雪の降らない町3
次の日、ナユタとリリィは村を出て、石造りの城へと向かった。
魔術師でないサユキは二人の無事を祈り、見送った。
誰が思ったろう、遺跡に向かったはずの二人が行方不明になるなどとは。
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問題の満月の日が来ても村には何も起こらず、二人が帰ってくる気配もない。
1年経った。
村の者たちは、命を賭して二人が魔物を倒し、村が救われたのだと噂した。
納得できないのはサユキである。
村の者たちはもう諦めろとサユキを説得する。
しかし彼女は諦めきれなかった。
彼女は危険を承知で何度も石造りの城へ行ってみたが二人どころか魔物一人も見当たらなかった。
さらに5年。
サユキはリリィの生まれた町へと旅していた。
そこには確かに村にあったものと同様の石造りの城跡。
その近くにはぽつぽつと集落の跡が見える。
手がかりすら見つからず、悲しみに暮れたサユキは近くの村に宿泊する。
そこで何とはなしに宿の亭主と客の話を聞く。
「あそこの奥さんはもう二人目が生まれるそうだよ。」
「そりゃめでたい。旦那さんに似れば男前、奥さんに似れば絶世の美人と来たもんだ。」
「今日も散歩かい。仲のよい夫婦だねえ。」
彼らの視線を追って、サユキは信じられないものを見る。
ナユタと。
リリィと。
二人の子供であろう白い、子供。
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「・・・まあ、よくある話だよね。」
「・・・よくある、んですか?」
「石造りの城は魔方陣で繋がっていたのです。満月の夜になると現れ、消える・・・。そこを通して魔物が徘徊していたのを突き止めた彼らは先に転移し魔方陣を消しました。そして魔物たちを倒したと言われています。その後、彼らは結ばれた。」
「・・・・サユキさんがいるのに、ですか?」
「魔物の群れを前に、命を守りあい、絆を深めた、と言われています。」
「それって綺麗ごと・・・。」
ちょっと憤慨しかけたが、スオウさんに止められてこれが昔語りであることを思い出して赤面する。
「続きをお願いします。」
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サユキは勿論彼らを追いかけ問い詰めた。
数年ぶりの再開に、ナユタは動揺しリリィは青褪めた。
「わかってくれ。」
ナユタはわかってくれと繰り返す。
しかしそれで納得できないサユキは帰ろうとしない。
「リリィには何もないんだ。親も、兄弟も、親戚も・・・。頼れるものが何もない。僕以外に。」
リリィは目を伏せたままこちらを見ようともしない。
「そんなことで納得できると思っているの。私がどれだけ、どれだけ心配して・・・」
「やめてください!」
リリィがサユキの前に立ちふさがる。
その風情は儚げながら女神のように美しい。
「彼を責めるのはやめて。わたしが、わたしが悪いの。」
「リリィ、それは違う。」
「いいえ。わたしは貴方に婚約者がいるのを知っていながら・・・、愛してしまったの。」
「リリィ・・・・。」
見つめあう二人をサユキは呆然と見た。
なぜ。
これでは私が悪者のようではないか。
そんな中、リリィが貧血を起こしたようにナユタの前に崩れる。
そうだった。彼女は妊娠中なのだ。
遠まわしに見ていた町人たちが、口々にナユタとサユキを庇護し始めた。
「もうあきらめなよ姉ちゃん。」
「あの仲むつまじい夫婦の仲を裂こうなんて思っちゃいけねえよ。」
「姉ちゃんもちょっとトウが立ってるが若いんだからこれからいくらでも出会いがあるさ。」
なんだこれは。
サユキは吐きそうになった。
「別れた恋人追いかけてくるなんてみっともない・・・。」
「それだけ情熱的なんだろ。でも引き際も大切だぜ?」
彼らがいなくなってから、私は心配して心配して。
寝る間も惜しんで情報を集めて・・・。
「恋人たちの邪魔をするものは馬にけられるんだぜ。」
「馬鹿、もう夫婦だよ。」
旅なんてしたことなかったのに。魔術も何も使えない身で、一人大陸をまわって。
それがなぜ、こんなことになった?
悪いのは、わたし?
上手く働かなくなった思考を無理やり抱き合っている二人に向ける。
その時、つん、と服を引っ張るものに気づいた。
目をやると、白い子供の姿が目に映る。
「おばちゃん、だあれ?」
二人の、子供。
二人が、愛し合った・・・・証。
思考がどす黒く染まるのを感じる。
サユキはその衝動に従った。
柔らかい体を抱え上げ、頭を下に叩き落した。
悲鳴が、聞こえたような気がした。
・・・ごめんなさい。