Dive4
ヤーウェの世界は数え切れないほどのスキルがある。その数およそ1万種類。しかし覚えることが出来る数、いや習得しておけるスキルの数は限られており、そのなかで取捨選択をし選ぶ必要がある。
ツリー状になっているスキルもあるため、厳選し選ばなければならない。対人用のスキルから狩り用のスキルなどさまざまな所から、だ。唯一例外となるのは採集や裁縫、調理、鍛冶、などのサブ職業と言われる職のスキルあった。
お陰でWikiは大変膨大なページ数となり。開発元の彼が整理し、すべて丁寧な解釈を付けなければ、その膨大な数に投げてた者も居ただろう。まぁその彼も彼女に無理やりやらされたのだろうが、それを活用する立場からすれば大きな問題ではない。
しかし、Wikiに書いてある情報は全スキルの内7000個までしか記載されておらず、残り3000個は各プレイヤーの探究心を刺激するには十分であった。今後これらが網羅されるかは神様、仏様、廃人様、といった所だろうか。
それはともかくとして、所持する事が出来るスキルは限られていた。レベルが一つ上がるごとに得られるスキルポイントは1個だけ。また職によっては使えないスキルもあった。だがしかし、このゲームの特徴としてカンストした職業は引継ぎできるという特色を持っていたのだ。つまり職業レベルを最大まで引き上げた後にマスターという称号を得る事が出来る。そして別職業に転職、その際、以前の職業のスキルを引継ぎ、そして使用も出来るのだ。尚、カンストする前でも転職は可能だがその職業ごとにレベルは1に戻される。たとえば神聖術士で100まで上げ、その後呪術師に転職すれば、Lv1に戻され、神聖術士のスキルは使えない。だが、神聖術士をカンストまで上げてマスターの称号を得てから、呪術師に転職すると、Lvは1になるが、神聖術士で得たスキルを使用出来るという形だ。当然そこまでの道のりは遠く険しく、開発者たる彼等が言うには、おそらく全職業カンストできるものは居ないだろう、との事だった。
ちなみにこのゲームのカンストレベルは300である。つまり全職業を極めたとしても300×8の2400個。1万個あるスキルの中で4分の1程しか取る事が出来無いと言うことである。
Dive 4
それは長いプロローグ 了
結局1ヶ月缶詰状態でみっちり調べ上げ、もとい叩き込まれた世界の仕組み。途中からやけくそになっていた俺は格闘家のマスタークラスを取得、さらに召喚師もマスタークラスを取得、そして呪術師に手を出した所で試験期間は終了した。最初の2週間は10倍経験値だったが、ラスト2週間は100倍取得にしたのが大きかった。ところどころのバグが発見されて色々修正が必要だったりしたが、とりあえず予定通りサービス開始となりそうだ。そして予定通り人体実験の開始と言うわけだ。
テスト期間の終わりが近づくにつれ、どんどんとテンションが落ちていくシャリーを見ているのはなんとも言えない気持ちになる。所詮個人に過ぎない俺達に出来ることは少ない、そう言うと寂しそうに笑う彼女だった。おそらく最初無駄にテンションが高かったのも、俺を無理やり誘ったのも支えが欲しかったのかと自惚れで無ければ思ったりもした。
そして始まるサービスの当日、特に問題もなく進んだそのゲームサービスは瞬く間に世界中に広がりそして世界中の人を虜にさせた。とある国ではAI相手に結婚式を挙げると言ったほどだ。中毒症状が酷い為規制がかかった国もあり。一時期国際問題にもなった。そして同時に進んでいく裏の世界、脳細胞、脳領域の研究。見てみぬ振りをしていても、それがいつか自分に牙を剥く、世界とはそういうものである。
サービスが開始されてから3年、一人の死亡者が出た。原因は不明、ショック死と言われているがそれはあくまで世間に公表された通知。本当の原因はVRMMO、その脳システム開発の負荷によるものだった。不幸だったのはその死亡した男性の名前がアラン=リファリオット。彼女の弟だった。
「シャリー……」
「リョウ、ごめんなさいね。ふふ、本当に、本当に愚かね私は……」
「……」
「私が殺したようなものよ、分かってて、分かってて止めなかったのだから。分かってて手伝ったのだから」
雨の降りしきる葬式、黒い礼服に身を包んだ彼女はいつもより一回り小さく見え、そして、そして昔の俺に被って見えた。だが、俺は何も出来なかった。もしかしたらそこで何か、そう何か彼女の心の支えになるような事を言えていれば、また何か変わったのかもしれない。
その後彼女は何をしているのか分からない時間が増えた、風の便りでは有るが宇宙開発局の人間と接点を作って何かをやっているようだ。最近全く彼女と会う事も無くなってしまい、心配していたが依然として続くゲームのフォローに追われ、あまり気を向けてやれなかった。そして運命の日はやってきた。
「リョウ! シャリーを見なかったか!」
非常回線でかかってきた電話を取ると同時に聞こえる声。明らかに慌てた様子で喋っており、何かがあった事は明白だ。
「いや、見ていないが。何かあったのか?」
そう答えると直ぐに、すまない、見つけたら至急連絡をくれとだけ言われ電話を切られた。何か嫌な胸騒ぎがして彼女に電話をかけるが繋がらない。より一層嫌な予感が高まる。机の上に置いてあるPCを立ち上げ監視システムにハッキング、すぐに研究所内の捜索に当たったがどこにも見つからなかった。まさか外出を、と思ったが外出履歴には名前が無い。そこで思い出したのが宇宙開発局の話。
まさかと思い宇宙開発局にハッキングし、内部監視カメラで探すと、いた。そこにはコンソールの前で何かを打ち込んでいる彼女の姿が見えた。
「何をしているシャリー」
ぜぇぜぇと息を切らして宇宙開発局衛星シャトル部門の一室にたどり着いた俺は、閉じられていた電子ロックの扉をシステムハックして空け、そこに居たシャリーに声をかけた。
「リョウ、か。さすがね、まさかこんな短時間で見つけられるとは思わなかったわ」
「嘘を付け、それなら監視カメラをどうにかすればよかった。監視カメラシステムに何の細工もしていないなんてお前が本気で隠れようと思っているとは思えない」
全力疾走で疲れた体を壁にもたれ掛からせて、未だにコンソールをいじる彼女に問いかける。
「ふふ、本当に、さすがねリョウ」
「一体、何をしている?」
どうも様子がおかしい、残像が見えるほどの速度でコンソールの上を彼女の細い指が走っている。
「弟を、蘇らせるの」
「なに?」
その声は、暗くて、冷たくて、そう、まるで昔の俺のように。
彼女は、いったい、何を、言っている?
「ふふふ、弟を蘇らせるの。さぁ、これで終わったわ、衛星シャトルはあと数十分で射出される。もう誰にも止められない」
くるりと振り返った彼女の眼は狂気に彩られていた。あぁ、気付いてやれなかった、俺は、俺はまた助けられないのか、いや、違う、そうだ。俺は元々人を助けるなどと言う資格など無かったのだ。
警告音が辺りに響き渡る。さぁ、あとは私の研究室で最後の仕上げをしなければならない、そこをどいて頂戴と。そう話して来る彼女に俺は一歩も動けなかった。
ああ、ああ、ああ、なにをやっている、本当に何をやっているんだ! 彼女が去った方向に向かって走り出す、研究室に行くといっていた、ならば、ならば彼女はそこに居る。駄目だ、あの彼女を一人にしてはいけない、止めなくては、止めなくてはならない。階段を駆け上がり、廊下を走る、だが、だがしかし、彼女の部屋まで後少しと言うことろで警備隊の兵士に捕まってしまった。
「動くな! 両手を頭の上に、そして床に伏せろ!」
自動式拳銃の銃口を此方に向けながら怒鳴りつけてくる。必死に所属と名前を告げるが意味がない。冗談じゃない、こんな所でとめられている暇は無い。
「貴様! 俺をこんな所で拘束して責任問題になったらどうしてくれる! 貴様の所属と名前を言え!」
「黙れ! 緊急警報が鳴っている状態でその様な戯言に耳を貸すわけがあるか!」
くそ、やはり駄目か、こんな時に無駄にしっかりしていなくても良いのだが。心の中で悪態を付くが状況は変わらない、どうしたものかと考えているとその兵士の無線から聞こえた声が耳に入る。
『こちらα、シャリー=リファリオットは発見できず。発見次第射殺せよとの命令に変更との事だ』
その声を聞いたとき目の前が真っ赤に染まった。さきほど部屋のロックを空けるために使ったノートPCを顔面目掛けて投げつける。同時に怯む兵士、その隙を見て廊下の曲がり角へ駆け抜けて行く。すぐに後ろから鳴り響く銃声、兆弾の音と、火花が視界の端に映る。冗談じゃない、銃撃戦なんざ、組織壊滅の時以来だが、こんな所で死ぬつもりはない。そして、彼女も殺させるつもりはない!
走り抜けた先の非常ベルを叩き割り、スイッチを押す。うしろで非常防火扉が閉まっていくのを音で確認した後、彼女の研究室の前にたどり着く。運がいいのか、悪いのか、自分の持っていたカードキーで開いたその扉の中へ滑り込んだ。
「シャリー、悪いが鉛玉を食べる趣味はねぇんだがな」
すべりこんだ俺の目の前には拳銃の銃口を此方に構えたシャリーが立っていた。
「もう少しだったのに、本当に困ったものね」
くすくすと笑う彼女は本当に俺の知って居る彼女だろうか。今にも消えそうなくらい儚くて、そしてその目は俺を見つめていた暖かい眼差しではなく、冷たく、黒く、何も映していない。
「一体何をするつもりなんだ?」
「そうね、最後だし教えてあげるわ。弟の脳細胞データ、そう、あのゴミ共が負荷をかけて調べ上げた弟の脳内データ、それを手に入れたの。苦労したわ、本当に苦労した。ふふ、それをね、それをヤーウェに入れるの。AIの上書きシステムとして。そうすれば弟の記憶を持った生命体が誕生するわ。それはもう弟に相違ない、そう、弟なのよ! 私が、私が殺してしまった、私が殺してしまった弟を、だから、だから私が……!」
バン、と拳をドアに叩き付ける。力加減すらもう出来ていないその拳は鉄製の扉に負け、血が滲んでいる。
「そしてね、今度はあのゴミどもに触れられないように、絶対に触れられないように宇宙空間に飛ばすのよ。ヤーウェの世界のバックアップはここのスパコンに保存されているわ。およそ全長100mの機械だけど、それを衛星に積み込んで空に上げるのよ。宇宙空間なら誰も邪魔できないでしょう? この世界では無理だったけど、でもあの世界が好きだったアランだもの、きっと気に入ってくれるわ」
ふふ、ふふふ、と笑う彼女。どうして、どうして、俺は彼女を支えられなかったのだろうか。あぁ、今度もそうなのか、結局俺は救えないのか、結局俺は、このザマなのか。くそったれが、どいつもこいつも、本当にどいつもこいつも勝手気ままに生き過ぎだ。俺が、俺がどんな思いでいるかも知らずに!
「ふざけんな馬鹿女が、脳味噌くさってるんじゃねぇのか? てめぇが天才だって? ざけんじゃねぇよそんな腐った思考回路なんざ野良犬にでも食わせてしまえ!」
「なっ、う、うるさい! 良いから黙って見てっ――――――」
チュィン、銃声が響く、彼女の声と同時に銃声が廊下から響く。そして強烈な熱を腹部に感じる。あぁ、くそったれ、冗談じゃねぇ、このタイミングであほじゃねぇのか。ゆっくりと下を見ると腹部からドクドクと赤い赤い血があふれ出ており、鉄製の扉には数個の穴が空いていた。
『居たぞ! ここだ!』
『ロックを! 早くあけろ!』
騒がしい声が空いた穴から聞こえる。へっ、舐めんなよくそが、てめぇらの思い通りになると思うなよ。
え……、あ……、と急に挙動不審になるシャリー。俺の腹から出て行く血を見て顔面蒼白になっている。そんな彼女を横目に作業台においてあったPCを掴み扉の近くに戻る。呆然と立ちすくむ彼女に扉から離れるように指示、そして備え付けてある電子ロックに接続した。
くっくっく、はっははは。舐めるなよ凡人共……。ナイトキラー様のお出ましだぜ。
ポン、とエンターを叩く。そして流れるようにキーボードを打ち続ける。どんどんと流れていく血液、指の感覚が無い、体の感覚が無い、あぁ、それでも、それでもいいさ。今だ呆然と此方を見ているシャリーに声をかける。
「さっさとやれ、弟を蘇らせるんだろ? 悪いが俺もそう持たない、一応研究塔のシステムは掌握してこの扉も俺が死んでから2,30分は開かないはずだ。対戦車ロケットでも持ってこられたら別だが、まぁ、あの狭い廊下で使うことはないだろうし、一応非常シャッターも全部下ろした、バーナーを持ってくることも暫くは不可能だろう」
ツツ、と口元から垂れる血を拭いもせず、話し続ける。キーボードに血が垂れるが、もう目もぼんやりとしてきており画面が良く見えない。あぁ、まったく、本当に、くそったれな世界だったぜ。
そして彼は息絶えた。
最後に聞こえた言葉は、駄目なおねぇちゃんでごめんなさい、だった。




