始まり3
一晩。
この一晩でわたくし、一生に一度の体験をいくつも致しました。
なんですかあの部屋なんですかあのベットなんですかあのお風呂なんですかあの料理は!!!
わ、忘れようこれは夢これは夢これは夢。
そして言わずもがな、何故かスオウさんと徹夜でおしゃべり。
ええ、徹夜で。
何やら彼、ノリが良くてついつい調子に乗り、出生時の不思議から妹出奔までを事細かに話して聞かせました。
そして例に拠らずスオウさん大爆笑。
本当に、なにを、やっているんだか・・・。
「おはよう、よく眠れた?」
「ええ、まあ、昼夜逆転ですけど。」
豪華絢爛な寝所に・・・最早この人、いや、妖魔族、私を女としてみていないに違いない。とにかくこれまた豪華なご飯を持ってきてくれたスオウさんはソファーに軽く腰掛けて足を組んだ。
・・・格好良すぎる。
「それでリンシャはこれからどうするの?」
一晩宿を提供してくれた親切な妖魔族の青年は心配そうに聞いてきた。これはあれだ。偶然拾ってしまった食用の豚をついつい拾って餌を与えてやったところ、情が湧いてしまったというあれだ。かく言う私にも覚えがある。豚でなくて魚だったけれども。
「・・・今まで通りですけど。・・・ただ、妹に恨み言の一つや二つ言ってやりたい気もしますがね。」
スオウさんは少し考え込むと、声を潜めて話し始めた。
「・・・妹さんのことは、・・・お気の毒だとは思うけれど死んだ、と思っていた方がいいよ。・・・その内本当に殺されるだろうから」
「は!?」
「飽きたらぽい、なんだよ。まあ、10年ぐらいかな?僕らは寿命が長いから。信じられないぐらい飽きっぽいんだ。」
ものすごく辛そうな表情を見るに、これは相当な確執があるな、と直感する。
「・・・・・・相当嫌いなんですね、スオウさん・・・。」
「そうだね、この世から抹消したいぐらいに。」
にこにこと素晴らしい笑顔でのたまってくれた。おおおお恐ろしい。
「・・・何かあったんですね?」
そう尋ねると、はっとしたようにこちらを見た後、「この年になると物忘れが酷くてね」とごまかされました。
いやそれ何かあるといっているようなものじゃないですか。
「まあ言いたくないのならば聞きませんけれど。」
そうですよ。わたしは行きがかりの旅人で、向こうは親切な妖魔族。深入りは危険ですとも!そう。これから面白おかしく生きていくためにはスルー技術と言うものは何より大切と自負しております。
・・・とは言いつつ、殺されることがわかっている妹をそのまま放置、してもよいものか・・・。
脳裏に愛らしい妹の顔がよぎる。
魔力の高い家系において、唯一落ちこぼれだった私をいつも救ってくれた美しい妹。
姉さん、と呼びかけてくれる残像が・・・。
駄目だ。
やっぱり助けに行かなくては。
・・・そう。その妖魔族シュオルさんを退治するのでなく、飽きたころにこっそり妹を取り返すというだけのことであって。
飽きたらぽい、なら妹一人消えたところで追ってくることもないかも。10年も猶予があるならば、それくらいならもしかしたら何とかなるかもしれない・・・・・。
・・・・・このあたりで気づくべきだった、私。じー、とこっちを見ている方の目を。
「それでは大変お世話になりました。もう会うことはないかもしれませんがお元気で」
「何言ってるんだい?僕も行くよ。」
「そうですか・・って、ええええええええええ!?」
なにをおっしゃいましたかこの人ーーーーーーーーー!!!
「シュオルのところに一人で行くなんて自殺モノだよ?」
「またこころ読んだんですか!!!」
「ふふ、きっと顔に書いてあるんだよ。」
「ぐ、う、嘘」
嘘付け、と言いたいところをやはり素晴らしい笑顔が受け止めた。無理だ。
「ですけれども貴方様にそこまで迷惑は・・・。」
「ってゆーか僕がやりたんだよね。あのシュオルが悔しがる顔。もう飽きた頃と言わず、そのまま乗り込まない?」
「私怨かい!いやそれよりもわたしが危険ですから!!!」
「護ってあげるよ?お買い得だよ?だって僕、これでも妖魔王の一人だよ?」
「なにそそのかしてんですかーーー!!!」
「まあ、リンシャがいやだって言っても付いていくけど。」
それって私に拒否権ないじゃないですか。
溜息をつくと「幸せが逃げるよ~?」と楽しそうな声。貴方様のせいです。
「じゃあ早く準備してください。」
「できてるよ?」
「は?」
「だって昨日の晩からそういう予定だったし。」
そんな馬鹿な。スオウさんがシュオルさんの悪癖(飽きたらぽい)を話す前まではエリナのことを忘れようと思っていたのに?
・・・あれ?
「本当のことを話したら、リンシャは絶対シュオルのところに行くって言うでしょ?」
そしたらついていく口実になるし。と楽しそうにスオウさん。
「長く生きすぎるとね、刺激がほしくなるんだよ。」
・・・・・・・謀られました。
誤字脱字あったらすみません。