが鼠を捕らえてるかもしれませんね。すみませんがマサカド殿。メルリーナの指示に従ってもらえませんか?」と付け加えた。…マサカドは太刀と小太刀、そして弓矢とランタンを持って出かけるのであった…場所は変わって『あの牧場』こと穴掘りイタチ放牧場。ルーシーは忌々しげに呟いていた。「…なんなのよ…この原っぱは…。」ルーシーは馬に乗っていない。…単純に言えば落馬したのだ。咄嗟に受身を取ってダメージを多少軽減したものの…当然無傷で済む筈は無い。左肩と右足首あたりにダメージが残っているようだ。夜が明けるまでにこの場を離れなければ…そう考えたルーシーは立ち上がり歩き始めた。右足を引きずりながら歩いていると遠くにランタンの光が見えた。当然まずいと思ったルーシーはランタンから離れようとする…が、痛めた足首に負担がかかったらしい。「うっ。」思わず軽くうめいてしまった。が、そのうめきがまさか自分の寿命を縮めるとは…そう後悔するのは数秒後の事だった。ヒョフッドスゥ!背中から胸に突き抜けるような痛みをルーシーは感じていた。そしてそれが致命傷と分かったのは胸から出ていた矢の先が見えた時…ルーシーは口に金臭い液体の感触を感じながら意識を失った。…そして、二度と意識を取り戻す事は無かった…。このルーシーの死は何をもたらすのだろうか…


酒がグラスを満たしていく。「ジギスムント様」「なんだ?」淡々とした声。この男には感情と言ったものが欠如しているのか?そう考えながら声のした方を向く。「報告したいことが…」「なんだ、ユリウス?」       ・    ・    ・「反乱軍の様子が変だ…と?」「はい、今まで以上に城壁の強化を行っているようです」ユリウスの報告を聞きながら思案する。「クライスト家とは?」「報告がありません」「そうか…」なにか、あったらしい。そう、長年培ってきた勘が教えてくる。「そうか…コーネリウスかな?あの男、まだ野望は捨てきっておらんからな」決断の時が近いのかもしれない。反乱軍との戦いも2年が経った。その間、少しずつ力をつけ、王国の政権を握った。だが、その一方民は疲れ、土地は荒れ果てていく。このままでは…このままでは…「ユリウスよ」「はい」「残った四大諸侯のうち、信用できるのは誰だと思う?」何でも自分で決めるジギスムントから質問。珍しい…。それだけ、今回の決断に緊張していると言うことだろうか?「自分が思うに…メテルス公は信用できるかと…」趣旨がわからないので月並みに答える。その答えにジギスムントが苦笑した。「そうか…、解った。下がっても良い」「ハッ」ドアを閉めながら首を傾げた。


「行くのか、ソラ?」「ああ、一応な」刀を腰に差すソラ。追撃の準備をする彼に、アレンが言った。「何だか怖いよ、僕は。確かにルーシーはあまり馴染んでいる様に見えなかったけど、でも…」「…そうだな」アレンの顔を見ずにソラは答える。そんな彼にメルデネスが言った。「しかし…ルーシーならマサカドが追いに出ましたが…」「アイツが行ったのはロンバニオ平原だろ」「ええ」「もっとちゃんと考えろよ、アンタ」「ハック達の死体…アレン、片付けといてやってくれよ。いつまでも野晒しじゃあカワイソウだからな」「分かった…」頷いてから、アレンは馬に跨るソラに言う。「君は…死なないでくれよ、ソラ」「ああ」ソラも笑って、頷く。「夜明けまでには戻るよ」パラパラと雨が降り出す。「雨か…」弓を納め、マサカドは空を見上げて呟いた。そして野に倒れ伏す少女の骸に近付く。「ルーシー…」敵であったとは言え、短い期間ではあったが寝食を共にしたルーシー。その彼女を殺める事に対し、マサカドも何も感じていないワケではなかった。せめて遺体ぐらいは葬ってやろうと、ルーシーを抱き起こす。だが。「…!」ティターンズゲートの森を駆け抜ける一騎の馬。その馬を駆るのは、討たれたハズの“彼女”であった。「サラちゃん生きてるかな?」ルーシーは笑いながら今来た方角に目をやる。ガノス同盟にはある少女がいた。彼女の名はサラ。と言っても彼女はただのガノステルンの市民であり、決して武力を保持していたりはしなかったが。彼女は革命当初こそ王国派の思想であったが、アレン達を知るにつれ、次第に親革命派へと傾いていった。サラは本当に些細な事、例えばお腹を空かした兵士にオニギリを作ってあげたりだとか、その程度の事だけど、でもガノス同盟に協力的だった。彼女とルーシーは背格好が似ていた。年も近かったし、性格や服装のセンスも、共通するモノが多かった。それだけの話。「ちょっとカワイソウだったかな…」サラもまた、ルーシーが仲間達を斬るシーンを目の当たりにしてしまった。ほんのちょっと、恐怖心を煽る。くすぐる。誰かに脅かされて、サラは逃げ出した。逃げる立場の者は、追われるのが怖い。逃げるから追われる。だが、追うからもっともっと逃げる。そして殺されてしまった。「でもしょうがないよね。私が生きるためだし」実際ルーシーは、ガノス同盟の人間なら誰を相手にしても負ける気がしなかった。誰も彼も甘い。アレンなんて、頭のクセに一番甘い。向かい合った瞬間に殺れると、そう思っていた。「あんなヤツに、あのシャルムが負けたなんて…」ソラからその話を聞いた時、ルーシーは最初それを信じなかった。シャルムと言えば王国騎士団の総大将だ。そんな人間が、あのアレン、あのお人好しのアレンに斬られるなんて。「でも…お人好しって点じゃシャルムも一緒か」ルーシーには自負があった。“こっち側”と“向こう側”の格差。ルーシーが向かったのは『ロンバニオ平原』を通る『ウェイン』では無い。『ティターンズゲート』を抜ける『ウルメイラ』。つまり目指しているのは王都である。と、後方から蹄の音が聞こえて来た。それもかなりの数だ。「…アトス達?…時間食い過ぎたかな」急ごうとムチを握り直すルーシー。だがふと、自分がガノスに潜った理由を思い出す。─…迎え撃つか。そんな考えが、彼女の頭の中に浮かんだ。アトスの馬が佇むルーシーを追い抜き、旋回して彼女の前で止まる。続いてパリス、ジャン、そしてガノスの兵隊十数人が彼女を囲んだ。「ずいぶんと大人数で」「ああ。念のためな」涼しく笑うルーシーに、馬から降りながらアトスが返す。「だが、ここまでだ」他の兵士達も馬から降り、剣を構えた。「いいじゃん、行かせてくれたって」「だったら何故止まった」真顔で剣を構えるアトスを見て、ルーシーはプッと吹き出した。「それはね」兵士の一人が、全身から血を噴き出して倒れる。「こうするため」ルーシーの剣が赤い光を発する。血が月明かりを反射した。「ルーシー!!」アトスの声を皮切りに、一斉に兵士達がルーシーに斬りかかった。だがルーシーはその波を交いくぐり、距離を一気にアトスへと詰める。ギイィンッ!刃と刃とがぶつかり合った。「何故…国王軍のお前が何故俺達の中に入り込めた!?…何故コーネリアはお前を!」「分からない?」「何…!?」「つまり“そういう事”じゃない」「あはは」と軽く笑うとルーシーは、競り合ったままアトスに蹴りを放つ。「くっ…!」それを肩を上げて受け止め、アトスはルーシーを突き放す。「ルーシー!」「!」僅かにヨロめいたルーシーに向かって、パリスが矢を放った。ルーシーはそれを避けるが、しかし微かに足を掠める。「つっ…!」さらに襲い来るジャンの追撃を、ルーシーは剣でいなし、蹴り飛ばした。「ふー…」息を整えながら、ルーシーは前を見据える。と、そんな彼女の視界がグラッと歪んだ。「…え…?」そして膝が抜けたかの様に、ガクンと腰が落ちた。「神経毒だ…ルーシー。即効性の…」パリスが弓を降ろして言う。両膝をついたまま、ルーシーはパリスを見上げた。「パリス…」「もう投降しろルーシー!俺達だってお前を殺したくないんだ!本当は!」「……」声を荒げるパリスに、フッと笑うルーシー。「私は君達のこと、本気で殺すつもりなのに?」ガツンと、ジャンがルーシーの頬を殴る。「ジャン!」「お前だけは気に入らねぇ!そっちがそうなら…!」憤るジャンは、乱暴にルーシーの胸倉を掴んで起き上がらせた。彼女の口から血が伝う。ルーシーは冷たい目で、ジャンを睨んだ。「痛い」「そうかよ…!」剣を抜くジャンを、パリスが止める。「おい、ジャン!」「うるさい!コイツだけはここで殺しとくべきだ!じゃなきゃ…!」「ジャン…」見かねたアトスが声をかけた、その時だ。もう一つ、後方から蹄の音が聞こえてきた。「…ソラ」ソラはアトスの前で、馬から降りる。「ルーシーなら捕えたよ」「ああ」ソラは小さく頷くと、ルーシーに目をやった。「…ルーシー…」「ソラ…」ルーシーは同盟の中に馴染んでいるようではなかったが、しかし比較的ソラとは仲が良かった。という風に、周囲からも見受けられている。「お前…どうして…」ソラがルーシーに問掛ける。だがルーシーは顔を背けるだけだった。「ルーシー」もう一度彼女の名を呼ぶソラ。だがシビレを切らしたジャンが剣を握り直し、怒鳴った。「おい、ソラ!!」「!」「もういいだろ!?コイツはこういうヤツなんだ!!斬るぞ!いいな!?」「…待て」ソラはうつ向くが、すぐに顔を上げる。「俺が斬るよ」「!」そう言ってスラッと、腰から刀を抜いた。「ソラ…!」しかしそれをパリスが止める。「やめろよ、お前まで!仲良かったじゃないか、お前達!」「ああ…でももう、斬るしかないんだろ?」刀を振り上げながら、ソラは言った。初めて見せる彼の悲しそうな顔に、ジャンも戸惑う。「……ソラ…」「ゴメンな、ルーシー…」「ソラ!」そして思わずジャンは、声を上げてしまった。「その…やっぱ…」それまでずっと横を向いていたルーシー。だが微かに口許が歪んだかと思うと、ぷくっと、小さく頬を膨らませた。そして堪えきれなくなったかの様に吹き出す。「ぷっ…あははははっ!ははっ!」「!」「何笑ってやがる!!」一度は気を鎮めたジャンであったが、再び剣を振り上げて怒鳴る。「ゴメンっ…だって…!」何が面白くて笑っているのか分からないが、ルーシーは息を整えながら言った。「こんな茶番劇」―「もう耐えられない」ルーシーの笑みに、ジャンは思わずゾッとする。「お前エェッ!!」感情が先走り、ジャンは遂に剣を振り下ろした。「ジャン!」パリスも剣を抜き、横合いからそれを止めようとする。だがそれでは遅すぎた。─「悪い。俺もだ」剣が宙を舞う。ジャンの腕と一緒に。「…え…?」一休止置いてから、ジャンの腕から血が噴き出した。「な…!」押さえようにも、もう片方の腕も無い。両腕とも綺麗に斬り落とされていた。「お…お前…!?」ジャンは己が腕を奪った相手を、困惑の色と共に睨みつける。「ソラッ…!!」ソラは刀をヒュッと振り、刀身に付いた血を払った。そしてニヤッと笑う。「うわあああぁぁぁぁああッ!!」一瞬にして大量の血を奪われたジャンの顔は、もう土の色をしている。「何で…お前…!?」「ああ、切れちまったか。悪いな、寸前で止めようと思ったんだけど」口許を歪めて、ソラは残酷に笑いながら言った。「ソラ!!」事態に混乱していたパリスが遂に声を上げる。「お前…何してるんだ!?仲間を…!」「だってルーシー殺されそうだったからさ」いつもと変わらぬ、飄飄とした物言い。「ソラ…!」アトスはあの日の事を思い出す。カースト家を滅ぼした、あの日のソラを。「ソラァアッ!!」そしてソラに斬りかかった。「やっぱりお前はぁッ!」「ハハハッ!」いつかマサカドがアトスに漏らした事があった。ソラの持っている刀は、自分の国で作られた物と型が同じだと。そして、そんな物を普通の人間が持っているハズはないのだと。「お前ェッ!」デモンズリバーでの戦いの時、アレンと共に敵軍へと消えたソラ。彼はどこにいたのだろう。ニブルヘイムでの戦いの時もそう。何故ソラは、あの森に入るなと言ったのか。結果、自分達は爆撃に遭わずに助かったではないか。「一年以上も…ずっと俺達を…!」「察しがいいな」鍔競り合いの中、ソラはフッと笑って答える。「でもさ、俺だってやりたくなかったんだぜ?こんな事。父親の命令でさ」「俺はお前を…!」今までアトスが出会ったことのなかった様な人間。それはアレン。そしてもう一人、それがソラだった。「ずっと友達だと思ってたのに!!」「俺もだよ、アトス」「…え?」一瞬、アトスの気が抜ける。と同時に、彼の胸の鎧が裂け、そこから血が噴き出した。「がっ…!」「本当だよ」ソラは座っているルーシーを馬に乗せる。パリスは剣を構えるが、ソラはそれを制した。「よせよパリス。言っちゃ悪いが弓持ってたって殺れるぜ、アンタ」「ソラ…!」倒れ伏すアトスが、声を振り絞って言う。「お前…一体…!?」「ソラだよ」─「ソラ=ヴェルテフェント=アーサーバレンタイン」アトス達が率いていたガノスの兵士が、一斉にソラの側に回る。彼らは皆、ウェインの兵。つまりコーネリアの、クライストの兵隊であった。「王国騎士団、特別機動隊総長だ」


「クソ…!」本陣に戻ったマサカドが、悔しそうに呟く。「…サラ…」犠牲になった少女の遺体を、アレンは撫でた。「すまない…!」と、その時だ。表で物音が聞こえた。「アトス達か…?」アレンが立ち上がった時、パリスがアトスとジャンを抱えて、部屋に入って来た。「パリス!それに二人とも…なんてケガだ…!」マサカドが急いで二人を寝かせ、アレンが手当てに入ろうとする。「…ダメ…だったんだ」アレンの呟きに、パリスは小さく頷いた。「…ソラ…ソラは!?」そして彼がいつまでたっても現れないのを気にして、アレンはパリスに言った。「…ソラは…」パリスは言いにくそうにうつ向く。アレンにとってソラは、くじけそうになる心を支えてくれる支柱であった。だが今思えば、それも彼がそう仕向けただけだったのかもしれない。「ソラは…!」「…死んだよ」眠っていたアトスが、静かに言う。「え…?」「アイツなら…もう死んだ。死んだんだ」死んだと、そう思うのが或いは幸福なのかもしれない。アトスは自分にそう言い聞かせた。…──王城の門を、一騎の馬が通り抜ける。「ただいま」馬から降りながら、ソラは兵士に軽く挨拶した。「ソラ様…!?」「お帰りなさいませ!」「今お戻りになられたのですか?」口々に言う兵士達。「ん、ああ」ソラが頷くのを確認すると、兵士の内の一人が、彼の後ろに乗っている少女を見て首を傾げる。「そちらは?」「ルーシーだよ、クライストの。名前ぐらい聞いた事あんだろ」「おお!ウェインの!」ソラはルーシーを馬から降ろしながら、彼女に聞いた。「毒は?」「大丈夫。抜けてる」「そうか」それだけ言うと、今度はまた兵士に尋ねる。「なぁ、義父上はどこにいる?」「おお、ソラか!よく戻ったな!」ジギスムントが両手を広げて、一年半ぶりに会う息子を迎える。と言ってもジギスムントとソラは、実際には血の繋がりは持っていない。ジギスムントの孤児院。ソラもそこで育った子供の内の一人だった。「お久しぶりです、義父上。お変り無いようで」ソラも小さく笑いながら答える。だがジギスムントは手を振りながら、彼にワイングラスを差し出した。「堅い挨拶は抜きだ。それより飲もう」「中から見て…反乱軍はどうであった?」「ああ…面白かったよ」姿勢を崩しながら、養父の問いにソラは笑って答える。「名残惜しかったね。ロクな挨拶もせずに抜けて来るのは」「ははは!そうか!楽しかったか、うん」久々に息子と会ったジギスムントは気分が良いらしい。「…して、首領は斬ったろうな?」そしてギロリとソラを睨んで言う。「……」ソラはフッと笑うと、静かに答えた。「斬ったよ」「よろしい」ソラの肩を数回叩き、ジギスムントは立ち上がって窓の外を眺める。「お前が戻り、ルーシー…クライストも再び我々の陣営に組み込める。ウェインもな。コーネリアだが、奴も逆らうようなら斬れば良かろう」「また斬りますか」ソラはカースト邸に侵入した時の事を思い出した。障害となるモノは排除するという父のやり方。スマートだとは思わないが、しかし手っ取り早くて嫌いではない。「いいぜ。その時は声をかけてくれよ。また俺達が動くから」「頼りになる息子だ」声を上げて笑うジギスムント。そして思い出した様に、振り向いて言った。「頼りになると言えば…もう一人」「?」「あとで孤児院に来い。お前も会うのは久しぶりだろうが…」暇になったソラは、騎士団の制服に着替えて一息つく。「シャルムの墓にでも行って来るか」素直な男。嫌いじゃなかったが、しかし特別親しくもなかった。だから“あんな事”も出来たワケだが。「…!」兵士に案内されてやって来たシャルムの墓。そこにはシャルディーニや、他の戦士達も眠っていた。今回の戦いで双方に相当の死者が出たのは当然ソラも知っている。だが予想していなかったのは、先客がいたという事だ。「いいよ、行って」案内役を帰すと、ソラはその先客に近付く。「よう、タリア」「!ソラ…!?」タリアは驚いた様に、ソラの顔を見つめた。「…いつ、戻ったんです?」だがすぐに平静を取り繕い、彼に尋ねる。「今朝方さ。夜明けか、それぐらいかな。ロクに寝てないんだ」「そうですか…」タリアは中央の大きな慰霊碑に視線を戻した。「…死んじゃいました、シャルムさん」「知ってる。その墓参りだよ」「…!」慰霊碑に刻まれているシャルムの名を指で撫でていたタリアだが、ソラがあまりにもしれっと答えたのが気に入らなかったのだろう。彼の目をキッと睨むと、その胸倉を乱暴に掴んだ。「だから!!」「!」「“そうならない為に”向こうに行ったアナタだったんじゃないんですか!?内部から反乱軍を制圧するって!そう言ったじゃないですか!シャルディーニさんが死んだあの戦いで相手の戦力も分かったからって!アナタそう言ったじゃないですか!もう私達に損害が出ないように、向こうの主力を潰すって!!」ソラが反乱軍に移ったのは、シャルディーニが戦死した後、つまり一度目のティターンズゲートでの戦いの後の事だった。タリアとソラは、他の将校と比べて互いに年齢が近く、その為というワケでもないが、親交は深かった。だから軍事的に下される命令とは別に、彼等の間でも個々のやりとりがあった。ジギスムントからの命令は単純に“アレンを斬れ”。だがタリアからの命令、と言うより依頼は、もっと子供じみた、一人よがりなモノであった。「私はもうあんなの見たくないから、って…!」戦線で戦う人間のうち、タリアと仲が良かったのはシャルディーニ。そしてシャルムとテッド。シャルディーニが死んでしまって、それがとても辛かったタリアは、シャルム達を死なせないでと、ただソラにそう頼んだ。「しょうがないだろ」「…!」「反乱軍って言ったって、何人いると思ってるんだ?その中の誰が誰を斬るかとか。斬られるかとか。そんなの分かるワケないだろ」「でもっ…!」もちろんソラの言う通りで、タリアだってそんなのは分かっている。八つ当たりだという事も。「じゃあ…!」「ん?」「誰がシャルムさんを殺したんです…!?それぐらい分かるでしょ…!?」「……」さっきはああ言ったが…─実質アレンがシャルムを斬るように仕向けたのはソラだ。止める止めない以前の話。ソラがやったのは、タリアに頼まれた事とは全く逆の事だった。誰がシャルムを殺したか、当然分かっている。「…知らない」「え…?」「知らないよ、分からない。悪いな。雑兵クラスの奴が殺っちまったのかな」「ウソ…」タリアはバンと、ソラの胸を叩いた。「シャルムさんがそんな人に負けるワケ、ない!ホントは知ってるクセに!!」バン、バンと、何度もソラの胸を拳で叩くタリア。「本当だよ」ソラは小さく言うと、落ち着かせるように彼女の頭を自分の胸に抱き寄せた。なるほど。聞いていた通りだと、ソラは思った。人はそう簡単に“死”に慣れられるモノではない。割り切るしかない。しかしそうする事が出来なければどうなるか。─ちょっと頭おかしくなってやがる。タリアの髪に口を埋ずめながら、ソラはニッと笑った。「悪かったよタリア。斬った奴がアレンとかだったら、すぐ分かったのにな」「…!」アレン。その名前にピクッと反応するタリア。そしてソラの胸をドンと押し、彼を突き放す様に彼から離れた。「え…?」何かを恐れる様に。そんな彼女の様子に、ソラも一瞬戸惑う。「どうした?」そこでふと、ソラはある事を思い出した。アレンも彼女と同様の反応を見せた事を。ソラは戦闘の際、常にアレンを見張るように動いていた。だが一度だけ、完全にロストした事がある。それが一度目のデモンズリバーでの戦いだった。つまり…─アレンとタリアが互いを知り合った、あの時。「ちょっと会わない間にさぁ、タリア」タリアの髪を撫でながら、ソラは言う。「お前、女のニオイがする。いいニオイだ」「……」「誰かに持ってかれちまったのかな。俺のタリア」「……アナタは…」タリアはスッと、ソラの腕をほどいた。そして彼の顔を見上げる。「…結局、何のために反乱軍に潜入したんですか?」タリアの赤い瞳は、真っ直ぐソラの青い瞳を見据えていた。「気に入らない?」ソラは小さく笑う。「そうだよな。…実際、何も出来なかったと思う」「じゃあ」「でも」また荒れそうなタリアの口を、ソラは閉ざして言った。「皆殺しにするよ。奴ら」「…!」「『レキン』みたいにな」「え…」何か言いた気なタリアの唇にソラは指を当てる。「アレンも。他の奴も、皆。みーんな、俺が殺してやる。…文句は無いだろ」何であろうと敵は敵。割り切れない奴は甘い、そういう奴から死んで行くのだと、それはタリアも分かっているハズだった。しかし…──…その晩。ジギスムントに言われた通り孤児院にやって来たソラ。久しぶりに顔を見せた彼に、子供達が駆け寄る。「お兄ちゃん!」「ソラ兄ちゃんだ!」ソラは屈むと、子供達の頭を撫でた。「おう、ローラ、エリック。大きくなったな」彼らの頭をポンポンと叩き、ソラは奥の部屋、─ ジギスムントの部屋へと進む。「入りますよ」返事がするより先に、ソラはドアを開けた。「……よう」ジギスムントと、そしてもう一人。“ここに居ないハズの人間”を目の当たりにし、しかしソラは落ち着いた声で言う。「アンタだと思ったよ」ジギスムントに促され、イスに座りながらソラは笑った。「久しぶりだな、ユリウス」


メルデネスは悩んでいた。今更言う必要のないことではあるが…人材不足なのだ。文官も足りないと言えば足りないのだが…足りないのは将軍…と言うより武官。アトスが負傷している現状軍を率いる者はアレン・マサカド・メルリーナ・パリス。メルリーナは軍師兼任、アレンは言うまでも無く君主、パリスが扱うのは弓兵…だが、最大に問題なのは『外交をするものが居ない』こと。さて、どうしたものか…こう考えるメルデネスのもとに一人の人物が現れる。直接の解決にはならぬものの…その鍵となりうる人物であった。「ふぅ。ようやっと着きましたわ。ここにあのお馬鹿さんが居るのね。」腰まで伸びる長いストレートの黒髪。マラカン風の武者装束(ただし鎧は身に着けていない)。腰には短い刀。凛とした麗しい顔の唇には薄紅…脇に居る馬には布に包まれた長い物と鎧が入っていると思しき箱が積まれている。この女性はガノステルンの市街地にいた…。そして、この女性こそがガノス同盟の運命を動かす人物であった。マサカドはガノステルンの街に居た。アレンが市街地の視察に行く事になったので念のため供をすることになったのだ。こうしてマサカドと街を歩くのも久しぶりの事であった。「しかし…こうしてマサカドと街を歩くのも久しぶりだな。」こう呟くアレンにマサカドは苦笑しながら、「アレン殿。一応任務だって事を忘れないようにな。」と言った。イタチ牧場からダムを通り市街地から第2水路に行こうとしたとき…前述の女性とアレン・マサカドが出会うことになった。女性はマサカドを見ると、「マサカド様、お久しぶりです。」と言い微笑んだ。マサカドの表情は瞬時に強張った。そして、「…巴…お前が何故ここに…?」と一言。すると巴と呼ばれた女性は、「現マラカン当主カゲキヨ様の命でガノス同盟の内情を表向きに調べよとの事で。私の仕えていたミレニア様の意とも言えますわ。そして、そのついでにマラカンを去った許婚の様子も…ね。」と言ってマサカドを一瞥する。マサカドはそんな巴の台詞に頭を抱えたのだった…。巴の台詞を聞いたアレンは、巴をメルデネスに紹介する事にした。そして、アレンはベッド脇の椅子に腰掛けるメルデネスを指して、「彼はメルデネス。このガノス同盟の指針を示してくれる人だよ。」と言った。直後アレンは巴を指して、「彼女は巴。マラカンの使いで…」とここまで言ってププッと笑った。その様子を見たマサカドは声を荒げ、「おい!アレン!何が可笑しい!」と一言。アレンは笑いをこらえながら、「だって、出会った時のマサカドの様子を思い出したら…可笑しくて。」と言ったのだった。そんなアレンとマサカドの様子を…落ち着いた表情で見ていたメルデネス。一息ついてメルデネスは、「…まぁ、そのときの様子はまた後で聞きましょう。それよりも…紹介がまだ終わってませんね。続けてください。」とアレンを諭した。アレンは一息ついて、「では改めて。マラカンの使いにしてマサカドの婚約者の巴さんです。」と紹介を終えた。紹介を終えたのを確認して巴は膝をつき正座をすると「当主カゲキヨの命でここに参上した巴にございます。」と言うと頭を下げた。そんな巴をよそにメルデネスは、「それはそうと、もう少し威厳を持って行動した方が良いと思いますよ。貴方は仮にもこのガノス同盟の当主なんですからね。アレン殿。」この台詞を聞いて巴はハッとした表情を見せた。そして、「先ほどからの無礼の数々申し訳ございません。」と言い深々と頭を下げた。そんな巴にアレンは、「いや、そんなに気にすることはないよ。頭を上げて。これからこのガノス同盟の主要人物を紹介するから…そこの椅子に腰掛けて待っててよ。」と告げたのだった。そして、しばらく後にメルリーナとパリスを呼び(アトスは病床)巴を紹介した。2人はマラカンの使いと言う事よりもマサカドの許嫁と言う事実の方に驚いていた。メルリーナは、「マサカドの婚約者ねぇ。意外にもいたんだねぇ。」と言う。マサカドは視線をそらす。そんなメルリーナの台詞に、「…出会った時のあの表情はあまりにも意外で思わず笑っちゃったよ。」と言うアレン。マサカドは不機嫌そうに、「…お前等は巴の恐ろしさを知らんから軽く言えるんだ!」巴は穏やかに微笑みながら、「わたくしのどこが恐ろしいんですの?マサカド様。」と静かに言う。しかし、その手はマサカドの太ももをきつくつねっていた。顔を引きつらせるマサカド。マサカドの将来を見たような感じの4人は無言で頷いた。そんな4人にマサカドは、「こんな風貌だが巴の腕っ節は強いんだぞ…俺程ではないが。」と言った。意外そうな表情を見せる4人。その様子を見たマサカドはふと何かを閃いたような表情をして、「そうだ。これから訓練場でその事実を確認させてやろう。何かの役に立つかもしれないから…メルデネス殿も車椅子で来てくれ。」と言った…。そして訓練場。マサカドは3本の長い棒を用意すると、「一応模擬と言う事で武器に見合った長さの棒を持ってきたぞ。…オイ、巴。それは物騒だから引っ込めろ。」と言った。巴は馬に積んでいた武器、薙刀を持っていたが…再び布に包んで馬に戻す。それを確認したマサカドは、「では、巴はこれ…。あと、アレン殿とメルリーナ殿も1本づつ持ってくれ。」と言った。…そう。各人のメイン武器を考えていたのだ。3人がそれぞれ一本づつ棒を持ったところで、「それでは…まずはアレン殿が相手してくれ。」と言った。向かい合うアレンと巴。相対して気付いた事だが…巴は以前相対したシャルムほどの威圧感は無い。しかし、隙らしきものが見当たらない。アレンは意を決して一歩踏み込み突きを放つ。が、巴は流れるような動きで身をかわし、その動きに続く動きで胴薙ぎを放つ。アレンは一歩引いて胴薙ぎを弾く。が、弾かれた棒を再び翻し反対側がアレンに向かう。…これが薙刀の動きである。メルリーナはこの動きを見て思った。円の動きだ…力では多分メルリーナの方があるだろうが棒の動きによる遠心力でそれを補っている。そして棒の両側が次々に襲い掛かる…この動きに翻弄されるアレン。アレンの頭のすぐ上に巴の棒が止まった時マサカドが「そこまで。」と止めた。そしてマサカドは、「次は…メルリーナ殿。」と言った。棒を槍を持つように構えるメルリーナ。再び薙刀の持ち方になる巴。メルリーナは細かい突きの連打を入れる。が、巴はメルリーナが持つ棒の中ほどを打って弾いていく。しばらくして巴は攻勢になる。弾いても弾いてもすぐに飛んでくる攻撃にメルリーナも翻弄される。…かくして、メルリーナも巴に敗れるのだった。確かに巴は強かった…。結果、巴はガノスの客将になったのである。巴を送り込んだカゲキヨの思惑は…?


星が綺麗だった。それは涙のようだった。落ちる寸前の涙が光で煌く様な…悲しい輝きだった。「タリア様、今日はいかがいたしますか?」事務的な口調で問う秘書達に的確に命令を出す。ドアを閉める音がする。秘書が出て行ったようだ。ふと、資料から目を離し辺りを見回す。久しぶりだった。仕事仕事でなりふり構わなかった。こうやって周りの物を見るのは新鮮な感じがした。色々な音が聞こえる。「風の音」「人の声」騒がしかった…いや、懐かしかった。シャルディーニが死んだ。シャルムも死んだ。あれからかなりの年月が経ったような気がした。「まだ…ほんの最近の事なんですね」引き出しを開ける。古びた写真が一つ。この部屋に一枚だけある写真。シャルムが死ぬまで離すことのなかった写真。そっと手に取る。笑顔満開の三人苦笑している一人もう、望めないモノ。こぶしを握り締める。皆、嘘つきだ。この時だって…買って欲しいモノを誤魔化された。あの時だって…そして…シャルムの出兵の時も。ソラの帰還。これが何を意味するか…解っていた。解っていて、何も出来なかった。無力だった。『王国の至宝』苦笑するしかなかった。こんな…こんなに無力な自分が『至宝』「すいません…」悔しかった。何も守る事が出来ない自分に悔しかった。「何も…何も…」涙が頬を伝わる。何も変わっていなかった。馬鹿らしかった。幻の中でムチャクチャに躍らせられている感じだった。「私は…何も守れないんです」床に座り込む。涙が流れ続ける。涙なんて枯れたものとばかり思っていた。あんなに泣いたのだから…ガチャドアが開く音がする。「タリア…」「テッドさん」彼を見るたびに思い出す。「なんで…来たんですか?」懐かしくて、幸せだった日々。「それは…」口ごもるテッド。出て行って欲しかった。これ以上、心をかき乱されたくなかった。「出て行ってください!」テッドの瞳が揺れるのが解った。ゴメンなさい…「わかった」ドアの軋む音。また、失ってしまうのは怖かった。その度に心を傷つけられるのが怖かった。「タリア…」ドア越しに声がする。「何ですか?」「…」言うのを躊躇っているのかもしれない。「自分一人で全てを背負う必要なんか無いんだ…」足音が遠のいていく。ありがとう…デッドの気持ちはよく分かった。嬉しかった。でも、やらなきゃならない。自分で決めたことだから。「タリア様、ジギスムント父子がお呼びです」「解りました」今の自分がシャルム達、死んでしまった大切な人達に出来る事は…早くに戦争を終える事だった。「テッドさん、終わったらお酒でも飲みたいですね」涙は止まっていた。


クレスクレイ…一人の男が思案に暮れていた。「…ウェインが王国寄りになりそうだな。…ガノステルンと分断されるかもしれぬな。」クレスクレイとガノステルンの間にはウェインとラードバイがある。ラードバイはそもそも王国領。そしてこの度ウェインを領土とするコーネリウスのスタンスが王国寄りになる事で…ガノステルンとクレスクレイが分断される事になった。王国(と言うかタリア)の数回の勧告をはねつけていたのだが今回の異変により考える事になったのだ。…が、この勧告に今更応じる訳にも行かない。そこで、この男・レイモンドは一つの決意を固めた。「…うむ、戦うしかないか。」…辛い戦いを敢えて選択する事にしたのである…。が、この男が史上稀に見ぬ篭城戦をを繰り広げる事になる…。そして、ガノステルン。ある人物に密命が下った。「…こんな頼みをする私は兄としては失格かもしれませんね。」「ま、仕方がないね。早いうちの支援を期待するよ。兄貴。」「オレがいなくとも何とかなるか…。頼むぞ。巴。」「分かりました。貴方がほれ込んだこの純朴な青年を力の限りお護りいたします。」こうして、マサカドとメルリーナは密命を帯び旅に出ることになった。レイモンド・クレスクレイ…そしてガノステルン。彼らにもたらされる運命やいかに?


「お前ら!」クレスクレイへと向かう王国軍。『赤い十字』が風を受ける。総司令官ロンギヌス=ギュールの声に全軍が止まる。この戦いは王国の平和の要だった。現在、王国はソラ、ルーシーの帰還でガノス同盟の勢力を分断していた。しかし、これはガノス同盟の勢力が王国内にある事も意味するのだった。もし、下手をすれば獅子身中の虫になりかねない。「今から攻めるところは七王都だ!」ロンギヌスの怒鳴り声が平原をはしる。「いいか!この戦い負けるわけにはいかない!」その隣でロンギヌスの副将として来たマクベストが剣を抜く。「戦友諸君!総司令官について行く者は剣を抜け!」『おおおおおおお!』兵士達の雄たけびが平原を覆い尽くす。「進め!クレスクレイは目と鼻の先だ!!!」掛け声と共にロンギヌス率いる2万の軍勢が走り出した。

レイモンドはクレウスクレイの城壁に居た。目を凝らす。黒い塊がこちらへと近づいてくるのが見えた。とうとう来たか。王国側がここを攻める事は承知の上だった。「レイモンド、大丈夫か」ガノス同盟に仕えた時からずっと従ってきたリオルネ。頼もしき部下であり、大切な親友。こんな所で無くすわけにはいかない。「大丈夫だ、俺達なら」『宿命は変えられない。しかし運命は切り開ける』死んだ爺さんが好きだった言葉。「リオルネ、頼むぞ」「解ってる」もう直ぐ始まりだ。もう、刀は鞘から抜かれたのだった。一度抜いたら戻す事は出来ない。そう、後戻りは出来ないのだ。「全軍配置に付け!敵は目前だ!」掛け声を上げる。笛が鳴る。弓を取る。

「マクベスト」「はい、殿下」「弓を持て」マクベストが弓を持つ。「俺が話したら弓を放つ準備をしろ」「了解」空気を吸い込む。どえらくやってやろう。久々の血祭りだ。「クレスクレイに篭るバカ共に告ぐ!降参するなら今だ。もし、しないなら…」ロンギヌスが嬉しそうに口を歪める。「皆殺しだ」

弓を持つ。戦いを意味する赤い矢。「皆殺しか」敵将の暴言に苦笑する。「レイモンド、顔を狙ってやれ」「善処するよ」頷いて前を見る。広がる平原。今は甲冑で真っ黒だった。クソッタレが。すぐ、片付けてやるよ。弦を引く。これを離せば全てが始まる。目を閉じる。行け!運命の矢が飛んでいく。矢は飛んでいき、ロンギヌスの目の前にささった。「全軍構え!」城の弓という弓が上を向く。

「ふふふ…」「殿下、やります」「ふふふ…」笑いが止まらなかった。来た。この時が。久しぶりだった。血に餓えていた。「やれ」マクベストの放つ赤い弓が城壁の中へと消える。「よほど、命がいらんのだな。ま、好都合だが」呟く。前を向く。やるからには派手にやろう。『進め!王国の意地を見せよ!!』声を張り上げる。黒い壁がクレスクレイへと進み始めた。


─俺さぁ ─「何が…」─演技って言うの?そういうの苦手なんだよね─「何が“演技は苦手”だ…」─…本当だよ─「あの…大ウソつきめ」アトスはムクリと、上体を起き上げた。痛みはもう、ほとんど感じない。「アトス」外から戻ったアレンが、慌てて彼に駆け寄った。「ダメだ、まだ安静にしていないと」「いや、もういい」アレンの手を振り払い、アトスは立ち上がる。「いつまでも眠っているワケにはいかないからな」「……」「ジャンは?」ソラに両腕を斬り落とされたジャン。彼の容態を気にかけ、アトスはアレンに尋ねた。「うん…彼なら…」屋敷の縁側で、両腕に包帯を巻き付けたジャンは、ぼんやりと景色を眺めていた。「ジャン」「!アトス…」もういいのかと、ジャンは隣に腰かけるアトスに言った。「ああ…」もしあの時ソラが自分を殺すつもりだったなら、彼にはそれが可能であっただろう。単純に仕損じたのか、それとも…─「アイツ…」アトスはポツリと言う。「俺達のこと、“友達”だ、って…」表面だけを斬られたアトスの体。まだ完全に塞がったワケではないが、しかしこれよりもっと酷い怪我を負った事もあった。「友達…?」ジャンが声を震わせて聞き返す。「友達?友達だって!?見ろよこの腕!無ェだろ!アイツは自分の友達の腕でも斬っちまうのか!?これが王国流儀のスキンシップかよ!笑えねェな!!」「ジャン…」「これじゃあ…俺はもう、戦えない…!」ジャンは悔しさに涙する。物心をついた時から既にその手に剣を携えていたアトスとジャン。戦うという事が、彼等の生の証でもあった。「だから…“戦うな”って、そういう事なんだろう」「…なに?」アトスの不意の言葉に、ジャンはうな垂れていた頭を僅かに上げた。「最後…ソラは剣を握ったパリスに言ったんだ。『やめとけ』って」アトスは溜め息をつくと、静かに空を見上げた。「本当に…アイツの考えている事だけは分からない」・・・・・・「お久しゅうございます、王様」ソラはアガレスの前でひざまづき、恭しく頭を下げた。そして顔を上げると、ニッと笑う。「元気そうで」「お前もな」アガレスはぶっきらぼうに答えると、ソラとタリア、ルーシーを残して、他の者全てを退室させた。「ルーシー」「はい?」「まずはカースト暗殺、及び王国軍への帰属、礼を言う」アガレスの言葉に、ルーシーは頭の後ろで手を組んで答える。「別にいいっすよぉ、そんくらい。もともと私、こっち寄りだし」王の謝礼に対し冷めた様な目が、彼女の性格を物語る。“歴史の異端児”。かつてそう仇名された彼女の出生、そして成長と配属。それらはまた、別の機会に語ろう。─「王様、バカのフリすんのやめたんだ?」立ち上がってソラが言う。言いながら彼は、グイッと首元のホックを外した。「やっぱダルイなぁ、こっち」「そうかな。私はこっちの方が楽だけど」ソラが首を回すと、ルーシーは軽く笑って答える。「キレイだし」「で、王様さぁ」ソラは口元の端を僅かに歪めるて笑うと、カツンと、王座に向かって歩み出した。十二段の階段。ゆっくりと、しかし確実に、一歩ずつ踏みしめる。「何で」一段。もう一段。「“愚かなアガレス”で居てくれなかったワケ?」アガレスの口許で、うっすら笑みを浮かべながらソラは囁いた。「そしたら…」「ソラ」ソラの言葉を遮り、アガレスは彼の名を呼ぶ。「何故、俺がお前をガノスに遣ったと思う?」「…何で?」アガレスも小さく笑い、言った。─「俺は貴様の事が嫌いなんだ。ヘドが出るくらいにな」凍てつく様に冷めた目。それはソラを見るアガレスの目であり、それを見つめ返すソラの瞳も同様に。しかしそれでも二人は、互いに笑みを崩しはしなかった。「いいんですかぁ?タリアさん。ケンカ、止めなくて」どこか小馬鹿にした様に笑いながら、ルーシーは言う。だがタリアは彼女の顔は見ずに、「別に」と答えた。「アガレスとケンカをするって事は、アングルとケンカをするって事ですから」ソラだってそこまで馬鹿じゃない。「…ふーん…そっか」ルーシーはまた頭の後ろで手を組み、ポツンと呟いた。「…いいのかなぁ…いつまでも、そんなんで」・・・・・・「よし、もう大丈夫」メルデネスの包帯をほどきながら、アレンは安心したように言った。「痕は少し、残ってしまうけど…」「いえ」メルデネスは久しく袖を通していなかった衣を着ながら、微笑み返す。「ありがとうございます、アレン」「うん」アレンも小さく笑って頷いたが、その顔はすぐに曇ってしまった。「……」「アレン…」さすがに付き合いの長いメルデネス。すぐにその表情の理由に感付いた。「…ソラ…」「!」「…の、事ですね…?」ソラは死亡したとの報告を受けているアレン達。それを彼らに疑う由も無く、本当に死んでしまったと信じているのである。「…ソラが死ぬなんて…思っても見なかったから…」─夜明けまでには戻るよ。そう言ってルーシーの追撃に出たソラ。結果として彼は、王国軍の人間として王城に帰還したワケであるが。「あの時僕は…彼を行かせるべきじゃなかったのかな」夜の様な静けさ。微かに聞こえてくるのは、外でハシャぐ子供の声だけだった。「…静かだね…彼がいないと…」「…ええ…」ソラが消えた事によるアレンへのダメージ。「…ソラ…」それは思わぬ所に現れたのかもしれない。「少し…話をしましょうか…」「え?」うつ向くアレンの隣に座りながら、メルデネスは微笑んで言う。「いいよ。何がいいかな」アレンも顔をあげ、小さく笑い返した。こうしていると昔を思い出すな、と感じる二人。「恋の話なんてどうでしょうか?」イタズラっぽく笑うメルデネス。その一方でアレンは、ビクッと肩を震わせた。「こっ…恋…?」「たまには色気付くのも悪くないですよ」まさか、何か見透かされているのではなかろうか。そんな疑念がアレンを狼狽させる。「きっ…君は…こ、こここ恋をした事、ある、の?」カタカタ震えながらお茶を口に運ぶモノだから、コントの様にアレンは溢しまくった。─…会いたいな…─彼女が誰かなんて、分かっている。しかしそれでも会いたいと思ってしまうのは、悪い事なのだろうか。「…ええ、ありますよ」「…!」メルデネスは静かに頷き、答える。「アレン…アナタはリナと言う少女を覚えていますか?」「…リナ…」覚えている。忘れるワケがない。記憶の引き出しに納められていた名前だが、しかし忘れるワケがなかった。「私は彼女を愛しておりました。…彼女も、私を」「!…それって…」メルデネスは頷き、続ける。「彼女は必死で病気と戦っていました。そしてそれを手助け出来る事が、私の幸福だったのです」リナの家は父がなく、貧しかった。病弱の母と五人の弟妹達。彼らを養うためには、長女のリナが働くしかなかった。そしてその仕事が元で、彼女は病気になってしまったのである。「キスも、しましたよ」照れ臭そうに言うとメルデネスは、うつ向いた。「彼女は病気でしたが…それでも私達は、幸福でした。…ただ…」悲しそうにメルデネスは呟く。「ただ、悔やまれるのは…リナは…私を…」「メルデネス…」後天性免疫不全症候群。つまり、エイズ。リナの様に若い娘がマトモな仕事に就けるほど、当時の国政は整っていなかった。体を売り、日銭を稼ぐ。そうして彼女は、ウイルスに侵されてしまったのである。「彼女は、私まで感染してはいけないと、結局、私を受け入れてはくれませんでした。…でも…」愛するが故に、愛しいが故にメルデネスを拒んだリナ。しかし。「それでも私は構わなかった…リナと愛し合い、それで彼女と同じ病に倒れるなら、私は…」アレンは受け持った全ての患者の名前と顔を覚えている。ましてや救えなかった人ならば尚更だ。しかしメルデネスとリナとの間にそんな関係があったとは知らなかった。「昔の話です」明るく笑い、立ち上がるメルデネス。昔の話。少年時代の想い出。それでもきっと、メルデネスには大切な想い出である事に違いない。「アナタは?アレン」「僕は…」今の彼の話を聞いたからだろうか。アレンももう、先程のように狼狽する事はなかった。「僕も今…恋…してる、んだと思う」彼女の事を考えると、胸が苦しくなる。楽しくなる。切なくなる。色んな感情が混ざり合って、息が出来なくなる。「そうですか」メルデネスは優しく笑いかけた。「どうしてだろう、メルデネス。彼女とは、一度会っただけなのに…」分からないと首を横に振るアレンに、メルデネスは言う。「ならばきっと…その方がアナタにとって、本当に大切な人なのでしょう」「……」銀色の長く美しい髪。羽根の様に軽かった、敵軍の少女。「…大切な…人…」「私は、リナをこの胸に掴まえておく事が出来なかった。だから」メルデネスは屈み、座るアレンと視線を合わせる。「アナタはしっかりと、抱きしめてあげて下さい」


真っ赤に燃え上がるクレスクレイの街を見下ろしながら、ロンギヌスはゲラゲラと笑った。「ハーッハッハッ!!」火薬と、それに鉄。剣を交える時代はもう終わったのだ。「古臭ェ武士道精神だか何だか知らねェが…これからの戦争の主役はコイツなんだよ!」エバラスティンで新たに開発された大砲、その数は十門。この国の全ての兵力が今ここに集結していると言っても過言ではない。・・・・「ロンギヌス」長廊下を歩くロンギヌスに、ソラは後ろから声をかけた。「お前…アーサーのソラか?」「おう。久しぶり」ソラが拳を小さく突き出すと、ロンギヌスもその拳を打つ。「久しいな。しばらく見なかったが」「色々あってさ」「まぁ、元気で何よりだ」ロンギヌスがニッと笑うと、ソラも笑って答えた。「アンタもな」「話は変わるけど」「何?」「アンタに頼みがあるんだ、ロンギヌス」ソラはロンギヌスの腕を引くと、彼を壁際まで寄せ、小声で囁いた。「エバラスティンでさ、武器造りまくれ」「…!」「金は全部こっちで持つ」ロンギヌスは口の端を吊り上げ、楽しそうに笑って答える。「いいぜ。ちょうど開発中だからな。政治の革命は今一つだが…“こっちの方”は著しい。面白いモン造ってやるよ」「頼もしいね」ソラに手を放され、今まで屈めていた身を起き上がらせるロンギヌス。そんな彼に、ソラはもう一つ言った。「それからさ」・・・・「そろそろ幕か」笑うロンギヌスに、マクベストは言った。「しかし…これはやりすぎなのでは?」「誰だったか…タリアだったかな。アイツが言ってたんだ」― だったらその街ごと焼き払っちゃってください。「だから、こうだ」ロンギヌスは立ち上がると、声を張り上げて全軍に伝えた。「1番、2番隊は俺と帰還しろ!!あとは残れ!!城に篭ってる哀れな棺桶野郎どもは一匹たりとも逃がすなよ!!いずれ尽きる!!…その内ミイラが出てくるかもな」そしてマクベストに言った。「いいか?大事なのは金と、頭だ。腕だけでどうにかなる時代は終わった」


「…早めに手を打って置いて良かったな。レイモンド」「あぁ。確かに。まぁ、これで油断はさせられるだろう。…空の街を焼いただけだがな…。」燃える街を見て呟くレイモンドとリオルネ。その脇には500人ほどの兵士がいる…。さて、この台詞は一体どういう事なのか…?時間を少し遡る。レイモンドは戦う準備を終えていた。その準備の一環として街の住民を外に出し空の街を作り上げていた。そして建物の中に火薬を仕掛けていた。「準備はこれで良し。あとは兵が入り込むのを待って火をつければ良い。…外に出るぞ。500人は住民について周辺の都市に住民を移せ。残る500人は私と共に街の外に待機する。では…また会おう。」こう指令して町を出たレイモンドの耳に砲撃の音が聞こえた。レイモンドは街から離れながら呟いた。「…かなりの火力を集めたか…。どの位なものか後で確認しないとな…。」そして冒頭に繋がる。しばらくして城を囲む部隊を残しロンギヌスが退却する。その間、レイモンドは新兵器の砲台を見て考えていた。「ふむ。さすがにあのサイズだと馬あたりで引かないと動けなさそうだな。兵士も油断しているようだ…。」こんな結論を出したレイモンドは、「うむ。全滅までは行かないだろうが挨拶にはなるだろう。日が暮れたらあの砲台に向かって突撃する。そして、しばらく暴れまわった後に散開する。全滅できると考えてはいけない。相手を混乱に陥れ同士討ちを起こさせれば最高の戦果と言える。混乱に乗じて素早く撤退せよ。ここでは生き残る事が重要なのだ。散開の後は各自身を潜めろ。私はあの砲台に細工した後、一旦ここを離れる。そしてガノステルンに向かうつもりだ…。いつの日か横暴な王国軍からクレスクレイを取り戻す日を!」と命令を出したのだった。そして夜…。戦勝気分で油断していた居残りの兵にレイモンド以下500人の兵が襲い掛かる。予期せぬ攻撃に慌てる居残りの兵。陣形も崩れ混乱状態に陥った。レイモンドの配下の兵は手近な兵に斬りかかりながら陣を突っ切るように駆け抜ける。そして、レイモンドは照明となる物をことごとく破壊していく。闇に包まれ混乱した部隊は何処に敵が居るかも分からず同士討ちを始めた。その隙にレイモンドの配下の兵たちは戦場を去り姿をくらました…。こうして、王国軍が手にしたものは…破壊された都市と壊れた砲台、そして5000人以上の兵の損失となった…。


「何をしているんだい?メルデネス」「ああ、アレン」子供達に囲まれ、熱心に何かに取り組んでいるメルデネスに、アレンは話しかけた。メルデネスは顔を上げて答える。「コレですよ。パズル」メルデネスの手にあったのは、小さな鍵が繋げられた様なパズル。知恵の輪の様なモノだ。「あ、コレ知ってるよ。ジーニーだよね」ジーニーはアングルの南方にあるユーカサスという国のオモチャで、近年アングルにもたらされた物だった。「解けると願い事が叶うって、本当なのかな」「さあ、どうでしょう」アレンの問いに、メルデネスは首を傾げて笑った。ユーカサスの言葉でzenny(難解な)とginie(宝箱)の音をかけたジーニー。そしてそれが解ける、が宝箱が開かれる、に繋がり、転じて願い事が叶う、と言われるようになったのである。「貸して、メルデネス」「難しいですよ」解きあぐねるメルデネスからパズルを受け取り、アレンはそれをカチャカチャといじり始めた。「君なら、何を願う?」「そうですね…何でしょう?アナタは?」「うーん…」右の輪にこっちの出っ張りを通して…ブツブツ呟きながら取り組むが、全くもって解ける気がしない。「ダメだ!分からない」こんなのを解ける子供が居たらたいしたモノだよ。苦笑しながらアレンはパズルを返した。「あ、待ってください、アレン」「!」去ろうとするアレンを、メルデネスが呼び止めた。「たくさんあるので」「え?」どうやらパズルを解けない子供達が、みんなしてメルデネスを頼ったらしい。彼の膝元には、まだ数個の解かれていないジーニーがあった。「手伝ってください」....「カノン十門。まぁ、上出来だな」クレスクレイでの戦果を見る限り、これらの装備は確かに強力だ。「これ、もう二十門造れないか?」ソラはロンギヌスに言った。が、口で言うほど楽ではないし、反乱軍一つを鎮圧するにはオーバーキルとも言える軍備だ。「出来ないこともないけどな、ソラ。必要あるのか?金だってかかる」「あるさ」ソラは笑って答える。だがロンギヌスは、どうにも納得がいかなかった。「別にいいけどよ。何考えてるかぐらい教えろ」「俺はいつだって自分のすべき事を考えてるよ」要領を得ないソラの言葉。何を考えているのか今一つ掴めないその性格は、義理とは言えやはり親子なのだろう。ジギスムントと似ていた。「なぁ、ロンギヌス」「何だ?」ソラはずっと資料に目を通していたが、不意に顔を上げて言った。「もう一個の依頼、ちゃんと進んでる?」「あれか。進んでる。幾つか解せない点もあったが。そこら辺は注文通りに造ってる」それを聞くとソラは笑って、また資料に目を戻した。「ソラ」「?」その資料が気になったロンギヌスは、ソラに尋ねる。「何だ、それは?」数名の名前が書かれたリストの様なファイル。「コレか」主立つ所でルーシーの名も、ロンギヌスの名も、タリアの名も、ユリウスの名も記されていた。「秘密」そして、アレンとアガレスの名も。「次は、どう戦うんでしょう。俺達」剣の稽古、と呼ぶには遊びの感覚が幾分か残るが、ルイズは相手を務めているテッドに尋ねた。「分からん。参謀が“あれ”ではな」パラノイアというモノがある。いわゆる精神病だ。そう呼ぶには確かに大袈裟ではあるが、しかし近しい人間の度重なる死のショックと、思春期特有のソレとが重なって、タリアの心が病んでいる様に見受けられるのも事実だった。「…やはり、あの年齢では無理があったのかな」最初、誰もタリアにそんな役職を与えるつもりなんてなかった。だがシャルディーニの形式上養女という身分から、彼女も戦線の状況をよく聞き知っている事が多かった。14歳の時だ。他国との戦争の時、どうしても攻めあぐねる場面に瀕した。当時軍指令部を統括していたシャルディーニは、自室にて盤面を広げ、あれこれと戦略を練っていた。そこに夜食をとやって来たのがタリアだ。気をまぎらわしたかったのかどういうつもりだったのかは分からないが、シャルディーニはタリアに訊いてみた。「お前ならどうする?」と。もともと駒などの盤上の遊戯が得意なタリアならもしや、と淡い期待もあったが、しかし事はやはりそう簡単には往かなかった。「分かりません」しばらく考えていたタリアは首を傾げて苦笑した。そんなモノだろうとシャルディーニも笑ったが、翌朝、彼は驚く事になる。まだ陽も上りきらぬ明け方、タリアはシャルディーニを叩き起こした。その時の彼女の表情は、難解なパズルを解き明かしたかの様に嬉々としていたと言う。「分かりました」最初、シャルディーニは彼女が何の事を言っているのか分からなかった。頭に疑問符を浮かべるシャルディーニを外に、タリアは昨晩の地図と駒を広げた。シャルディーニが驚いたのは、その発想力も然る事ながら、寧ろ夜を徹してまで考え続けた集中力。そして“初見の地形と軍備を覚えていた”という記憶力だった。次の戦いも、その次の戦いも、シャルディーニは試しにタリアに訊いてみた。初めは拙かった彼女の練る戦略も、ある時それは“芸術”とまで呼べる様な弦を奏でたのである。「出来る力があっても…」テッドは剣を納め、呟いた。「え?」「必ずしも向いている、とは限らないのかもな」駒と戦争は違う。初めは兵士を“駒”の様に数えていたタリアも、ある時彼等の屍を目の当たりにして、そんな考えは変わった。人は死ぬ。次の局へ進んでも、駒の様に蘇らない。「アイツはもう、戦わない方がいい。ジギスムント様に掛け合ってみようと思う」「でも…」もちろん簡単ではない。しかし幼い頃からタリアを知っているテッドは、これ以上彼女が壊れていくのは見るに耐えなかった。「…タリアさんは、退かないんじゃないですか」ルイズは沈痛そうに言った。多分、退かない。だからこそ、彼女から“力”を奪うしかない。「最期…俺はシャルムに言われたんだ。『後は頼む』…って。アイツが言ってたのは、軍の事じゃない」「…じゃあ…何を?」ルイズは首を傾げた。「この戦いが終わったら…俺はタリアに償うよ」


「全て」男は…─全軍を指揮するその男は言った。

「全てだ」「王室に逆する者、抗う者、仇なす者、それに準ずる者全ての命を」

   ─ 「狩り獲れ」  …―

          ~ 夜明けのクロニクル ~

15年前に起こった反革命運動「レキンの大粛正」。それは国民の数を5分の1とも4分の1とも減らしたと言われており、今では禁忌とされている。先代王が倒れ当時4歳のアガレスへと王権が受け継がれる事となった時、当然の様に多くの国民が反対した。その時、王族本家ではなかったが、分家にノートゥングハーツ家というのがあった。血縁関係で言えばウルメール家と最も近しく、その家の当主イーゲル=ノートゥングハーツが当時30歳。一先ずイーゲルに王権を継がせるのが妥当ではないかと、そう騒がれた。しかしそれが叶う事はなかった。イーゲルが、いや“イーゲルも”毒に倒れたからだ。・・・「テッドさん」「ああ、ルイズ」廊下を歩くテッドに、ルイズが挨拶する。「今は?」何をしているのですかと、ルイズは尋ねた。もし暇があるようなら、また剣術の稽古をつけてもらおうと思ったのだ。「ロンギヌスさんは『剣の時代は終わった』って言いますけど…俺には、これしか無いですからね」「俺も体を動かしたい所なんだがな」テッドは空箱を示して言う。「やる事があるんだ。お前も手伝ってくれ」「シャルムさんの部屋…」テッドは小さく頷く。「片付けてしまわないとな。早く」テッドが言うと、ルイズは寂しそうに呟いた。「でも…」「思い出は思い出だ。それまで片付けたりはしないよ。…ただ、いつまでも感傷に浸っているワケにもいかないだろう」今、片付けなければいけないモノ。自分達にはそれがあると、テッドは言う。「今は過去を懐かしんでいる場合じゃない。前に進むしかないんだ」「そう…ですね。そう、ですよね」幾分か晴れた表情になり、ルイズは頷いて作業に取り掛かった。「シャルムさんって、日記つけてたんですね」「何?」赤い記帳を手にするルイズに、テッドは首を傾げる。「まだあったのか?」以前この部屋を掃除した時、テッドは一冊、亡き友の日記を見付けた。それは自分の部屋に置いてある。しかし棚には、色こそバラつくが、まだ数冊同じ型の記帳が並べてあった。「それは…残しておこうか、まだ」「そうですね」ルイズは頷き、手に持っていたノートをそっと棚に戻した。・・・─ 全部、俺が殺してやる。「…ん…」タリアは僅かに目を開けると、枕元に置いてある時計に手を伸ばした。「5」と示された数字。薄暗くて朝なのか夜なのか分からないが、とにかく今は5時なのだろう。起きよう。朝なら朝で早起きするのも悪くないし、夜なら夜で…─気だるい。タリアは寝返りをうって、抜けかけたベッドに再び潜り込んだ。何で自分がこんな、だるい事。何で。「…ソラ…」─ 殺してやる。「…殺してよ、ソラ…」─ 全部、俺が殺してやる。“レキン”みたいにな。─「……れ、きん……」レキンの大粛正。レキン。地名?違う。聞いた事、ない。「レキン…って…?」まどろみながらタリアはふと、15年間一度も気にしなかったその名に疑問を抱いた。


「ルイズ、陛下に進言してくる」「…はい」親友が、そして師が愛しんだ師の忘れ形見をじっと見つめる。「…」「テッドさん?」「いって来る」怪訝そうな表情をするルイズに笑いかけ背を向ける。長い石の廊下を歩く。久々にこの廊下を歩く。師が生きていた頃には忙しく走り回ったココも今となっては誇りが溜まっている。いつ頃からだろう…。忙しかった日々は、色々な事を置いてきてしまった。嫌な事も、大切な事も。もうすぐ、帝門だ。背を伸ばし、戸を叩く。「陛下、進言いたします!」くたびれた赤い絨毯に手をつく。「よく来てくれた…」しんみりと…。否、誰にと言うことなくアガレスが呟く。それは今の王国を表してるようで、悔しくって空しい。「陛下、進言します」歯を食いしばり、もう一度同じ言葉を口にする。何でだ!友が!師が!戦友が!命を賭して守ってきた国。いや、王家。いつから…いつから変わってしまったんだ!!!悲しさかそれとも虚しさか…眼に映る主の顔がぶれる。グッと顔を上げて王の、我が国の父である男の顔を見る。「テッド…か。なんだ?」独白のように感情の無い声。「へ…、陛下…」「私に用…なの、か?」言葉が無かった。「陛下、参謀総長タリアの更迭をお願いいたしたいのです」色々な事を振り払って用件を述べる。形式上といっても良いほど無視されてしまった王。「テッド、どうした?」虚しく声が響く。「陛下…」何度目になるだろうか。虚ろな瞳をこちらに向ける主人を見つめる。バ…バカ…クソッ…なんで…シャルム、先生…バカヤロウ…「バカヤロウ!!!!!!!!!!」耐えられなかった。立ち上がり、アガレスの胸を掴む。「王さんよ!どうしたんだよ!!!」胸をガクガクとゆらす。「テ…、テッド?」驚く王をよそ目にゆらし続ける。「あの時、俺を前に言った言葉は嘘だったのかよ!!!」止まらなかった。止められなかった。こんな、こんな、こんな!クソヤロウの為に先生が、友が死んだなんて許さない。「テッド、落ち着け…」「おい!王様よ!!!俺がな!!!シャルムがな!!!」悔しい!こんなに王が苦しんでいて、何も出来なくって、良いようにされてて。なんでなんだ!タリアがあんなに苦しんでる。「お前は…、王様なんだろうが!!!!!!!!!!!!」激昂、いやそれは心の叫びだ。だが、その応えは虚しく帰ってきた。「必要とされない王など、居ても居なくても一緒であろう」許さない!許せない!そんな事…、口にはさせない。「俺はな!俺はな!!!アンタを必要としてるんだよ!!!!!!!!!」涙が頬を伝う。もう…もう…言葉が無かった。情けない。「テッド…」「アンタは俺が守るって言っただろう!!!!!!!!!!」どうにでもなれだった。これで王の目が覚めるならそれでいい。「て…、テッド」グッと胸倉を掴む。最後の無礼だ。「クソヤロウ、自暴自棄になるなんてな、まだ早すぎるんだよ!!!」言い放ち王を突き飛ばす。玉座に背を向けながら、涙を拭う。腐ってる。終ってる。


「王が病に倒れられた」文と武。二つの官僚が集まり、会議を始めた。その指揮を執るのはシャルディーニ。当時34歳であった。「と、言われている。であろう?違いますかなシャルディーニ殿」「ジギスムント…」横合からそれを言い直すジギスムント、当時31歳。15年前、文官を従えていたのは既に彼だった。「どういう意味だ、それは?慎めジギスムント」「私の聞いた話では…」「ジギスムント」文武総指揮者のシャルディーニの眼光に、ジギスムントは口の端を吊り上げて肩を竦めた。「ただ私が申し上げたいのは、王は果たして復職出来るのですかと、それだけです」「それは…」「復職出来ないのであれば、新たに王を擁立するしかあるまい?」ザワつく中央議事室。王が変わるという事は、国が変わるという事だ。それは口で言うより遥かに国民達に影響を与えるのである。「ノートゥングハーツ家が良いのではないでしょうか?」「!」「アスラン」28歳にして武官を統率する男、アスラン=ティツィアーノが遂に声を発した。「アスラン…君まで何を言う?王はまだ健在だぞ」「いえ、シャルディーニ様…私の目にはとても、王が健在だという様には見えませんでした」「アスラン…」「いや、その通りだよアスラン」ジギスムントが笑って言う。「しかしノートゥングハーツというのはどうだろうか?確かに現当主のイーゲルはバッキンガム王の実の弟に当たるが、しかしあの家は他国の籍に入ってしまっただろう?ならば次の王は私の家か、ワーテルロー家。もしくは君が継ぐのが妥当ではないかね?」アングル王国は色々な国の人間が土地を開拓し、築かれた国だ。よって多様な肌の色、髪の色、目の色をした人間が住まう。しかしもともとの住民、つまり国が拓けるよりも前からここで生きてきた人間も当然いる。金色の髪や黒髪、青い瞳茶色い瞳と、様々な人で溢れるこの国だが、ネイティブの人間は少し特殊だった。全体的に薄い色素からか、肌は白く、髪も銀色。そして赤い瞳を持っていた。「代々王家は、正アングルの血の者が受け継いできた。君や私の様なね。他民族の血と交わってしまったノートゥングハーツ家はもう、その資格を持たない」「もう古いのではないかと思うのですがね、その考えは」溜め息をつき、アスランは言った。「何?」「王家は銀色に限るという、その伝統。その仕来りのため、私も正アングル人の女と結婚しましたが…いえ、私は愛した女性が彼女だったからいいが…しかし正アングルの血を残すという決まりのために、何人の若い男女が泣いた事か」「ふむ、理解出来んな」「アナタの様にあちこちで種を蒔いていれば」「何を」「よさぬか2人とも」シャルディーニが机を二度叩き、諍いを止める。「アスラン、君の悪い癖だな」「申し訳ございません。ですが…」アスランは会議室全体を見回して、言った。「皆さんにも問いたい。やはり王は、バッキンガム様の直接の血族の方に引き継いで頂きたいのですが」...「やれやれ…君には本当に冷や冷やさせられるな、アスラン」会議が終わった後の議事室で、部屋に残ったアスランにシャルディーニは言った。「私はどうも、あのジギスムントという男とは合わないらしいです」「まぁそう言うな。奴は奴で考えがあるのだろう」しかし、とシャルディーニは続けた。「正直…あまりいい噂を聞かないのも事実だ。そして奴を裏で支持する人間も少なくない」「クライスト家…ジェスなどは、王よりもジギスムントさん寄りだと聞きました」「実際、ジギスムントの考えの方が合理的な面もあるからな。…多少利己的だという事を除けば」ふぅと、アスランは深い溜め息をついた。「王家の御庭番である人間が、何を考えているのでしょうか」眉間にシワを寄せるアスラン。そんな彼の背中を、シャルディーニは笑って叩いた。「肩の力を抜け、アスラン。君は何に対しても深く考えすぎなのだ。体にもよくない。君に何かあったら、家で待つ子が泣くぞ?かわいい一人娘なのだろう」それを聞いた途端、急にアスランの顔が朗らかになった。「ええ」―「私の宝です」......


「ジェス!!」コーネリアがクライスト家に怒鳴り込んだのは、ルーシー達が王国軍に移った、その日の夜の事だ。「どういう事だ!ジェス!!」「これはコーネリア様。どうされました?」僅かに笑みを浮かべながら、ジェスはコーネリアを迎える。しかし一方のコーネリアは、さらにその怒りを顕した。「『どうした』だと!?貴様…貴様の娘は何をしている!!」「ルーシーが、ですか?…ああ、王室に“戻った”事ですか」「何…!?」ジェスはフゥと息をつくと、「落ち着け」とコーネリアに椅子を勧めた。「勘違いされておられますね、コーネリア様」クライスト家は王家の御庭番。王国軍と敵対するなんて事、あってはならない。「私はただ、貴方の“お目付け役”としてルーシーをガノスに送っただけの事。あの子がウルメイラに行ったのは、私の指示です」「話が違うではないか!!」「話?」もともと、コーネリアがガノスに付くよう話を進めたのはソラだ。ソラとコーネリアがあの夜、どんな話をしたのか。ソラはコーネリアを引き込むにあたって、自分が王国軍の人間である事を話した。また、ジギスムントの義息子である事も。つまり、それ相応の“力”があるとチラつかせたのだ。「アンタに国を盗らせてやるよ」ソラはそう言った。野心深いコーネリアは、そこで都合よく解釈した。きっと今回の反乱が続けば、王国は疲弊しきるだろう。もし反乱軍が勝てば、その中で全ての力を掌握し、支配するも良し。王国軍が勝ったのであれば、弱りきった国をウェインの力をもって転覆させるも良し。その為にはまず、ガノスに力をつけてもらう必要がある。だからこそ“兵の都”が王国軍から反乱軍へ移る意味があるのだ。もちろんソラは、大旨コーネリアがそう目論むだろうと、敢えて曖昧な言葉を使ったワケであるが。ルーシーがガノスに行ったのだって、コーネリアにとってはこの上なく都合が良かった。いくら何でも自分がガノスに行くのは危険である。不信感から反乱軍の誰かに殺されないとも言い切れない。その点ルーシーの様な娘なら、自分よりも信用されやすいだろう。万が一殺されたって。そして自分はガノスに力を貸しつつ、しかし体裁だけは王国軍を取り繕って、後でどちらにでも寝返ればいい。カースト暗殺にしても、これもコーネリアを喜ばせた。これでようやく自分がウェインの長になれるのだから。「しかしこれは何だ!?何故クライスト家が勝手を働く!!」「さぁ、私は何も聞いていませんでしたので。王家の御庭番として当然の事をしているだけですが」「ジェス…!!」コーネリアはテーブルクロスを握り締めた。「おっと…コーネリア様」ジェスは冷たく笑い、言った。「その右手は何を掴もうとしているのですかな?」「!」言われた瞬間、コーネリアはビクッとその手を止めた。刀の柄だ。「気を付けた方がいい。ここはクライスト家の敷地…この家の“仕事”が何か、貴方もご存知でしょう?」そしてコーネリアの周りを、クライスト家の兵が囲んだ。「今日のところはお引取りを。コーネリア様」・・・「おのれ…!」思い出す度に怒りがこみ上げてくる。ハメられたのは自分なのだ。全て上手くいっていると思っていたのに。自分はただ、その兵力と財力を利用されただけなのだ。コーネリアは、今はもうそのほとんどが王国軍に属してしまった自分の兵隊の事を思い、嘆いた。「何という事だ…!」― カーストを殺る。「!」そこで、あの月夜のソラの言葉を思い出した。― ジャマだろ?アンタ的にも。邪魔者は殺す。不要な者は排除する。それが昔から変わらない、ジギスムントのやり方だ。「次は私か…アーサー…!?」・ジェスは手紙を封筒に入れると、それを仕様人に渡した。「どちらへ?」「ルーシーにでも宛ててくれ」そして窓から差し込む光を、眩しそうに見上げた。「じき、夜が明けるな」


「『ガノスごと焼き払う』…確かにタリアは言ったな…!」メテルスは頭を抱え、半ば嘆くようにして言った。「ああ、言った」ライマールも深刻そうな顔をして頷く。戦争が長く続けば、こうも人は狂うのか。ガノステルンは反乱軍の拠点とは言え、7王都の1つである事に変わりない。国を焼けと、つまりそういう事だ。「まさかタリアも、本気で言ってはおるまいよ。そもそも王が許すワケ…」「どうかな…クレスクレイは消えたぞ」クレスクレイの戦いで指揮を執ったのはロンギヌスであるが、その時アガレスが彼を諌める事はなかった。「ガノステルンか…久しく行っていなかったな…」「!そうか…」ライマールは思い出した。メテルスはもともと、ガノステルン出身の人間であったという事を。...   ━ 夜明けのクロニクル ━...「最近、タリアと話したか?」朝食の席で、テッドはルイズの隣に座って言った。「いえ…ただ、前よりは顔色が良くなったと思います」理由は分かっている。ソラだ。ソラは人と話す能力に長けている。塞ぎ込んでいたタリアだが、よくソラが外に連れ出しているのを見かけた事がある。「ソラさんは…やっぱり俺なんかより全然すごいです。あの人がいれば…あの人がいれば、シャルム隊長も死ななかったんじゃないかって、そう思うんです」「ルイズ…」テッドは残っていた料理を片付けると、ルイズに促した。「少し打ち合ってみるか、ルイズ」「え?」「確かにソラはすごいかもしれないが…お前とアイツとではタイプが違う。比べてみた所で意味は無い。お前の方が優れているモノだってあるはずだ」・・・「ルーシー」「はい?」ジギスムントの部屋に呼ばれたルーシー。彼女はジギスムントに渡された封筒を手に、首を傾げた。「何ですか?コレ」「お前の父から送られてきたモノだ」「ふーん…」ピリピリと封を開け、手紙を取り出してルーシーは読み出す。少しして、彼女は小さく笑った。「ウザイって。ジャマだってさ」「そうか…残念だ」「私、もしかして一回ウェインに戻った方が良くないですか?パパが…」「いや」ジギスムントは首を横に振る。「それよりルーシー。お前、位が欲しくないか?テッドやソラの様に」「えー?」ルーシーは笑いながら、「いらない」と両手で示した。「そーゆーのはいいです。興味ないし…」「ならば何が欲しい?」「んー…」欲しいモノと聞かれた所で、たいてい持ってる。欲しくなったらすぐ手に入るから、ルーシーは「何が欲しい」なんて考えた事なかった。例えば「このお城が欲しい」なんて試しに言ってみたとして、それをジギスムントに言っても無意味だろう。だってコレはアガレスのモノだから。「今は無い…かな」「そうか…残念だ。頼み事があったのだが」ジギスムントのワザとらしい仕草が可笑しくて、ルーシーはまた笑った。「別にいいですよ。何かを貰うから動く、ってワケでもないし」・・・「親父から聞いたよ」「え?」ソラはタリアのベッドに寝そべりながら言った。「お前、ガノスを街ごと焼けって言ったらしいな」「!…それは…」自分でも分かってる。少し冷静になって考えれば、無茶苦茶だという事ぐらい。それで反乱軍を鎮圧出来たとして、取り戻した街はただの焦土だ。「ええ、言いました」だがロンギヌス。あの男はクレスクレイを文字通り焼き払った。それで芽を1つ摘む事が出来たのもまた事実だ。「裏切り者は許さない」「!」「って、言ったんだって?相手が誰であろうとも」「そんなの…当然じゃないですか」ソラは乾いた笑いをあげた。「そうだな」― それが例え、アガレスであったとしても。「じゃあタリア…面白い事教えてやるよ」「裏切り者がいるぞ」


「まさか…こんな所に貴方がやって来るなんて、思っても見ませんでした…」通された客人に、アレンは動揺しながら、しかし落ち着いた声で挨拶をする。「メテルス=オーランド」...   ━ 夜明けのクロニクル ━...「驚いたな」「え?」アレンと向かい合って座るメテルスは、目の前の少年の顔を見つめて呟いた。「若いとは聞いていたが…まさか君のような少年が反乱軍を率いていたとはね」「いえ…僕はただ…」メテルスが、出されたお茶を何気なく飲んだ。「!…疑わないんですか?」「何がだ?」「ここは敵地ですよ」「ああ」たった今自分が手にした湯飲を一瞥し、メテルスは小さく笑う。「君を見ていたら、そんな気も失せてしまったよ」「どう思う?アトス」別室からアレンの部屋を見張るアトスとパリス。「メテルスはロイと違って温厚で有名だが…しかし何を企んでいるんだ?」温厚と言っても怒る事はある。アトスがかつて王国軍にいた時、何度かタリアやテッドと衝突しているのを見た事があった。「弓の準備をしておけ、パリス。万一の時は殺さないにしても…」「分かってる」「それで…」アレンは真面目な顔になると、メテルスの目を見据えた。「今日は一体、どんな用件で」まさかただお茶を飲みに来たわけでもないでしょう。決して敵意を向けてはいないアレンの瞳。しかしその瞳には、何だか不思議な力があった。迫力。とも違う、何か。「君が相手だと、結局全てを話してしまいそうだから…シンプルにいこう」メテルスは腰に掛けてあった剣に手を伸ばした。それを見たパリスが弓を引く。しかしメテルスは、剣を鞘ごと脇に置いた。「今すぐ降伏しろ、アレン」「!」「このまま戦争を続けても反乱軍に勝ち目は無い。そして…―」「それは出来ません」首を横に振るアレン。「今軍を退けば、この戦いで死んでいった仲間にも、敵にも、申し訳が立たない」アレンの脳裏に敵軍の将、シャルムの顔が蘇った。「そう言って、さらに死者を増やす気か?」「…!」戦いが続けば続くほど、戦争による被害者が出る。それは知っている。だがシャルムにも、ソラにも言われたのだ。ここで止まるな、と。そしてそれこそが、アレンの意志でもあった。「クレスクレイの戦いを聞いたか?」「ええ…」「今、王国軍には新型のカノンが10門ある。この兵器を以って、あの街は焼かれた」「知っています」「では…」睨む様に、メテルスは俯くアレンの顔を見た。「さらに20門造られているという話は?」「!」「ガノステルンなど、跡形も無く消し飛ぶぞ。君と、君の軍と一緒にな」.「また来るよ。答えを聞きにね」ガノステルンからウルメイラ側の門で、メテルスはアレンに言った。「しかし忠告をしておくなら、あまり敵軍の人間を軽々しく中に通さない事だ」「ええ、気を付けます」確かに“敵”という枠組みではあるが…しかしメテルスは、そう悪い人間ではないような気がした。思えばアトスだって、かつての傭兵という立場からすれば、或いは敵になりえたかもしれない。しかしだからといって、彼と言う人格そのものまで、今と変わるという事はあっただろうか?そして、タリアも。「まぁ…このまま戦いを続けるのも、それはそれで君達にとって全く可能性が無い、というワケではないだろうが」「え?」「こちらの指揮系統も、今やボロボロだ」「何故…」指揮が崩れる?だって王国軍には“彼女”が…―「タリアだよ。君も名前ぐらい知っているだろう」「…タリア…」「シャルムが討たれてから…彼女も、我々も滅茶苦茶だ」シャルムを討ったのは自分だ。でも、それが…「ガノステルンを街もろとも焼き払うと、彼女は言った」「!!」「私もこの街の生まれだからな…そうなる前に降伏して欲しいと、そう言いに来たんだ」アレンの知っているタリア…―それはかつて聞いた、王国の参謀長としてのタリアの事であるが…“王国の至宝”とは、いたずらに民を巻き込む戦い方を選ばなかった。兵士は兵士、民は民。その区別だけは、しっかりと出来ている人間だと、そう聞いていた。シャルムが死んでしまった事で彼女に異変があったなら…しかしアレンは、シャルムを討ってしまった事に対する後悔よりも寧ろ、違う感情で胸が苦しくなった。嫉妬?彼女にそうまで影響を与えられる人間に対しての、嫉妬。自分はどうなんだろう。自分は…そこでアレンは首を横に振った。僕は何を考えているんだろう、と。「生きて…」「え?」不意のメテルスの言葉に、アレンは顔を上げる。それはメテルスも同じだったらしい。しかし彼は、何故そんな言葉を吐いてしまったのだろうと思いながらも続けた。「この戦争がどういう結末を迎えたとしても…互いに生き残っていたいものだな」「…ええ」アレンは笑って頷いた。...メテルスは光を見た様な気がした。「この戦争…或いは我々が負ける事が、この国にとって何よりの救いの道へ繋がるのではないか」反乱軍の盟主、アレン。あの青年になら、兜を脱いでやっても安心できるのではなかろうか。「メテルス」「ああ、ライマール」城に戻ったメテルスを、ライマールが呼び止める。「聞いてくれ、ライマール」清清しい気分で言うメテルス。しかし一方のライマールの表情は、重い。「王がお呼びだ」...「何故呼ばれたか分かるかね、メテルス」王座に座るアガレス。そしてその隣に控えるジギスムントが、メテルスの顔を見据えて言った。「いえ…」赤い絨毯と金の装飾で彩られた「王の間」に居るのはアガレスとジギスムントとメテルス。そしてタリア、ソラ、テッド、ロンギヌス、それにライマールと、ルイズを始めとする騎士団一個隊だった。「これより軍事裁判を始める」


― お前はクライスト家の娘なのだから…大きな父の手。―

王家に仕える者となりなさい。

「はぁい…パパ」

━夜明けのクロニクル━

磔のクライストチュンチュンと鳴くスズメの声で、ルーシーは目を覚ますとムクリと起き上がった。クライスト家の肩書きは王家の御庭番。なのに領主は何を思ったのか、明確にではないけれど反乱軍に組するようなマネしてる。けれどルーシーにとって、それはどうでも良かった。勝てば官軍。一つ問題があるとすればむしろ、自分から“ロイアリティ”という“ブランド”が消えてしまう事。それぐらいだろうか。何一つ不自由の無い生活。母親が早くに亡くなり、一人娘という事も手伝ってか、彼女は甘やかされて育った。欲しいと言えば買い与えられ、気に入らなければそれを強いられる事は決してない。ワガママ放題の性格と身分のせいで、彼女には友達らしい友達は少ない。一匹狼という言葉があるが、彼女は犬というより猫だった。気まぐれな猫。人ではなく場所に懐く猫のように。「君達とは違う」それがルーシーの口癖だった。場所に懐く猫のように、彼女は生まれながらにして与えられたブランドに懐いた。だから結果、王国に反旗を翻すカーストを、彼女は気に入らなかった。「ねぇパパ」二人きりの朝食。広い広い部屋は、彼女達父娘だけが彩るには殺風景すぎた。「どうして領主様もコーネリアのおじさんも、ガノスと同盟なんか結んじゃったの」不機嫌そうにルーシーは、父の目を睨む。ジェスは困ったように笑った。「それは分からない。パパも直接は関わっていないからね」「何よそれ」「だけどね、ルーシー」ジェスはフォークを置き、娘の目を見つめ返した。「お前は何の心配もしなくていい。お前は今までと何も変わらない」それも面白くないけど、とルーシーは頬杖をつく。「さぁ、食べてしまったら着替えなさい」ルーシーが望もうが望むまいが、ただ一つだけ、彼女に強制されるモノがあった。殺人能力。正規の騎士団が求められる様な、立派な精神に基づくような“武”ではなく、敢えて言えば、ただ相手を殺す事にのみその理念を置いた“術”。それが彼女に、クライストに求められるモノであった。「今日は真剣なんだ」渡された剣を手に、その重みと刃の輝きにルーシーは首を傾げる。「どうして?」父に尋ねると、ジェスは小さく笑った。「お前ももう、いい歳になったからね」地下に設けられた冷たい石の部屋。牢獄を思わせるこの部屋で、彼女はこれまでその力を磨いてきた。違和感が無かったのは、この部屋の造型のためだろうか。鎖に繋がれた男が三人、保安員に引っ張られて部屋に入ってくる。―「人を、殺しても」「…パパ…?」気持ち悪い奴ら、とルーシーは思った。どうしてこんな奴らを、パパは家に入れてしまったのだろう。「ほっ…本当に許してもらえるんだろうな!?この娘を殺したら!!」目隠しを解かれながら、男の一人が叫んだ。「ああ」「!」頷く父に、ルーシーは詰め寄る。「どういう事なの!?」「彼らはね、ルーシー」剣を与えられる男達を示しながら、ジェスはルーシーの耳元で言った。「今日、死刑が決定している者達なんだ」「え?」「彼らは殺してよいモノなのだよ、ルーシー」殺してもいいと、そうインプットされるルーシー。目の前の彼らが、そうすると酷く醜悪に感じられた。「大丈夫。お前なら大丈夫だ。ルーシー」「本当に?」「ああ」ルーシーの頬にキスをするとジェスは、彼女の頭を優しく撫で、保安員と共に部屋を出て行った。「良いのですか?ジェス様?」「何が?」扉が閉まると、保安員はジェスに言う。「大切な娘なのでしょう?」「そうだよ」「ならば…あの男達の罪状を、貴方もご存知のはず」男達は人を殺した。その中の一人で一番悪質だったのがハンセンという男。「ハンセンが強姦したのは、ちょうどルーシー様と同じ歳頃の娘達だったというのに」保安員の言葉に、ジェスは微かに笑った。「それがどうしたね?」― 殺してもいいって、どういう事だろう。刃に映る自分の瞳を見つめるルーシー。殺してもいいという事は、つまり、いらないという事?「おっ…お前に恨みはねェけどよ…!俺達だって死ぬのは嫌なんだ!!」人を殺したから死刑が決定したというのに、まだ生きたいから更に殺すというエゴ。「恨み…?」恨みは無いけど殺すなら、じゃあそれも殺していいという理由にはならない?「…待てよ…!」ハンセンが剣を舐めながら、二人の前に出る。「カワイイ女だぁ…へへっ…!殺す前によ、お前ら…!」「馬鹿か!そんな事言ってる場合じゃないぞ!」一人が青い顔をして剣を握り締めるが、別の一人が言った。「いや…俺は乗るぜ…!」「おい!」「長い間檻の中に閉じ込められてて、こっちは溜まってんだ」「これから俺達は自由になるんだ!景気付けに三人で楽しもうぜェ!!」ハンセンの掛け声と同時に男達が一斉に斬りかかって来た。濁った目は生を渇望し、性に対する欲望が映し出されている。汚いと、ルーシーは思った。なんて汚いんだろう。こんな奴らに触られたくない。こんな奴らと私は違う。―「君達とは違う」殺してもいいという事は、つまり、いらないという事。誰に?私に。ハンセンの考えに乗った男の首から、血が噴き出る。「あ…え…!?」皮一枚で繋がっていた男の頭と胴は、やがて重たい音を立てて床に落っこちた。首の骨の関節がどうなっているとか、隙間の軟骨はどこだとか。周りの子供が絵本を読んでいた頃、ルーシーは“そういう知識”を仕込まれてきた。「ひっ…!」もう一人の男の顔が青ざめる。これが“本物”の感覚かと、ルーシーはニィッと笑った。本物の剣に、本物の殺人。自分はホンモノ。コイツらはニセモノ。次はどっちだとルーシーが男達を睨むと、ハンセンが狂った様に叫んだ。「何で俺が殺されなきゃいけねぇんだ!!今までずっと俺はぁ!!」もはや正気ではないのか、それともそういう人間なのか。ハンセンはズボンと下着を脱ぎ捨てた。「クッソオォ!!犯してやるこのメス猫がぁ!!腰ガックンガックンになるまでよぉ!!」生臭い水音と共に、ハンセンの腹にルーシーの刃が食い込む。「ぎゃあああああああああ!!いってェエェエエェェェッ!!」冗談の様なハンセンの悲鳴に、ルーシーは声をあげて笑った。「きゃーっはっはっはっ!あははははっ!はははっ!!」そして悶えるハンセンに馬乗りになり、彼の胸に何度も何度も剣を突き立てる。ピクピクと痙攣するハンセンが何だか人間に思えず、その滑稽さにまた笑った。気持ち悪い顔。そう呟いてルーシーは、最後にハンセンの顔に剣を突き刺した。「たっ…頼む…」残った男は膝をつき、ルーシーの足に擦り寄った。「せめて…楽に殺してくれ…!」「うん、いいよ」顔を上げてと、ルーシーは男に言う。「ああ!ありが…!」死の恐怖に涙しながらも、せめてもの救いに喜び顔を上げた男。彼の目にしかしルーシーは、ブスッと指を差し込んだ。「ヒィやああぁぁぁぁああッ!?うあッ!ああああああッ!!」「あれ?脳ミソまで届かなかった」指を引き抜くと、その先端には赤い血と、緑色の脳漿がベットリこびり付いていた。目を押さえながらゴロゴロと転げ回る男の胸倉を掴み、ルーシーは彼を仰向けに寝かせる。そしてその上にのしかかり、彼の首筋に刃を当てた。早く殺してくれと、ヨダレを垂らしながら懇願する男。何人も殺したクセに馬鹿みたいと、ルーシーは勢いよく剣を引いた。噴き出る血がルーシーを真っ赤に染める。ビクンビクンと身悶えた男は、やがてすぐに動かなくなった。サカナみたい。自分で言っておきながら、馬鹿馬鹿しくてルーシーはまた笑った。


― 赤い旗は タリアの旗だ。俺が一番嫌いな色を教えてやる。

「赤は、キライ」 ―..

.━ 夜明けのクロニクル ━

Azzurro ROSSO...

「以上が今回の作戦だ」総隊長のシャルムが、全隊に伝える。俺はもちろん、シャルムの事を尊敬しているし、好きだ。俺が気に入らないのは、いや― 憎いのは「シャルムさん」「!」こんな作戦、誰が乗るもんか。こんな作戦、誰が。「また殺す気ですか?俺達、兵隊を」「ヴィーノ…」ヴィーノ=ロヴェンテ。俺が、俺達が所属するのは王国騎士団の特務隊。ソラ=アーサーバレンタインが率いる部隊だ。「そんなつもりはない。ただ…」「ただ、何です?」分かってるさ。シャルムに言った所で、この人とアイツは。「この作戦…どうせまたアイツが考えたんでしょ」タリア=アルマーニ。俺よりも年下のアイツ。あんなヤツが。あんなヤツに。あんなヤツに、俺達兵隊の生き死にが握られているんだ。「俺は絶対、赤い旗の下じゃ戦わない…!」俺と同期の兵士の内、12人が前の戦いで死んだ。そのもう一個前の戦いで、26人死んだ。残っているのはあと、俺を含めて3人だけだ。ソラ隊の旗は、黒地に銀の龍。シャルム隊の旗の色をちょうど反転させた色だ。ソラが命じるから、俺は戦う。タリアの命で動くのだけは、絶対に嫌だ。以前タリアが言っていたと、誰かが言った。― 戦争は盤上のゲームよりも簡単だ。駒は完璧に統率が成されている。戦争は人間が動くから、もちろん敵の動向は予測しきれないが、自軍の行方も把握しきれない。その点で戦争は難しいが、それは相手方も同じ事。そういう意味で、戦争は相手を崩し易い。…と。ふざけるな。駒。駒だって?アイツは俺達の命を、ゲームと比較しやがった。15歳。ふざけるな。どうしてそんな子供が、俺達を。憎むべきはタリアだ。


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