Dive3
VR(virtual reality)システム。ヴァーチャルリアリティそれは仮想空間を現実と見せる技術。
それはつまり、人工的に現実感溢れる世界を、コンピュータグラフィックスや音響効果を組み合わせ、作り出す技術の事。
そのVRの構成要件としては何点か重要かつ必要な点が存在する。人工的な現実感を与えるというのが簡単に指しあらわす表現の仕方だが、それだけでは映画等でも該当してしまう。
その為、必要とされる用件は、体験が可能となる仮想の空間を構築する事(virtual world)。人間の感覚器官、五感に働きかけ、得られる没入感(immersion)。対象者、あるいは被験者の位置、そして動作に対する感覚へのフィードバック(sensory feedback)。対象者、あるいは被験者がその仮想空間に存在している世界に働きかけることができる対話性(interactivity)の4つとされている。
VRシステムは基本的に、入出力機器とコンピューターを組み合わせて構築されている。バイクのヘルメットではないが、頭全体を覆う(場合によっては視界のみ)ヘッドギア、ヘッドマウントディスプレイを取り付けることで仮想空間を視覚的に表現する事が出来る。
また、触感などをあらわすために、手を覆うグローブの様なものを取り付け、まるでそこに物があるかのように圧を加え、抵抗を表し、感覚に訴えるシステムも存在している。
Dive 3
それは長いプロローグ 終
彼女、シャリーは自分で言うだけあり、たしかに天才であった。AIシステムの天才であり、彼女の成果を見せてもらったがその反応性能、記憶媒体、対応能力、ありとあらゆる面で現存する技術を超えていた。当然所々改善点はあるのだろうが、何も知らない人間がこのシステムと話したら、最初は普通の人間と対応していると思うだろう。当然暫く話していればボロも出るのでアレなのだが。
今回俺が組み込まれた組織、いやチームはAI局ではなく、プログラミング部門だった。一体全体何を作りたいのか、と聞いた所、彼等は世界を作るのだと言っていた。正直意味が分からない。世界を作る、いや世界を作って何がしたいのか? 世界を作って何を得られるのか? はなはだ疑問だった。しかしいろいろ話を聞くに俺でもなんとなく理解できた。俺が、いや俺達が作り上げるのは仮想世界、そのメリットとして一つは軍事利用。
弾薬代もいらず、そして場所代もいらず、そして実践に近い形での訓練が可能。次は医術転用、青を知らないものに空の青さを、花を知らない物に花の美しさを。脳波に直接刺激を送るシステムを取り入れればこれも可能になるであろうとの事。そしてこれはまだいまいち理解できていないのだが、人間の脳の開拓、だそうだ。正直医学知識は殆ど無いので聞き流したが、どうやらこの部分と、そして最初の部分がわりかし重要らしい。
とりあえず俺は与えられた仕事をする。俺が担当するのは世界の構築。VRシステムに関しては別部門が行うそうで、なんか巨大な卵状の置物が大量のコードを繋げてチカチカと点滅しているのを良く見る。どちらにせよ俺が担当している世界が完成しない事にはアレの出番も無いそうなのでせっつかれた。犯罪者である俺に対する態度はどうなんだかな、と思っていたが、実力を示すと直ぐに馴染めた。いや、馴染んでいたと言えば語弊が有るが、少なくとも非協力的でハブにされるといった事は無かった。なんだか拍子抜けだ、そして同時に仕事に打ち込んでいる俺を省みて苦笑する。あれだけこの世界に対して恨んでいた気持ちも収まってしまった。それはこの仕事のせいか、それともシャリーのせいか。
彼女とは良く話した、スタンダートで小馬鹿にしたしゃべり方の俺に付き合ってくれる彼女は貴重だった。会ってから2年、だいぶ俺の話し方も柔らかくなったのだろうけど、よく付き合ってくれるものだと思う。20歳を超えた俺は良く彼女と酒を飲みにも行った、そしてそのままなし崩し的に関係が始まったのもこの時だ。まぶしい朝日の中で微笑む彼女は本当に美しかった。そう言ったら顔を真っ赤にして照れていた。それすらも可愛いと思う俺はどうにもすこし壊れてしまっているようだ。
技術開発は物凄いスピードで進む。俺が作り上げた世界、その世界の名前をヤーウェと名づけた。シャリーにしようか? と聞いたら割と本気で殴られた、そこまで怒らなくても良いと思うのだが女性はわからない。AIシステムもかなり出来栄えが良くなり、もはや完璧と言っても良いだろう。普通に人と話して居る事と相違ない。彼等をAIでは無く人と呼べる日も近いだろう、そう話すとシャリーは悲しそうな顔をしていた。機械を人とは呼べない、そう呼べる世界ではないのだと。
そして完璧な彼女のAIシステム。そして俺の作り上げた世界、ヤーウェでの始動が始まった。卵形状のVRシステムに入り込み、内部調査を行う。画面に表示され流れていくログ、それを見ながらヘッドギアを頭に被り、目を閉じる。そして唱える、ログインの為の一言Diveと。
直ぐに肉体が若干の浮遊感をおび、その世界に降り立つ。作り上げた世界は中世程度の文明を持っており、そして多種多様な種族が居た。まさにファンタジーである。どうしてファンタジーの世界にしたのか疑問だったのだが、このシステム、MMOとして売り出す予定との事だ。Massively Multiplayer Online世界中の人々がここにアクセスし、遊ぶ為のゲームツールとするのだと。つまり、そう、3つ目の理由、脳内開拓、それを世界中の人間を利用してやろうとしてるという訳だ。
彼女は明確にそれを言わなかったが、言わなくても流石にわかった。これだけの投資をしているのだ、ただのゲームで終わるはずが無い。安全性は当然図られるし、危険は無いのだろうが、知らない所で脳を弄られるのだ、好き勝手に。俺がそうならとてもではないが我慢できない。しかしたかが一介の職員、なにより元犯罪者、さらに言えばシャリー以外の人間がどうなろうと知ったことではなかったのだ。ただ、ただ少しだけ、悲しそうな顔をしている彼女が脳裏から離れなかった。
満を持してゲームは始まる。世界的に、革新的に、革命的に、個人でも取り扱うことが可能なレベルにまで単価を抑え、サイズを抑えたVRシステムが普及されていく。そうして世界中の人々はその世界に入るのだ、Diveと唱えて、己が実験体にされていることも知らずに。
「シャリー、俺達も弄られているのだろうか?」
「どうかしらね、おそらくメインサーバに直で繋いでるし大丈夫じゃないかしら」
「だと良いんだがね」
正式サービスが始まる1ヶ月前、内部の最終メンテナンスの為、俺とシャリーはヤーウェの世界にログインしていた。俺はヒューマン族、そして彼女はエルフ族の女性の外見をしていた。世界に広がる予定のヤーウェ。それは他の追随を許さぬ麗美な景色と合衆国と同程度ほどの広大な大陸、そして綿密に練りこまれたストーリーとシステムを既に作り上げている。
その世界には4つの種族が存在し、8つの代表的な職業が存在していた。
まず種族は、ヒューマン、エルフ、シャーマン、ドラゴニックである。
ヒューマンは平均的なステータスを有し、汎用性に優れる。
現実世界に居る人間とほぼ変わりはない、あえて言うなら筋肉質である、くらいだろうか。
エルフは魔術的特性が高く、呪術師、そして召喚師が適性職と言われる。
長い耳を持ち、線の細い体と、背が高めなのが特徴的。
シャーマン(ワーキャット、ワーウルフ)は、敏捷性に優れ暗殺者、狙撃者が適性職。
獣人族と言われる種族、猫耳や犬耳が付いており、背が低めなのが特徴的
ドラゴニック(龍人族)は、筋力、そして体力に優れており、騎士、そして重戦士が適性職である。
強靭な肉体と大柄な体格、そして頭に生えた角が特徴的。
他に神聖術士、バッファー(補助呪文)や回復呪文を得意とする職業と、格闘家と呼ばれる武器が無くても戦うことが出来る職が存在している。どの人種であろうとどの職業にも付くことができ、あくまで適性であり絶対でもない所がこのゲームの特徴である。またサブ職業と呼ばれる職業も存在し、それがまた深みを増す原因の一つでもある。
そんな世界の中に開発者の二人が立っていた。
「それでどうすんだ?」
「どうするもこうするもシステムチェックよ。この1ヶ月は殆ど寝れないと思いなさい」
何言ってるの? とばかりの顔で此方を見る。そのくびれた腰に手を当て、胸を張ってえばる。胸の大きさはリアルに比べて明らかに大きい。詐欺か? と言ったら蹴られた、酷い話だ。それよりも酷い話を言っているのだが。ふつふつと湧き上がる怒りを抑えきれず思わず怒鳴る。
「あ゛ぁ? おいおいふざけんじゃねぇぞ、酒は! タバコは!」
「酒はゲーム内にあるわ。睡眠は最悪VRシステムの中ね。トイレの時だけログアウトを許すわ」
そんなもんは感覚的な味であって実際に摂取してるわけじゃねぇだろ、と思わず叫びそうになる、だがそんな事よりも言いたい事があった。とりあえず出来栄えを試しに見に行きましょ、とVRシステムに無理やり押し込んだその彼女に。
「てめぇこの野郎嵌めやがったな!」
「はいはい、貴方も責任者の一人なんだからしっかりやりなさい。しかし貴方のその顔とかどうにかならないの? まるでどこぞのマフィアよ?」
そう、リョウの顔は左目にかかる傷跡に顎鬚が生えており、そしてオールバックの髪。髪はおそらくこのVRシステムなら降ろそうと思えば降ろせるのであろうが……。なぜ美形揃いの顔テクスチャを使わずにそれを選んだのか疑問である。たしかに味のある顔といえばそうなのだが。
「見た目はほっとけ! というか犯罪者を責任者にするてめぇらの神経を疑うわ!」
本当に疑う、心の底から疑う、だがしかし責任者な事には変わらない。いいからさっさとやるやる、と元気一杯の彼女に再度ため息を付き、まぁしかたがないか、と思いながらシステムチェックと言う名のゲーム遂行を進める事にした。
このゲームは先にも述べたが職業が8個ある、ちなみにテスターは4名。俺と彼女以外は他の町からスタートしているそうだ。そのため各自2個づつの職業テストを行うことになっている。俺はとりあえず格闘家と召喚師にした。召喚師はシャリーも取りたかったそうだが、呪術師と神聖術士で我慢するそうだ、我慢するって何だ我慢するって。他の二人は重戦士と狙撃者、騎士と暗殺者というよくわからないバランスの組み合わせになった。俺は感性で選び、彼女はやりたい職を選び、あとの二人は仕事だから別に何でも、という感じだった。むしろ後者二人が正しい解答だろう。
ちなみにヤーウェの世界では代表的な街が4箇所存在する。それは各種族の始まりの街とも言われ、そして最大の都市とも言われている。正直成長する世界なのでいつまでもそうとは限らない所では有るのだが。
ヒューマンが統治する城塞都市 ヴァルファニア
シャーマンが統治する湖月都市 ジルコニル
ドラゴニックが統治する乾燥都市 グランヴァス
エルフが統治する深緑都市 ボルドーザ
以上4つである。当然ながら小さい村や町は他にも多数存在しているが代表的なのはその4箇所だ。各プレイヤーはこの大都市の近くの村からゲームをスタートさせる。簡単なレクリエーション、戦闘の心得などの注意点を案内役のNPCから受け、そして近くのフィールドやダンジョンで最初に選択した職業レベルを20にしたらこの大都市へ向かうのだ。今回はそのレクリエーションをショートカット、大都市のクエスト確認をするのが主な目的だ。それに加えてレベルアップ作業といったところか。
テスターのためレベルアップ速度は通常の10倍に設定されている。最初は100倍の予定だったが、あまりにも早いと穴を見つけれないかもしれない、との事でこの数値に収まった。
「戦闘システムの確認はほぼ終わってるけどリョウはまだやったこと無かったわね?」
「あぁ、このフラストレーションをぶつけれるなら大歓迎だがな」
あら頼もしいわね、とくすくすと笑いながら先を歩いていくシャリー。ちっ、と舌打ちをした後彼女の後を付いていく。その後戦闘訓練とスキルの説明、そしてとりあえずレベル100までのクエストチェックを行った。どうにもこうにも嵌められた感が抜けないが、彼女が楽しそうにしているからまぁ、良しとする事にしよう。




