Dive6
ヤーウェの世界にはAIが存在している。いや、もはやそれは人と相違無い人が存在している。彼等は食事をし、子を成し、そして繁栄していく。悲しい時には泣き、辛い時には嘆き、理不尽な要求に怒り、そしてその心に従い愛し合う。
ただの0と1の羅列だろうか? いや、それは違う。彼等は、彼女達は生物学上で人でなかったとしても、紛れも無く人に違いなかった。
この世界では、一つの目標とされているゲームシナリオがあった。MMOではお互い協力し合い、打倒する為の敵対勢力を必要とする。それがプレイヤー同士だったりする場合もあるのだが、このヤーウェではレリウーリアという魔界の総大将が目標であった。
そう、魔界。この世界のモンスター、魔獣が生まれる土地、そして生まれる世界。この合衆国と同程度の広さを持つ世界の左三分の一を占めている土地であり、そこではまるで霧から産まれるように、土から産まれるように、無限にモンスターたる魔獣が産出されているシステムがある。
なんでこんなシステムを残したのか? それは、シャリーはAI設計者。世界の構築から世界のシステム変更なんて技術、小指の垢ほども無かったのだから。
Dive 6
世界の仕組み
「つまり、この世界は結局の所、AIシステム、いやここに住む人々の発展は有るが、魔界は依然として存在し、危機に晒されているというわけだな?」
シャリーもといフェリに窘められ、しぶしぶながらベットの賠償金を払ったリョウことエイスは、どかりと備え付けられた椅子に座り、現状の認識を行った。
現在、自分の記憶が転送されたこのキャラクターは、ゲーム開始前に作りテスターとして動かしたヒューマン族のエイスで間違いない。職業は呪術師、そして格闘家と召喚師のマスターでもある。先ほどベットを叩き割ったことでも予想できた。少なくともリアルの貧弱な体ではあんな事は出来なかった。貧弱な体ながら口が悪いのは直らなかったのだが。
それとフェアリーのフェリの事だが、サポートシステムの名前の通り、正直何も出来ることは無い。彼女は課金初心者パックに封入されていただけの存在であり、Lv20までの育成を手伝ってくれるだけの存在なのだ。戦い方から武器の説明、この世界の仕組み等々。そのスタート地点のNPCからも聞ける内容ではあるのだが、初心者パックの特典的存在でもあった。
彼女が言うには、データ転送の際、空き容量で詰め込める媒体はこれしかなかったそうだ。確かにフェアリーなら食う容量も少ないが、抵抗は無かったのだろうかとも思う。実際データを打ち込むほうは打ち込むだけだからさほど感じないかもしれないわね、とは彼女の談だ。言われてみれば確かにそうかも知れないな、とも思う。
とりあえず、3年ぶりでもあるのでスキルの確認と、街の状況確認が必要だろうと考え外に出ることにした。宿を出る際、俺の顔を見た瞬間ビクッと体を強張らせた主人は見なかったことにしておこう。
「あんまり脅かしたら駄目よエイス。貴方の体は今この世界ではまさに最強無敵なんだから。NPCの最高レベルが150なの知ってるでしょ? 魔界との境界にある前線基地の総隊長で唯一200なんだから。マスタークラスの二つ持ちで、さらに貴方呪術師280まで上げてたでしょ?」
正直自嘲しないととんでもない事になるわよ。この世界ではNPCでも私の子供達、きちんと自我を持ち、人と相違無い、いえ、人なんですから。自信満々にそう告げた彼女は無くなってしまった胸を張り、俺の肩の上で威張っていた。正直如何でも良い話なので無視して先に進む、わわ、落ちる! と耳元で叫んでいるが知った事ではない。
「正直他人が如何とか興味が無いな。ま、目立つのは困るからある程度自嘲はしよう」
肩の上では落ちると認識したのか、ついには頭の上にしがみ付いたフェリ。オールバックに整えられていた髪が落ちまいとしがみ付く彼女の手のせいでぐちゃぐちゃになっていく。むんず、と頭の上にいる彼女を掴み、そのままローブのポケットに突っ込んだ。なにか叫んでいたが気のせいだろう。
「とりあえずはフィールドかね」
そう考えて移動用の召喚獣を出そうとする。と、先ほど押し込んだポケットからフェリが顔を出して引き止めた。
「ちょっとちょっと! 何出そうとしてるの!?」
「あん? 移動用ならLv200の【飛燕龍】かLv220の【エアドラゴン】あたりだろ?」
前者が赤い鱗に覆われた竜で長い尻尾と鋭い牙、凶悪な顔が特徴的な空を舞う竜。後者が翠の鱗、穏やかな表情に、銀色の髭を生やした竜。完全移動用なのが後者であり、召喚獣の体力がなくなるまで術者にダメージを与えないなどといった特殊能力を持っていたりするのだが、攻撃能力が無いのが特徴だ。それと変わって前者は攻撃能力もあるのだが。どちらにせよ徒歩で行くのは面倒この上ないので、早速詠唱に入ろうとした所でフェリから再度ストップの指示が出た。
「この馬鹿! こんな所でそんな物だしたら目立つこと間違い無しでしょうよ! 少しは考えなさい!」
「めんどくせぇな」
ちっ、と舌打ちし、仕方が無いので別の者を呼び出すことにする。
「こい、【白虎】」
召喚師Lv70スキルの【白虎】、その名の通り、白い毛に覆われた虎である。人が一人乗れる程度の大きさであり、地上を走る移動用召喚獣だ。召喚者である彼から少しだけ離れた場所に魔方陣が浮き上がり、そこから白い毛並みに覆われた虎が出現する。一鳴きした後こちらに近づき、エイスに向かって頭を垂れた。
「それでもこの街では十分なくらい強力なんだけど……、まぁいいわ……」
はぁ、とため息を付いてローブのポケットから這い出て頭を垂れている【白虎】の背に乗るフェリ。流石に大通りではなかったが突然出現した【白虎】にざわざわと騒ぎ出す人々。そいつらをギロリと睨み上げた後、背の上に乗り、フィールドに向かって駆け出した。
前もそうだったが、他人のやることにそこまで関心を持つのがいまいち理解できない。恋人や両親や、そう、近しい肉親ならまだしも、完全に他人ではないか。助けて欲しい時に助けてくれなかった他人が、これ以上俺に干渉してくるな、と思うが、同時にそれは違うと窘める声も聞こえる。そう、分かってはいる、分かってはいるのだ。
ちっ、と景色が流れるように進むその召喚獣の上で、何度目かわからない舌打ちをするのだった。
「大体の所は問題ない、か」
コキリ、と首を捻り、パンパンと手を払う。目の前には死屍累々、数え切れないほどのモンスターの死体が散乱しており、そして霧となって消えていく。そこにはドロップ品であるアイテムが山のように散りばめられた一種の宝の山となっていた。
「モンスターが消える仕組みは変わらずか。アイテムも同じ、と。インベントリ内部で重なってくれるシステムはありがたいよな」
そう言いながら大量に落ちているドロップ品を腰に付けているインベントリボックス、通称不思議鞄に突っ込んでいく。この鞄に入れたアイテムはシステムコンソールを開く事で再度見ることが出来る。また、その空き容量も、だ。
アイテム一覧を開くとブラックベアの胸肉×2、グリズリーの肉×8、ビックフッドの爪×2、ウルフウッドの牙×9等と表記されている。先ほど広範囲殲滅呪文の餌食になったモンスターと、格闘家スキルの試し打ちにされたモンスターの慣れの果てだ。敵が弱すぎたため瞬殺所の騒ぎではなかったのだが、所詮試し打ちに過ぎない。勘を取り戻すほどではないが、使い勝手を戻すには丁度良かった。
余談だが、所持金は取得経験値100倍の時に一気に稼いだものがそのまま残っている。その額およそ4億リブ。この世界ではリブがお金の単位となっている。金銭価値的にはリアルとほぼ同じだ、今後成長するので変動があるかもしれないが。
この大量に有る金で家でも買って、適当に過ごすのも一つの手だな。と、今後の予定の一つとして考えているエイスでもあった。
「あぁ、森が焼け野原に……、今度はゲームマスターによるシステム修正は入らないのにぃ……」
さめざめと焼け野原になった森を見ながら泣いているフェリ。最初はノリノリだったくせにずいぶんな話だ。散々燃やした後に、これ毎回メンテナンスで修復してたの大変だったんだよなぁ、とポツリと呟いた俺の言葉にビクリと反応した。そしてその後はあの態度と言うわけだ。天才じゃなかったのか? いや、まぁ世界に関しての設定は彼女は関わっていなかったから、そこも関係しているのかもしれないが。
とにもかくにも、3年前の感覚はなんとなくだが取り戻した。最早ここには用は無い、街に戻って宿に行くか、それとも折角だから家でも買おうかと考えている所で遠めに馬に乗った数名の何者かが見えた。あの旗はたしか、ヴァルファニア騎士団、か? 日の光に当たり光るその銀色の鎧と、赤色の十字旗、城塞都市の守り神、ヴァルファニア騎士団に間違いない。おそらくこの焼け野原状態の森を調べにやって来たのだろう。
「めんどうだな、ここから遠距離魔法で潰すか?」
「駄目に決まってるでしょ! 私の子達よ!」
「可愛い子には旅をさせよと言うじゃないか」
「冥府に旅立っちゃうわよ!」
羽をぱたぱたと忙しなくはためかせながら抗議してくるフェリ。しかたがないか、と待機させていた【白虎】に乗り、彼等とは反対方向に駆け出した。
「これは……」
「副長、誰が一体こんな事を」
エイスが【白虎】に乗ってその場所を走り去った後、馬に乗った数名の騎士がその場にたどり着いていた。そして目の前の光景に絶句し、硬直している。
目の前には大量のドロップ品、おそらくかなりの数のモンスターを倒したのだと思われる。問題はそれだけではない、周囲の森が消し炭にされている事だ。木々は灰となり、地面は抉れ、いまだプスプスと火種が残っている。
「こんな真似おそらく騎士団長でも不可能だ。前線基地に居る世界最強の呪術師と名高いシャリア様なら分からないでもないが、あのお方がこちらへ戻ったという話は聞いていない」
焼け焦げた森と散乱するドロップ品を眉を顰めて睨みつける。ここまでの広範囲攻撃魔法は見たことが無い。となると想像できるのは最強と名高いシャリア=アルタシア様。おそらく彼女でも到底出来そうに無い結果であるのだが、世界最強と名高い彼女を引き合いに出した彼に非は無いだろう。なぜなら彼は知らないのだから。
「まさか、強力なモンスターが現れたのでは!」
「いや、それはありえん。それであればここまでモンスターを一方的に虐殺するとは考えにくい」
意志の疎通が出来ない下級モンスターであればわからないが、強敵とされる上級モンスターがその様な愚考を起こすとは思えない。そしてこの仕業は下級モンスターに出来ることではない。
「どちらにせよ王に報告が必要だ。検問の強化と守備隊に連絡を。もしこれを行った者が我等の敵となる場合、グランヴァス、ジルコニル、ボルドーザに援軍を求める必要がある」
「わ、わかりました」
ヴァルファニア騎士団副長の深刻な顔に顔を引き攣らせるもう一人の騎士。持った槍を所在無さげに周りを威嚇するのに使い、周囲を警戒している。
「とりあえず一旦戻るぞ、周辺を探索している者にも声をかけろ。最終判断は騎士団長に仰ぐ必要がある」
「は、はっ! 了解いたしました!」
警戒中のその騎士に声をかけ、その場を後にする。これを行った者が敵でないことを祈りながら。




