雪の降らない町
『どうして。』
か細い声はしんしんと降る白い雪の中に掻き消えた。
『どうしてこんなことになったの。』
彼女の声に答えるものは誰も居ない。
彼女の苦しみと悲しみは誰にも届くことはなく、白い雪の上に散っていった。
『愛しているのに』
細い体を雪に伏せ、彼女は嘆く。
『愛していたのに』
苦しい、辛いと彼女は叫ぶ。
『・・・・!』
後ろに迫った気配に彼女は息を呑み、そして・・・・。
*******
「!!!!」
文字通り飛び起きた。妙にリアルな夢だった。
彼女の感情が生々しくよみがえり、私は荒く呼吸を繰り返す。
女性の後ろに見えていたのは今までいたあの遺跡だった。
だからこんな夢を見たんだろうか・・・。
汗をぬぐおうとしてふとかけられていた毛布に気づく。
・・・・ここはどこだろう?
見渡せばこざっぱりした部屋の片隅でベットに寝かせられていることがわかった。
どこかの宿屋か、と納得。
しばらく逡巡し、ベットを下りてドアへ向かう。
恐らく運んでくれたのはスオウさんだろう。何から何まで迷惑かけっぱなしである。
こうなると次のお食事の日は近いかもしれない。
赤面しつつドアを開けると、ちょうど階段を上ってきたスオウさんに出くわした。
「ああよかった。起きたんだ?」
にこ、と美しい笑みを浮かべられて一瞬呆ける。慣れたと思っていたがまだ慣れきっていないようだ。
「では何か食べられるものを持ってきますね?」
「僕の分も運んでおいてくれるかな。」
「はい!」
スオウさんの陰に隠れて見えなかったが、女性もいるようだ。
スオウさんに話しかけられた瞬間声のトーンが跳ね上がったが、まあ仕方ないだろう。
すごい勢いで下に降りていく女性を見やって、スオウさんは大丈夫かな、と小首をかしげた。
「ほらリンシャ、部屋に入って。もうちょっと休まないと駄目だよ。・・・魔力の消費が著しい。」
最後に低く付け加えられた言葉にはっとする。
促されて部屋に入り、ベットに軽く腰掛けると、スオウさんも部屋のソファーに座った。
「ええと。」
何から話そうと迷っていると、スオウさんはあっさりと話題を振ってくれた。
「あの指輪だね?」
「はい。触った瞬間暗転。起きたらここ、です。」
「うん。指輪に触った途端なんらかの魔術が働いて、ただでさえ少ないリンシャの魔力が吸い取られた。」
「ただでさえ・・・・。」
ちょっと反論したかったがスオウさんは真面目な顔で例えてくださった。
「お猪口一杯どころか水滴程度しかないリンシャの魔力を雑巾でふき取ってくださったわけだよ。僕がすぐに切り離したけど・・・。」
「・・・・スオウさんその例えわざとですねわざとなんですね!?」
「その前に感謝。」
「ありがとうございました!!!!」
最早やけくそだった。
スオウさんが全力で笑っている。
軽いノックの音がして、たいそう綺麗な女の人が入ってくる。
栗色の髪に琥珀色の目。
どこかで見た顔だと思う。
あの最後に蝶々だった人だろう。
はっと見ると、スオウさんは爆笑していたくせにきりっとした顔に戻っている。
なんて便利な人だ。
「もう具合は大丈夫なんですか?」
美しい人は声まで麗しかった。はい、なんとも。と答えたが、果たして届いているのかどうか。
彼女の目線はうっとりとスオウさんから動かない。
それでも手元のパンを中心とした食材をこぼさず並べているのはさすがだ。
彼女の手元を見ながらその手の中指に指輪があるのを確認。
ちら、とスオウさんを見やると軽く頷いてくれた。
「ところでさっき拾ったその指輪のことだけど・・・・。」
「これはうちに代々伝わるものなんです。」
「何か魔力を帯びてるね?」
「そうなんですか?」
どうやら彼女の家系は魔力を持った人がいなかったのだろう。
だからその指輪はただの指輪でしかなかったのだ。
「そんなに高そうなものでもないし、でもデザインが綺麗でしょう?母や祖母も好んでつけていたと聞いています。でも、何の魔法がかかっているんでしょう・・・?」
「あの、その指輪・・・何か遺跡に関係している、とか・・・?」
「遺跡?」
私が口を挟んだので、驚いたようにスオウさんはこちらを向いた。
娘さんの方も驚いたようにこちらを見て、堰を切ったように話し始めた。
「さすが魔術師様ですね。そうなんです。その指輪はあの遺跡の管理人の家に伝えられる指輪で、この町に古くから伝わる伝承に出てくるものなんですよ。・・・もうほとんど覚えている人もいませんが・・・。」
もしかしてあの夢はそういうことか?と思っていたらどんぴしゃだった。
普通の人ならここで追及するだろう。
しかし私はしない。決してしないぞ。
これ以上面倒ごとにかかわってなるものか。
「そうなんですかー。それはそれは。大事になさってくださいね。」
「リンシャ、わざとらしい・・・。」
「黙っててください!」
ぼそ、と言ってきたスオウさんにこそこそ返す。
「ところで、なんの魔法がかかっているんですか?」
女性の顔が輝いている。一番興味があるのはそこらしい。
さてなんと答えようと頭を捻っていると、スオウさんが横から口を挟む。
「ちょっと複雑な魔法でね・・・・もしよければ少し調べさせてほしいんだけど。」
「スオウさん!?」
驚いて思わずさえぎる。しー、とスオウさんは私に黙っているように指示。
その目が思ったより真剣でどきりとする。
どうやらなにか思うところがあるらしい。
「でも。」
「大事なことなんだ。悪い魔法ではないと思うんだけれど・・・。」
スオウさんにじ、と見られて彼女が落ちないわけがなかった。
あっさりわかりましたと言って彼女は指輪をそっと机の上に置く。
「魔法がかかっている、なんて聞いたら気になりますもの。でもわかってください。・・・大事なものなんです。」
「ありがとう。必ず近いうちに返すから。」
にこ、と笑われて可哀そうに女性は夢見るような表情で呆けてしまった。
おそろしや、スオウさん。
それにしてもこんなにどっぷりかかわってしまって大丈夫なんだろうか。
まあスオウさんが解決するんだろうし大丈夫かな。←人任せ
優雅に足を組み直し、まだうっとりしている女性にまたもや素晴らしい笑顔を向けてスオウさんが調査を開始した。
「それじゃあ、この指輪にまつわる伝承を教えてもらえるかな?」