境界線6
師匠はとても美しい。
藤色の髪は美しく肉感的な体を覆い、少し集めの唇と眠たげな目元はもうどうにでもしてくれと体を投げ出したくなるほど妖艶である。
部屋にはスオウさん、ラブクラフト、師匠の麗しい三人がこちらを見ていた。
い、いや、本当、目がちかちかしてきましたよ。
「えと、スオウさんは何故に師匠とお知り合いで。」
その問いに答えたのは意外にもラブクラフトであった。
「やはり全く気付いていませんでしたか。そんなことだろうと思ってはいましたが情けない。カメリア様が妖魔族の王のお一人でいらっしゃるからですよ。・・・なんですかその顔はみっともない。口を閉じなさい。」
ぽかーん、とはまさにこのこと。
え?なんですと?師匠が妖魔族でしかもスオウさんと同じ王様のおひとり!?
「だからその顔をやめなさいと言っているでしょう。カメリア様にそのような間抜けた顔を見せるんじゃありません。」
「ラブ、およし。」
師匠の一言でぴたりとラブクラフトは言葉を閉ざした。
さすが師匠命のラブクラフト。命令に従順。
「すまぬの、リンシャ。そなたの魔力量では、妾の覇気に耐え切れぬと思うて、人間の振りをしておったのじゃ。」
「いえいえいえいえ!そんな師匠が謝るようなことじゃありませんよ!私のそのー、魔術師としての力量の問題だったんですし。」
「最初に言えばよかったかと思うたが・・・。そなたの性格では萎縮してしまうと思うての。可愛い弟子におびえられるくらいならばとそのまま通してしまった。」
申し訳なさそうにしゅんとなさった師匠に私は完全に萌えてしまった。
なんでそんなにかわいらしい所作をなさるんですか鼻血がでそうですよ!
ああラブクラフトさん私を睨まないで。
それにしてもやっぱり師匠は美しくて優しくて最高だ。
妖魔族の王様が皆師匠のようだったならばこの世はきっと楽園だったに違いない。
そのままぼーーーーっと師匠に見とれていたら、ラブクラフトに視界を遮られた。
目が『いつまでその汚らわしい視線でカメリア様を見つめているのです目を抉り取りますよ』と告げている。
怖い。
それとほぼ同じくらいのタイミングで再び首がぐきりと変な方向へ。
「いたたたたたスオウさんイタイイタイ。」
「リンシャ、今完全に僕を忘れていたでしょう。」
「だって師匠が美しかったんです!」
「・・・浮気はよくないよ?」
「なんの浮気!?ってゆーか顔が近いです離れてくださいーーーー!!!」
すんなりスオウさんは離れていったが、リンシャは疲労困憊で床に倒れそうになった。
何故、話が進まない!?
「リンシャのせいだと思うけど。」
「お前のせいでしょう。」
スオウさんとラブクラフト両者に突っ込みを入れられてしまった。
そんな馬鹿な。
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詳しいお話を聞く前に食事の時間になった。
なぜなら私のおなかが猛烈にすいていたからである。
スオウさんと師匠はワインを飲み、ラブクラフトは私と同じ食事をとりながらやれ食べ方が汚いだのやれ食べ物をこぼすなだのひたすら文句を言っていた。
お前は私の母親か。
「そういえばスオウさん、ものすごくおなかすいてるんじゃ・・・。」
何しろ一か月魔力を消費しながらあの中にいたのだし。
「うん。だから後で頂戴ね。」
「はあ。」
「なんじゃ。リンシャはスオウのツガイになったのか?」
「ごふっ」
ツガイってなんだという前に兄弟子が料理を噴出した。そのままごほごほむせている。
さっきからさんざん行儀が悪いと小言を言ってたくせに。
「リンシャ、妖魔族が特定の相手のみから血液を摂取すると決めた場合、その相手のことを『番』と呼ぶんだよ。」
「はあ、でも違いますよね。」
「うん、まだ。」
まだってなんだ。
何やら怖いので聞かなかったことにしよう。
「恋人や伴侶のことも指すね。」
「なるほど。つまりラブクラフトは師匠の番というわけなんですね?」
「そうじゃ。」
まだ咳き込んでいるラブクラフトは無視。
現段階でものすごく気になっていることがあるが、スオウさんの食事のときにでも聞こうと心を落ち着ける。
「それで、ええとサクラ姫はどうなったんですか?」
「彼女は自分の家の方に転送しておいた。」
「そうですか・・・。」
そのまま師匠は何か逡巡するように視線をさまよわせ、意を決したように言葉を紡いだ。
「リンシャ。そなたにはもう一つ謝らねばならぬことがある。」
ラブクラフトが居住まいを正したということは彼も関係があるということか。
「ラブクラフトに頼み、そなたをスオウのところへやったは妾じゃ。妾も王のうちの一人。本来ならばそなたに打ち明け、妾がそなたを説得せねばならぬと思うておったが・・・。」
ちらりとスオウさんを見遣る師匠。スオウさんはどうやら何が言いたいのかわかっているらしく、静かな目でこちらを見ている。
「いい加減、よい機会じゃ。あやつらは呪縛から解放されるべきじゃと思うておった。何かきっかけがなければ動かぬと思うての。そなたのことじゃからリンシャを悪いようにはせぬだろう、と。」
「・・・まず、僕がリンシャに会ったらカメリアの気配がするだろうから下手なことをしないだろう、と踏んで?そのあと事情を聞いたら境遇が若干僕に似てるから同情してあいつのところへ行って妹さんを助けて?どうするって?」
「・・・解決はせずとも何らかの動きがあるだろう、と思うた。」
何を言っているのか私の方からではよくわからなかったが、スオウさんが師匠を少し攻めていて、師匠はそれを甘んじて受けているのはわかる。ラブクラフトがそれを見ても何も言わないということはそれが師匠の罪悪感を拭うためにも必要なことなのだろう。
これは私にというよりスオウさんに謝るべきなんじゃなかろうか。
そう思ってラブクラフトを見ると、そっと首を振られた。
黙っているように、ということだろう。
「まさか、そなたがリンシャを伴って旅をするとは思わなんだ・・・。」
「そう?」
「・・・危険ではないのか。そなたが伴わねばリンシャがあ奴に会うこともなかろうに。」
師匠とスオウさんがこちらを向いた。
どうやら私はスオウさんにあった段階でスオウさん達妖魔族の事情からは外される予定だったらしい。