山脈の村4
「じゃ、血頂戴。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
言われた言葉がいまいち理解できなかったため、変な声が出た。
「・・・・・・・・は?」
「いやだから血、頂戴?」
・・・・・・・・・・。
何のてらいもなく繰り返されたその台詞に若干思考が停止しそうになるが、慌てて意識を回復。
「・・・あの、今、スオウさんその方の血をいただくって話じゃなかったですか?」
「うん、そうなんだけどさすがに気を失って全裸の人から血を貰うのはね・・・。リンシャにこれ以上変態呼ばわりされたくないし。」
優雅に小首を傾げられてしまった。ぶっちゃけ美しすぎて変態には見えない。
「しかし何故突然・・・。」
「それはあれだよ。美人見て食欲湧いたな~、って思ったけどそっちから貰うわけにはいかない。目の前にはとりあえずリンシャ。ね?」
「ね?じゃないですよ・・・。」
ものすごい失礼なことを言われているような気がする。気がするんじゃなくて言われてるんだ。つまりおいしいコース物の超高級料理が前に出てきたがそちらは食べられない。しかしそれを見ているとおなかがすいてきた。そしたら手持ちにとりあえず乾パンが半分あったからそれで我慢することにした・・・・ってことだ。なんて失礼な!
「リンシャは乾パンじゃないよ。白いご飯ぐらいだよ。」
「何のフォローですか何の。」
「で?血、くれるの?」
その言葉にしばし黙考。これはギブアンドテイク。結構色々助けてもらっているんだから血の提供ぐらいはさして問題ない、はず。殺されたりはしないだろうし、人間の血を全部飲んだらおそらく腹が裂ける。
一番の問題はやはりここだ。
「・・・・・・・・・あの、具体的にどこから血をいただくんです?世間一般的に首からですか?」
首。私はとりあえず首が弱い。もし首からだったらどれほどの気力体力を消耗するだろう・・・。ついでにぶっちゃけ恥ずかしい。しかし残念ながら私の妖魔族的偏見からするとどこぞの異世界にいる吸血鬼と呼ばれる方々と同様に首筋に牙を立てて・・・という恐ろしい予想しか立たない・
「とりあえず一番おいしいのは心臓に近いところ。心臓の上だね。次においしいのが言ったとおり首。心臓からそのまま通った太い血管があるからね。あとはまあ太い血管の上からなら摂取しやすいってくらいかな。」
存外普通の理由だった。
「貰うのはとりあえず50ml程度。どうかな?」
「商品の売買のようですね・・・。はあ、それくらいでしたら結構です。で、えーとどこから取りましょうか。」
「・・・どこからがいい?」
途端ににっこり笑顔のスオウさんが計上しがたい笑顔に変わった。
恐らく意図して。
少し目を眇めて見せたその姿は男も女も一撃で落とせそうな恐ろしい艶を帯び、少し低くなったその声は抗いがたい何かを秘めている。・・・が、いかんせん艶事初心者の私には目の前の御方のほうを直視できず目をうろうろさせながら硬直。嫌な汗が背中を伝った。
「・・・リンシャ。」
「ひっ。」
名前を呼ばれただけなのに最早蛇に睨まれた蛙。直視できない目線は何故か右斜め上に固定。神に祈るが如く組まれた手はあごの下でぶるぶる震えている。
・・・情けないことこの上ない。
スオウさんが少し近寄ってくるのを目の端に捕らえ、緊張が限界に。
もう無理だ。限界だ。
「て、ててて、手首からお願いします!」
とりあえず無難に、血管の太そうなところを叫んでみる。というかそこしか考えられない。あと血管太いのって何処だっけ、とぐるぐるするも、あまり良いところが浮かばない。しまった。今度お医者さんにでも聞いておこう。
「手首ね?了解。」
存外あっさり言い切ったスオウさんは手を組んでる私の腕を取った。しかし固まっているのでなかなか手が解けない。
「はいはい緊張しない緊張しない。」
「いいいいやあのそうは言われましてもですね・・・。」
あの艶めいた表情はきれいさっぱりなくなっていた。我慢できなかったらしい。私の緊張しきった所作を見てスオウさんは今にも噴出しそうだ。
「痛くない痛くない。」
「は、」
何故だろう。聞きようによっては恥ずかしい台詞なのに全然そんな雰囲気がない。どちらかと言うと転んだ幼子をあやすかのごとくだ。
ようやくほどけた右手を上に向けスオウさんの顔がゆっくり右手に近づいていく。
少し眺めの前髪が腕に触れた。
心臓が異様な速さで鳴り出し、全身を支配する。緊張で指先が冷たい。
情けないことに若干体が震えそうだ。
呼吸がしにくい。
最早言葉を発することなど不可能だ。
手首を吐息がくすぐった瞬間、その光景を見ていられなくて力一杯目を瞑る。
少し濡れた熱い感触が手首に触れた。
それが唇だと認識する前に頭が真っ白になって・・・
・・・・・・・・・・・。
「リンシャ?」
「・・・・・・・・・・。」
「リンシャー?終わってるよ?」
その呼びかけにはっと我に返ると、もうスオウさんは手を離していた。
おそらく5秒程度意識がぶっ飛んでいたのだろう。慌てて手首を見たが、特に何も変化がなかった。しかし濡れた感触があるような気がして無意味に手を振る。
「き、傷とかないんです、ね?」
「すぐ治すからね。ご馳走様。貧血とかない?」
「大丈夫です。」
どうやら治してくれたらしい。
とりあえず終わった、と息を吐き出すと、おかしそうにスオウさんが笑う。
「あんなに緊張すると思わなかった。次から大丈夫?」
「次、いやはいえっと」
次もあるのか、と思うが確かにこれから先旅していくならあるだろう。
「こんなに気力の要るものだとは思いませんでした・・・。」
「いや、普通いらないから。」
まあそのうち慣れるよね、と軽く言う目の前の御方。慣れたら慣れたで絵柄的にもなにやらやばいような気がするが、まあいいかと納得する。いや、納得するしかないと自分に言い聞かせる。
そしてふとスオウさんから脇に目をやって。
「あ、忘れてました。」
女の人がまだ裸で倒れている。山のふもとにある遺跡だ。このままでは風邪を引いてしまうかもしれない。
スオウさんにお願いし、村の彼女の家まで転移してもらうことにする。
光に包まれる彼女を眺めているとふとその傍に赤く光るものを発見。
「指輪?」
彼女のものかもしれない。
拾おうと屈み、その指輪に触れた瞬間、
『――――――――――――』
誰かの声とともに、目の前が暗転した。
誤字脱字あったらすみません・・・。