その1
ウルメール歴497年、ウルメール王朝の12代国王が病に伏せまだ若き王子が王位を継承すると、その強大な権力は方向性を見失い貧富の差はより一層のものとなってきた。だが各地で起こる民衆による暴動は「鋼の王国騎士団」に尽く鎮圧され、王制を批判した思想家も弾圧を受け、その見せしめに民衆の目の前で虐殺されていく。ここ「鮮血の広場」で間も無く刑の処罰を受ける男ヴィンセントもその1人だった。彼はウルメール王朝の端キリル地方で現在の政治を批判し、民衆を重税から解放すべく立ち上がったのだが、ついにこうして捕らえられる事になってしまったのである。兵士に連れられ処刑台に上がるヴィンセントはそれでも真っ直ぐな瞳だった。その口はもう何も言葉を発する事が無いよう、猿轡をかまされている。震え上がる民衆にすでに異論を唱える者も無い。そして・・民衆の見守る中、刑は執行され斬り取られた首は朽ち果てるまで掲げられていたという。その「鮮血の広場」の冷たい地下牢ではヴィンセントの妻ジェシカと息子アレンがいた。二人の前に貴族と兵士が現れ、ヴィンセントの死亡を告げる。泣きじゃくるアレンを抱き、ジェシカは気丈に振舞った。「あの人はきっと天国でこう言っています。”例え我が身が散ろうとも自由の炎は消せない”と」だが貴族はニヤリと笑うだけだった。「生意気な女め。ならば貴様も息子もあの男の元へすぐに送ってやるとしよう。ただ、すぐに死なせては勿体無い。お前は国にも帰らず王に忠誠を近い闘う兵士どもの慰みものになってからだ。子供の方は・・さあてどうしようか」気丈なジェシカも子供の事になるとただの母親でしかない。「・・!私はどうなったって構いません、ですが子供は・・この子の命だけは・・!!」しかし必死に我が子を抱くジェシカから無理やりアレンは引き離され母子はここで永遠の別れとなってしまうのだった。気絶させたアレンを抱かかえ、近衛兵のシャルムとテッドは地下牢を後にする。「こんな子供を殺すのか。あまり気乗りのしない仕事だな」2人きりになるとアレンを抱いたシャルムがふとテッドにそう言った。小さなアレンは気絶したままその瞳には大粒の涙を残している。「お前も判っておろう、シャルム。国を強大な物にするには絶対的な権力が必要だ。太陽王の元、我等は一致団結し遠く海を隔てた強豪国に立ち向かわなければならない。民衆の小さな暴動はその団結を弱め、国を弱くするのだ。小さな芽でも摘んでおかねば後々面倒な事になる。それが『鋼の王国騎士団』の教えだろう。この子は謀反人の子として生まれた。ここで殺されるのは運命なのだ」そう言いながらテッドは自分に言い聞かせているようだった。「運命か。ならば私に良い考えがある」そう言うとシャルムがアレンを抱きかかえたまま馬に乗り、1人走り出す。「おい、待てシャルム!」テッドもすぐにそれを追った。2人が辿り着いた場所はデモンズリバーと呼ばれる濁流が渦巻く川だった。その水深は、かるく大人の背を越え水は氷のように冷たく、流れも速いこの川は落ちたら生きて帰って来れぬと言われる事からその名前がついた。「悪く思うなよ」シャルムがアレンを川に投げる。その姿はみるみる間にその水牙に飲まれ2人の視界から消えていった。「・・・確実に死を確認するのが我等の務めだが?これでは確認出来んな」テッドが額に手をあてながらシャルムにそう呟く。「そう言うなテッド。この川に落ちればもはや死んだも同然だろう。助かる事は百に一つも無い」「万が一ならあるかもしれんだろう?!」テッドが珍しく声を荒げたがシャルムは冷静だった。「万が一か。・・万が一あの子供の命が助かったとしたら・・。それも運命・・か」そしてシャルムが馬に跨り引き換えしていく。「待て、まだ話が済んでいない!」テッドも慌ててそれについて行った。その遥か川下で奇跡的にもアレンが川面の木に引っ掛かり一命を取り留めたとも知らずに。それから14年の時が過ぎた。アレンはあの時幸いにも偶然そこを通りかかった町医者に助けられ彼の子供として迎え入れられていた。その町医者も2年前に亡くなり今はアレンが後を継いでいる。アレンは腕の良い医者として成長しておりその噂を聞きつけた病に悩む富豪達も押し寄せてきたが、アレンは「金持ちは他の医者を見つける力もある筈だ」といって相手にもせず金にもならぬ貧困層の病の治療に力を入れていた。そんなアレンを慕って診療所はいつも賑わいアレンもそれなりにこの仕事にやりがいを感じていたのだった。そんなアレンに転機が訪れる。アレンの診療所に訪れていた貧しい家の小さな少女が貴族の馬に触れたという理由だけで無惨にも殺されたというのだ。自分が必死で繋ぎとめた命が一方で簡単に絶たれてしまうというこの理不尽にアレンは未だかつて無い怒りを感じる。それはやがて腐敗した王制への批判に向かっていったのだった。そしてアレンは医者を辞め、民衆の為、立ち上がる決意をした。惜しまれたが誰も止める者は無く、むしろ彼の人柄を慕い多くの人がこれに賛同し集った。その横には参謀、メルデネスもいた。集会でアレンは民衆に呼びかける。「我等心を1つにし、必ずや新しい夜明けを迎えようぞ!」その大きく通る声に人々は歓声を上げた。これは激動の時代を生きたアレンの一代記である。
湧き上がる民衆を見てメルデネスは一つの不安を抱いていた。(民意は得た。しかし、実際『鋼の王国騎士団』に立ち向かうには足りないものが多い。)そう。人が集まったところで足りないものが数多くあるのだ。第一に資金。重い税金に苦しむ市民から資金を得るというのは不可能に近い。そして、資金が無ければ武器・防具も得られない…。盛り上がる演説の中メルデネスだけ思案に暮れるのであった。そんな時…一つの事件がおきた。一人の少年が貴族に肩が触れたと言い殺されそうになったのだ。そんな時…偶然通りかかったアレンが止めに入った。「待て!何故この少年を殺す必要がある!」するとその貴族は、「この餓鬼が私にぶつかったのだ。無礼者には死を与える。当然だろう?」と言い放った。アレンは一瞬冷静さを失った。そして…つい勢いでその貴族を殴ってしまったのだ。自分の失敗に気付きハッとするアレン。しかし気付いたときにはすでに遅く4人の兵士に槍を向けられていた。(…武器は無い…だがこんなところで死ぬ訳には…)こんな事を考えているアレンに4人の兵士の後ろから声がかかった。「…こいつは誰かに似ているな。…いつか処刑した思想家に似ている。念のため連行するぞ。殺すな。生け捕れ。」この命令を受けた兵士は槍を引き柄でアレンを突き始めた。頭を打たれ腹を突かれ…武器の無いアレンは見る見るボロボロになっていく。アレンが気を失いそうになった時…彼に運命の出会いが訪れた。一人の大柄の男が現れてこう言った。「お?このお兄さん先日いい演説したお兄さんだねぇ。うん。死なすには惜しいね。こいつらを全員斬るか。」この男の台詞を聞いた馬に乗った男…兵士に命令を出した男が、「貴様!我々を誰だと思っている!鋼の王国騎士団の名を知らんのか!」と高らかに宣言した。すると男は、「…おめーらのように権力にあぐらをかいてる馬鹿は嫌いなんだよな。全員刀の錆にしてやる。来い。」と言い放った。この台詞に兵士の一人が槍の柄で突きを入れる。が、男は難なくかわすと腰に挿している片刃で反身の剣…『刀』で抜き打ちを放った。兵士の上半身と下半身が一太刀で分割される事になった。「まずは…一人。次はまとめてくるかい?」この一言に残った3人の兵士は槍を普通に構えなおした。しかし…この男の戦闘力は生半可ではなかった。3人一斉の槍の突きをあっさりとかわしながら懐に飛び込み…一人を袈裟懸けに、一人は首を刎ね、一人は頭から一刀両断に…。一瞬にして配下の兵士が全滅したのを見て騎兵は、「…次に会う時はただで済むと思うなよ!」と言うと馬の頭を返し逃げ去っていった。…しかし、男は甘くない。背負った弓を抜き左肩に背負った矢を右手で抜き、弓を構え思い切り引き絞り…放たれた矢は一直線に騎兵の頭を捕らえ貫いた。騎兵は馬から落ち即死した…。この様子を目の当たりにした貴族の男は腰が抜けたらしい。地べたに腰を落とし後ずさりながら、「…た…助けてくれ。金ならいくらでも払う。騎士団に推挙してもいい。」と言った。が、男は平然とした表情のまま、「…別に金も推挙も要らないよ。ただ…お前の命が欲しいねぇ。」と言い刀を振り上げた。そんな時である。「ま…待て。殺しては…いけない…。」…アレンである。現在の立場は間違いなく敵だが…それでも殺すのはためらわれたらしい。そんな時に通りかかったのはメルデネス。メルデネスはアレンの腹を突きアレンを気絶させる。そして冷静にこう言った。「戻られると面倒だ。斬ってくれ。始末は私がする。」…この台詞に振り上げた刀を貴族に振り下ろす男。貴族と兵士の始末を終えた後にメルデネスは男に、「…突然で悪いが、貴方の力を借りたい。」と言った。男は飄々とした表情で、「…ほぉ。人を斬るしか能の無い俺の力を借りたいってのは…何かやらかすつもりかい?」と返答する。そこで…メルデネスは反乱軍の立ち上げの話をした。男は感心した面持ちで、「へぇ。この兄ちゃんがリーダーなんか…。ま、いいだろ。力を貸してやるよ。」と返答した。…後に『紅の猛将』と呼ばれるマサカドとの出会いである…。そして…この行動がアレンにもう一つ足らないものをもたらした。助けた少年の父親が商人であったのだ。そして…資産を融資と言う形でアレンたちに都合してくれたのである。…このようにして民兵500人ほどからなる小さな反乱部隊が生まれた。まだ形だけの部隊ではあるが…ここに反乱軍と『鋼の王国騎士団』との戦いの幕が開かれる事になったのである。
マサカドを配下に入れた後、アレンの革命軍は3500の軍兵を率いるまでになった。アレンはメルデネスを呼び、これからどうするかを尋ねた。メルデネスは「この革命軍はまだ世間に知られていません。それ故に、この存在を知らしめると同時に、この軍を維持するためにも有名な都市を攻略すべきです」と進言した。アレンは今ある軍隊では七王都は攻略できないと思っていた。アレンはメルデネスに小さな町を落とす方が良いのではないかと言ったが、メルデネスはアレンに「自分にお任せください」と言うと約2000人ほどの軍隊を率い、七王都のうちで今いるところから一番近い「水の都ガノステルン」に向かって進軍していった。 メルデネスはガノステルン城門を前にすると見張りの城兵に義勇兵として中に入れてくれるように頼んだ。そして城兵が城内に入れた瞬間、2000人の兵は虎狼と化した。2000人の兵は総督の館に向かい遮る者を切り倒して進軍して行った。突然の反乱軍に城兵は慄き、ただただ逃げるばかりであった。総督の館に到達するとメルデネスは弓の得意な若者パリスを呼び、館に向けて矢文を撃たせた。放たれた矢は窓を突き破り館の中へ入った。館では矢が館の中に入ったすぐ後に悲鳴や泣き声が聞こえ、しばらくした後に一人の太った騎士が館から出てきた。彼は「お前達の望む物は何でもやる。だから殺さないでくれ!」と叫んだ。メルデネスは「なら、この町を貰う!」と叫び返すと総督やその家族を捕まえ城外に放った。放たれた元総督は町の方を一度振り返ったあと王都ウルメイラに向かって行った。 ガノステルンを攻略したメルデネスはアレンに攻略した事を伝えるため早馬を送り、町の住民に不安を与えぬために兵士の暴行、窃盗などを厳しく禁じた。また彼はこの町の税を今までの2分の1にすると宣言すると、敵の援軍が来ないかどうかを確かめるために城壁に向かった。 メルデネスの早馬からガノステルンを攻略した事を聞くと、呵呵大笑し「あいつならやると思ったわ!よし、我らもガノステルンの従属都市を攻略しつつ我が軍師のところへ向かうぞ!」と言うと、残りの1500人の軍兵を率いガノステルンに向かった。彼はすばやく従属都市を自勢力に加えるとガノステルンに入った。迎えに来たメルデネスと強く抱擁した後、アレンは「お前がいて良かった。これから俺達の革命が始まるんだな」と言いメルデネスは「お言葉ありがとうございます。しかし、まだ戦いは始まったばかり。故事に『勝って鎧の緒を締めよ』と言う言葉があります。油断は大敵です」と言い返した。アレンとメルデネスはこの町の名前を取り、この革命軍の名前を「ガノス同盟」とし、ここに王朝初の反乱軍が興ったのであった。 しかしその頃、反乱軍の情報を聞いた近衛団長シャルムと副団長テッドは反乱軍の首領の名がアレンと聞くと顔を真っ青にしすぐさま討伐軍の編成を行うのであった。 また同じ頃、王朝極南の土地で王朝打倒を目指す老人がいた。彼の名はカーストといい、王朝でも有数の貴族であったが今の王子に嫌われこんなところに左遷されていたのであった。しかし、反乱軍が七王都の1つを占領したと聞くやいなや、すぐさま一族郎党後援者達を率い勢力を拡大していった。ここに王朝最大の危機が訪れたのであった。
夜の闇に犠牲者の悲鳴がこだました。大粒の雨が鎧戸を横殴りにうるさく叩く。少年は両手に握りしめた長剣を憐れな犠牲者の胸板に突き刺す。剣を引き抜くと血潮が辺りに飛び散った。剣についた血のりを床に敷かれたボロの安絨毯でぬぐった。少年は始終無言だった。黒い目を細めながら、狭い室内を見渡す。ロクな調度もなく、卓の上に置かれた弱い灯りを放つランプがあるだけだった。そのランプも消えかかっており、少年は食物だけでもないだろうかと家の中を物色し始めた。七王都はもはや無法地帯を化した。あらゆる通りで市民が強盗に遭い家は荒らされ、毎日何百人という人々が殺された。国の外からは列強諸国が領土拡大の為に虎視眈々と侵略の機会を窺い国の混乱に乗じてアングル王国を奪う算段をする。眼を覆いたくなるような悪事さえも、高位の聖職者に金を渡せば恩赦を施す大勅書を書いて貰える。市民は幻滅し、囁きあった。この国では人の命は虫けら以下だと。アトスとジャン達は傭兵だった。共に16歳になったばかりの少年だ。もっとも仕事にあぶれ、今では盗賊となり、村や街を襲っては日々の糧を得ている。反乱軍と国との小競り合いで、傭兵の仕事はあった。外国からの侵略戦争も、勃発し、戦火にその身を焼かれながらも彼等は戦列に加わった。しかし、雇い主もいつまでも戦争をするわけではない。一時休戦もあれば、戦争自体が終わっていたり、開戦状態でも時期的に作戦行動を取れない場合もあった。そうなれば傭兵達は、たちまち仕事にあぶれてしまう。残っているのは山賊、盗賊しかない。生きる為には悪事に手を染めるしかない。そして、一番最悪なのが彼等は戦の最前線で戦う兵士だということだ。一体、誰が彼等を取り締まれるというのだろうか。傭兵を雇うお高い貴族も、傲慢な騎士も、王さえも、彼等を恐れる始末である。結局、あぶれた傭兵連中は国中で猛威をふるい、それを国は止める事もできずにいる。彼らこそがアングル王国に跳梁跋扈する最強にして最悪の集団であった。特にアトスはその若さですでに、6人足らずであるが、傭兵団のシェフ(傭兵団長)であった。傭兵渡世でも若手ながら腕利きと知られ、その腕前は達人といってもよい。アトスは元は孤児であった。野から野へ、街から街を渡り歩き、行く先々で泥棒、強盗、かっぱらい、略奪、生きる為には殺しすらやった。街の住民と衛兵に袋叩きにあうことも何度かあった。ボロボロになった身体を引きずりながら、また違う土地へと流れる。そうやって、土地から土地へと点々と流れているうちに似たような境遇の子供達と出会った。疫病、戦争で親を失った者。口減らしの為に親から捨てられた者。そんな彼等が集り、命運を共にするのは自然な事だったのかもしれない。「おい、戦利品の収穫はどうだった?俺は金貨の袋を見つけてきたぞ」アトスは陽気に笑いながら傭兵仲間の少年達に金貨の詰った袋を見せる。「お頭、それならこいつをみてくれよ」少年達の中で一際小柄な若者がアトスにルビーとサファイアのちりばめられた純金の首飾りを誇らしげにジャラジャラと鳴らす。「さすがはハックだ。俺もお前にゃかなわねえや」アトスはハックをおだてると、ハックもまんざらではなさそうに口元をゆがめた。傭兵団の中間達は街を襲い、略奪した品物を布の上に広げた。金貨と銀貨が音を立てて堆積し、貴金属にぶつかった。大粒のダイヤのはまった指輪に七宝細工のブローチ、純金の首飾りやルビーのイヤリングそれが石ころのように布の上に散乱したのだ。一同はそれらを数えはじめる。途中でジャンが口を開いた。「そういえば、最近反乱軍がガノステルンを陥落したって話だな。もしかしたら仕事があるかもしれねえぞ。アニキいってみようぜ」アトスは黙ったままうなずくと、その場にいた一同も賛同し、彼等は傭兵の顔つきに戻った。
「アレン…アレンだと…?」反乱軍のリーダーの名を聞いたシャルムは眉を潜める。― この子だけは! A━ENだけは!「…まさか…な」あの時の子供の母親が、確か子供の名を叫んだ気もするが…―シャルムは首を横に振る。「テッド!」そして副長の名を呼んだ。「ガノステルンが落とされたぞ」「ああ、聞いたよ」テッドは肩をすくめ…―そして次の瞬間、ガンと机に拳を打ちつけた。「調子に乗らせるなよ、シャルム」「……分かってる」シャルムは溜め息をついた。自分と比べ、少し荒々しいこの男。時に頼もしく、また時に拙い。「我々の仕事は何だ」「国の安寧と繁栄」「ただそれだけだ」小規模な街とは言え、都市一つを攻め落とした反乱軍。その力は未だ計り知ることは出来ない。必要なのはフォースと、そしてストラテジーだ。シャルムは腕を組んで白い壁に寄りかかり、その部屋で寝そべって遊ぶ少女に声をかけた。「少し良いか」「ノックもしないで入るなんて」「したが、お前が気付かなかった」少女は盤面に広げられていた白と黒の駒を、ザーッと手で洗い流す。「楽しいのか?一人で駒遊びなど」「楽しいですよ、アナタを相手にするよりは」それを聞いたシャルムは小さく笑った。「相手にならない者を相手にするよりは、相手などいない方がマシか」「遠回しに言ったつもりですが」シャルムはまた笑った。「さて、本題に入る」しばらく言葉を交わした後、椅子に腰掛けたシャルムは声圧を少し低くして言った。真面目な話だ、と。しかし一方の少女は、窓際に座って外を眺めている。まだ荒廃していない景色。だがシャルムは構わず続けた。「都市が一つ、落ちた」「そうですか」「王国に楯突く者が現われたという事だ」「そうですか」「我々の仕事は何だ?」「安寧と繁栄」少女はクルっと、シャルムに向きなおす。「いいですよ。所詮は烏合の衆です。早く終わらせてしまいましょうか」シャルムが立ち上がると、倣うように少女も席を立つ。「他の者はもう集まっている。あとはお前だけだ」王室中央議事室。全ての政の準備はここで為される。立ち上がった少女は、議事室へ向かうため部屋を出ようとドアに近付く。ドア付近で彼女を待っていたシャルムとすれ違う際、少女は言った。「シャルムさん」「!」「アナタが駒遊びが弱い理由、教えてあげましょうか」「…何だ?」「駒を取られることを恐れるからですよ」ウルメール王家参謀本部参謀総長、タリア=アルマーニュ。彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべた。「取られた分だけ、……いいえ、それ以上に奪い取るだけの話です」
「ウルメールの至宝」と世に云われる参謀総長タリアが王子の席の隣に座ると、ようやく反乱軍対策会議は開かれた。会議が始まるとすぐタリアは立ち上がり、出席している諸侯達に向かって「今回の反乱軍もほどなく討伐されるでしょう。反乱軍の討伐はシャルム近衛隊長下の近衛隊とシャルディーニ公下の鉄騎兵に任せます。残りの諸侯は七王都の制圧と治安の向上をおこなって下さい」と言うと小柄な体を席に沈めた。彼女の発言に誰も異論をはさむ者はおらず、会議は水が澄んだように静かであった。 これで会議は終わったと思ったのか、つまらなさそうに座っていた王子は「これでよいな。では解散だ」と言うと足早に自室へと歩いていった。その王子の後姿を見てタリアは「盛者必ず時が経ちては衰える…ですね。王朝も15代も続くとあんな暗君が生まれるのでしょう」と言うと、彼女も同じく自室へ戻っていった。残った諸侯達は王朝の将来について長い間話し合っていた。 会議が終わるとシャルムは先代の王ウルメール・バッキンガムの病床を訪ねた。部屋に入ると王は静かに眠っており、その死ももう間近である事がよく分かった。シャルムは死間近の王を前にして苦悩していた。彼は今の王朝の行く末がよろしくない事が良く分かっていた。 しかし、彼には先代王に義理があった。彼が4歳の頃、彼の両親は国同士の戦争に巻き込まれて死んだ。両親が死に一人ぼっちでいたシャルムを「そなたはすばらしい才能がある」と言って拾い育ててくれたのが先代王であったのだ。あの荒野で自分を拾ってくれた時から、彼は生涯この王国に仕えようと思ったのであった。 彼は王の眠った顔を見て微笑むと「王、我に死に場所を与えてくださり、ありがとうございました。この身が朽ち果てようとも、我は王国をお守りいたします」と言うと部屋を後にして、自分を待つテッド副隊長と近衛兵達のところへと向かっていった。 その頃、アレンのガヌス同盟は近隣の村々を勢力下に入れ勢力をどんどん拡大していった。そんなガヌス同盟に6人ほどの傭兵が義勇兵として参加したいと申し込んできた。アレンはマサカドにその傭兵の相手をさせた。 しばらくして応対から帰ってきたマサカドは「今日来た奴らはなかなか手ごたえがあるぜ。だがな、雇い料をかなり高めに設定してるようだがどうする?」と言うと、控えていたメルデネスが「ならば自分にお任せを」と言ってその傭兵が控えている部屋に向かった。アレンはマサカドに「何処が凄かった?」と聞くと「あいつは普通じゃねぇ。何つうか『戦場の鬼』とでも言ったらいいのか…」と話しているとメルデネスがその傭兵の頭目というアトスという少年を連れてきた。
ウルメール王朝12代王にして、名君とも太陽王とも呼ばれた男ウルメール・バッキンガム。その太陽王の名を引き継ぎ病気の父に替わり王となったのは今から14年前。13代ウルメール・アガレス当時4歳の出来事であった。母を即位の翌年に亡くしたアガレスにとって母のような存在であった歳の離れた姉ミレニアは10年前に他国へ嫁ぎ、それきり会ってもいない。思い出すのは姉ミレニアの優しい微笑みと美しい横顔そして成婚の日、船に乗る姉を乗せ旅立った馬車とそのパレード(行進)に民衆が見せたあの歓喜の渦。「アガレス、心配なのはあなたとこの国の未来の事です」嫁ぐ日ミレニアはそう言った。王になるには若すぎたアガレスと暴走していく政治。才知あるミレニアはその全てを憂いていた。民衆の暴動は抜いても抜いてもまた出てくる雑草の如く根深いものでミレニアの婚約と成婚には暴走政治による民衆の不満を解消する目的とアングル王国と友好国であったマラカン王国の更なる親交を深める目的があったが20歳も歳の離れた王子と結婚し、今頃姉はマラカン王国で幸せにやっているのだろうか。「アガレス様!聞いておられますか?」曇天の空に飛来する鳥を見つめぼんやりとそんな回想にふけっているアガレスの耳に教育係の声が響いた。「・・・聞いておるわ」そう言いながら一向にペンの進まないアガレスに教育係が溜息をつく。「では私がここまでに説明した先代、バッキンガム王の輝かしい業績をここで述べてくださいませ!」「・・その話は何度も何度も耳が腐るほど聞いた!聞くたびに不愉快だ!だいたい先代先代とどやつもこやつもそう抜かすが今は寝ているだけのただの老人ではないか。もうよいわ、帰れッ!狩りに行く」「ですが、あの曇天では狩りに行かれるにも雨が振るかと・・」「五月蝿いっ・・」部屋を飛び出すアガレスだったが、曇天の空は落雷と共に大粒の雨を降らす。「!ひっ・・、か・・狩りは止めだ」雷鳴に恐怖の面持ちを見せるアガレス。するとそこにタリアが通りかかったのだった。「おお丁度良い、タリア。狩りにも行けず退屈しておる、そちは駒の名手と聞いたが退屈しのぎに私の相手をせい」「私でよろしければ。アガレス様」タリアは恭しく頭を下げた。年の頃はさほど変わらぬタリアを目の前に駒を並べる。その盤面はみるみる間にアガレスの優勢勝ちとなったのだった。「見事でございます、アガレス様。私には到底敵いませんわ」タリアがそう言うとアガレスは鼻を膨らまし「毎日勉学に励んでいる私とタリアでは差がありすぎるか。今度は少し手加減してやるとしよう」と満足気に去って行ったのだった。「暗君もあそこまでいけば見事なものではないか。負けてやるのも大変だろうが」1人駒を片付けるタリアに近づく1人の影がそう言った。「ミレニア様が男であれば、先代をも凌ぐ名君であったでしょうがね」ふふふ、と笑うタリアの視線の先の遠くには意気揚揚と歩くアガレスの姿が映っていたのであった。
「さて…7王都の一つを押さえたは良いが。これからが問題だな。」こう言うのはメルデネス。都市を押さえたものの兵力の面では王都に侵攻するにはまだまだ不足しているのが現状。逆に制圧の兵の事を考えなければならない。そんな時の事。伝令が次のような一報を告げてきたのだ。「鉄騎団の騎兵2500・歩兵5000。ガノステルンに進行中」…現在の全兵力4000にしてみれば厄介な数だ。いや、普通に考えれば制圧に十分な数だ。戦力にしてほぼ2倍…。この一報にメルデネスはある人物を思い浮かべた。「…あの姫のさしがねか。…まぁ、直接戦術に関わってるかどうかは不明だが…。」あの姫とはタリアの事。情報網からタリアの話は聞き及んでいたのだ。ここで緊急の戦略会議を行う事になった。…まともに戦っては勝てない事は明白。ここで、篭城策が提案された。しかしアレンの、「それでは衛星都市の住民を見殺しにすることになりかねない。それは避けたい。」との台詞により却下される事になった。そこで王都とガノステルンの間の地図を見てメルデネスはある場所を指した。「…ティターンズゲート…ここで迎え撃とう。」ティターンズゲート…森と森の間にはさまれたような細い平地。8000の兵力で陣を組んでは通れない。必然的に陣が長く伸びる事になる。ここで出口をふさぎ横の森からの伏兵で勝負を決しようと言う事になる。メルデネスは、「本隊2000。伏兵が500づつ3隊…さて、本隊は誰に任せるか…?」と言った。伏兵につけるのはアトスと傭兵たちが適しているだろう。…ここで問題となるのは最も辛いところ…本隊である。敵兵の最前線の攻撃を食い止め伏兵の襲撃まで耐えるのが任務。マサカドをつけようかと考えていた時…会議場のドアが開き、「本隊…オレに任せてくれないか?」との声がした。『オレ』と言う女性の声の主…この声の主にメルデネスは、「…メルリーナか。」と声をかけた…。メルリーナ…メルデネスの2つ下の妹である。男勝り…いや、ほぼ男と言ってもいい人格のこの女性…槍術に長けた人物でありながらメルデネスの弟子でもある。後に『至宝を喰らう者』と呼ばれる事になる人物でもある…。メルリーナは地図を指して、「アトスと傭兵たち。そして足の速い兵力600を2手に分けて左翼。マサカド殿と騎兵300を右翼。歩兵・弓兵を中心の1500を本隊でオレが率いる。残りの兵力は兄貴に任せる。」と言い切った。この戦略を聞きメルデネスは、「…なるほど。ところで、一つ質問があるのだが…あの姫は直接参加するだろうか?」と質問をした。するとメルリーナは自信ありげな表情で、「基本的に彼女は『姫』だから戦陣に出ることは無いと思う。それに、まだ兵力的に強敵とは考えられてないはずだから出てくる確率は低い。」と言い切った。この台詞を聞いてメルデネスは少し考えて結論を出した。「…よし。メルリーナの案を採択する。メルリーナの本隊にはパリスと弓兵をつける。そして、私が率いる残りの兵力は退路を塞ぐ事にする。伏兵部隊は食糧部隊・部隊長など倒されると士気に関わるものを中心に攻撃。あわよくば残った兵力を引き込もうと思う。…以上の事に何か異議は無いか?」…異論は無かったようだ。その後メルリーナの部隊は戦場となるティターンゲートの平原に到着後…罠をはって待ち構える事にしたのだった。こうして、鉄騎団7500とアレンの部隊4000の戦いが始まった…。
タリアはいつもの様に窓辺に寝そべり、一人で駒で遊んでいる。「タリア」「またノックもしないで」「お前が気付かなかったのだ」シャルムは苛ついた様に言った。「敵軍が動いたぞ。タリア」「そうですか」タリアはムクッと起き上がり、シャルムの方に向き直す。「敵の数は?」「少ない。4千がいい所だろう」「…じゃあ、真正面からぶつかって来るとは考え難いですね」「だろうな」シャルムはタリアのベッドに深く腰掛けると、足元に落ちている駒を一つ、拾い上げた。「どうする」「1万人」「何?」シャルムはタリアの声が良く聞き取れなかったのか、それともまた別の意味でなのか。眉を潜め、彼女に聞き返した。「王都に在る2万のうち、1万人の兵士で、幾重かの層に陣を張ります。…そうですね、常に相手よりも兵力が小さくなるように…1層につき2000人程度。5段重ねで」タリアの発言に対し、シャルムは声を荒げる。「馬鹿を言うな!何故わざわざ不利になるように陣を敷く!?圧倒的物量と兵力で一斉にかかればよかろう!?」それに対し、今度はタリアが言った。盤面に広げられた駒を一つずつ倒しながら。「A、B、C、D、E。各層にこう名を割り振ったとします。恐らく向こうは罠を張って待ち受けていることでしょう。もしくは、弓や火器なども備えているかもしれません」「お前……!」察した様に、シャルムは言う。「2000の兵士に、ただ羊として死ねというのか!?」「いいえ。そうは言ってません」対してタリアが、涼しげに返した。「A隊が全ての罠を受け、B隊は敵4000と戦闘。同じくC、D、E、敵と矛を交えつつ、退がります。“退く”のみで、決して“逃げ”ずに」タリアの言葉は、各隊の『負け』を前提にしている。「王都に誘い込む」各2000人構成の5つの隊は、ただ滑り落ちる“砂”。「そして残り1万の兵士で迎え討つ。…2千人ではありません。1万人の羊です」タリアはコトンと、最後の一つの駒を倒し終えた。タリアの背中を、シャルムが強く睨む。「たかが民間4千人の相手のために…貴様は我が軍の兵士1万人の命を散らすと言うのか?」「永代」「何?」静かにタリアが言う。「永劫。安寧と繁栄。それが私達の仕事でしょう?シャルムさん」「分かっているのなら何故そんな無茶な…!」「だからこそ、です」タリアはザラッと、駒を洗い流した。「徹底的に、一人も逃がさず、反乱軍を捕え、殺します。しかし民衆は思うでしょう。『反乱軍は負けた。が、王都まで攻め入ることは出来た。もしかしたら、次こそは成功するかもしれない。叶わずとも、王国の圧制に一矢報いる事が出来よう』」再び兵を挙げる、第二の反乱軍。しかし王室の真の武力は、そんなモノではない。「そこで初めて思い知るんです。『革命は幻想だ。名を掲げただけの愚行に過ぎない』…と」振り向いたタリアは、ニコリと微笑んだ。「今後一切反逆の起きない、平和な国となるでしょう」ジッとタリアを睨んでいたシャルムは、深く溜め息をついた。「上手く行くんだろうな?」「当たり前です」再びタリアは笑みを浮かべる。「何のために多くの命を犠牲にすると思っているんですか?」彼女のその笑顔は美しく、しかしどこか暗く感じられた。
風がティターンズゲートの木々を凪ぐ。 王朝側ではシャルムが大先輩にあたる総司令官シャルディーニ公の陣営に作戦の確認に来ていた。「総司令官、今回の策は最高参謀提案の策『誘き寄せ作戦』でよろしいですか?」「あの嬢ちゃんが考えたのならばよい。シャルム、テッドに先走りさせぬことじゃ」「はい。心得ております」「それと、敵側のメルデネスはワシがあたろう。そなたは他をあたれ」「了解です。でわ、自陣に戻ります」「おう。シャルムよ、『鋼の王国騎士団』と共に!」「はい。総司令官も『鋼の王国騎士団』と共に」そう言ってシャルムは自陣に帰り、剣や馬の点検を兵士達に命じた。 その一方、ガノス同盟側の士気はまちまちであった。メルデネスは本隊を任せるメルリーナに出過ぎない事を強く念押しした後、王家のトドメをさすために編成された1100の精兵の調子を見に行った。兵達の様子を見ていたメルでネスに軍装のアレンとマサカドが近づいて来た。「メルデネス、準備はいいか?」「殿、ご安心を。我が策の通りならば、確実に勝利を得る事になるでしょう」それを聞きマサカドが何か言おうとしたが、メルデネスは目で制させるとアレンに「殿、そろそろ戦が始まります。準備を!」と言ってアレンを陣から追い出した。残ったマサカドは「軍師よ。もし作戦通りじゃ無かったら…どうする?」「それはもちろん!貴殿に殿として頑張ってもらって、逃げるしかないでしょう。ガノステルンに入れば2年は持ち堪える食料はありますから」「そうか。なんにせよ、この戦いに勝たなきゃなんねい事は分かった」「よかった。では、将軍も準備を」と言うとメルデネスも兜をかぶった。 日がちょうど真上に来た時、王朝と反乱軍の初の戦いは始まった。先ず手を出したのはテッドの軍隊2000である。彼の軍はどんどん森へ向かって進んでいった。そしてガノス同盟本隊を発見すると、猛進して行った。 勢いよく進んでくる2000ほどの兵を前にしてもメルリーナは驚かなかった。彼女は兄に言われたとおり、テッドの軍を足止めすべく前線に踏み込んだ。「テッド!行き過ぎるな!戦法を忘れるなよ!」「分かってる!シャルム、でもぶつからなきゃ戦いは始まらねぇ!」「気をつけろ!」そう叫ぶとシャルムは敵を探し始めた。その時、彼は森に自軍を包囲しようとする敵兵の姿を発見した。「本隊直ちに伏兵を攻撃する!全員、続け!」そう言ってシャルムは森へと駆けて行った。 こちらへ向かってくる兵隊を見つけたアトスは作戦がばれた事に気づいた。「皆、ええな。攻めて引いての繰り返しや。進め!」そう言ってシャルム隊と戦闘すべく駆け出した。 「くっ!敵もなかなか考えているようですね」メルデネスがそう言って顔を歪めた時、息を切らせた伝令の兵が駆け込んできた。「どうした!何かあったか?」「メルデネス将軍!本隊ただいま戦闘中です」「分かった。アトス将軍の伏兵は動いているか?」「それが…。敵と戦っております!」「なに!戦っているだと!伏兵がばれたか!仕方が無い。メルリーナに森に火をつけろと言え!殿はガノステルンに撤退するように伝えろ!マサカド将軍とアトス軍は合流して王朝側にあたるように言え!」そう言って伝令の兵を走らすと、メルデネスは王朝側に一泡吹かせようと時を待った。 「様子が変だな…。おい!伝令!状況はどうなってる?」迫ってくる敵を斬り進みながら、マサカドはメルデネスの陣営から駆けて来た伝令に聞いた。「それが、アレン様は撤退。将軍はアトス将軍を援護せよとの事です」「なに!くそっ!!!分かった。騎兵!直ちにアトスの援護に向かう!」そう言うとマサカドは馬首をアトスがいる方へ向け駆け出した。 戦いは王朝側の優勢に進んでいた。まだ戦っていず無傷の鉄騎兵を見ながらシャルディーニは反乱軍の息の根を止める「全軍突撃」の合図をいつ発するか考えていた。 その時、ティターンズゲートの森が燃え始めた。 それを見たシャルディーニは驚いた。「メルデネスという青年軍師…。火計を用いてきたか!全軍にここまで撤退するように言え!」そう言って多くの伝令を走らせた。それから彼は「若きバッキンガムによく似た名将じゃのう。メルデネスか…」そう言ってシャルディーニは空を見上げた。 森の火が見えた瞬間、メルデネスは突撃を命じた。彼は「森の火を見れば王朝側は焼き殺されぬように撤退するであろう、その時こそ突撃の好機」そう思い待っていたのであった。彼は一直線に王朝側の本陣に向かって進んでいった。 ようやくシャルムの軍が撤退しだしたのを知ったアトスとマサカドは、アレンを護衛するべくガノステルンに向かって駆けて行った。 森の火を見て撤退していたシャルムとテッドは森を一心に駆けていく1000人程の兵を見つけた。「おい!急ぎすぎるな!ゆっくり行け!」そうテッドが叫んだが、その軍は止まる事も無く走っていった。 メルデネスは必死だった。彼の軍は敵本陣に向かって必死に走っていた。途中、誰かに止まるように言われた気がしたが、気にもせず走った。そして彼は丘の上に龍の旗を見つけた。「本陣はそこだ!突撃!」メルデネスは叫んだ。 自軍に突っ込んでくる兵を見たシャルディーニは目を疑った。「お前は何者だ!」と叫び剣を抜いたシャルディーニは「ガノス同盟、軍師メルデネス!お命頂戴いたす!」そう言ってかけてくる将軍を見て驚いた。「なに!!!ぜ、全軍!迎え撃て!」そう彼は叫んだ。 しかし、死を覚悟したメルデネスの精鋭に不意を疲れたシャルディーニの騎兵はたじたじとなった。メルデネス隊は鬼のごとく戦った。シャルディーニの兵は次々と倒されていき、自軍だけでは支えきれないと感じたシャルディーニは全軍に「包囲せよ!」と叫ぼうとした。 その時、1本の矢がシャルディーニの額を貫いた。 その矢はメルデネスを助けるために戻ってきたマサカドが放った矢であった。馬から落ちたシャルディーニを見るとシャルディーニの騎兵達は統制を失った。将を失った軍は脆く、次々と兵は討たれていった。生き残った兵はシャルムの軍に合流しようと逃げていった。 「軍師!早く戻るぞ」そう言ってメルデネスを自分の馬に乗せるとガノステルンに向かって駆けた。「戦術では敗れたが、戦略で勝ったか…」とメルデネスは言うと、マサカドの背中で倒れてしまった。 総司令官の死を本陣に到着した時に知ったシャルムは愕然とした。しかし、彼はすぐさま敗残兵を集めると反撃があるかも知れないと陣を組んだ。しかし、敵がガノステルンに撤退した事を知ると王都に向かって退軍していった。 結局、この戦いはガノス側の死傷者2500人、王朝側の死傷者1800人で数の上ではアレン側の負けであった。しかし、メルデネスが言ったとおり、王朝の名将シャルディーニを殺した事によって戦術では敗れたが、戦略で勝ったのであった。この戦いの後、ガノス同盟は世間にその存在を知らされることとなった。
「死んだのか。シャルディーニが」報告を受けた若き王、アガレスは、聞いた当初こそ椅子から腰を浮かせたが、またすぐに座ると、背もたれに深く寄りかかった。「ふーん…余はあの男の事、なかなか好きであったが…」幼き頃に簡単な玩具を作ってもらった事を思い出す。竹とんぼや、紙ヒコーキ。それらは使い続けているウチにボロボロに壊れてしまったが、しかし幼少のアガレスは大変その玩具を気に入っていたそうだ。―「仕方あるまい?あの男は長く生きた。 現世に留まっていられる時間はもう無くなった、と言う事であろう」アガレスはそう言い放ち、鼻で軽く笑った。そしてその後の言葉が、更に家臣達を驚かせる。「奴もいつかの玩具と同じ…しかし人とは、随分と簡単に死んでしまうのだなぁ…」一瞬だけザワつく広間。しかしその場は、ある者の声によってまたすぐに静かになる。「さようでございますね、アガレス様」王室参謀総長、タリアである。「されど王様。アナタ様だけは、そう容易くその御命絶える事はございません。…天子であります故に」「真か?タリア」「真にございます」タリアは胸に手を当て、王に向かって頭を下げた。「私、タリア。そしてこちらに候いますシャルム、テッド。我らが身命を賭し、王とこの国をお守り致します」アガレスは肘掛に手を置いて頬杖をつき、ニッと笑った。「心強いな、うん」そして天井を見上げ、言う。「父上も安心して死ねるだろう」彼女の脇では、シャルムとテッドが歯を食い縛り、拳を握り締めて立っていた。「タリア」城内の中庭を並んで歩く三人。テッドがタリアに、少し荒っぽい声で言った。「よくもあんなに口が回るものだな、タリアよ」「あ、たんぽぽ」怒りを抑えて喋るテッドを他所に、タリアはしゃがみ、黄色い花に手を伸ばす。「『天子』だと?あの様な暗君がか?『身命を賭す』?ふざけるな!俺は決して…!」「そこまでだ、テッド」暴言を吐くテッドを、シャルムが制する。「我々の主君は誰だ?」「……分かっているさ…!」と、それまで黙っていたタリアが口を開いた。「あの王がダメだという事ぐらい、とっくに分かっていたでしょ?今さら失望することなんて、もう何もありませんよ」「タリア…」少し詰まった様な声。そこでふと、彼女の行動に疑問を持ったテッドが尋ねた。「お前、何をしている?」「お花を摘んでいるんです」「花?」「シャルディーニさんの」振り向いたタリアは、いつもの様に微笑を浮かべていた。違うとすれば、それはその瞳にうっすら涙が浮かんでいた、という事であろう。「あれだけこの国に尽くしてきたのに…誰も弔ってあげないんじゃ、カワイソウです」「………」腕を組んでいたテッドは、タリアの手から一輪、花を取り上げた。「弔いならするさ。もっと派手にな」「…そうだな。この敷地にある花だけでは、あの方の手向けにならない」シャルムはタリアの手を引き、彼女を立ち上がらせる。「もっと大きな花がいい」「終わらせるんだろう、タリア?奴らの全てを。―…さぁ、次はどう攻める?」
王室にて、暗い部屋でアガレス一人、灯りもつけずに窓辺に座っていた。照らすのは月明かりのみ。しかし今の彼には、それで充分であった。「月とは斯様に大きなモノであったか」手にはワインのボトルが握られている。雲と重なった月は部屋の半分のみを映し、卓上にはグラスが一つ。「なぁ…シャルディーニ」アガレスはワインを持った方の腕を窓から出すと、高々とそれを月に掲げた。「高い酒だ」雲が風に流され、月がその弧を顕にする。より大きな光が、より広く部屋を照らした。グラスは…―一つではない。その脇に、もう一つあったのだ。「そう言えばお前は言っていたなぁ…いつか余と杯を交わしたい、と。まだ余が子供だった頃から」トクトクと、ゆっくりとグラスが酒に満たされていく。「飲もう。きっと美味いぞ。…と言っても、余は酒の味など知らんのだがな」アガレスは一人でクスクスと笑った。「弔いだ、シャルディーニ」そう言ってアガレスは、グラスを窓の手すりに置いた。「何、いずれもっと派手にやってやる。余と、家臣達でな」ゆっくりと、そのグラスに手を伸ばすアガレス。「お前の様な家臣を持てて幸せであったぞ。感謝する」そしてサッと、真っ赤なワインを外へと撒いた。―「長い間、大義であったぞ…シャルディーニよ」
…王国の名将シャルディー二を倒したものの…総兵力の1/2以上を失ったガノス同盟。元ある4000人の兵力に戻すのも辛い状況と言える。その上で王都の2万と周辺都市にいる6万の兵士と対しなければならない…。そのような状況で一つの事件がおきた。「…アトス殿。ここを出て行くというのか?」このメルデネスの問いにアトスは平然と、「あぁ。俺たちは元々傭兵だ。勝ち目の無いところにつく義理は無い。」と言い放つ。その台詞に怒りを露わにしたマサカドは、「…あぁ?不義理な奴だな。オレの太刀の前でもそんな事が言えるか?」と言って刀を振り上げる。そんなマサカドの前に出てアレンは、「マサカド殿少し待ってくれ。…アトス殿本当に出て行くつもりか?」とアトスに問う。するとアトスは、「…何度言われても意思は変わらない。俺たちはここを離れる。」と言うと踵を返してその場を後にしたのだった…。…このやり取りで貴重な部隊を失い、この同盟も終わりが見えてきた…と一見思われる出来事である。が、この事件には裏があった…。事件の数日前。例の如くの作戦会議…。兵力の半数以上を削られ如何にしてこの同盟を存続するか…普通の方法では無理なのは明白。かと言って新兵器を作るほどの予算が捻出できるか…は問題だ。メルデネスはこんな事を言い出した。「…一つ大芝居を打たねばならんな。」この台詞を聞いたアレンは、「大芝居とはどういうことだ?」と質問をする。するとメルデネスは、「ここの者を王国の家臣として潜伏させるのです。…半分賭けですが。」と言った。が、この後眉をしかめてこう付け加えた。「…問題は誰を送り込むかと言う事になりますが。」…そう。この計略に必要なのは『信頼の置ける貴重な人材』なのだ。そんな時口を挟むのがメルリーナ。「…あと、離れても違和感の無い人材と言う条件がつくね。」…事実である。この台詞の後でメルリーナは少し考えた後…メンバーにしては意外な人物の名をあげるのだった。「アトスと傭兵部隊…そしてオレが行く。」…メルリーナは置いといてアトスたちは…こう考える一同。しかし、メルリーナはアレンにこう言った。「…あんたは民衆は元より兵士…そしてもと傭兵たちにも信頼をおく…良い所でもあるし悪い所でもあるが…あんたはアトスたちを信用してるよな。」この台詞にアレンは力強く、「あぁ。勿論だ。苦楽を共にした仲間を信頼しないわけが無いだろう。」と言い切った。…アトスには意外な出来事であった。自分たちに信を置く馬鹿がいるとは…こんなアレンを見てアトスに実に意外な考えが浮かんだ。『…こんな馬鹿を信じてみるのも悪くないか…』そしてアレンの、「すまないが…この任受けてもらえるか?」との一言にアトスは、「あぁ…分かった。」と返答したのだった…。こうしてアトスがガノス同盟を去った後…メルリーナも一芝居を打っていた。名前をリーナとしてタリアの侍女として仕えようとしていたのだ。…この計略の行方は?そして…ガノス同盟の運命や如何に?
アガレスは王座に腰をおろし、物思いに耽る。父が病に倒れたなどと、言いふらされ、その作り話に民も家臣も欺かれているが、父は毒に倒れたのだ。祝杯の盃に一滴のわずかな毒がワインと混ざり、それを飲み干した父の身体は見る見るうちに衰えていった。血は凝り、肉は癩病の感染者のように腐り、あの逞しかった父は、幸い命は取りとめたものの、100歳を越す老婆よりも弱く、醜くなってしまった。父が余の耳元で囁いたのだ。道化になれ、父の恨みを晴らしてくれと。余は、父をこのような姿にした卑劣な輩の首を刎ね、国を余の手中に治めねばならぬ。アングル王家の栄光と誇りを、余が取り戻さねばならぬのだ。その為、余は暗愚を演じ、道化芝居で己が民と家臣を欺き、奇矯な振る舞いをしてきた。その擬態がいつ、ばれやしないかと、一時も心休まる日はなし。余は臆病者だ。己の民が悪政と重税に苦しむ姿を、ただ、傍観しているだけだ。自国の民に救いの手をさしのべる事もできぬ、これが王だというのか。いや、違う。余は王の役を演じる道化でしかない。このアングル国は牢獄だ。王も貴族も騎士も民も、みな巨大なこの牢獄の囚人に過ぎぬ。鬱々とした日々を過ごし、家臣に蔑まれ、民が苦しみ、それでも余は暗君を演じ続ける。天使よ、余の唯一の友である、シャルディーニを安らかな眠りにつかせたまえ。煉獄の炎にその身を焼き、獄舎の責め苦を与えるならば、余が身代わりになろう。代わりに余がその罪をかぶる、どことなりへと余をつれていくがよい、神よ。友は死に、父もいまや風前の灯。余は全てを失い、それでも何も出来ぬ臆病者なのか。このまま、苦難に耐え忍ぶままでいいのか。今こそ剣を取り、立ち上がるべきではないのか。復讐を果たし、この国を取り戻すべきではないのか。アガレスよ。
「タリア様」自室のベッドにて休む彼女を、近衛兵が呼んだ。「…何です?」タリアは仰向けに寝たまま、両目に腕を当て、答える。「タリア様に仕えたいと申す者が…」「……」腕をどかし、ぼーっと天井を眺めるタリア。そろそろランプの油を足した方がいいな…などと、そんな事を思いつつ。彼女のベッドの脇のテーブルには、シャルム、テッド、タリア、そしてシャルディーニの四人が写った写真が置かれていた。「タリア様?」「通してください」侍女志望のその女の名は、『リーナ』と言った。もつろんこの『リーナ』こそが、アレンの片腕であるメルデネスの妹、メルリーナなのだが。「リーナさん…ですか。ステキな名前ですね」「いえ、そんな事」タリアの部屋に通されたメルリーナは、彼女の姿、佇まいを見て、己の目を疑った。ベッドに座り足をブラブラとさせるその仕草。幼い目鼻、顔立ち。まるで子供ではないか。(これが…あの音に聞く“耶胡姫”なのか…!?)タリアの言の葉は、旋律を奏でるように流れ出る。そしてそれは必ず戦慄をもたらすと。故に“耶胡”姫。(これなら或いは…付入る事も可能か)「そんなに畏まらないで下さい。アナタの方が年上なんですから、ね」跪くメルリーナに向かい、タリアは言った。「でもゴメンなさい、リーナさん。お手伝いさんならもう沢山いるんです」「!」ここは王城。それも最高官クラスの人間ともなれば、当然の事だろう。「ああ、でも…」と、またタリアが言う。「駒の相手なら困っていたところです。そちらでよろしければ」「…え?」そういうワケでメルリーナは、侍女(タリアの遊び相手)として潜伏する事に成功した。「浴場です」タリアが「城の中を見て回ろう」と言い出したので、メルリーナは彼女に連れられ急遽オリエンテーションをするハメになった。「大きいでしょ?アナタも使っていいですからね」「はぁ…」正直メルリーナは、気が抜けていた。まさかこんなに簡単に潜入できるなんて。しかも呑気に城内の案内など。「あの、タリア様…」「次は食堂に行って見ましょうか」妙にはしゃぐタリアは、やはり子供にしか見えなかった。しばらく見て回った後にメルリーナが連れてこられた場所は、中庭。「ここは、私の一番のお気に入りの場所なんです」タリアはしゃがみながら、そう言った。沢山の花が咲いている。赤、青、黄色、緑、紫。ポピュラーな花から名前の知らない花まで、何種類もの花が咲き乱れていた。「タリア様は…何故ここが好きなのですか?」「さぁ、どうしてでしょうね」口元に優しい笑みを浮かべて花を愛でるタリアを見て、メルリーナは思う。今は敵であれ…―まだ幼きこの少女。そして同じ国に住む人間。生まれた時から王室の人間、その反対。そんな事は自分もこの娘も、きっと無かったはずだ。もし互いの立場に関係なく、違う出会い方をしていれば或いは…―「しかし…私一人のためにタリア様自らが城内を案内して下さるなんて」「いいんですよ」サラサラと、タリアの銀色の髪が風になびく。「私も、気を晴らしたかったところですから」「…それは…?」メルリーナの言葉を遮るように、タリアは立ち上がった。そして振り向き、言う。「そろそろ行きましょうか」移動に次ぐ移動に、いい加減メルリーナもウンザリしてきていた。(駒遊びをしようと言ったクセに、歩きっぱなしじゃないか…脈絡も無いし、やはり子供の言う事は分からないな)「!」次にメルリーナが連れて来られたのは、地下の牢獄。「ここは…」「見ての通り、罪人を捕えておく所です」タリアは格子に指を当てると、ツーッと走らせた。埃がたまっている。「14年前のあの大獄以来、王に対して牙を剥こうとする者など、もういなくなったそうです。―…今までは」何故かメルリーナは、背筋が寒くなるのを感じる。「ガノステルンを知っていますか?」タリアはメルリーナの方に向き直した。「…ええ。七王都の一つですから」少しの逡巡の後、メルリーナは答える。「反乱により、落とされてしまったのだと、聞き及んでいます」「そう」タリアはコクリと頷く。「私達は彼らを倒さなければなりません。…リーナさん、アナタも力を貸してくださいね」「…!」やった。メルリーナは口の中でそう呟いた。上手くいった。こんな簡単に。これでタリアのすぐ近くで、彼女の戦い方を見ることが出来る。「そうだ」と、タリアがポツンと漏らす。「そこの階段を昇ると、外の広場の処刑場に通じているんです。せっかくですから、見て行きますか?」「……え?」殺風景な広場と、その中心にポツンと佇む断頭台。そよそよと吹く風が、妙な雰囲気を演出している。「かつてここで、多くの思想家、革命家達の首が刎ねられました。そしてその家族も」「……」タリアは錆びた刃を撫でる。「コレも…そろそろお手入れしなきゃダメですね」タリアが振り向く。メルリーナは今まで特に注目していなかったが、タリアの瞳は真っ赤だ。彼女の纏っている装束と同じ様に。「リーナさん。どうして私の軍服は、他の皆さんのモノと違って赤いか、分かります?」「…いいえ」またか。メルリーナは内心そう思いながら答えた。唐突な言葉。この娘はさっきからそればかりだ、と。「血の色」「!」少し俯き加減に顔を下げていたメルリーナは、ハッとした様に顔を上げる。「どんなに返り血を浴びても、私がその血に挫けない様に…鮮血に勝る赤。浴びた血など顧みない様にと、これは私の意志。その顕なんです」メルリーナはタリアの雰囲気にゾッとする。これがあの、花を愛でていた少女なのか。「ティターンズゲートで私達は大切な仲間を失いました。誰もが彼を尊敬していたのに」『ティターンズゲート』。その単語にメルリーナは肩をビクッと奮わせる。「あの人の仇をとる為なら、反逆者達を倒す為なら、私はいくらでも歩きましょう。…どうして城の中ぐらい、歩き回れないことがあるでしょうか」タリアはフッと笑った。「アナタには関係のない話でしたね」「いえ…そんな…」メルリーナは答えながら、思った。伊達に『至宝』などと呼ばれてはいない。何が彼女の動機となっているかは分からないが、しかしこの者もまた、将である。「先に戻りますね」タリアはゆっくりと歩き出した。「そうそう」そしてすれ違いざまに言う。「外の世界がどうかは知りませんが…ここでは妙な事など考えない事です。私達もまた、駒の一つなのですから」去ってゆくタリアの後姿を見て、メルリーナは呟く。「リスクを負ってでも…ここに身を置く価値はありそうだな」
すこし忘れられているかもしれないが、極南に反乱軍の中で最大の勢力を持つ一族がいた。名はカースト一族である。彼はガノス同盟がガノステルンを攻略した時に王国に反旗を翻し、王国南部を荒らしまわっていた。 そのカースト一族に王朝最高参謀長タリアも認めた人物がいた。彼の名はコーネリア・ギニストという。彼は権謀術数に卓越し、かつ政治家としても群を抜いていた。だから、彼はカースト一族にとって無くてはならない者であった。そして彼はカースト一族の指揮系統は全て握っているほどの人物であった。カースト家当主であるカースト・ベッティンゲートは彼のことを寵愛し、ことあるごとに「天下を統一した暁には、お前をカースト王朝一の大諸侯にしてやる」と言っていた。これほどまで重用されていたギニストであるが、彼はさほどうれしくも無かった。彼には大望があった。それは、彼自身の手によって天下に覇を唱える事であった。その為には反乱軍の中で最大の勢力に仕え、そこで出世して力を蓄え、その力によって天下を制覇しようと考えていた。しかし、最大勢力であるカースト一族は、自分自身が提案しても最終決定権は当主のベッティンゲートにあるので、提案が通らない事も多々あった。 その上、カースト一族は反乱軍中最大の勢力である事に満足し、積極的に行動しないでいた。それに愛想をつかしたギニストが目をつけたのは七王都の1つを攻略し、王朝側の名将シャルディーニを戦死させたというガノス同盟であった。彼はガノス同盟がカースト一族の協力を欲している事を知っていた。 彼はガノス同盟と同盟をするために策をめぐらし始めた。
さて、ガノス同盟にはある青年がいた。彼が指揮を執る事は滅多に無いが、しかし仲間達の人望も厚く、また社交性にも長けていた。彼の名は、ソラ=ヴェルテフェント。褐色の肌と黒髪がチャームポイント、だと自分で思っている、飄々とした人物である。「ティターンズゲートで多数の兵力を失ったな…ここはやはり、南方のカーストと手を組むのが得策だと思うんだが…」アレンが言う。今、彼の傍には、メルデネスとソラがいた。「しかし…遠いでしょう?協力を仰ぐにしても」メルデネスとしても、頼みの綱はカーストしか無いと思っている。「俺はそれより、国内の人間で王国側に不満を持ってる奴を集めた方が手っ取り早いと思うな」ソラは頭の後ろで腕を組んで言った。「何だって?」「絶対いると思うぜ?他にも、そういう奴」「しかし…」メルデネスが表情を曇らせて返す。「ソラ、確かに貴方の言う事も一理ある。だがどれだけの数が集まるだろうか?兵力としては?仮に国王軍に匹敵するだけの数が集まったとて、頭数を揃えるだけなら意味が無いのです」「いるかもしれないだろ?第二、第三のアレンが」「え?」今度はアレンが聞き返す。「いや、アンタみたく立ち上がろう、って奴のこと」ソラは、いや、ソラだけではない。同盟に属す者全てが、前回の戦いで分かった。このままではやがて潰される、と。しかしアレンの意志を継ぐ者が現われるかもしれない、という期待もある。だがその“継ぎし者”もまた潰え、その繰り返し。ならば今から出来るだけ多く、同じ志を持つ者で集まろう、というのがソラの考え。「数でも力でもねーんだ。俺が言いたいのは。志の問題さ」「…それもそうですね」しばらく聞いていたメルデネスが口を開く。「もともと無理は承知。しかし我々が集まったのは、それでも志を同じくしたからだ」「ま、組したからには俺だって勝ちたいけどな」「アトスが戻れば…彼にソラの言うように、国内の者を集めさせてもいいんだが…」困ったようにアレンが言う。何せ今は人が足りない。これ以上メンバーを離すわけにはいかないのだ。「それからカースト…やはり王室に対抗するためには、彼らの力は外せないと思う」ソラは椅子にもたれ掛かると、言った。「向こうから来てくれれば楽なのになぁ」「そんなアホな…」フゥと息を吐き、アレンは力なく笑う。だがメルデネスだけは、何か閃いたように顔を上げた。一方、王室では…―タリアの侍女として潜入することに成功したメルリーナだが、一つ問題があった。それは最初にタリアが言った様に、侍女の数は本来足りている、という事だ。その為メルリーナも多くの中の一人、となってしまい、上手くタリアに近づけないでいた。このままではマズイ。そうメルリーナは思う。タリアの目に止まらねば、と。と、言うのがメルリーナの考え。だがタリアの方は少し違った。タリアにして見れば、侍女が何人だから、という事は問題ではない。元から他の人間に対してどうこう干渉したりする性格でなかっただけの話で、別にメルリーナが悪いわけではなかった。シャルム、テッド、シャルディーニの様に付き合いの長い相手なら別だが。さて、メルリーナにはもう一つ不満があった。それはたまにタリアに近づけたと思ったら、タリアが特に何をしている様子もない、と言う事。(何をしているんだ、この娘は?一人で駒遊びなんて、面白いのか)と、タリアが盤面に並んでいた二色の駒を引っくり返し、伸びをする。「んーっ…退屈です…」そこで彼女は、洗濯物を届けに来たメルリーナに気付いた。「ああリーナさん、ご苦労様です。適当に置いといて下さい」メルリーナがここへ来て数日。彼女が見たタリアの姿と言えば、寝るか遊ぶか。(最初の日に感じたあの雰囲気…あれは何だった?)「タリア様」「はい?」「駒とは二人で遊ぶ物。一人で遊んで楽しいのですか?」そう言われたタリアは「全然」と答えた。「他の人にも言われましたけど…遊び相手がいませんから」ここだ、とメルリーナは思う。聞けばタリアは駒が得意らしい。しかし相手がいなくて退屈している、と。「私でよろしければ、相手になりますが」そう言ってメルリーナは駒を並べ始めた。この手のゲームにはメルリーナも多少の自信がある。兄、メルデネスをも打ち負かして見せた。タリアは困った様に笑ったが、メルリーナの挑戦を受けて立つ事にした。「ではアナタからどうぞ」「私が今までに対戦した人で一番強かったのは、シャルムさんという方なんですけど…」盤面には黒い駒が7個。白い駒は9個残っていた。「アナタの方が少しだけ、その人より強いですね」勝負が終わるまでにかかった手数は24手。「シャルムさんとはちょうど20手で勝負がつきましたから」残った駒数は白の方が多かったが、しかし詰んだのは黒だった。「ちょっと楽しかったですよ、リーナさん」タリアはニッコリ微笑んだ。駒を片付けながら、メルリーナは局面を思い出していた。“2度、生かされた”と。タリアがその手に気付かなかっただけなのかどうかは知らないが、本当なら10手目で勝負はついていた。更に言えばその2手前。そこで既に逃れられなくなっていたのだから、勝負が決したと言えば8手目か。そして14手目でもう一度、タリアはチェックを外している。気付かなかったハズがない。メルリーナはフッと笑った。「噂どおり、お強い方ですね」メルリーナがタリアに求めていたのは、正にそれだった。「仮面だ。子供の顔は」
…名目上は軍師であるメルデネスではあるが…。実際の所、内政の方も手がけている多忙な実情がある。そんなメルデネスはマサカドを連れてとある平原…ロンバニオ平原に視察に行った。メルデネスは…平原を動き回るイタチのような動物をみて考えていた。そんなメルデネスを見てマサカドは、「…あのイタチがどうかしたのか?」と質問した。するとメルデネスはマサカドの方を向いて、「あのイタチ…穴掘りイタチと言うのですが、このような平原に穴を掘って暮らしてるんですよ。」と返答した。マサカドはメルデネスの返答を聞くと平原を見回した。よく見るとそこかしこに穴があいているのが見て取れる。マサカドはその様子を見て、「まっ平らに見えるけど結構脚をとられそうだな。」と言った。メルデネスはこの返答を聞いて、「マサカド殿。この場所…ロンバニオ平原の位置を良く覚えていただきたい。…そして、次に来る時は網と籠を用意して5~6人連れて来ましょう。」と言った…。そして数日後。5~6人の人手とマサカド・メルデネスが網と籠を持ってロンバニオ平原に来た。メルデネスは、「では、ここにいる穴掘りイタチを捕まえてください。…20匹も捕まえれば充分です。私も参加しますので…。始めてください。」こう言うと一斉に平原に散っていった。「おっととと。なかなか素早い。」人手とメルデネスが苦労している。が、マサカドは軽快に動き…ひょいひょいと捕まえていく。…結局、捕まえた20匹のうち10匹はマサカド一人で捕らえていたのである。捕らえた後マサカドはメルデネスに、「…ところで、捕まえてどうするつもりなのだ?」と質問する。メルデネスは、「これをガノステルンの近くで放牧しようと思うのですよ。」と言うのだった…。そして、数日後…王都とガノステルンの間…そしてガノステルンから3~4kmあたりのところに穴掘りイタチを放牧したのである。そんなメルデネスは別のことにも着手していた。治水のためにダムを作っていたのだ。水は豊かなガノステルンではあるが逆に水害も少なくは無い。そこで、ダムを作り平均的な水の供給を図ろうとしたのである。が、ダムには別の意図もあった。このメルデネスの意図は後に分かる事になるが…。この時はまだその意図が伝わる事は無かったのだった。
アングル王国より東、四方を海で囲まれた島国マラカン王国は古くより文明が根付き、また諸外国の侵略も受けなかった為独特の文化を築き成長してきた騎馬民族の国だ。ミレニアはその国の時期王となるキヨモリのもとに嫁ぎ現在は王妃の地位にある。当初は文化も何もかもが違うマラカンに戸惑い、無口な人々に困惑こそしたが今では何よりもその実直な国民性と独特の美意識に心底共鳴している。だが無論、祖国アングルのことも片時たりとも忘れた事はない。- あの日 -。父、バッキンガムが倒れた日、ミレニアはすぐにこれが毒によるものだと悟った。父に毒を盛ったのは誰か、ミレニアは密かに探り続けた。そしてとうとう突き止めたのだが、確なる証拠も無いまま嫁ぐ事になってしまったのである。「また海を眺めているのか、ミレニア」キヨモリは夫としても申し分の無い男で2人は仲睦ましく肩を並べるとミレニアはキヨモリに思いの丈を素直に話した。「祖国というのは我が子同然にごさいます。アングルの民もアガレスも私にとっては大切な宝。ですが、父が倒れてから全ての歯車は狂ってしまいました」「マサカドの報告を聞いたのか」キヨモリはそう言うと静かに瞳を閉じる。「政は民あってのものだ。民の平穏無くして国の平穏は無い」「・・ええ。判っております」ミレニアもそう言うと瞳を閉じた。この国に留まる事を決意した自分の代わりに最も信頼出来る男をアングル王国に密かに送り込んでいたが、そのマサカドから届くアングルの民衆の様子は聞いて胸が張り裂けるようだった。そしてある日マサカドからこう連絡が入った。「キヨモリさん、ミレニアさんよぉ。俺ぁアングルでいい瞳ぇした男に出会っちまったんだ。そいつはアングルをいい国に変えるって言っていた。わかんねぇけど、なんっつーかその瞬間雷に打たれたみてぇでよ。こいつならやってくれるって気がしたんだ。マラカンは平和だし、しばらく俺の出番は無さそうだからよ、ちょっくら力を貸してくるぜ」マサカドの性格は知りすぎるほど知り抜いている。こうと決めたら一直線。それに何よりも人を見抜く目は優れている男だった。「私、どうしたらいいのか・・」ミレニアは溜息をついた。「力ならいつでも貸そう。余はミレニアの答えに添うだけだ」キヨモリの言葉はミレニアの心にまた深く染み入っていったのだった。
「月に叢雲 花に風」タリアがポツンと呟いた。「どうした?急に」隣で本を読んでいたシャルムが、笑みを浮かべながら顔をあげた。「面白い言葉ですよね」「さぁな。どんな意味だったか」「好事魔多し…良いことにはとかくジャマが入りやすいと、そういう意味です」窓から外を眺めるタリアは、そよ風を感じながら答えた。「何のために本を読んでいるんですか」「生憎、辞書を読んでいるわけではない」シャルムの本の背表紙には『クレイニー夫人 物語』と書かれている。「何です、それ?」「とある夫人が現状に不満を感じ、新たな世界へ踏み出していく、という物語だ」シャルムの指の挟んである所から察するに、かなり読み終えてしまっているらしい。どうやら随分前から読んでいたようだ。「何です、それ」タリアはもう一度、今度は軽く笑いながら言った。「この物語の結末はまだ分からないが…我々はどうなるのだろうな」「…!」不意にシャルムがぼやく。「クレイニーの“新しい世界”とやらは…どうやら明るくなりそうだ」「…ハッピーエンドはその手の物語の定番ですからね」タリアはぼんやりと夕暮れに浸りながら、小さな景色に照準を合わせることなく、見つめる。「私、思うんですけど…」「?」ゆったりした時間。穏やかな時の流れの中で、タリアもシャルムも唐突に口を開く。「月に叢雲 花に風…月はぼんやり雲が掛かって朧になっていた方が、趣があってステキですよね」「そうか」「花も、風にそよいでいる方が涼しげでキレイじゃないでしょうか。香りも遠くまで届くかもしれません」そんな情景を思い描いているのかタリアは、虚ろな瞳で語った。「何だ。お前もロマンチストだな」シャルムは小さく笑った。同時にタリアの横顔に、ほんの少し見惚れる。夕暮れの赤い空は、いつの間にか薄紫色に変わっていた。
「カーストには、コーネリア=ギニストという人物がいます」さてどうしようかと悩んでいたアレン達。そんな時、メルデネスが言った。「政治、指揮系統は全て彼が任されているとか」「それで?」「ギニストを使うのです」その言葉に、ソラがプッと笑う。「唐突だなぁ、メルデネス」「唐突」「カーストって言ったら、四大諸侯の一つだろ?そんな所の大人物を、アンタはどうしようってんだ?」「大人物だからこそ、です」今度はメルデネスが笑う。「反乱を起こしたがいいが、このカースト、それきり特に活動していません。しかし、いいですか?ソラ。我々に同調し、反乱を起こしたのも、やはりギニストなのです」その後に「もともと国の方針に不満はあったようですが」と付け加えた。「アレンの名は向こうにも知られているはず。そこでギニストに、アレンの名で書状を送るのです。相手は一市民ではなく、他でもないギニストなのですから、直接受け取る可能性も大きいでしょう」「アレンの名って…郵便管理してんのは国だぜ?引っかかるんじゃないのか?」「いえ、それ以前に公の郵便機関はアテにならないでしょう。今やガノステルンもカーストも、ウルメールから離れた存在になってしまっているのですから」「…ではどうする?」不意に、今まで黙っていたアレンが口を開く。「私めにお任せを」メルデネスはワザとらしく畏まって見せると、仰々しく頷き、ニヤリと笑った。「でさー、メルデネス」ガノステルンを歩き回るメルデネスとソラ。「ここは水の都だぜ?ダムなんて今さら」「備えは必要でしょう」「ふーん」と、メルデネスの隣を歩いていたハズのソラが、ふと視界から消える。「あとさぁ、メルデネス」転んだのだ。と言っても、ソラは何も無い所で転ぶようなラブコメ体質ではない。例の『穴掘りイタチ』の巣につまずいたのである。「このネズミっ子は何?この穴どうにかなんねぇ?」「ああ、それですか…」メルデネスは静かに笑った。「役に立つでしょう?なかなか」尻餅をつきながらソラは、頭に『?』を浮かべるだけだった。さて、一方王室では。何日かぶりにタリアの部屋を掃除する当番になったメルリーナ。メルリーナがホウキを掃くその脇では、例によってタリアが寝ていた。と言ってもベッドの上なので、掃除のジャマにはならない。メルリーナがサッサッと掃くと、タリアがコンコンと咳をした。「もっ…申し訳ございません。埃が?」「…あっ、いえ、違うんです。ちょっとノドの調子が…」そう言うとタリアは、また小さく咳き込んだ。「……」メルリーナは窓をより大きく開けて、掃除を続ける。今まで掃除などロクにしてこなかったメルリーナだが、ここ何週間かの宮廷仕えで、少しはマトモになってきた。が、いかんせんその性格ゆえ、雑さは拭えない。「あ」ガツンと、ホウキを本棚にぶつけてしまったのだ。グラリと揺れる大きな本棚。「あっ、あっ」タリアは寝そべったまま、斜塔の様になったその棚を見つめる。本棚の位置だが、寝っ転がるのが好きな彼女のベッドのすぐ傍にある。枕の“上”と言えば伝わるのだろうか。そんなワケで、危ないのだからとっとと逃げればいいのだが、寝起きのせいなのか頭がボケているらしく、アホの様に「あ」と言うだけ。ついに大きなノッポのその棚は、タリアの方に倒れだした。「あっ」そこでようやく思考回路の線が繋がったのか、ガードしようとする。いや、繋がっていない。ただの人間の防衛本能的な、反射。ギュッと目を瞑り、顔の前に手を出しただけだ。もちろんタリアの如き力で受け止められる様な重さではなく。かくしてタリアはその棚に潰されてしまった。と、いうワケでもなく。「…あ…リーナさん」メルリーナがタリアを庇い、本棚を受け止めたのである。「大丈夫、ですか?タリア様」本が落ちないように上手く支えるメルリーナ。「うわっ…力持ち、ですね…」タリアは驚いたように目をパチクリさせた。「お怪我はございませんか?」「てゆか…アナタこそ」タリアは目を丸くしたままだ。彼女の脳裏にある太った女性が浮かんだ。(一番力持ちなのは、あのチャップおばさんだと思ってましたけど…)「私は大丈夫です」メルリーナの口元に、うっすら笑みが宿る。それを見てタリアも安心したのか、ニコッと笑った。「ありがとうございます。リーナさん」突発的な事故であり、事の原因は自分であるとは言え、本来的に敵にあたるハズのタリアを、無意識にも助けてしまったメルリーナ。何だかそれが妙に可笑しくて、一人になった後、彼女はまた少し笑った。
マラカン王国に、ユリウスという男がいる。25になるこの男、名前からも分かるとおり、純粋なマラカンの民ではない。アングル王国の圧政から逃れおおせた一家の生き残りを偶然通りかかった国王キヨモリの配下の兵士が引き取ったのだ。その時、幼いユリウスはまだ10歳であった。国王は早くからこの男の軍事政治両方面での才能に恵まれている事を見抜いた。アングル兵からの逃亡の時に失った片目、元から体格にも恵まれていなかったことから、最初こそいろいろあったが、今ではその声は王国始まって以来の「若き智将」というものに変わっていた。キヨモリは彼の事を息子のように思っていたし、ミレニアのよい話し相手でもあった。彼は持ち前の好奇心から、周りの国の情勢は積極的に集めていた。これは彼が王の元で治世を行う上で重要な事なのだが、そのとき彼にもたらされた情報が彼の気を引いた。彼はこの情報を元に、夕方ミレニアに話をしに私室へと行った。「ミレニア様。これだけは耳に入れておこうと思いまして…」その時、この日の執務を終えたキヨモリも部屋に入ってきた。本来なら年の近い男が部屋で妻と二人きりで話す事は我慢がならないところであろうが、キヨモリは元より二人がが気の合う友人同士であることは知っていたし、ユリウスのほうも、実質上の「父親」の妻に対して邪な感情を抱くはずも無かった。「ほほぉ、ユリウスよ。また政治論か?あまり妻を困らせるなよ。」「承知しております。陛下には後日の会議でお話しようと思ったのですが…いい機会ですから一緒に報告します。非常に申し上げにくい事です。もしも不快に思う事がありましたら、すぐにでも首を刎ねてください…」普段とは違うユリウスの態度に、しかしキヨモリは思わず笑ってしまった。「何を言うか。一体どうして、私が“息子”を斬らねばならんのだ!」「陛下…」しばし思考を整理してから、ユリウスは話を始める。「…アングル王国の動きがあまりにも不自然です。国民の扱い方とは裏腹に、それを動かしている面だった武将の中にその利益を貪っているものがいないのです…」「ぇ?それは…一体どういうこと?」「は。アングルに忍ばせたものからの情報によると、王子を除いた他の武将は、誰一人として先王の治世の時以上に生活のレベルが上がっていないとの事。それだけではありません。参謀総長タリアが花畑で涙する所を目撃した者もいます。それ以外のどれを取っても、第三者が裏で糸を引いているような気がしてなりません…」これに最もビックリしたのがミレニアである。彼女は以前独自に調査を行い、疑いのある人物を絞り込むところまでいったことがある。まさか、その可能性を、自らは動くことなく探り当ててしまった…だが、彼の話はこれで終わりではなかった。「ですが、たとえアングル王国の武将の背景がどうあれ、彼らが優秀な将である事は既に明らかです。私が収集した反乱軍の情報から考えると…」ユリウスはそこで呼吸を整える。キヨモリとミレニアは固唾を飲んで続きを促す。「…このままでは、たとえ反乱軍が全て結束したとしても、彼らには勝ち目はありません。策士の問題ではありません。メルデネスは策士として優れているのは誰の眼にも明らか。理由は、数量の不足、そしてそれ以上に、兵士の訓練不足…言ってしまえば、正規の軍隊で無い彼らは、メルデネスの行動を忠実に実行できるだけの統制が取れていない…ということです。」二人は絶句した。ユリウスが下した結論には救いが無い。それに、この話を却下するには、ユリウスはあまりに現状認識能力に長けていた。しばしの沈黙が流れる…「すみませんが、まだあります…反乱軍が負けた後、ほぼ間違いなく王妃の弟君は殺されるでしょう。そして、裏で糸引く第三者が一人勝ちを収めることになります。それを阻止するためには反乱軍の勝利か、アングルの崩壊を狙うことになりますが…あえて申し上げます。そのどちらにも私は反対します。」「な!?…ねぇユリウス、なんで?!なぜ、弟を救ってはいけないの?!」ミレニアの言葉はユリウスの胸を深く抉った。だが、彼は続ける。「…我々がもし反乱軍に加担したとしても、勝てる確率は恐らくは5割。わが国の存亡をかけるにはあまりにも低い確率です。アングルについて内側から崩壊を狙う事については、アングル王国内部へ取り入ることが出来る可能性は、既に断たれていると考えるべきです。」ミレニアは既にうっすらと涙を浮かべている。ユリウスは更に続ける。「…ですが、反乱軍に加わった場合の成功率は捕らえようによっては5割もあります。決定は、陛下と王妃にお任せします。…失礼します。」キヨモリはユリウスの言いたい事は分かった。彼はミレニアの心情を知った上で、知らせるべき情報を可能な限り分析し、伝えたのだ。その日ミレニアとキヨモリは一睡もせずに話をしていたという…そして、次の日の会議で、普段は出席しないミレニアが、涙ながらに口を開いた。「ユリウス…みなさん…お願いします。弟を救うため…私の祖国を救うため…力を貸してください。」
さて突然だが、ウルメールにはある“戒め”のエピソードが存在する。幾種も在るそれらだが、幼い子供にも分かるよう、『絵本』として、そのエピソードは世に広まった。今回はその中から『トムとメリー』という物語を紹介しよう。『トムとメリー』兵隊アリのトムは、今日も仲間と一緒に食べものを探しに出かけました。トムはとても力が強いので、アリたちのリーダーです。食べものをたくさん見つけたトムは、そこで赤いアリに出会いました。赤いアリの名まえはメリー。トムたちは甘い食べものが好きなのに、赤いアリのメリーは、甘いものがきらいだと言います。代わりにしょっぱいものを食べるのだそうです。トムの仲間の黒いアリたちは、みんな笑いました。笑われたメリーも怒ります。「甘いものなんてまずくて食べられないよ!君たちはまちがっているんだ!」「何だって!?」今度は黒いアリたちが怒りました。「やい!コイツをお城に連れていけ!」メリーは黒いアリにつかまってしまいました。牢屋に入れられたメリーはトムに言いました。「甘いものしか食べさせてくれないなんて、君たちの女王さまはヒドイ人だね」しかしトムは聞きません。なぜならトムは、アリたちのリーダーだからです。「僕らは甘いものが好きなんだ。君の方こそ、しょっぱいものしか食べないなんて」そう言ったトムに、メリーはある食べものを渡しました。メリーの大好きな、しょっぱい食べものです。「ウソだと思うなら食べてごらんよ。きっとおいしいから」最初はことわったトムですが、あまりに熱心にメリーが言うので、ついにトムはメリーの食べものを食べてしまいました。するとどうでしょう。トムの黒い体はみるみる赤くなり、まるでメリーのようになってしまいました。メリーの仲間になってしまったトムは、メリーを逃がそうと牢屋を開けます。しかしそれを、他の黒アリたちに見付かってしまったのです。「あーあ、君は僕たちのリーダーだと思っていたのに」トムとメリーは、一緒に死刑にされてしまいました。この『トムとメリー』の物語の文末には、こう書き足されている。黒アリのリーダーだったトムは、赤いアリのメリーにそそのかされて自分も赤アリになってしまいました。みなさんは悪者にだまされてはいけませんよ。自分の仕事を忘れ、仲間を裏切ってもいけません。他のエピソードも同様に、物語の最後にこの様な注意書きがされている。この本は城内で編纂された物だから、当然城の図書館にも置いてある。“エピソード4”トムとメリー。この物語は14年前、あの『レキンの大粛正』の時に実際にあった、とある兵士と思想家をモデルに作られた。ボンヤリと鈍く灯るランプ。古びた木の机と、椅子。埃くさい本棚の列。この広い図書館の中に、今いるのはどうやら彼女だけらしい。タリアはパタンと、古びた表紙のその本を閉じた。
アトスは王都にいた。彼はガノス同盟と別れた後、王都ウルメイラに潜んでいた。潜んでいたといっても決して潜伏していたわけではない。彼は王国の兵となっていたのである。しかも、彼は傭兵時代に培ったカリスマ性と腕っ節で、当時のウルメール朝で「隊長位」の一つである「100人隊長」になっていた。 もちろんであるが、彼は王朝側に乗り代わったのではない。彼は100人隊長の仕事をこなしながら秘密裏にタリアの侍女となっているリーナと会いお互いの情報を交換していた。 アトスはウルメイラにいて王朝がまだ安泰であることを知っていた。彼は現君主アガレスが本当に暗愚であるのか分からなかった。もし、本当に暗愚であるならシャルムやタリアといった諫言をしてくる名臣を抱える事は少ないだろうと彼はにらんでいた。しかし、実際アガレスは酒池肉林といっていいような生活ばかりしていた。彼はアガレスが暗君か賢君かを知るためにある作戦を実行したのであった。 同じ頃、近衛師団本拠地「ガーディアム」ではシャルムが椅子に座りながらテッドの意見を聞いていた。「団長!」「シャルムでいい、二人の時はその方が楽だろう」「あ、あぁ。シャルム、今の王朝の現状を解ってるのか?「ベッティンゲート=カースト」「ガノス同盟」が南方を荒らしまわっているんだぞ!」そう、テッドが怒鳴った時一人の青年と息をきらした伝令が入って来た。伝令は掠れながらも「将軍!マラカン王国より手切りの報が参りました!」と言った。その瞬間、シャルムの顔は青ざめた。「な、な、なんだって…」あまりの驚きにシャルムは声を失った。同じく報を聞いたテッドは歯噛みして、地団太を踏んだ。その時、伝令とともに入って来た青年が「将軍、出る杭は早めに打っておいた方が良いのでは?」と言った。彼はシャルムが可愛がってる将校の一人であり、亡きシャルディーニのたった一人の孫であるルイズ=カリアス=ワーテルローであったのだ。この言葉を聞くと彼はルイズに三大諸侯へ召集をかけるように言った。そして彼とテッドはタリアの部屋へと急ぐのであった。
アングルへの手切りを報ずる少し前のこと…最初は、大義名分が無いといって全ての議員が反対した。ミレニアのわがままではないかとか、弟を助けたければ王朝につけばいいではないか、等。ユリウスは最初沈黙を守っており、ミレニアはただただキヨモリに不安な目線を送るばかり…と「…失礼します!!アングル王国へ訪問中であった外交官、ヨシマサ氏が殺害されました!!」「!!!」一同言葉を無くした。外国周りの最中だったヨシマサ議員はあまり目立った存在ではない。ただ、裏ではアングルから裏金を貰って情報を流している、他国への通商を望む商人から通商税なるものを接収してる、など黒い噂が絶えない男であった。ユリウスはまるでその報が来るのを分かっていたかのように、冷静に言葉を放つ。「なるほど…大義名分は十分すぎるようですね。あろうことか、アングルはわれらの国の外交官を殺害したのです…このまま、皆さん黙っているつもりですか?」結局、議員達はユリウスのペースに飲まれてしまい、アングル王国への正式の手切りが決まった。後に分かった事だが、周りを海に囲まれたマラカンからアングルへ手切りの報が届くまで、3日はかかる筈なのだが、何故かその報は手切り決議の翌日にはアングルに到着していたという…マラカンがアングルと手を切って4日後、使者が戻ってこない事から先方の態度を知ったキヨモリは執務が終わった後にも関わらず頭を抱えていた。何分、マラカンは今まで他国に侵略された事が無い。それは即ち戦争を知らないということになる。実際には軍の指揮はユリウスに任せておけばいいが、表に立つのはあくまで国王であるキヨモリだ。今までは、全てをユリウスに任せてきたツケが回って来たのであった。そこに、件のユリウスが国王夫婦の私室に入ってきた。今まで何やら準備を進めてきたため、あの会議以来はじめてこうして顔を合わせたことになる。キヨモリはユリウスに相談を持ちかけようとしたが…「ユリウス、何故ヨシマサ議員を殺したの?」それよりも早くミレニアが言葉を発した。声には相当に怒気を含んでいる。「…弟を助けて欲しい、確かに私はそういったわ。王朝についてはいずれ弟が殺されるであろう事も、王朝と敵対する事も、納得はしたわ。でも、その為に、たとえほぼ黒と分かっていても、自国の議員を殺してまで大義名分をでっち上げる必要があったの?!」「…昔、今はもはや滅ぼされて存在しない集落に、ごく普通の一家が暮らしていたそうです。」「…何を言ってるの?」ユリウスは話を続ける。その顔からは感情が読み取れない…「アングルの王位が交代してしばらくの後、その国は標的にされたそうです。何でも、王国の内政方針に反対意見を述べたからだそうです。当時から、王国の反対派一掃の方針は一貫していたようですね。」「…」「その集落は意思を捻じ曲げられるのを潔しとせず、抗戦しましたが、あえなく陥落しました。その一家も惨殺されたそうです。父親と母親がかばってくれたため、息子だけは何とか生き延びる事が出来たそうですが、一生片目を失う事になったそうです…」「!!…ユリウス、貴方まさかッ…!」「…今となっては昔の話です。」ミレニアにはこの話はされていなかっただけに、ショックは大きかったようだ。彼女の記憶には確かにあった。反対意見を一つ言っただけで、全滅の憂き目に会った村があったことを。これで分かってしまった。口にこそ出さないが、この男は誰よりも復讐を望んでいた事を…「失礼します!!ユリウス様、例の親書の返答が来ました。賛同した国は6カ国。不参加が4カ国です。」突然入ってきた伝令は、キヨモリにもミレニアにも分けのわからない事を言った。最初相談しようと思っていた内容など当に吹っ飛んでしまった。「わかりました。そうですか…意外と不参加の国が多いようですね…まぁいいでしょう。」多少の誤算はあったようだが、彼はほくそ笑んでいた。数日後に効果が現れるのを…数日後、アングル王国に、6通の親書が届いた。その全てに、アングルの行ったマラカンの外交官殺しに遺憾の意を表し、食料の輸出入の関税を引き上げるというものであった。そして時を同じくして、街中には政府を中傷し、反乱を煽るような張り紙が各地で見られるようになった。そしてマラカンでは、口の端を吊り上げるユリウスの姿があった(ふふっ…平定して御覧なさい…)…そして彼は使者にこう告げる。「…これは単なる時間稼ぎです。この間に反乱軍とコンタクトを取る。」
「手切れ?マラカンが?」その報告を受けたタリアは、がばっとベッドから跳ね起きた。コンコンと少し咳き込んで、それから息を整える。「ミレニア様は…一体何を考えているのでしょう…?」アングル王国国王アガレス。マラカン王国王妃ミレニア。この二人は姉弟であり、両国の誰もが、二つの国の関係が途絶えるなど、考えてもいなかった。「それで?シャルムさん」「?」報告にきたシャルムに、タリアは問いかける。「何か手は?」「ああ、ルイズにカースト以外の四大諸侯召集を命じた。じき集うはずだ」それを聞いたタリアは正装に着替え始める。「では皆さんを議事室に集めてください」と、黙っていたテッドが言った。「随分と落ち着いているんだな。この非常時に」「そんな事ありませんよ」タリアは額を押さえるように、前髪を上げた。「頭が痛いです」「お久しぶりですね、ロイさん」最初に席についていたロイに向かい、タリアは軽く挨拶する。「話は聞いているかもしれませんが…」「マラカンが裏切ったのだろう」「ええ、まぁ」腕を組んだままのロイは、ひどく不機嫌そうだ。「今起こっている反乱。あるいはマラカンと協力して…なんて楽観的に考えていましたけど、そうもいかなくなってしまいましたね」フゥと溜め息をつきながら小さく笑うタリアを、ロイは気に入らなかったらしい。机をバンと強く叩いた。「笑っておられる場合かな?タリア“姫”」その言葉からは皮肉が感じられる。「ロイ公よ、言葉を控えろ」同じく機嫌の悪かったテッドが、声を荒らげる。それをシャルムが制した。「よせ、テッド。お前もだタリア。時を弁えろ。…ロイ、貴方も」その声で場が静まる。「今は我々がいがみ合っている時ではないだろう?マラカンがアングルから離れた今、我々が考えるべきことは…」そこまでシャルムが言った時、残りの諸侯メテルス、ライマールが到着した。「非常事態だそうですね」席につくなり、ライマールが尋ねる。「ガノステルンで反乱が起こってまだ日も浅いというのに、この上更に何があるのですか?」同様にメテルスも言った。「そうですね…」タリアもゆっくり椅子に座る。シャルムとテッドも、倣って座った。「よくよく考えてみれば、たいした事ではないのかもしれませんね。もともとは不安定な同盟だったんですから」「何だと…!?」事の顛末を知ったメテルスとライマールの顔が青ざめる。「マラカンが…同盟破棄…!?バカな!!」青くなったかと思えば、今度はその顔を真っ赤にして怒鳴るメテルス。「破棄だと!?ふざけるなよキヨモリ!!」「落ち着いてください、メテルスさん」「落ち着け?だと?今、この状況でか?」メテルスは怒りを顕にしながらも、鼻で笑った。「落ち着いていられるか!?マラカンが手切れを申してきたという事がどういう事なのか、どうやら貴女には分からないらしいなタリア!!」「分かりますよ。充分に分かっているから、こうして落ち着いているんじゃないですか」「小娘が…!」メテルスは声を押し殺して言ったが、隣にいたテッドにはハッキリと聞こえていた。「その小娘に救われたのは誰だ?分かっていないのはどうやらお前のようだな、メテルス」「よさないか、テッド!」再びシャルムが制する。が、しかし実際に諸侯や、そして城内の者でさえ、タリアに不満を持つ者は少なくない。それはメテルスが言った様に彼女の年齢や、その態度にも僅かに問題があった。「タリア、お前も少々口が過ぎる」「どうしてです?」落ち着いている、とは言ったものの、もちろんタリアにも焦りはある。それが苛立ちとなって、シャルムにぶつけられた。が、シャルムはそれを受け止める。「らしくないと、そう言ったんだ、タリア。お前が今すべき事は、一諸侯とケンカする事か?」「…分かっています」タリアは小さく深呼吸をする。それを確認したシャルムも、ホッと安堵の息をついた。「いいですか?皆さん。これから私が口にする事は…―」議事が終了し、諸侯や官僚達が席を立つ。と、最後にライマールが、タリアに向かって言った。「本気ですか?タリア」「当然」コクンと、タリアは頷く。「非常に残念ですが…今となってはミレニア様も敵ですから」王の部屋には、アガレス一人、椅子に腰掛けていた。鳥の鳴く声以外は何も聞こえない。彼の前には、小さな写真立があった。そこには前代王バッキンガム、アガレス、そしてミレニアが写っている。「姉上…」アガレスは小さく呟いた。
アガレスは自室の玉座から立ち上がった。「あの優しき姉上までが自国と手切れをした以上、もはや暗君というベールはもういらないな…」そう、静かに彼は言うと父バッキンガムが寝ている病室へと向かった。彼は病室に入ると父に「行きます」と言った。すると珍しくバッキンガムが「お…お前が…そこ…そこまで…覚悟…しているなら…行き…なさい」と言った。その言葉を聞くとともにアガレスは議事堂へと向かった。 王が珍しく難しい顔をして議事堂の方へ歩いていくのを臣下達は不思議そうに見つめた。アガレスは議事堂の玉座に座ると侍従を呼び、王国全土の諸侯、重臣達を呼びにやらせたのであった。 しばらくして議事堂は人でいっぱいとなった。「王よ!何のために我々を呼び出したのだ」と北の大諸侯ロイ公は言った。目をつぶってそれを聞いたアガレスは静かに、だがよく通る声で「ロイ公か。そなたは聞いているであろう。マラカンが我が国を裏切ったことを」と言った。すると、議事堂は諸侯たちの声でいっぱいになった。アガレスは立ち上がると「静かにしろ!」と怒鳴った。その気迫に押され、騒然としていた議事堂は水が打ったように一気に静かになった。 アガレスは一人一人の諸侯の顔を見た後、剣を抜くと「いいか、我が盟友よ。今こそ我らが団結してマラカンに当たるしかない。もし、それに依存がある者は今から自領に戻って反乱の準備をするがよい。だが、我について行くという者はここで剣を抜きたまえ!」と言った。 諸侯たちは驚いた。(あの、アガレス王が?あの、暗君が?)そう思い、諸侯たちが迷っていた時、三大諸侯の三人が立ち上がった。(何をするのだろうか?)そう議事堂にいる三大諸侯を除くすべての人間がそう思った。立ち上がった三人はゆっくりと腰に付けてある刀を抜き、議事堂の天井へとその切っ先を向けた。それはまるで年代記に書かれている名場面の一部の様であった。それを見た瞬間、議事堂にいた全ての諸侯が立ち上がり、剣を天井へと向けた。 アガレスは「ありがとう、盟友よ!これほどうれしい事はない」と言った後、諸侯たちに座るように言った。そして彼は「いいか、盟友よ。おそらく戦いの場所はマラカンとアングル王国の間のワエイ海だ。総大将はこの私が勤める。副将はロイ公、メテルス公、ライマール公。総軍師はタリアに任せる」と言った。 老諸侯たちは、初めて見た王の威厳のある姿に健在だった頃のバッキンガム王を思い出し涙ぐむものもいた。 隣にいたタリアはいきなり名君と化したアガレスをまじまじと見た。それに気づいたのかアガレスは照れくさそうに笑うと「後で話がある」と言った。 アガレスはもう一度立ち上がると「盟友よ!今すぐ自領に戻り戦の支度をしてくれ。我が召集と共にマラカンの地をアングルの旗で埋め尽くそうぞ!」と言った。誰も異論を挟まないことを見て、彼は最後に「我ら『鋼の王国騎士団』と共に!」と叫んだ。諸侯も「我ら『鋼の王国騎士団』と共に!」と応え臨時会議は終了したのであった。 会議が終わり議事堂に残ったのがアガレスとタリアだけになると、タリアはアガレスに「王、今までいろいろお疲れ様でした」と言った。その言葉に驚いた彼は「な、なんだ、知っていたのか!私が偽って暗君の真似をしていたことを」と言った。「いえ、知りませんでしたがなんとなく暗君でないことは解りましたよ」とタリアは応えアガレスの驚きように笑った。それを聞いたアガレスは苦笑した後「タリアよ、私もお前も初めてエンブレム入りの武装着を着ることになるな」「そうですね。これからが大変です。内憂外患とはこの事をいうと言えるほどの危機です。王がしっかりしてくださらねば」とタリアは言ってから「では、私もいろいろと指示をせねばなりませんので」と言って議事堂を出て行った。 残ったアガレスは出て行くタリアを見ながら、これから始まるであろう戦いに武者震いを覚えたのであった。
時間稼ぎの効果は殆ど無く、アングルがマラカンへの軍を編成しているとの報が入ったのは反乱軍への使者を送って間もなくのことであった。予想以上に早い向こうの動きを見て、ユリウスは一つの結論に至る。(まさか…王妃の弟君め、謀りましたね。しかし、何の目的にしろ、そのおかげで国内は荒れ果てた…やはり、何か特別の目的があるのでしょうか。)取り敢えずはその思考を片隅に追いやり、彼は艦隊用の造船所へと足を運んだ。造船所ではユリウスの命により、数種類のガレー船が急ピッチで製造されていた。小型で最低限の人員のみを乗せる事により相手の船底に穴をあける事を最優先する「穿孔型」、中型で、弩を搭載し遊撃に努める「貫通型」、大型で、通常の船と殆ど区別のつかない、「白兵型」である。白兵型の船には、通常の兵用と弓兵用に分けて使う事で決定していた。それ以外にも通常の帆船を数隻、弓兵専用に造らせている。ガレー船の存在は今まで知らなくても、マラカンは島国の民である。これらの使い方は短期間の訓練で熟達の領域に達してくれる事は容易に想像がついた。いくつかの指示を簡単に与えると、ユリウスは最後に武器製造所に立ち寄り、木製の矢の頭に小さな鉄を盛り込む事、材質も従来まで使用していたものよりも強靭なものに取り替えること、それとは別に、蝮の毒を盛り込んだ矢を作っておく事だけを指示した。2週間後、両陣はワエイ海にて対峙していた。規模は、アングル側は大型船40隻、ガレー船が20隻であった。マラカン側は大型船10隻、白兵型ガレー船15隻、貫通型が8隻であった。何故か、穿孔型ガレー船6隻の姿は白兵型ガレー船の後ろを進んでおり、相手には見えないように進んでいた…その艦隊の中で、一つだけ見覚えのあるエンブレムがユリウスの目に入ってきた。自分の村を壊滅させ、彼の片目の視力を永遠に奪った人物…ロイ公のものであった。両陣がギリギリの間合いまで近寄り陣を張ったとき、ユリウスはある指示を与えた。「ロイ公が乗っている船はあれですね…改造した弓のおかげで、射程は延びています。恐らく、向こうはのんびり構えていることでしょうね。…弓の得意なものに、これを射させてください…ロイ公の反応が楽しみです。今のうちに全戦隻に指示を与えておきます。この弓があの船の誰かに命中したときから、行動を開始すること。アガレスは殺さないように。今回は数の差が顕著です。相手を退ける事だけを考える事。以上!」ロイ公は自ら率いる艦隊の布陣を既に終えていた。味方の布陣が終了すると同時に行動を開始する手はずであった。先に布陣を終えたマラカンがいつまでたっても攻めて来ないのを訝しがっていたところ…一本の矢が、船首付近にいた兵の一人に突き刺さった。「何事だ!!ええい、マラカンどもめ。弓の射程を延ばしておる!…!!!!!」顔を真っ赤にしていたロイ公は、今度は殺された兵のその状態、手渡された、矢に巻きつけてあった紙を見て、一気に青い顔となった。兵は右目を貫かれており、その矢に巻きつけてあった紙には… お 久 し ぶ り で す と血文字で書かれていた。「ま、まさか…あの時のガキか!!!」これで一気に冷静さを欠いたロイ公は味方の布陣が完了する前に、突撃命令を出してしまった…それが軍に与える影響を考えることなく…その頃、アングルでは…「…ふふ、馬鹿共め。こうも簡単に城から出てくれるとはな…」
ロイ公国軍が出陣したと言う報告を聞いたタリアは「あの方はカッとなると手が付けられませんからね」と言うと、隣にいたアガレスにロイ公に撤退の伝令を出すように言った。そして、アガレスが伝令を走らせたのを見た後に「では、そろそろアレの準備に行ってまいります」と言ってタリアは後方へと消えていった。 その頃、ライマールとメテルスはタリアに言われた通りにUの字に陣形を組んだ。「戦いはどうなるでしょうか?」と不安げに聞いてきた部下にライマールは「それはタリア嬢のみぞ知る」と言い、前方の敵艦隊を睨んでいた。 ロイは面白いように退いて行く敵艦隊に気をよくし、どんどん艦隊を進めていた。しかし、そのロイもユリウスの策「退陣包囲の陣」によって囲まれてしまい、逆に集中攻撃を受けることとなった。 その頃、タリアは自分の艦隊に赤色の旗を付けさせた。そして、アレを装備するとゆっくりと前衛に進んでいった。 ロイは必死に活路を見出そうと何度も突撃しようとした。しかし、ユリウス配下の火矢隊が次々と船を焼いていき、その火が次の艦隊へと伝播していきどうにもならなくなった。彼は討ち死にを覚悟すると、1000人ほどの配下を引き連れ敵の船へと乗り込んだ。そして、敵の兵を切りまくった。 自軍から血しぶきが上がるのを見たユリウスは少し陣を下げ始めた。その時、敵の方から燃えた岩が飛んできた。「な、なんだ!?」と、さすがの海千山千のユリウスでも驚き、敵の方を見た。 そこには真っ赤な布地に黒の十字、そして右下にアルマーニュ家の家紋が描かれたエンブレムがあった。飛んできた岩の正体はタリア特殊部隊の火炎投石器艦の攻撃であったのだ。「アングル王国最新鋭の兵器か…」とユリウスが言っているうちに、投石器の攻撃によって徐々にマラカン艦隊も沈み始めた。「将軍、いかがいたしますか?」と問うて来る部下に、ユリウスは撤退の準備をするようにといった。 マラカン艦隊が投石器の攻撃によって撤退の準備をし始めたことを確認するとタリアはメテルスとライマールに包囲突撃を命じた。動き出すメテルス・ライマール隊を確認すると彼女はマラカン王国への上陸の用意をし始めた。 ロイは、体中傷だらけにナっても戦っていた。彼は敵艦が退いているのが解ると、気が抜けたように崩れ落ちた。ようやく倒れた猛将にユリウスの兵は容赦なく切りつけた。四大諸侯『北虎』のロイは二度と目を開けることは無かった。 ユリウスは徐々に包囲され始めた状況を見て焦っていた。彼は最速の伝令に王都にいるキヨモリに援護に来てくれるようにと走らせた。5割がたの船が上陸すると、彼は空舟に火をつけた。そして、アングルが火が消えるのを待っている間に王都キョウへと撤退したのであった。戻ってきたユリウスを見るとキヨモリは「篭城戦か…」と言うと、場内へと入っていった。 ようやくユリウスが付けた火が消えるとアングル王国はゆっくりと上陸し始めた。そして、アガレス・ライマール・メテルスを先方に王都までの従属都市を攻略して言ったのであった。アングル軍は王都キョウに着くと長期篭城戦の容易をし始めた。なぜなら、この王都キョウは初代ウルメール王が全力を挙げても落ちなかったという名都市であったからである。 タリアはアガレスに兵糧戦でいくことを報告すると、全軍にキョウの入り口を封じることを命じた。対するマラカンも従属都市からかき集めた食料を城内に運び込み篭城戦の準備をし始めたのであった。こうして、長きわたるアングルとマラカンの篭城戦は始まったのであった。
アングルとマラカンが海上船を始める少し前、時間はユリウスがミレニアに自身の過去を語った日の夜の事である。その日、今後の政策に追われるユリウスは2人きりで話をしたいというミレニアに部屋に呼ばれていた。(王妃はヨシマサ議員の事でまだ私に苦言をされるつもりでもあろうか)そんな事に時間を裂いている場合でも無いのだがミレニアがそれ程時間を取らせないと言うので仕方なくここに足を向けたのである。部屋をノックすると「ユリウスですか。入ってください」とミレニアの声が聞こえる。中に入るとユリウスはミレニアを見るなり驚きの表情を見せた。「ミレニア・・・様?」その姿は今までの王妃のドレスではなく、マラカンの平民も着るような普通のエンジ色の服である。「これは・・?」そう言うユリウスにミレニアはきびきびとした声で言った。「いいですか。ここにある私の全ての服に装飾品、そして嫁入り道具と友好の証としてアングルからマラカンに献上されたアングルの調度品・・。それらを今すぐに売って物資になさい。これからマラカンは戦争に入ります。物資に変えておけば何かの役に立つはずですから」「ですが・・これはミレニア様の大事な祖国の思い出のお品ではありませんか」言葉を失いそうになるユリウスの目の前にいるのはつい先日まで困惑し不安な表情を見せていたミレニアではない。ミレニアは海を見つめながら言う。「マラカンはアングルと闘うことになりました。それが例え弟アガレスを救う為とは言え、私は祖国を裏切ったと思われる事でしょう。私が二度とあの地に足を踏み入れる事もありません。戦争とはそういうものだとユリウス、あなたが教えてくれたのですよ。・・あなたはアングルで辛い目にあった。私が贅沢な調度品に囲まれ、何不自由なく生活している中。さぞ私を・・王国を恨んでいるでしょうね」「・・!昔の話だと言ったはずです」声を荒げるユリウスにミレニアはいつの間にかユリウスの前に短剣を差し出していた。「これは・・?!」「マラカンの物は全て処分しようと思ったのですが、その刀ともう1つ・・いえもう2つは取っておくことにしました。それは私の守り刀ですから。ユリウスこれは私からの命令です。それで私の髪を切りなさい」「!」ミレニアから差し出された短剣を握るユリウスは既に声も無い。「どうしたのです?」ミレニアは聖母のような眼差しだった。「いえ。では・・行きますよ?」そしてユリウスはミレニアの短剣でその自慢の黒髪を切っていく。何かの儀式の時ようにそれはとても神聖で特別な時間であった。そして次の朝、ユリウスの命でアングルからの調度品・ミレニアのドレス等は全て売却され城の物資となったのだった。キヨモリとミレニアがいるキョウが篭城に入ったのはそれから数日後の事である。
アングルとマラカンの戦いの2日ほど前のこと。ガノステルンに王都ウルメイラから一通の手紙が届いた。差出人はリーナ…メルリーナの偽名である。メルデネスはまず普通に文面を読んだ。『お父様。お母様。お元気ですか。私は元気です。心配しないで下さいね。(中略)また手紙を送ります。では。 リーナ』…ごく普通の、近況報告の手紙…と言える。メルデネスはこの手紙を机に置くと突然封筒を丁寧に開き始めた。そして…ランプに封筒を近づけ少し炙る…。すると、文字が少しづつ浮かんできた…メルデネスは真顔になり浮かんだ文字を読み始める。『兄貴。お久しぶり。王都に動きが起きたので簡単に報告する。マラカンとの手切れによりアングルとマラカンの戦争の気配あり。あと、それと時同じくしてガノステルンに侵攻の気配あり。なお、例の姫はマラカンに向かう可能性が高い。…以上。 メルリーナ』どうやらこちらが本文のようである。メルデネスはこの手紙を読み終えた後、「…ロンバニオ平原に向かう。兵力5000を長槍隊で編成する。」と高らかに宣言した…。そしてそれから数日…ロンバニオ平原のはずれに陣を敷いたメルデネスに伝令が来た。「王都ウルメイラより鉄騎兵1万。こちらに向ってきております。」この伝令を聞いたメルデネスはフッと微笑んだ。そして伝令にこう返答する。「分かった。引き続き敵将の情報などを伝えてくれ。」伝令が去った後にメルデネスは、「マサカド殿は1500を率いて相手の右翼を覆うように。ソラとパリスはこちらも1500で左翼を覆うように。私とアレン殿は残った2000を率いて中軍を率いる。進軍の狼煙があったら隊列を組んで前進するように。それまでは包囲状態で待機。…全軍足元には十分注意するように!」と地面に棒で図を書きながら説明をした。その後メルデネスは含みを持った笑みを浮かべ、「アレン殿。穴掘りイタチの恐ろしさをここに示させて貰います。馬に乗って準備をしてください。私も同行します。」と言ったのだった。しばらくしてロンバニオ平原に鉄騎兵が現れる。鉄騎兵を率いるヘンケル将軍は平原に敷いた陣を見て、「…愚かな。平原に騎馬隊を使わぬとは…。」と呟いた。そんな将軍の視界の前にアレンとメルデネスの姿が見えた。ヘンケル将軍は拳を震わせ、「…あの若造…シャルディーニ公を亡き者にした…。全兵士に告ぐ!!あの2人を捕らえよ!生死は問わない。あの2人の首をシャルディーニ公に手向けるぞ!!全軍突撃!!」と指令を出した。この指令が自らの寿命を縮めるとも知らずに…。ロンバニオ平原に騎馬の駆ける足音と兵士の雄叫びが響き渡る。騎兵たちが平原の中央付近まで迫った時…異変が起きた。ィヒヒヒィ~ン。軍馬が一頭突然いななくとバランスを崩し転倒した。周りの数頭も巻き添えを食って転倒する。馬から投げ出された兵士は地面に叩きつけられ、馬に踏まれ…無残な亡骸をさらす事になる。そして、たとえ一命を取り留めたとしても重装の鎧が災いして簡単に立ち上がれない…。しばらくして突撃する騎兵隊のあちらこちらで似たような現象が起こった。ヘンケル将軍は馬を止めると、「何?どういう事だ?障害物の全く無いこの平原に何が?」と言いながら混乱が起きている鉄騎兵の様子を見た。…そう。穴掘りイタチの巣に脚をとられ軍馬がつまづいていたのだ。そして、メルデネスはこの事態を予測して平原に陣を敷いたのである。あちらこちらで聞こえる軍馬のいななき、兵士の絶叫。直接巣に脚をとられた軍馬は3%(300人)位のものだが…波及効果で15%(1500人)程が戦闘不能になる。そしてその15%がさらに隊全体を混乱に陥れる…もはや1万の鉄騎兵は『1万の混乱する兵士たち』となっていたのである…。騎馬隊が混乱したのを確認したメルデネスは、「よし!前進の狼煙を上げよ!」と号令を放つ。その号令の後進軍の合図となる狼煙が上がった。混乱した鉄騎兵を覆うように3mほどの長槍を持った歩兵隊が襲い掛かる…。…この時点ですでに大勢が決したのである。「隊列を崩すな!落ち着け!!」ヘンケル将軍のこの叫びとも取れる命令はもはや意味を為していない。そんなヘンケル将軍の元に返り血で紅に染まった一騎の騎兵の姿が…。マラカン独特の鎧をまとい真っ直ぐな槍を持った大柄な男…マサカドである。「…お前が大将のようだな。オレはガノス同盟のマサカドだ。度胸があるなら勝負しろ。」この台詞にヘンケル将軍は、「ほざくな!」と言って突撃していった…が、マサカドはニヤリと笑みを浮かべると、「うおぉりゃぁあ~!」と槍を振り下ろした。…ヘンケル将軍は血飛沫を撒き散らし頭から真っ二つに分断された…。こうして、後に『ロンバニオ平原の戦い』と呼ばれるこの戦いは…アングル軍の死者8400。ガノスへの投降兵800…対してガノス同盟軍の被害者は200…。このような歴史的な結果を残すことになったのである。
「なに!ヘンケル将軍が…」シャルムは王都で報告を聞くと、大きくため息をついた。「今、タリアはマラカンに行っていると言うのに…。また難事だ」シャルムは椅子から立ち上がり、ルイズを伴うとテッドを呼びにガーディアムを出た。「隊長、お疲れのようですね」「うむ。心配事が絶えなくてな…」「反乱軍のことですね」「うむ、それもある」などと歩いていると、向こうからテッドがやって来た。「シャルム、やばいな。王朝の残りの軍隊は2万。相手はカーストの野郎と連合して同じくらいになるらしいぜ」「わかってる、テッド。だから今、こうしてお前を迎えに来てるんだ」「あ、そうか。そりゃ悪かった」テッドは軽く謝り、一緒にガーディアムへと向かった。「隊長、副隊長は出陣されるおつもりですか?」「わからないな」「それはシャルム次第だな」シャルムたちがそんな事を話しながら歩いていた頃、王宮では一人の人物が歩いていた。「くくく、アングルも終わりだな。ここもエステールの物となるのも近いな」その人物は持っている杖で王宮の床をコンコンと突くと、静かに笑い続けた。
「タリアと連絡を取りたいところだが…」平原での戦い、そしてマラカンが篭城に入ってから一週間が経った。シャルムはため息混じりに言う。「どうにもならんな」「話ではそろそろ戻ってくる、との事だが…?」テッドも不機嫌そうだ。正直なところ戦況は思わしくない。「アガレス王も出陣なされている。無事ではいると思うが」「アテになるか!アガレスなど!」大声で怒鳴るテッド。テッドはまだアガレスの事を信用しきれていないのだ。「よせテッド。他の者に聞かれたら事だぞ」「大体何のつもりなんだ、アガレスは!!今まで何もしないでいたと思ったら、今度はマラカンに出撃だと!?時期を考えろ!今は兵力を割いている場合では無いのに…!タリアもタリアだ!ノコノコと付いて行って!」「テッド!」その時だ。「隊長!」「!ルイズか」ルイズが息を切らせて、シャルムとテッドの方に駆け寄ってきた。「どうした?」「アガレス様とタリアさんが…!」「!」マラカンにはメテルスの軍が残り、アガレスとタリアはアングルに帰還した。「出迎えご苦労」アガレスは、丁度門に到着したシャルムとテッドの顔を見て言った。「後で話がある。三人とも余の部屋に来い」そう言うとアガレスは、タリアを残して数人の家来を引き連れ、自室へと戻って行った。「…」シャルムとテッドは、ジッとタリアの顔を見る。「ただいま、二人とも」「無事で何より。…だがな、タリア」テッドはタリアの胸倉を掴んだ。「お前、今の状況が分かっているのか?」「…!」「貴様らが主力を持って行ったお陰で、こちらは多大な損害を受けた。ヘンケルも死んだんだぞ!?」一瞬驚きの表情を見せたタリアだが、キッとテッドを睨み返す。「…それは残念です。でもテッドさん」そしてタリアは、ギュッとテッドの腕を握った。「いいじゃないですか。必要な事だったんですから」「…何だと?」眉を潜めるテッド。「王が…王として王の誇りを取り戻すために」タリアとテッドは睨み合う。そこにシャルムが割って入った。「もういいだろう」そう言ってテッドの手をタリアから放させる。「テッド。この後王と話すのだ。お前は頭を冷やして来い」「…フン」テッドは釈然としない様子で、しかしシャルムに従い、その場を去って行った。「…亡くなってしまったんですね…ヘンケルさん」テッドの姿が見えなくなった後、タリアは呟く様に言った。「ああ」「こっちも…ロイさん、死んじゃいました…」「報告は受けてる」「あんなに元気だったのに…ホントに簡単に死んじゃうんですね…人って…」数日前、ロイに怒鳴られた事を思い出すタリア。「タリア…」シャルムはそっと、タリアの頭に手を置いた。「泣くな、タリア。泣いてはダメだ」「…泣いてなんて…いません…!」タリアはゴシゴシと袖で目を拭う。「これからもっと大きな戦いになる。そうなったら誰も彼も、生きていられるなんて保証はないんだ。次に死ぬのは私かもしれないし、テッドかもしれない」「……」タリアは頭を振って、シャルムの手を払った。「私はもう…これ以上親しい人を失いたくありません」「誰だって同じだ、それは」「だから」そしてタリアはシャルムと向き合う。「?」「だから約束して下さい、シャルムさん」「約束?」「私は決してアナタより早く死なないから…だからアナタも、私より先には死なないで…」「…タリア…」シャルムはタリアの顔を見つめると、フッと小さく吹き出した。「それは…いつにも増して難しい注文だな」「シャルムさん!」「!」タリアの瞳から、声から、彼女の真剣さが伝わって来る。「…分かったよ、タリア」優しく笑うとシャルムは、そっとタリアの背中を抱いた。「他の何よりも優先して、その約束を守ろう」自分の胸で声を殺して泣く小さな少女を抱きながら、戦う事とはやはり辛い事なのだと、シャルムは忘れかけていたその感覚を改めて思い出していた。 ・ ・ ・ ・ ・ ・「くそッ…!」自室の椅子に座るテッドは、ガツンと机を叩いた。「どうして…どいつもこいつも…!」―そもそもの原因は反乱軍なのだ。 奴らを潰さない事にはどうにもならないだろう?―「シャルディーニ殿…何故逝ってしまわれたのだ…!?こんな…こんな時に…!!」今から十年も昔の話。まだ騎士団へと入隊を果たして間もなかった頃のシャルムとテッドを導いてくれたのは、いつだってシャルディーニだった。「貴方がいなければ…俺は…!」コンコンと、彼の部屋の扉をノックする音が聞こえる。「テッド様。そろそろ…」「…」テッドはグイッと冷たい水を飲み干すと、スッと立ち上がった。「ああ」 ・ ・ ・ ・ ・ アガレスの部屋に着いたテッド。既にシャルムは到着していた。「タリアは来ぬか」「疲れが出たのでしょう。自室にて休んでおります」アガレスの問いに、シャルムが答える。「そうか。…まあ良い」そう頷くと、シャルムとテッドの顔を順に見る。「まずは留守の番、ご苦労であった」その言葉に肩をピクッと震わすテッド。そんなテッドをシャルムが制した。「戦果は芳しく無い様だが…それも致し方あるまい」「…アガレス様。話、というのは?」今にも爆発しそうなテッドを見兼ねたシャルムが、話を進めようとする。「うん、実は余が話をしたいのは、お前ではなくテッドの方なのだ」「!」テッドはハッと顔を上げた。「シャルム。申し訳ないがお前はもう退がってくれ」「…」シャルムはテッドの顔に目をやる。彼の表情には困惑の色が浮き出ていた。「失礼しました」テッドを心配しながらもシャルムは、アガレスに一礼するとその部屋を後にした。「…さて、テッド」ドアが完全に閉まるのを確認したアガレスは、テッドに呼びかけた。「お前はどうやら余に不満があるそうだが」「…!」一瞬驚きの表情を浮かべるテッド。しかしすぐにその口元には笑みが現われる。「畏れながら」―フン…14年前と同じか…テッドは自分の処刑をも覚悟した。いつかの思想家達のように、自分も首を刎ねられるのだと。しかし、いっそそれでもいいと思っていた。テッドはほとほと、この国に愛想を尽かしてしまっていたのである。「…そうか。…いや、それも最もな話だ」「…!」再びハッと顔を上げるテッド。アガレスのその反応はテッドが予想したモノとは全く違っていたからだ。「そうだろうな。長年の実質空位状態…そして今回もまた、余の決断で多大な被害と犠牲を生むことになった。お前の考えは間違っていないと思う」「王…?」アガレスのその言葉に、テッドは戸惑いを隠しきれない。「すまない」「!?」そしてそのアガレスに、テッドは更に驚いた。何とアガレスは、一家臣に頭を下げたのである。「しかし分かって欲しい…余がマラカンに刃を向けた理由を。余は今まで、障害となる物、なり得る物は全て倒してきた。そしてそれが姉上だからと言って、それで戦わないわけにはいかなかったのだ」「……」「余は、今までの屍達に報いるためにも、戦わねばならないと思った。…例えそれが、新たな屍を生むことになろうとも」アガレスの言葉を聞き、唇を噛むテッド。「しかしそれは…!」「ああ、余は王として失格だな」王は人民の命を守らねばならない。それなのに。「この国は変わるよ、テッド」「…!?」「そしてそこに、余の居場所は無くてもいいと、そう思っている」「アガレス…」何か言いたいが、しかしテッドには言葉が見付からない。「だがな、テッド」「!」「余の頼みを…一つだけ聞いてはもらえまいか?」「頼み…とは?」テッドは思わず聞き返す。アガレスは続けた。「かつてシャルディーニは…この国の大いなる“槍”であった」「…!」「戦う為…では何の為に戦うのかと。守る為だと、奴はよく言っていた。自分は守る為の槍なのだと、な」「シャルディーニ殿…」テッドは自分が聞かされた言葉を思い出す。『力任せに放たれた槍はいとも容易く折れてしまう。槍とは放つべくして放たれるものなのだ』では、放つべき、その“時”とは?シャルディーニは答えた。『貫くのは己の信念だ』幼きテッドは、遂にその意を解す事は出来なかった。『貫き通した槍は…―』「決して」「折れる事は無い」アガレスの言葉に重なる様に、テッドもシャルディーニの言葉を口にした。「…!」それを聞いて小さく笑うアガレス。「あの男はもう、死んでしまったが…しかしあの男の槍はまだ折れてはいない」「…」テッドは頷く。アガレスはそんなテッドの目を見て、言った。「テッドよ。お前がこの国の槍となってくれ」「アガレス王…!」「お前をおいて他にはいないと、余は信じている」アガレスの言葉を聞き、俯くテッド。「…この国は生まれ変わると、貴方は言った」「?」「そしてそこに、貴方の居場所は無いと」「…ああ…」テッドは自分の胸に手を当てた。そして力強い眼差しでアガレスを見つめる。「例えこの国が果て、この城が朽ちようとも…!貴方の王座は俺が築く…!― 我が信念で!」
月も傾き東の空が茜さす頃、アレンはメルデネスの声によって起こされた。「・・!」アレンの瞳には薄っすらと涙が浮んでいる。「また、夢でうなされていたようですな」メルデネスがアレンに水を差し出す。「すまない、メルデネス」そう言うとアレンは水を飲み干し、メルデネスに見ていた夢の内容を話し出したのだった。「たまに見るこの夢・・。小さな私は母親らしき人物に暗い場所で抱かれているとそこに見知らぬ人物がやって来て、私と母親を無理矢理引き離そうとするんだ。私はすぐに悟った。この別れが母親との一生の別れになる事を。必死で力の限り抵抗し泣き叫んでいるのだけれど、私の小さな力は到底叶わず母親はどんどん遠ざり、やがて消えてしまう。・・いつもそこで目が覚める。」「ほう・・それは夢にしてはやけに現実的ですな。過去の記憶でしょうか?心当たりは?」メルデネスがそう言うとアレンが小さく溜息をついて言った。「いや、それが・・全く記憶に無いんだよ」実の所、この夢に出てくる人物は全て影のようにぼやけてしまい輪郭すらはっきりしない。過去の記憶といえば私が10歳の頃、父親だと思っていた人物に本当は養父なのだと告げられた事だ。その時あのデモンズリバーで木に掛かっているの拾い上げたと言う事も聞いたが、何故その川で溺れていたのかは無論記憶にも無い。・・だが、これだけは言える。自分にもし本当の母親がいるとしたなら、あの夢に出てくる自分を抱いてくれていた人がきっとそうなのだと。それは今でも強く感じる事だ。「もう少し休まれたら如何です?」メルデネスがアレンを気遣う。「いや、もう大丈夫だ。私は充分に睡眠を取ったから」医者は廃業したが、その頃から決まって睡眠は3時間程。今日は夢まで見たのでそれより眠ってしまったのだろう。アレンが身支度を調えるとメルデネスも身支度を調えた。「それに・・私には進むべき道がある。立ち止まってはいられない。今は前進あるのみだ」凛とした表情のアレンをメルデネスはまた誇らしく思うのであった。
シャルムは部屋から出た後、あまり帰らない自宅へと戻った。シャルムは戸を開け、中へと入った。そこは、時が止まったように子供の頃から変わっていなかった。シャルムは机の上にあった写真を見ながら、タリアが言っていた言葉を思い出した。「『私は決してアナタより早く死なないから…だからアナタも、私より先には死なないで…』か…。嬉しいが、男としては…戦に赴くことが当たり前だしな…」シャルムは写真を置き、服を平服に着替えた後、ベッドに寝転んだ。「次の会戦では…」シャルムはそう言うと目を閉じ、静かに寝息を立て始めた。翌日シャルムはアガレスに拝謁し、2万の軍を率いてガノス同盟と戦うことを請うた。アガレスはシャルムをジッと見つめた。タリアはこの出陣に嫌な予感がしていた。タリアはやめさせる事を進言すべく口を開こうとした。しかし、それはテッドによって遮られたのであった。「シャルムは本気だ。女が邪魔をしちゃいけないんだ」そうテッドはタリアに言うと、アガレスが許可をだすのを待っていた。タリアは「テッドさん!『女が』と言いますが…、私達はずっと戦ってきた戦友じゃないですか。それに…今回はシャルムさんが死ぬような気がして…」そう言うとテッドににじり寄った。テッドはうっとうしそうにタリアを見た後「タリア、お前の心配は当たるかもしれない。男たる者、戦場での死が一番の誉れだからな」「でも!」とタリアが反論しようとした、その時「わかった、許可しよう。だが、死ぬことは許さんぞ」そう言ってアガレスはシャルムに出陣の許可をしたのであった。それを聴いた途端、タリアは出て行こうとするシャルムに駆け寄り、追いつくと「シャルムさん!私も参軍として出陣しますね」と言った。しかし、シャルムは「ありがとう、タリア。しかし、今回は連れて行けない」そう言うと、シャルムはタリアを振り払うようにして外へと出て行ったのだった。
シャルムが2万を率いてガノス同盟に戦いを挑む決意をした頃…ガノステルンにある重大な事件が起こっていたのである…。その日メルデネスはパリスを連れいつものように巡視を行っていた。ダムの見回りをしている時…怪しい人影を見つけた。メルデネスはパリスに、「あの者を捕らえてください。何をしたか聞きださねばなりません。」と指令を出した。その指令にパリスはまず脚を狙って弓を射掛ける。倒れた男に近づいていった時…パリスに向って何かが飛んできた。パリスはそれを避け男に近づいた。すると…男はいきなり口から血を流し地面に突っ伏した。パリスが男を起こすと…男はすでに死んでいた。どうやら舌を噛んだらしい。そして、報告しようとしたパリスの目に信じられない光景が映った。…メルデネスが倒れているのだ。慌てて近寄るパリスにメルデネスは、「…私よりも…ダムの第2水路を開いて…第1水路を閉じてください…。」と指令を出し…目を閉じた。…が、息はまだあるようだ。パリスはメルデネスを背負い指令を実行するためにダムに向った…。幸い発見が早く、川に毒を流された被害はごく最小限で済んだ…しかし、刺客によって毒を受けてしまったメルデネスは病に臥す事になった…。…メルデネスが病に臥している時にシャルム率いる2万人の襲撃…。ガノステルンの運命や如何に?
<登場人物>
○アングル王国軍
シャルム=ウェイン=ワーテルロー 33歳
「王国の盾」として王国を守り続ける近衛大将
テッド=ヴァルファーレン 32歳
亡きシャルディーニの称号「王国の槍」を受け継ぎ王国一の武勇を誇る近衛副将
タリア=アルマーニュ 17歳
18歳にして王国の全ての戦略・戦術を取り決める容姿端麗な参謀本部参謀総長
ウルメール=アガレス 19歳
アングル王国13代目王。当初は暗君と評判であったが、今は徐々に名君と化している
ルイズ=エルート=ワーテルロー 15歳
シャルム近衛隊直属兵でシャルディーニの孫。シャルムを実の父のように慕っている
ジギスムント=アーサーバレンタイン (46)
アングル王国の宰相。アガレスが親政を執るまで、実質政権は彼が握っていた。
ロンギヌス=ギュール (24)
元ロイ領であるエバラスティンを新たに治める事になった男。文武の能力は高いが、品性に欠けている。
メテルス=オーランド (31)
王都の一つ、オードリアンを治める四大諸侯の一。王国軍として反乱の鎮圧に当たる。
ライマール=アビエル (33)
王都の一つ、サリアを治める四大諸侯の一。王国軍として反乱の鎮圧に当たる。
ソラ=ヴェルテフェント=アーサーバレンタイン(19)
王国騎士団別働隊である特別機動隊の総長。宰相ジギスムントの養子であり、アーサーバレンタインは家名。剣武の才に長けるが、反乱軍に潜入している間は殆どその“牙”を隠していた。飄々とした態度は変わらずだが、その思想の所在は今の所不明。
ルーシー=クライスト(16)
王家御庭番クライスト家の一人娘。短刀による超近接戦闘を得意とするが、軍の指揮の能力に関してはさほど高くないらしい。 年齢のせいか感情の起伏が激しい。“歴史の異端児”と仇名されるが…
○反乱軍(ガノス同盟)
アレン 19歳
ガノス同盟の首領。温厚な人柄が誰にでも好かれている。
メルデネス 21歳
ガノス同盟の頭脳にして同盟一の政治家。結成時からアレンを支え続ける。
メルリーナ 19歳
メルデネスの妹で男勝りの性格を持つ。一時、王国に潜伏していた。
マサカド 26歳位
「紅の猛将」の異名を持つガノスきっての猛将
アトス 17歳
途中から同盟に参加した元傭兵。同盟に居心地の良さを感じ、一時王国へ潜伏していた
ソラ=ヴェルテフェント
アレンの直属兵として幾多にわたって活躍する。
パリス
アレン直属の将軍として活躍する。マサカドとは仲がいい。
☆反乱軍(カースト一族)
カースト・ベッティンゲート
カースト一族の長。軍師ギニストと協力し一族を盛り立てる。
コーネリア・ギニスト
「黒衣の宰相」の異名を持つ凄腕政治家。かつてタリアと面識があったらしい。
☆マラカン王国
カゲキヨ
キヨモリの弟で滅亡したマラカン王国の王。
★所属不明
ユリウス=ホークネイル (25)
かつてマラカンに属していたアングル出身の青年。 現在はジギスムントによって匿われている。行動理由、目的などは今のところ不明。