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Dive  作者: 檸檬
5/12

Dive5

 本当に、本当に愚かだ、あぁ、なんでこんなに愚かだったんだ。私は死んでも良かった、私は死んでも本当に良かった、なのに、なのになんであなたが死ななければならなかったの。どうして、なんで、あなたが死ななければならなかったの。


 ノートパソコンを抱えて息絶える彼を見つめる。少しずつ下がっていく体温がその死を明確にしている。外では変わらず激しく怒声と銃声が響いている様だ。あぁ、だめだ、本当にだめだ、私は、本当にだめな女でだめな姉だった。


 彼の頭にVRシステムのヘッドギアを被せる。そして接続されたコンピューターが彼の脳内記録、データ、そう全記録をプログラム化していく。時間にしておよそ15分ほど、扉が破られる前に十分に間に合う。銃弾もしばらくは貫通しないだろう、彼が起動した防災システムで扉の前後が鋼鉄製の扉で覆われてしまっている。


 完了のシステムメッセージを確認した後、彼をヤーウェの世界に転送する。ごめんなさい、私の我侭でごめんなさい、それでも私には貴方に生きていて欲しい、それが本当の生かどうかは分からない、そして私の贖罪、そうただの罪滅ぼし、私が楽になりたいから、それだけの理由でごめんなさい。


 そして最愛の弟、いいえ、最愛はリョウにあげてしまったから最愛じゃなくなっちゃったけど。でも、今から行くから、今から謝りに行くから許してね。


 リョウのデータがヤーウェに転送され、そしてシャトルが発射される。その全てを見届けた後、彼女は持っていた拳銃を米神に当てた。同時に彼が工作していたシステムも破られ部屋に警備兵が入ってくる。


 そして彼女は告げる、最後に一言。


「愛してるわリョウ」


 パン、という乾いた音が一つ、部屋に響いた。










 

 Dive 5

 世界の始まり











 木製の部屋、その部屋の中に暖かい日差し入る。部屋に備え付けられているベットに横になる男の体を暖かく包んでいる。良く天干しされた香りが鼻を付き、その居心地のよさに再度深い眠りに付きそうになるが何とか頭を覚醒させ、体を持ち上げた。


「ぐ、くぅ……」


 全身に残る違和感。痛みは確かに無いのだが幻視痛の様な錯覚に襲われる。そして思い出す研究室での一件、頭が一気に覚醒し、バッと体を起こす。まるで壊れたブリキ人形のように周りを見渡し、そして……。


「あの大馬鹿野郎がっ!」


 備え付けられている窓がビリビリと震えるほどの大声で叫び、怒りに任せて振り下ろした拳は、寝ていたベットを叩き割った。記憶が正しければここはヤーウェの世界の宿屋、ロットンの宿屋の一室。サービス前にテスターとしてゲームシステムを確認した後、ログアウトした場所だ。その後一度もログインしていないので間違い無いだろう。おそらく今の俺は、ヤーウェでのゲームキャラクターであるエイスとなっているはずだ。死ぬ前の彼女の言葉が正しいのであれば、だが……。


「お前が、お前がいない世界にいたって、意味がねぇだろうがっ……」


 うずくまりポツリと呟く。馬鹿野郎が、本当に、大馬鹿野郎が。泣きそうになる所を必死に堪え、左手の甲を二度叩く。そこに現れるのはシステムコンソール。ログアウト表記を確認するが、黒く表記されており、何の反応も無い。おそらくだが、俺の脳内データを転送したのだろう、となると彼女の弟も転送されているはずだが、と思ったところでメールボックスが点滅している事に気が付いた。


 メールボックスを開くとそこにはシャリーからの外部送信メールが入っていた。震える手でそれをダブルタップする。ポン、と軽快な音を鳴らして手紙が開かれる。目の前に広がる文章、そこには謝罪の言葉と、そしてアランの代わりに俺を送ったことが書いてあった。どうしろと、お前は、俺をこの世界に閉じ込めて、監獄ではないか、地獄ではないか、一体何をお前は望んでいたのだ。ただ、最後に書いてあった、どうしても貴方に生きていて欲しかったと、例えそれが生物学上の死であったとしても、私の我侭だったとしても。そして最後に一つ、私の子供達をお願いと、我侭な女でごめんなさい、と書いていた。


 あぁ、ほんとうに、くたばれくそ野郎。涙を流しながらお願いしている彼女が目に浮ぶ、そしてその彼女にとりあえず頭突きをくれてやる事にした。ふざけんな、このボケがっ!


 はぁ、とため息を付き天井を見つめる。とりあえず、泣くかな、と思い涙が流れていくのを感じる。どうしてこう、俺が愛した人は皆居なくなるのだろう、母も、そしてシャリーも、それも俺のせいで、俺が力足らなかったばっかりに。くく、また世界に対する恨みが沸々と沸いて来る、笑わせる、本当に笑わせる、ただの八つ当たりじゃないか本当に。このベットしかり、大人になれない子供のままだな俺は。


 手の平を目の前にかざす。記憶にあるリアルの体とは少し違い筋肉が程よく付いたその体は多少の違和感を持っているが、その腕を、手を、指を見ているとテスターで動かしていた時の記憶が思い出されていく。そしてその時はいつも隣に彼女が居た、そう彼女が居たんだ。


「シャリー、本当に、一発殴ってやりたいよ」


 ぼそりと呟く、あの大馬鹿には一度大きな灸を据える必要があったんだ、と今更ながらに思い出しているところ、部屋にかけていたローブがもそもそと動き出す。あん? とそこを見るとピョコッと小さな生き物が顔を出した。たしかあれはサポートシステムの一つで妖精族のフェアリーだ。身長およそ20cm程度の大きさで、背には半透明な蝶々の様な羽が付いている。髪はブロンド、シャギーにカットされたその髪はさらさらと、そしてローブに包まっていたからなのか後頭部が一部ハネている。それを両手で必死に押さえてハネを直そうとしている、が……。


 おかしい、俺はあんなサポートシステムは持っていなかったし、持っているとしたらシャリーが可愛いからって持っていたのを記憶しているくらいで……、と考えていた所、疑問顔で直立していた俺に向かってその妖精がしゃべりだした。


「ちょっとリョウ、あ、エイスか。女性を殴るのは駄目だって何度も言ってるでしょう?」


 ハネがなおらないわねぇ、とぶつぶつ喋りながらそうのたまった。とりあえず、空気が凍った。


「お前が、お前がいない世界にいたって意味がねぇだろうが。ですって奥さん!」


「てめぇ……」

 

 小さな手を口にあててオホホホと笑いながら声をかけてくるフェアリーの彼女。ああ、そうだ明らかにこいつはあいつだ、シャリーだ、間違いない、断言できる、とりあえずミシミシと音を鳴らせながら強力なデコピンをかましてやろうと思った俺は悪くない。


「いったぁい! あのね! こっちのシステムは世界に普及されたものと違って痛みもあるんだからやめてよね!」


「やめてよね、じゃねぇよこの馬鹿女! 一体全体どうなってやがる」


 デコピンを顔面にぶちかまされたシャリーことフェアリーの少女はおでこを両手で押さえながら抗議してくる。半泣きになっているその顔からどうやら本当に痛みがあるようだ、正直そんな事は如何でも良いのだが、現状の説明を求めたい。


「うーん、予想だけど。私はアランのために作られた存在でしょうね、いえ、それであればこの記憶媒体はあれだから、最後に修正を加えたのかな? 私の全データを転送するにはデータ量が多すぎて時間内に終わらなかったし、回線もパンクしちゃう状況だったみたいね。このサポートシステムで作られた妖精タイプに転送するのが精々だったって事。ちなみに今の私AI知識とか殆ど捨ててあるし、幼少期の記憶も性格形成に必要ないものはデリート済みよ。アランの記憶も大分消しちゃったみたいね。どうやら完全に貴方の為に作った存在みたい。心配しなくても貴方との記憶は全部持ってるわ、蜜月の日々もね?」


 くすくすと笑いながら言ってくる。このアマ、その羽むしってやろうかっ!


「あらあら、怖い怖い。でもなんか不思議ねー、こういう視点は初めてだから。それに空を飛べるって不思議な感じ」


 羽をぱたぱたを動かしながら宙を回るシャリー、いや、彼女も言っていたようにゲームの時のキャラ名で呼ぶならフェリだろうか。個人的にはシャリーを押したい所だが。


「そうね、フェリ、で呼んで欲しいかな。きっとあの世界の私は死んじゃったし、それに全くの同一人物じゃないしね」


 ひらりと目の前に舞い降りてきて少し悩んだ後そう伝えてくる。そうか、死んでしまったか、結局、いや予想通りといえば予想通りなのだけれども。


「そんな顔しないで、だいたい貴方も悪いのよ、勝手に私を置いて死んでしまうのだから」


「お前が勝手に先走ったんだろうが」


「そうね、うん、ごめんなさい。体を使ってお詫びできないのが残念だわ」


 そう言い、自分の胸を持ち上げたり、襟元を開いて自分の体を確認している。さすがにこの体は入らないわねぇ。と呟いている。シリアスモードが続かないのかこの馬鹿は……。はぁぁぁ……、と盛大にため息を付く。


「ふふ、でもやっぱり空を飛べるのっていいわぁ、癖になりそうね」


「召喚師スキルのエアドラゴンで良く飛んだだろ」


「それとこれとは別よ、なにより小さいサイズってのがいいわね。あーでも貴方のもう咥えられないわねぇ」

 うーん、とその小さな指を顎に当てて頭をかしげる。しかし目尻は下がり完全に笑いを堪えている。


「そのネタはもういい。本当にむしってやろうかその羽」


「くすくす、冗談よ。体全身でサービスしてあげるわ」


「よし、むしってやるクソ野郎」


 その後酒場の主人が何事かと部屋に入ってきて、粉々に壊れているベットを見て悲鳴を上げたのはまた別の話だ。



 以前のゲームシステムでは世界の発展は行われていなかった。それはAIシステムに制限をかけることで可能としていたシステムだ。それは何故か? 答えは簡単である、恐れたからだ。AIシステムである彼等が、AIであるその人工物が、生み出した親である我々の技術を上回る事を恐れたからだ。しかしこの切り離され独立の世界となったヤーウェは違う。システムによる抑制を失った世界となり何処までも進み動いていく。たった二人だけだが、そのイレギュラーを抱えた状態で。


 フェアリーの体に入ったシャリーは考える。私も彼も人格崩壊、いや精神異常を引き起こしていない。ゲームの中に入ってしまったことによる恐怖感は、二度とリアルに戻れない恐怖感は並大抵の物ではない。しかし、彼はそもそも世界に価値を見出していなかったし、私は弟が死に絶望の淵に居た。記憶していないがおそらくデータ転送の際、そういった点で不具合が置きそうな箇所を本体、リアルの私がデリートしたのかもしれないが、おそらくそうではないかと予想する。


 ただ、ただしかし、彼も、そして私も、お互いが居たからここに存在し、確立できているのだと、そう思う事は悪いことではないだろう。目の前にいる彼を見る。店の主人に怒鳴られていながら何処吹く風と聞き流し、遂には文句あんのか? あ゛ぁ? と主人の襟首を持ち上げた所で、そろそろ止めないとな、と考え思考するのをやめることにした。

 

 まったくもっていつまでも子供の様な人だと、自分の男を見る目の無さに少しだけ絶望する。でも、最後の彼の顔を思い出し、私の見る目もそう悪いものでは無いかもしれないとも思った。

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