天城の公爵家3
ドアを薄く開いて外を伺うと、何故かスオウさんの部屋のドアが20センチほど開いており、中からうっすらと光が漏れていた。
ついでに何か話し声がする。
この鈴の鳴るような美声はサクラ様ではありませんか!
覗きは駄目だと良心が訴えている。
覗いて大丈夫だろうか。
いやそんなこと。
いやでも気になる。
しかしあの気配に聡いスオウさんに気づかれでもしたら大変だ。
あの美しい微笑で何をされるかわかったもんじゃない。
とりあえず私は覗きを諦め、耳を凝らして会話を聞き取ろうとした。
「・・・・、・・たではありませんか!」
「昔は、ね。今はそんなつもりはないよ。」
「おなかがすいていらっしゃらないのですか?・・・まさか、あの娘の血を?」
「君には関係ないことだ。・・・声が大きいよ。」
「ウヅキ様。・・・・もう」
「声が大きい。」
「だったらいつものように・・・・・・っ!」
そこで唐突にサクラ様の言葉が途切れた。
何かあったのだろうか、と考えながら、何やら腹のあたりに不快感がよぎる。
さっきからある黒い感情がグルグル渦巻いているのを必死で押さえつけ、現状把握に思考を転換する。
これはびっくりな内容だった。
サクラ様はスオウさんが妖魔族だと知っていらっしゃるようだ。
しかも昔血を与えていた、ということだろうか?
その後もぼそぼそ、ぼそぼそと話し声がするものの、よく聞き取れない。
さっきみたくちょっと感情的になってくれれば良く聞こえるのに。
と、サクラ様の足音がこちらへ向かってくるのを察知し慌てて自分のドアを閉め、鍵穴から外を伺う。
・・・・見えにくい。
薄いガウンを羽織った夜着のサクラ様はぶっちゃけ生唾モノの美しさ。
その瞳に涙が浮かんでいたのを見て少しだけ見てしまったことを後悔した。
あんな綺麗な人が辛そうな顔をしていると、こちらもいたたまれなくなってくる。
そのままサクラ様は足早に廊下の奥へ消えていった。
それにしてもあれだ。
スオウさんは何か病気でもあるんじゃないだろうか。
あんな美しくて色っぽいお姉さんが深夜に部屋を訪ねてきたのに追い返すなんて。
不感症か。
ロリコンか。
「は、まさかゲイ・・・・「リンシャ。声に出てるよ。」
「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!」
夜中なのに恐ろしい悲鳴を上げてしまった。
あちらこちらから何事か、と執事やメイドが走ってくるのを確認。
慌てて周りを見渡すといつどうやって転移したのか私のベットに優雅に腰掛けたスオウさんが相変わらず色気のない悲鳴だねえと暢気に呟いている。
もちろんお顔はとっても笑顔。
こ、怖い。
「何かありましたか!?」
問いかけてくるメイドさんたちに「夢見が悪くて」と必死で弁解し、後ろで楽しそうにこちらを見ているスオウさんをにらみつけた。
「乙女の部屋に無断侵入とはなにごとです!?」
「覗き見してたくせに・・・。」
即座に返された言葉に絶句。
「き、気づいて、いらっしゃったので・・・」
「ふふ。」
怖いから含み笑いをしないでいただきたい。
薄暗い部屋の中で、紅い瞳だけが少し輝いて見える。
一歩間違えればホラー映画の如く怖いはずなのに、夜目に見えるスオウさんは美しすぎて近寄りがたい。
こんな状況なのに見とれてしまいそうでとっさに視線をはずす。
「で?」
「はい?」
「僕に何か聞きたいことがあるんじゃないの?」
問われる内容に心臓が跳ね上がった。
スオウさんの方をそっと伺うと、瞳を和らげてこっちを見ているスオウさんと目が合ってしまい、体ごとぐるりと後ろを向く。
・・・・・何あの人色っぽすぎて心臓に悪い。
「ええと、何処まで聞いてよいものかと。」
「どこまででも。」
「それだとちょっと、罪悪感がありまして・・・・。」
正直何を聞いたらいいかも整理できていませんし。
「リンシャは真面目だねえ・・・。」
ぎし、とベットの鳴る音がして、反射的に身を縮めた。
スオウさんが近寄ってくる気配。
いつものことなのに変に緊張して体から汗が噴出した。
「じゃあこうしよう、リンシャ。」
すぐ近くで聞こえる声に身を竦ませ、じっとスオウさんの声に集中する。
「今ちょっとおなかがすいてるんだけど・・・・・。血、もらえるかな?その代わり、僕とサクラのことで聞きたいことには全部答えてあげる。」
「!!!!」
ずばり言われた内容に動揺してがば、と後ろを振り返った。
「いえ、いえいえいえいえ!ひ、人様の恋愛ごとには首突っ込んじゃいけませんて死んだ祖父が!!!!」
焦ってまた意味のわからない言葉を発してしまう。
違う。
聞きたい。
でも、聞きたくないような気もする。
どっちだ私。
スオウさんと目が合った。深い深い、紅の瞳。
それが何か訴えるようにこちらを見ている。・・・様な気がする。
「でもリンシャ、気になるでしょう?」
ずばり言い当てられた。
でもあれだ。
認めてしまうとなにやら大変恥ずかしい。
「き、きききき、気になんてなりませんよ・・・・?スオウさんの女性遍歴なんて「気になるでしょう?」
畳み掛けられた。
「なりませんてば!」
「・・・リンシャ?」
「気になります!」
名前を呼ばれた際、大変美しい笑み(とともに圧力)を与えられ、反射的に意見を翻した。・・・なんて弱いんだ自分。
しかしなんだこれ。
やはり猛烈に恥ずかしい。
答えた瞬間、スオウさんがいつもの圧力系笑顔ではなく本当に楽しそうに笑うものだからさらにいたたまれなくなった。
「いいいいえべつに他意があるわけではなく、ですね!野次馬の如く・・・そう、あれです!好奇心!そんなかんじでありまして、決して嫉妬とかそういう感情で気になるわけでは・・・・!ええとほら、サクラ様を呼び捨てだなー、とか、横に並んだら絵になるなー、とか、そんなことをちょっと思っただけでありまして・・・!」
何故か弁解を深めるごとにスオウさんが笑みを深くしていくのを見て、なにやら墓穴を掘ってしまったように感じるのは気のせいだと思いたい。