Dive8
「まったく、馬鹿共が。貴様等のケツを拭う為に居るわけではないのだぞ」
部下より提出された書類を未処理中のライトビンに放り込み、悪態を付く。その書類はシャリー=リファリオットの殺害と残務処理に関する報告書だ。
「転送作業は無事完了いたしましたが、まぁ目に見える結果がないと納得しませんか」
目の前に座る男が悪態を付いていた男性に答える。軍服を着ており、胸に着けているバッジがその階級を示しており、少なくともこの様な場所に居てよい存在ではないことは明白である。
「アラン=リファリオットは唯の人質でよかったのだ。それをAIシステムの研究促進の為にと暴走した馬鹿共のせいで結局シャリーを失うことになった」
「サルベージは出来ませんでしたか?」
「あぁ、むしろそれを予測して頭を打ち抜いたんだろうな。AIシステムは完全に凍結してしまった」
ふぅ、とため息を付き、天井を見上げる。シャリー=リファリオット、AIシステムの設計者であり第一人者であり、まさに天才の名を欲しいままにしていた女性。だがしかし彼女はもういない、とあるデータを持ち出して、殺害命令が下されて、そして死んだ、頭を打ち抜いて。
AIシステムはとても画期的なシステムだ、それに注目したのは軍部。人と変わらない人、記憶を転写可能なシステム。それはとても魅力的な技術だったのだ。優秀なパイロット、優秀な兵士、優秀なエンジニア、優秀な科学者、それがボタン一つで大量生産できる可能性を含んでいたのだから。
彼女はMMOを利用した脳開発の研究結果を強奪した。それはこの国における信用問題を揺るがす危険性を孕んでおり、そしてその事を知った彼女そのものがこの国にとって危険な存在となってしまった。さらに不運なことに、もはや彼女の存在はそれほど重要ではないと考えるものが居たことだ。ボタン一つでコピーできるのであれば危険性のあるオリジナルはもう不要なのではないか、と。そう考えて暴走した一部の人間があの結果を引き起こした、まさか自分の全データを消去し、あげくに脳を打ち抜いて死ぬような結果になるなどとは予想していなかったのだろう。
「転送作業は無事終わったのだったな」
「えぇ、生憎と氷山リョウのキャラクターは使用されていましたので、他の3キャラクターにインストール済みです。内部データ数値を見る限りではリョウのアバターであるエイスが頭一つ抜き出ていますが、他の3名もテスターで使用されていたキャラクターですので、与えられた職に関してはマスタークラスを所持しています。1対1では難しいでしょうが、3人でかかれば問題無いでしょう。生憎とバックアップにあったデータは削除済みでしたが、VRシステムのヘッドギアにデータが残されていましたので、そこから監視衛星経由で転送しました。圧縮データで飛ばしましたので解凍されるまで時間がかかるかと思いますが……」
立体映像で表示される各アバター。シャリー=リファリオットが使用していたキャラクター、フェリもそこに映っている。呪術師マスター、そして神聖術士マスターのキャラクターだ。
「インストールしたデータは?」
「プロトタイプではありますが、AIシステムを使用して開発しているソルジャーシステムです。仮想空間における人格崩壊は起こりえないでしょう」
ポン、と軽快な音がしてシステムのログが流れる。ソルジャーシステム、熟練兵士の脳内データをスキャンし、そして人間的な要素をデリートし、ただ殺戮する為だけのシステムプログラム。当然最低限の善悪の判断くらいは有るが、命令を最優先としたシステムだ。善悪の判断と言っても、それはあくまでこの国にとっての善悪という前提が置かれているのだが。
「しかし、データと化した相手までも欲しがるとはな。そこまで魅力的なシステムという事か」
「金をかけた以上回収は必須です。まぁ、それと爆弾を宇宙空間とはいえ放置はしたくないのでは?」
ふん、と鼻で笑う。結局はそこだ、どいつもこいつも自分で火種を撒いておきながらその火種が自分に降りかかるのを嫌う。そしてその火種を処理するのはいつも何も知らぬ国民か、そして全てを知らされた奴隷か、だ。
Dive 8
正義等無い、それは立位置によって変わるものだから
およそ10秒足らずで4人の男を殺したエイス。HPバーを一気に削りきり、死を与える。道端に横たわる彼等は黒く色が反転しており、それぞれの体の上に数字が浮かび上がっている。10、9、8と少しずつ減っていくカウンター。これは蘇生可能なまでの時間を表している。この時間内までに蘇生スキルか蘇生アイテムを使えば彼等はデスペナルティー無しで蘇生できるのだが、その時間を過ぎるとデスペナルティーとして3時間のステータス半減、そしてアイテムのランダムドロップとリブの半額ドロップが課せられる。それがMMOとして世界に普及されていた時の仕組み。だが、この世界ではその補正プログラムは働いていない。カウントが過ぎ去った彼等はおそらく消滅する、アイテムドロップはあるかもしれないが、街の保存拠点での復活は無い。ここはゲームでありながら、ゲームでない世界なのだから。
ちなみに余談だが、MMOの時の世界はプレイヤーキラーやNPCキラーを行うとペナルティが課せられる。決闘、もしくは団体戦などの双方合意の上での戦いなら別として、一方的な攻撃を加えると名前表記がまず黄色文字で表記される。そして相手を殺害すると赤文字で表記されるのだ。
殺害した相手のリブ入手やレア装備入手の為、そういった手段に出る人も稀に居た。しかし殺害した場合、1人に付き24時間の攻撃力強制的0化、そして受けるダメージが2倍になるという厳しいペナルティが課せられた。また、MMOでは安全地帯とされていた街にも入ることが出来ず、そして宿も取れない、さらにその状態で死ぬと全アイテムドロップという非常に厳しい罰となっていたのだ。そのためMMOの世界ではそういう事を行う人は殆ど居なかったのだが。
彼はそのシステムが死んでいることを知っていた。なぜならばそのシステムを作ったのは彼であり、さらに言うなら店の主人でそれを試していたからだ。襟首を掴み持ち上げた時点で本来ならイエローネームになるはず、だがそれは何も変わらなかった。さらに安全地帯とされる街の設定もMMOが始まる時に変更された点だ、当然の話ではあるが、十分な下地を調べ確認した上で彼は殺害に至ったのだ。単純に気に入らなかった、という可能性も否定できない所では有るが。
「さて、残るはお前だけだが?」
腰が抜けてしまったのか、ずるずると必死で逃げる最後の男。黒く反転して横たわる仲間達を横目で見ながら声にならない悲鳴を上げて必死に大通りに戻ろうとしている。だが、そう簡単に逃がすつもりもないし、逃げれるわけも無い。なにより彼には聞かなければ成らないことがある、その為にはまだここに残って貰わなければならない。
逃げようとするその男の背中に右足を振り下ろし強制的にその場に縫い付ける。つぶれたカエルの様な声を上げて地面に押し付けられた男は、助けて、と壊れたスピーカーのように繰り返していた。
「聞きたい事がある。俺を付けたのは独断か? それとも誰かの指示か?」
しゃべらなければまず右腕から行くか? と背の上に乗せていた足をどけ、右腕の上に振り下ろす。豪快な音を鳴らして腕があったほんの数センチ横に足が突き刺さり、レンガ造りのその道を砕き、破片が舞う。
「ま、ま、まってくれ。話す、話すから、たのむ見逃してくれ」
その後直ぐにぺらぺらと喋ってくれた男、その情報を纏めるに、指示をしたのはドラゴニック族の男だそうだ。いまいち要領を得なかったが、確認作業だ、と聞いているとの事。なんの確認作業なのか良く分からない。その男も同様だったようで、同じように聞き返した所、他の二人が目覚めるのに時間がかかる、それまでに調べれる事は調べておく為だ、と言っていたと。さらに解らない状況になってしまったのだがどうにもこうにもこれ以上の情報は持っていない様子。
俺の実力を測るため、と考えるのが一番なのだろうが、それにしてもやり方が荒っぽすぎる。その筋の人間には手を出した覚えはないし、今のところ大して目立ったことはしていない。あえて言うなら【白虎】くらいではあるのだが……。
俺への襲撃報酬は1000万リブ、かなりの大金であり、馬鹿共が食いつくには良い餌だったのは確かだ。しかしドラゴニック族か、しかもそこまでの大金を用意できるとなると限られてくるのだが。単純に口からの出任せという可能性は有る、だが前金で100万リブは貰ってるとの事。少なくとも100万をぽんと出せる人間に絞られる。
この世界に来てたったの1週間で面倒な事になったものだと、空を仰いだ。
ローブのフードに蹲っているフェリに意見を聞こうとしたが、どうにもいじけてしまっている様だ。いや、それともまた違う様だが。どちらにせよ分からない事は分からない、相手の顔もフードで隠れていたとの事だしドラゴニック族、それだけしか分かっていない。受動的になるが、しかたがない。相手の出方を待ちながら調べるしかないか、と考える。
例え相手がどれほど強くても、自分より強いということは考えにくい。この世界の最高レベルは200、そこでモンスターと大量に戦いレベルがあがったとしても、300で止まる。転職が出来るのはプレイヤーキャラクターだけであり、課金アイテムを必要とするのだ。そのシステムはMMOサービスが始まった時は課金アイテムとして普及したのであるいはその仕組みが生きていれば課金アイテムを取り扱っていたNPCから購入も可能だったかも知れないが、テスターの時は直接個人に配給されたのだ。となるとこの世界で手に入れる方法は無い。
つまりどんなに頑張った所で300が限界、それが数百人も来ると言うのなら話は別だが、そんな数百人も高レベルを集めるのは不可能だ。レベル上げだって死ぬ可能性がある。MMOと違って保存地点で復活は無いのだろうから。そういう観点からその方面での心配はしていない。する必要は無いと考えていた。
「あぁ、そういえば、忘れていたよ」
思考の海に入り込んでいた俺は足元に蹲る男を再度認識した。すっかり忘れていたその男の顔を吹き飛ばす。しっかりと殺した後、蘇生時間が終わりそこにはドロップアイテムと気持ちばかりのリブが残った路地裏を後にした。
「最低よ……」
宿屋に戻ったフェリの最初の一言。別に最後の人まで殺す必要はなかったんじゃないかと非難轟々であったが、知った事ではない。あの男が大人しく引き下がる保障が何処にある? 復讐しに来ないといえる根拠はどこに有る? さらに言うならあの男が通報し、憲兵を呼んだら死者が増える。むしろそういう意味では最小限の犠牲で済んだのではないか、と。
「そういう問題じゃないのよ……。でも、いいえ、ごめんなさい。私も結局殺した側の人間、貴方を責める資格は無かったわ」
そうぽつりと呟き、壁際にかけていたローブのフードにまた収まった。殺した、か、おそらく弟の事を言っているのだろうが、完全に記憶を消去したのではなかったのだろうか? それともそういうイメージ、いや認識的なものが残っていたのだろうか。どちらにせよ俺に出来ることは無い、生憎と今回の件は悪いと言う認識が無い。謝る気はさらさら無い俺はとりあえず夕飯でも食べるかと、宿屋の主人に声をかけ酒場に向かうことにした。
夜、昼間と違い少しだけ冷えた風が頬を叩く。魔法の光り、というよりシステムの光りで通りを照らす街灯がぼんやりと存在を主張している。通りを歩く人々の喧騒が耳に聞こえる。ギルド登録者の人間が5名行方不明になり、憲兵が見回りをしている、と。




