Dive9
酒場は情報の元、それはどのゲームでも一緒だろう。それはヤーウェの世界でも変わらない。
クエストの開始から、スキルの獲得、そして今居るザヴァルの酒場もその一つだ。
茶色のポニーテールを揺らしてあちらこちらを駆け回る少女が視界に入る。この酒場の看板娘であるカリーナだ。彼女から得ることが出来る料理スキルもあり、クエストもあり、とMMO時代ではなかなかの人気を誇った少女である。この世界も同様かは分からないが。
とりあえず開いている席に座り、周りを見渡す。冒険者風の男から、傭兵風の男、そんな酒場の景色を見渡している所で彼女からの声がかかった。
「あのさ、落ち込んでるんだから普通放って置くべきじゃないの? というか酒場に連れて来る普通?」
それはお前が俺のローブのフードに入っていたのが悪い。
Dive 9
酒場
「なんかもう落ち込んでる自分が馬鹿みたいよ……」
そう話すのはフードからもそもそと這い出てきたフェリだ。彼女が言うように別に構う気も無かったし放って置くつもりだったがフードの中に居たので、それを着込んだ俺に付いて来たと言うことだ。正直知った事ではない、文句があるならベットの上で落ち込めと言いたい。そんな事を考えている所で噂の看板娘から声がかかった。
「あら、お客さん見ない顔ね? ご注文はお決まり?」
メニューをポン、と渡して聞いてくる少女、年は15,6くらいの設定だったか。動きやすい服装にエプロンを付けた彼女がニコニコと微笑みながら聞いて来る。
「あぁ、最近ここに着てな。とりあえず適当に食べれるものを、肉類にしてくれ」
渡されたメニューを開きもせずそう答える。あとこいつにミルクでも持ってきてくれと机の上でふてくされているフェリを指差す。
「へぇぇぇ、フェアリー族? はじめて見たわ、本当に存在してたのね」
テーブルの上で不貞腐れているフェリをまじまじと見つめるカリーナ。どこか居心地悪そうに顔を背け、耐えられなくなったのか俺のローブについているフード、もはや彼女の定位置となった場所に逃げ込んだ。
「ありゃ、嫌われちゃった?」
「さぁな、そんな事よりさっさと飯を寄越せ、それがアンタの仕事だろう」
うっ、と呻きながら厨房に戻っていった彼女。中に居る主人に声をかけている。おそらく料理スキルでポン、と直ぐに出来るのだろうが。
「はい! お待ちどう」
やはり予想通り、ものの10秒で料理が出来てきた。さすがゲーム、料理スキルのキャストタイムだけで出来上がるとは便利なものだ。目の前にはパン、そしてサウンドバードのから揚げと、ウッドスティッチのサラダが並んでいた。どう考えても元モンスターなのだが、その辺はいいのだろうか? いやいいのだろう、そうやってこの世界は成り立っているのだから。正直味は普通のパンと鳥のから揚げとレタスだった。
ミルクが届いたと同時にまたフードから這い出てちびちびとミルクを飲むフェリ。その光景をちらちらを見ている人があちらこちらに見える。おそらくフェアリーが珍しいのだろう、おそらく、だが。同時に俺の顔を見て視線を逸らす人も居るのだが。そういえば俺の顔は強面だったな、と思い出す。
出された食事を平らげた後、その場を後にする。料金は1800リブ、酒も頼んだのでまぁ順当な所だろう。システムコンソールをポップ、そこからリブを取り出しテーブルの上に置いてその場を後にする。所詮本当に腹が膨れているわけではないのだろうが、空腹感が有る以上食事は取らなければならない、そして睡眠も、だ。
またフードの中に引っ込んでしまったフェリを連れて宿屋に戻る事にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あ、やべぇ、すっかり忘れてた」
次の日の朝、宿屋でシステムコンソールを開き、アイテム整理をしている所でクエスト欄に点滅している項目がある事を発見する。それは昨日ギルドで手に入れてきた手配書クエストだ、例の尾行者の件ですっかり忘れていた。フェリが後ろでため息を付いているのがわかる。ちなみに彼女も結局あの後普通に喋るようになった。自分はやっぱり貴方みたいになれないけど、でも違うといえるだけの物がないから、と。
あ、そう。って答えたらとび蹴りが飛んできた、俺が悪いのだろうか。
「さっさと処理してくるか」
思い立ったが吉日ではないが、ギルドランクを上げておく必要がある。ローブを着込み、外へ出た。
【白虎】に乗って数分、城塞都市ヴァルファニアから離れ、森の中に入る。手配書はグリズリーとハラウェス、前者は先日ぶちのめした相手で後者は植物系モンスターだ。索敵も兼ねて小さなフェレットを召喚する。
召喚スキルLv30【白鼬】
直径1m程の魔方陣が地面に現れ、そこに小さなフェレット、白鼬が現れる。攻撃能力も無ければ防御スキルの何も無い、だがこの召喚獣はモンスターを索敵してくれるのだ。敵対値を下げるカルフマインのローブを脱いでインベントリに突っ込む。そしてその数分後、無事出会うことの出来たグリズリーをぶちのめした。
「ヴァルファニアで稼げるといえばこの程度か、空中都市グランバニルや、いっその事魔界に行っても良いが、逆にそこまで行くと目立つよな」
「インベントリに入ってたアイテムは? ってまぁ無理か、どう考えても場違いなアイテムだらけだものね」
「めんどくせぇ事この上ないな。そうだ宿暮らしもあれだし家を建てるか。たしか土地購入も出来ただろう」
「そうね、ヴァルファニアなら城の土地管理人に話せば問題ないはずよ」
ではそうするか、と結論づけ。とりあえず受けてきた分の手配書はさっさと処理するか、と再度【白鼬】を呼び出した。
ヤーウェの世界では土地の購入が可能である。城塞都市であればそこの土地管理部門、村や町なら村長や町長に必要なお金を払い買うことができる。そこに自分好みの家を立て、家具などを揃えることができる。合衆国と同程度の広さを持つヤーウェでは馬鹿みたいにでかい城を作る者もいれば、いくつもの家を作り簡易的な町を作り出す者もいた。
「3億くらいだったか? 離れた郊外ならもう少し値段を落とせるか」
ふむ、と考えながらテスターの時の記憶を呼び起こす。テスターの時はバグ確認の為だけに支給された金で購入し、売却しを繰り返して頂けなので大してその家を楽しんだ覚えはない。どちらにせよ後で考えれば良いだろうと思ったところで誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「エイス、今の聞こえた?」
「あぁ、聞こえたな」
そう答えた後、先ほどと同様に【白鼬】に指示を出し次のターゲットを索敵しようとする。正直悲鳴を上げようが知った事ではない。助ける義理もないし、助ける意味もないし、助ける価値も無い。くぁ、と欠伸をした後次の標的が出てくるのを待つのだった、が。
「この馬鹿! 普通はそこで助けに行くものでしょう!」
「あ゛? なんで俺がそんな面倒くさい事を」
「ああ、もう! ほら、すごい美人かも」
「興味ないな」
「お金が手に入るとか!」
「間に合ってる」
「もう馬鹿! 私が行って来る!」
「勝手にしろ」
と、言った所で次の標的が出てきた、残念ながら目的のターゲットではなかったが一撃でそいつをぶちのめした後、悲鳴が聞こえた方に飛んで言ったフェリの後姿を見た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
あの馬鹿、あの馬鹿、あの馬鹿! 涙が滲む、そうだわかっていた、そういう男だ、ああいう男だった。小さくなってしまった体を必死に動かしながら悲鳴が聞こえた場所へ向かう。テスターの時とは違い今の私は何の力も無い、でも、それでも自分が作った子供達が危険に晒されているのならば助けに行こうと言う気持ちを抑えることは出来なかった。あの馬鹿がいれば、もはや極悪非道の最低人間野郎で十分だが、あんな男が彼氏だったなんて本当に冗談ではない、でも好きなんだからしょうがない。まったくもってやってられない話だ。
ぐん、と高度を上げて空を飛ぶフェリ、蝶々の羽に似たその背中から生える羽からキラキラと光を発しながら飛んでいく。そしてすぐにモンスターに襲われている女の子を発見した。
目の前にいたのは13歳くらいの少女と黒い毛皮に覆われた熊の様なモンスター、ブラックグリズリーだ。そのモンスターは新人の騎士ならば5人でPTを組んで倒すようなモンスター。なぜこんな森の手前にいるのか疑問であり、それと同時にこんな森になぜ少女が一人でいるのかという疑問も出てきたが、兎にも角にもこのままでは彼女は殺されてしまう。効果があるかは疑問だが、その黒い毛皮に覆われた顔面にドロップキックをかます事にした。
「こんのぉっ!」
ボスン、というかわいらしい音がしてその深い毛皮に足が刺さる。そしてきょろきょろと周りを見回すブラックグリズリー、私の姿を確認したのか、していないのか。いや、間違いなくしたと思うのだが、何事も無かったかのように少女に視線を戻し攻撃を再開しようとした。どうやらダメージ0、むしろミスとか出てきそうな勢いだ。くそ、と思わず悪態を付き、その凶悪な爪を振り下ろそうとしている前に飛び出て腰が抜けている少女を強引に攻撃範囲から引き剥がす。
空振りした爪、そしてその凶悪な腕が地面を砕き、砂と石が舞う。あんなのが直撃したらこの少女は即死だ、私だって即死だ。死の恐怖が全身を覆う、冗談じゃない、こんな所で、こんな所でまた殺されて溜まるか。ぼろぼろと泣きながら腰が抜けてしまっている少女に必死に呼びかける、ここにいては間違いなく死ぬ、そう間違いなく死ぬのだから。
「しっかりして! 逃げるわよ!」
ショートカットの赤毛の女の子、その髪を必死に引っ張る。ようやくずりずりとと逃げる事を意識したのだが致命的に遅すぎる。そして再度振り下ろされた腕が少女に振るわれる。
「いや、いやあぁぁぁ」
「こんのっ!」
ぐい、っと全身を使ってその攻撃範囲から彼女を動かす。ブラックグリズリーの攻撃パターンは記憶している、いや、エイスから聞いたのを覚えている。ブラックグリズリーの攻撃は振り下ろし、横薙ぎ、噛み付き、体当たりの4種類のみ。その中で一番注意しなくてはならないのは噛み付きであるが、これはHPが半分以下になってから行ってくる攻撃スキル、そして体当たりは一定以上の距離が離れていると使われるスキル。となると注意すべきは振り下ろしと横薙ぎ。そして横薙ぎ攻撃の前には必ずうなり声をあげるので……。
「これも振り下ろしっ!」
よいしょっ、と少女の体を必死に動かす。腰が抜けてしまっているが、動く腕と頭と、なんとか駆使して指示を出す。ギリギリで繰り返される必死の攻防、いや攻撃はしていないから回避か。しかしこんな事何度も続けられるものではない。次第に少女の体力は落ちていき、私の体力は落ちていき、そして最後は間違いなく死ぬ。だから、だから、私はあの馬鹿野郎を頼るしかないのだ、あの最低最悪の極悪非道の大馬鹿野郎の恋人に。
ぐるるるる、とうなり声を上げるブラックグリズリー、来た、横薙ぎだ。これは倒れて避すしかない。屈んで! と声を張り上げて少女が屈んだ数秒後、頭の上を轟音と共に腕が爪が振り抜かれる。だが問題はこの後にあった、横なぎをした後にすぐに振り下ろし攻撃が始まったのだ。
「な、まさか連続攻撃」
これは駄目だ、これは避けようが無い、あぁ、こんな所で死ぬなんて。ただのデータベースに蓄積された私の記憶、それを元に構築された一種のAIに過ぎないのにまるで今までの思い出が走馬灯の様に……。
「どけ」
冷淡な声が森に響く。同時にドゴッ、という鈍い音が森に響き、振り下ろし攻撃をしようとしていたブラックグリズリーが吹き飛ぶ。そこにはヤクザキックの如き蹴りをかましていたエイスが立っていた。
呆然とする私。そして涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔をそのままに、驚きのあまり硬直している少女。そんな私達を見て彼は呟く。
「美人でもなければ金もなさそうだな」
はっ、と鼻で笑ったその顔を全力で殴りに行った私は悪くないだろう。




