天城の公爵家2
とりあえず彼女たちの発言をまとめてみると。
この家の若い料理人がある日いきなり眠ったまま目覚めない奇病に陥った。
その後も次々と屋敷内の若い男が倒れていく。
公爵家の汚点にもなりかねないと周りには隠し通したまま公爵は調査に乗り出すが、公爵自身もまたその奇病のせいで眠ったままとなってしまった。
それを解明するため妹姫たちが現在躍起になって調査に乗り出しているが手がかりが見つからない。
雇っていた魔法使いも男の魔法使いは次々と眠り、女の魔法使いは町を歩いているときに何者かに襲われ帰らぬ人となったという。
「姉さまも調査のため少し町に下りることになったのですが、通りすがりの若い男に刺されてしまったのですわ。」
「それとアヤカ姫がスリをするのとどう関係が?」
「その男がスリの常習犯だったのですわ!」
「・・・・・だから?」
「その、仲間がいるのではと。」
「・・・・・・。」
「・・・、だから、女の魔法使いを刺したのはそのスリのグループではないかと。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「わ、わたくしが、伝説のスリとなれば、仲間にならないかと誘ってくると思ったのです!」
「・・・それはすごいね。」
なんだか可哀想になってきた。
アヤカ姫は泣きそうになっている。
美少女が涙ぐんでいるというのにスオウさんは冷めた目を隠そうともしない。
しかしサクラ様もアヤカ様もたいして動揺していないのを見るに、これがこの人たちの知っている「ウヅキさん」なのだろうと推測。
「とりあえず、眠っている男の人の様子を見せてくれる?」
黙っているうちに話は進んだようだ。サクラ様が執事を呼び、スオウさんを案内している。
付いていこうと踵を返したが、何故かアヤカ様に別室に引きずり込まれてしまった。
美少女に連れ込まれるとなんだか胸が高鳴ってしまう。いや、そういう気持ちがなんとなくわかってしまったということだが。
「な、なにか・・・?」
「あなた、ウヅキ様とどういうご関係ですの?」
来た。
いつか来るだろうと思っていたこの質問。
けれどどう答えればよいのだろう。
なんか行き倒れてたところを助けてもらって一晩泊めていただいて、それでなんか旅に付いてきてくれているだけなんですが。
「ええと、そうですねー、なんと言ったらよいものか。あー・・・・。私の命の恩人?みたいな。それで今は旅についてきてもらっている、というか。」
「用心棒として雇っておいでですの?」
「いえ、・・・ご好意で。」
そんな金ないです。
しかしこう、羅列するとかなりの高待遇。
「好意・・・!?恋人、とか何かではありませんの?」
「まままままままさか!」
そんな恐れ多い。
美しい宝石の隣にティッシュのカスを放り投げたみたいなそんな恐ろしいことを。
一気に青褪めた顔になった私を見て、アヤカ様は安心したように微笑んだ。
「そうですわよね。貴方とウヅキ様の様子をよく見ればそんな関係ではないとわかりますわ。ウヅキ様には姉さまがいらっしゃいますもの。」
・・・・・・姉さまがイラッシャイマスモノ?
「ええと、あのお二人は、どういうご関係で・・・?」
「恋人同士ですわ。決まっていますでしょう?」
「えええええええ!」
「し、声が大きいですわ!」
アヤカ様は声を潜めてずいとこちらに寄ってきた。
どうやら誰かに話したくて仕方がなかったらしい。
恋バナに心ときめかせるお年頃だが、相手が相手だけに誰かに話すことははばかられたのだろう。
・・・目がぎらついてますよお嬢様。
「正確には恋人だった、ですわね。」
「別れちゃったんですか?」
「わたくしも理由は知りませんの。でも姉さまはとても悲しそうだった・・・・。本当は別れたくないのに別れなくてはならない・・・。そうおっしゃってましたわ。」
「身分差ですかね~?」
「いいえ、家柄は特に問題ありませんわ。高位の魔術師は王国の宝。ウヅキ様ほどの魔術師ならばその身分は貴族と同等に扱われます。」
じゃああれか。妖魔族だとばれた、とか?
しかし彼女はスオウさんが妖魔族だなんて知らない。
「別れる前のウヅキ様と姉さまは本当に仲睦まじい恋人同士でしたの。きっとまだお二人は思いあっているに違いありませんわ!」
「はあ・・・。」
「ですからわたくし、今回のことは運命と思っておりますの!」
「うんめい・・・。」
「きっと姉さまとウヅキ様が愛の試練を乗り越えて一層愛し合うという・・・・。ああ、私燃えてきましたわ!何があってもお二人の恋を実らせる所存です!頑張りましょうね!!!」
「え。わたしもデスカ?」
「あたりえでしょう!きっとわたくしとあなたは恋の成就を応援するために神様が配置された運命の使者なのです!」
「う、うんめいのししゃ・・・・。」
両手を組んで瞳を輝かせながら言うアヤカ様は大変可愛らしいが。
「うざい。」
「うわあ!!!!!!」
ぼそりと後ろから声が聞こえてきて飛び上がった。
急いで振り返ると、いつの間に後ろに立っていたのか、スオウさんがしかめっ面をしてアヤカ様を睨んでいた。
びっくりした。
心で思ってしまったことが口から出てしまったのかと思ってあせった。
しかし幸いにもその暴言はアヤカ様には聞かれなかったようだ。
「ま、まあ、ウヅキ様。いつからそこに?」
「ついさっき。魔法については大体わかった。明日本格的に取り掛かるよ。リンシャ、とりあえず今日は部屋に戻ろう。」
スオウさんに促され、部屋を出る。
足早に付いてきたアヤカ様が私のほうへ近寄ると、「今後の作戦などを話し合いましょう。部屋にお伺いしても?」と言うのをスオウさんが一蹴する。
諦めて帰っていくアヤカ様を見て、スオウさんに深く感謝した。
*********
・・・・・・。
眠れない。
暗闇に慣れた目には豪奢でだだっ広い空間が広がっている。
布団もなにやら柔らかすぎて落ち着かない。
スオウさんのお城の布団とどちらが高級だろう?
あの時は疲れ果てていたせいで何も感じなかったのだが。
起き上がってそっと窓を開ける。
本来なら向かいの塔にスオウさんの部屋が設けられる予定だったが、私が不慣れなので近くのほうがいいだろうと向かいの部屋に移動してくれた。
・・・もう休んでいるだろうか?
スオウさんのことを考えると昼間のサクラ様との様子とアヤカ様の言葉が浮かんでくる。
気づかぬようにしていた鈍い痛みが襲ってくる。
「嫉妬」
まだ恋愛的な何かではない、そう思う。
仲間、友人、そういったものが自分の知らない表情で過ごしている。それに対する嫉妬だ。
月を見上げて安堵した。
まだ、大丈夫。
まだ、と付けてしまう所が恐ろしいが、とりあえずいまのところは私は愚かな思いを抱いていない。
スオウさんが私を特別扱いしているのはなんとなくわかっている。
だからそれはありがたく受け取っておこう。
どうか、このまま。
そう願って瞳を閉じた。
しばらくそうしていたが、物音が聞こえて目を開けた。
ドアを開くような音。
「・・・向かいの、部屋?」
もしかしてスオウさんはまだ起きているのだろうか?
少し期待して扉を細く開けた。