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誤字脱字あったらすみません
がたん、と音を立ててゆっくり開けたはずの窓が壊れた。
まずい。これは弁償しろと言われるに違いない。
というより、これは最初から壊れる風に作っておいて、客から修理代を巻き取る戦法・・・。
「・・・しまった・・・こんな初歩的な戦法に引っかかるなんて・・・。」
以前なら引っかかることもなかった。ここのところ少し高めの宿屋に泊まりすぎたせいで勘が鈍っているとしか思えない。
その時いた同行者曰く、その宿屋も最低限の安さだと言っていたが。
とりあえず荷物の中から釘とトンカチを取り出し、窓を無理やり取り付ける。
手馴れたものだ。
完成したいびつな窓を見て満足げにため息をつき、・・・空しくなった。
「・・・・・・・・。」
とりあえず現状を整理してみると、私は今、アルカンディス魔法自治区の宿屋にいる。
天城帝国であの事件が起こってからはや1ヶ月と二週間。
結果から言ってみれば、スオウさんは帰ってこなかった。
あの夢の中に入っていったスオウさんとサクラ姫は未だ帰ってきていない。
恐らく事件は解決したのだろう。
彼らが体ごと夢の中に入った次の日、眠ったままだった男の人たちは目を覚ました。
なにか、楽しい夢を見ていたようだとそう語った男性たちはそのまま日常へと帰っていった。
それから一ヶ月。
アヤカ様とそれなりに楽しい日常を過ごさせていただいたが、これ以上ご厄介になるのも問題だと判断してあの国を出た。
ちなみにサクラ姫が心配されなかったのはスオウさんと一緒だったからだ。
あのお屋敷内のスオウさんの信頼度は半端なものでなく、公爵様もスオウさんを婿養子にと考えていたそうな。
・・・・・・なにをやったんだスオウさん。
そのままにしておくわけにもいかず、皆が捜索願を出した。
まあ、形だけの。
皆がサクラ様が今危険な状態にあると思っていなかった。
私もそう思う。
サクラ様は優秀な魔術師であるし、あのスオウさんが一緒で、危機的な状況に陥ったとは考えにくい。
一番心配事はあのスオウさんのお母さんだが、それでもスオウさんは最上級クラスの妖魔族。
アヤカ様曰く二人で駆け落ちしたんだそうだがやはりそうなんだろうか?
若干あの雪の町での話に似ているようで心がざわついた。
こんな状況で私は今更考え込んでしまうのだ。
『後でご褒美くれる?』
最後のあの嬉しそうな笑顔が脳裏から離れない。
「ああああああやばいやばいやばいやばい・・・・!!!」
ごんごん壁に頭を打ち付けて必死で脳裏からかの御方を振り払った。
この状態を他人に見られたら変な人呼ばわりされるに違いない。
とりあえずあの人は・・・いや人じゃない妖魔族はすごく親切な妖魔族で、気まぐれに私の旅に付き合ってくれて、それで。
「・・・願わくばもう会いたくない、かも。」
そうだ。
もう会わないのならこんなに悩む必要はない。
この、分相応な想いを自覚する必要もなく。
「いやいやいやいやいやだから分相応ってなに!!!」
忘れろ忘れろと何十回も念じて、それでも未だ思い出してしまう。
「なんて厄介な・・・・。」
ぶつぶつ呟いていると、後ろから呆れたような声が降ってきた。
「こんなボロ宿で一人芝居?相変わらず低俗な趣味ですね。」
「げ。」
思わず蛙をつぶしたような声が出た。
無理もない。
「なんですかその生意気な態度は。この町に入っていると情報があってからもう二週間。挨拶に来るそぶりすら見せない薄情者の絶対に認めたくありませんがそう呼ぶしかない妹弟子であるお前のためにこの僕がわざわざ様子を見に来てやったというのに。この労力を賃金で計算すると約6万9千ガルド。あなたの内臓全て売り渡しても返済不可能なんですがどう「お手数おかけして申し訳ありませんでした!!!!!」
恐ろしい嫌味の長向上を断ち切って大声を張り上げる。
この人に話させていたら日が暮れてしまう。
後ろを振り向けば案の定、ドアにもたれかかった優秀な兄弟子、ラヴクラフト・アジャーニー様がいらっしゃった。
金髪のふわふわ巻き毛とエメラルドのごとき美しい瞳。どこぞの天使の絵画から抜け出してきたんじゃないかと思われる風貌だが口を開けば慇懃無礼、無礼千万、理不尽大魔王。
ただ一人、師匠を除いて彼の口を塞ぐことのできる輩など私は見たことがない。
・・・文字通り塞ぐのだが、ここは詳しい説明を省略させてほしい。むしろ説明したくない。
「迎えに来てくださってありがとうございます。しかし私はこれからやらねばならないことがありまして、ここは通過地点なんです。」
「お前はまだ、妖魔族を追おうなどという愚かなことを考えているんじゃないでしょうね?」
ぎくり。
「まったく。カメリア様のご命令でしたから本当に、仕方なく、渋々、とてつもない苦痛を伴いながら、お前に協力して妖魔王の行方を探ってやったりしましたが、そろそろ観念して普通の生活に戻ったらどうですか。これ以上カメリア様にご心配をおかけするつもりでしたらこの僕自らがお前に引導を渡してやっても良いのですよ?」
だったら探らんでええわ、と突っ込みを入れる前に底冷えのする目線ですごまれた。
可愛らしい(もう成人している男性だが)天使の視線でそれをされると大変恐ろしい。
勿論言葉を飲み込んだ。
この天使の顔した毒舌マシーンとは10年ほどの付き合いだ。
とりあえず逆らわないのが懸命だと身に染みて知っている。
ちなみにカメリア様は私とラヴクラフトの美しく聡明で慈悲深いというすばらしい魔術の師匠である。
・・・恋人がそこの嫌味天使なのが大変残念だが。
師匠には久しぶりにお会いしたい。
スオウさんもいなくなって、ぶらり気ままな一人旅に戻ってしまったことだし、多少寄り道しても良いだろう。
本当はお会いしないつもりだったのだが、いつも一緒のラブクラフトをよこしたということはそれだけ私を心配してくださっているのだろうし、あの札のお礼もまだ言っていなかった。
・・・勿論火事にしましたとは言いませんよ。
「えーと、ご挨拶に向かいたいんですが、師匠は今一体何処に。」
「賢者の塔です」
「はあ、賢者、・・・・・え、は?」
よくわからない、と兄弟子の顔を見返すと、特大のため息と思い切り私をさげずんだ視線が降ってきた。
「魔術師たちも滅多に近寄らない、あの恐ろしい塔にいらっしゃいます。」
なんか、会うの、無理そうです。
新キャラです。