雪の降らない町6
右手に指輪を持ったスオウさんは、いきなりその指輪に魔力を注ぎ始めた。
その瞬間、氷の中心に膨大な魔力が送られていく。
「スオウさん、まさか・・・!」
「限界まで魔力送ってみたらどうかなって。」
にっこり笑顔で答えてくれたがそんなことで安心できるわけがない。
スオウさんの魔力がカラになったらどうするんだ。
そんな心配をよそに、氷の中に光源が発生し、どんどん大きくなっていく。
「でもリンシャ。彼は大昔に死んだはずの人だよ。とりあえず生きて氷からは出すけれどその後は・・・。」
「その後は、この氷の中の人に決めてもらいます。」
「了解。」
ぴしぴしと氷にひびが入っていくのが目に入り、思わず目を凝らして光源を見据えていると、とうとう氷全体にひびが入った。
「もう一息、かな?」
最後に一際多く指輪に魔力を注いだスオウさんは、私の首根っこを引っ掴んで後ろに下がった。
その瞬間氷はぱん、と破裂した。
氷がキラキラ反射して上から人が降ってくる。
が、私は残念ながらそっちを見ていなかった。
いまだ私の首根っこを引っ掴んでいるスオウさんと氷の欠片の反射のセット。
寒気がするほど美しいその光景に他のことを気にする余裕がなかった。
しばらくそのまま眺めていると、どさ、という音が聞こえた、様な気がした。
********
「リンシャ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「リンシャーーー?」
スオウさんの呆れたような声にはっと我に返る。
「そんなに見蕩れてくれるのは嬉しいけれど。」
ばれているようだ。恥ずかしさに赤面しながら状況確認。
「ええとどのくらい時間経ちました?」
「数分だよ。そこの人が意識を取り戻すぐらいの間。」
・・・そういえば。
さっきそこに落ちただろう人を振り返ると、その人もぽけー、っとスオウさんを凝視していた。
気持ちはとてもよくわかる。
「こほん、ええと、こんにちは?」
とりあえずスオウさんとの間に割って入ってみると、夢から醒めたようにその人はこちらを見た。
第一印象は綺麗な人。
落ち着いた線の細い男の人だった。
「ナユタさん、でよろしいんでしょうか。」
「********?」
「は?」
何を言ったか聞き取れなかった。
「*******、***、*******。」
助けを求めてスオウさんを見やると、「そういえば500年前と言語が違うよ。ここの村、帝国領じゃなかったし。」とのお答え。
「*****、サユキ*******。」
戸惑ったようにその人はサユキさんの名前を呼んだ。やっぱりこれはナユタさんなのだろう。
突然、スオウさんが近づいてナユタさんと同じ言語で話し出した。
「*******、******リリィ?」
「************。」
しばらく話をした後、ちょっと待っててとナユタに指示し、スオウさんがこちらに来る。
「スオウさん・・・話せたんですね・・・。」
「ある魔道書にはまっててね。ちょっと古代語研究してたんだ。そんなことより・・・。」
スオウさんはすい、とナユタさんに目をやった。
「あれはナユタで間違いないらしい。婚約者はサユキ。でもこの指輪を作ったのはナユタではないようだね。」
「今ナユタさんはどういう状態なんですか?」
「・・・・・・。」
「スオウさん?」
「魔力を糧にして生きたように見せてる。」
「え?」
「多分、これは、リリィの・・・。」
『起きたのねわたしのかわいいひと。』
幻聴か、と思った。
白い世界のずっと上に白金の髪が見えた。
美しい髪に儚い表情。
そして赤い、目・・・・。
彼女は夜空に漂っていた。
全てが真っ白なその色彩の中で、赤い瞳だけが美しく輝く。
酷いめまいがする。
圧迫感に息が出来なくなりそうだ。
「リリィ!!!」
ナユタさんが叫ぶ。恋人に対する甘い表情ではない。まるで敵を前にしたような。
『おこっているの?なゆた。なあぜ?』
ゆるりとリリィは小首をかしげた。
まるでわからないと言わんばかりのかわいらしい仕草。
必死で何かを叫ぶナユタに彼女はあくまで笑いかけるだけ。
『いやだわ。わたしはなにもしていないもの。わたしはあなたがほしかっただけ。』
彼女はまるで私たちのことなど目に入っていないかのよう。いや、実際入っていないのだろう。
「*******、******!!!!!!」
『おこっているの?こわいわ。だってあの女はわたしのじゃまをしたのよ。』
「***!!!」
『だいじょうぶ。もうわたしたちをじゃまするものなんてだれもいないわ。』
「******!!!!」
『あなたはわたしだけをみていればいいの。そしたらしあわせよ。あなたはとってもしあわせになる。』
軽やかにリリィは笑う。
まるで幼子のように無邪気に。うっとりと。
対するナユタさんは必死で何かを訴えているがリリィに届いていない。
「スオウさ・・・・」
思わず傍らの妖魔族の青年に助けを求め、その恐ろしさに絶句した。
それは美しすぎるほどの壮絶な笑み。
純粋な憎悪と怒り。
残虐なその光におもわず気圧されて後ずさると、こちらに気づいたスオウさんがはっとして目を和らげた。
「ごめんね、リンシャ。怖かった?」
「いえ、えっと、はい。ちょっと。」
恐怖、というよりは美しすぎて怖かった。
「なんとかしてあげたいところなんだけど、あの女、影だけ飛ばしてきてるからこちらから干渉できないんだ。」
「?ナユタさんは?」
「もとから向こうと繋がってる。今ナユタの体はあの女の人形のようなもの。」
低い声でスオウさんはリリィを見上げる。
「サユキがリリィを助け、ナユタとリリィが城跡に向かい、行方不明になったっていうのは当たってたみたいだけど。」
「子供は!?」
「そこはわからないけれど、サユキが追いかけてくるまでは夫婦のように暮らしていたそうだよ。リリィに記憶の全てを消されてね。」
『さゆき?だあれ?わたしたちのじゃまをしたあの女?うふふ。もういないわ。』
「******!!!!!」
『めんどうだからはらぺこのペットに食べてもらったの。おいしかったんですって。うふふ。すてきね。』
『すてきだからぺっとに顔をあげたの。あの女とおなじ顔よ。』
『そしたらちょうしに乗っちゃって、あのむらをおそうんだもの。』
『だからころしてあげたの。えらいでしょう?むらのひとたちはほんとうによろこんでくれたのよ。わたしはえいゆうなんですって!』
きゃはは、とリリィは笑い、くるくるまわる。
雪の精霊のようなその姿。
美しいが私の目には酷く禍々しく移った。
ナユタががくりと膝を突く。
楽しそうなリリィは上機嫌でナユタに手を伸ばす。
『さあいらっしゃい、なゆた。わたしとえいえんにむすばれるために。』
「********!!!」
ふざけるな、と言わんばかりにナユタは魔力を開放した。
スオウさんも私も口を挟む暇もなく。
その瞳にリリィを、リリィだけを映し、憎しみをこめて。
リリィは満足そうに、笑った。
光が爆発した。
雪の降らない町は次で終わりです。