境界線7
燭台の炎がじりり、と小さな音を立てた。
妖魔族の王様二人は緊迫した雰囲気で話し合っているけれど、どうやら私を気にしてくれているらしく圧迫感は感じない。
けれどその場は確かに彼らによって支配されていた。
「・・・僕がリンシャを説得したところで、リンシャは妹さんの手掛かりを探そうとするでしょ?僕がついてた方が安全だと思うよ。」
「しかし、そなたや妾が手を貸さぬ限りリンシャが真相に近づくことはできぬ。」
「・・・そうかもしれないけれど。」
そこで言葉を切って、スオウさんははあ、とため息をついた。
「リンシャ、放っておくとどこかでうっかり死んじゃいそうだし。」
「・・・・・。」
師匠、ラブクラフト。何か反論してくださいそんな目でこちらを見ないでください。
そんなことよりスオウさん、もしかして私がついうっかりで死んじゃいそうな人間だったからついてきてくれたんですか。
そう思うとなんだかものすごい落胆が襲ってくる。
私はいったい何を期待していたんだろう。
もうちょっと私個人のことを気に入ってくれたりなんかしたり・・・。
いやいやいやいや、ちょっと待て。
別に期待していたわけでは。
こちらをじっと見ているスオウさんに焦って慌てて心の中で弁明する。
何を思ったかスオウさんはふふ、と美しすぎる微笑を浮かべ、上機嫌っぽく師匠に向き合った。
「あと、僕がすごく気に入ったからね。」
「え。」
「苛めるとすごくいい反応をするんだ。」
時間差攻撃に一気に浮上した心がそのままずどんと落ちた。
感動した一瞬前の私を殴りつけたい。
ああ、スオウさんがとても楽しそうだ。
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一旦お開きということで、私とスオウさんは別館にある客室に通された。
本館は師匠とラブクラフトの愛の巣であり、部外者は招かれない限り立ち入り禁止。
私もそんなところにいたくない。ラブクラフトに殺されてしまう。
そんなこんなで別館は私の家も同然だ。
使用人は居らず、ほとんどを魔法で補っている屋敷なので使い方にコツがいる。
本館と比べても見劣りしない部屋にスオウさんを招き入れ、おそらくスオウさんならわかるであろう魔具を一応説明する。
「こちらがお風呂。これに手をかざすとお湯が出ます。寝室はこちらを使ってくださいね。」
「リンシャと同じ部屋?」
「そんなまさか。」
えー、と不満そうな声がする。
どうしたんだスオウさん何やらセクハラが当たり前のようになってきていますけれど。
僕はリンシャ不足で倒れそうだとぶつぶつ言ってるスオウさんにはたと気づいた。
そうだ、血が不足してたんだった。
くるりと振り返り、手首を出そうとして・・・。
もっと重要なことに気付いた。
いや、スオウさんの腹減り具合と比較するとかではなく、私の乙女としての尊厳といいますか。
うん、手、洗った方がいいよね。
さっき食事はしたものの、夢に入る前から考えるとあまりお風呂に入っていないような。
いやいや気がするんじゃなくて入ってないよ!?
やばい。におったらどうしよう。
・・・主にあの塔の中の腐った肉の匂いとか。
いやーーーーーーーーーーーーーーー。
我に返ってスオウさんを見ると、苦笑して譲渡案を出してくれた。
「とりあえずお風呂もらうよ。一か月夢の中だから必要なかったとはいえ僕も入ってないからね。」
「あ、はいはい!どうぞ!そちらをお使いください。私も自分の部屋で入ってきます。ちなみに向かいの部屋ですので。血はその後で構いませんか?」
「うん。ごめんね。」
「いえいえ。それでは後で。」
なんとなく、一か月以上離れていたのでぎこちなくなるかな、と思っていただけに拍子抜けな気分になる。
特に問題なく会話が流れ、相変わらず艶麗なスオウさんは私に対してかなりフレンドリー。
そのまま部屋を出ようとして手を振っているスオウさんをもう一度確かめるように振り返る。
美しすぎる半妖魔族の青年がこちらを見て微笑んでいるのを確認して、ほっとした。
良かった。これは夢じゃない。
再び安堵が遅い、涙腺が緩みそうになった私は慌てて部屋を飛び出した。
自分の部屋に駆け込むと、やっぱり堪えきれなくてその場にしゃがみ込む。
良かった。スオウさんは、ちゃんとここにいる。