Dive11
ヤーウェの世界の建物には耐久値が設定しており、一定以上のダメージを与えると壊れるようになっている。
高性能の素材、高価な素材、そういったものを使えば使うほど耐久値は上がり、逆はその然りである。
エンチャントと言われる魔術的補正を加えることも可能であり、これは付与術士と言われるサブ職業のスキルになる。
テスターの時にさまざまなサブ職業の試験運用も行っており、氷山リョウ、もといエイスは鍛冶師、付与術士、建築士、採掘士等の職業を収めていた。
付与術士は既に述べたが、鍛冶師は武器、防具、杖、槍、盾、そして何故か呪術師の武器である魔導書も鍛冶師が作成できた。見た目明らかな分厚くてでかい本なのだが。ゲームだから、で済まされるにしてももうちょっと設定を考えなかったのだろうかとも思う。
採掘士は鍛冶師で使われる、また裁縫士や装飾士が使えるような宝石から鉱石などを大地から採集できる職業である。
この職業が無ければ、この世界に存在し、ランダム配置されている鉱石もしくは宝石を発見しても採掘ができない。また、高価なものほどこの採掘士のレベルが高くなければ採掘できない。
薬草などを採集する採集士も同様なのだが、こちらはフェリのキャラクターが育てていたのでエイスは持っていない。回復役でバッファー役であった彼女が居なくなった以上ソロが常となるためそういった採集レベルも上げておくべきだろうとは思っているようだが。
そして最後に建築士、これは建物を作るためのサブ職業だ。これは建物の補修から建築まで出来る職業でレベルが上がれば上がるほど、立派で大きなものが作ることが出来る。基本となる建物は建築士のスキルを売っている建築士センターに行く必要があるのだが、テスターだった彼のスキル欄には全ての建築スキルが所持されている。
その建物はプレイヤーが作れるもの、とゲームマスターしか作れないものがあった。前者は先に述べたが耐久値が設定される物、後者はそれが無いものだ。
後者が作った建築物は壊れてはいけない建物として世界に認識され、ダメージが通らないように設定されており、どんなに攻撃を加えてもnot breakとしか表記されない。
ヴァルファニアの城であったり、城壁であったりがそうなのだが、その保護プログラムから切り離されたこの世界ではどうなのかは分からない。
Dive11
騎士団長
「なぜ俺まで……」
後ろでいまだぶつぶつと文句を言っているエイスを放って詰め所の一室で説明をしているフェリ。出されたミルクを行儀良く飲みながら騎士団長である彼女と事情の説明と先ほどの対応の謝罪を述べていた。
「本当に申し訳ありませんでした。私の方からもきつく言っておきますので……」
背から生えている羽を萎らせ、しずしずと頭を下げてくるフェアリー族の彼女。先ほどから何度も聞いている言葉だ。
「構わんさ、最初の対応にも問題があった。状況は理解した、さきほど保護された少女からも同様の話が聞けたしな。とはいえ君は大分嫌われたようだが?」
と、出されたコーヒーに一口もつけず、いらいらとした様子で椅子に座る男に声をかける。
髪はアッシュブロンドのオールバック。左目の上には切り傷らしき傷が大きく刻まれており、目は鋭く鷹の様。体格はそこそこ良いようだが、我等騎士団ほどではない。着込んでいるローブを脱ぎ、黒を貴重とした独特の服を纏っている。背には大きな魔方陣が刺繍されて居る事から魔術系の装備だと思われる。金糸で編まれた刺繍の様なのでかなり立派なものだと予想できるのだが。
どちらにせよ見た目は完全な呪術師、攻撃系魔法を用いる職業のはずだ。しかし部下が攻撃された時彼が使ったのは素手だ、正直どうやって素手で吹き飛ばしたのか疑問が尽きない。
また、フェアリーを連れて居る事からさらに何者なのか追及したいところだが、どうにもこうにも機嫌が最高潮で悪いようだ。むしろなぜこんな男にフェリ、と名乗った彼女が付いているのかわからない。かなり苦労しているのは今までのやり取りで分かったのだが。
「何だ?」
じっと見ていたのが気に触ったか、不機嫌な顔を隠そうともせずにこちらを睨みつけてくる。いやはや、まるで野良犬だな、誰にでも噛み付きそうな男だ。あんまりこの街で問題を起こされると困るのだがな。
「エイス、と言ったな。こちらの対応が悪かったことは認めよう。だがしかし暴力だけでは何も解決しない、それを良く学ぶのだな。それとこの街であまり問題を起こすな、我等とて暇ではないのだからな」
「はっ、しるかよふごっ」
肩を竦めて鼻で笑い発言した途中でフェリが体全身を使って口を塞ぐ。このぼけ、ばか、あほ、とか騒いでいるのが聞こえる。いやはや、本当に苦労してそうだ。
その後、簡単な調書を作成、彼等は開放となった。
彼はヒューマン族の呪術師、そう呪術師である事は間違いなかったようなのだが。冒険者ランクはEとの事だ、正直信じられない。彼の力量でEなどと言ったらどれだけの冒険者がEランクどころかE以下になってしまう。まぁ、まったくクエストを処理していないのなら話は別なのだが……。
結局最後まで不機嫌顔だった彼を詰め所から送り出した後、入口の前でそう思ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「いつまで不貞腐れてるのよ」
「はぁ、別に不貞腐れてねぇっつーの。もう済んだ事だしどうでも良い、さっさと土地購入をして家を建ててしまおう」
ずんずんと灰色のローブをはためかせて前を進むエイスに声をかけるフェリ。ぴたりと止まったかと思えば疲れた顔で振り返りそう答えてきた。どうやら彼的にも悪いという意識はあったようだ。たぶんだが……。
「とりあえずクエスト報告が先だな、いくぞ」
肩で風を切って歩くが如く、騎士団の敷地から出て行く。出る際兵士数名から睨まれていたが何処吹く風だ、門の近くに立っていた兵士に向かっても、どけ、の一言で出て行った。もうすこし言い方というものが無いのだろうか。
そのあと直ぐにギルドに到着、受付嬢のリーアから苦笑され、貴方も大変ねと言われてしまった。そうだ、大変なのだ、是非この馬鹿にはその苦労の1割でも理解して欲しいものだ。手配書の処理確認が押された紙切れを受付に渡しているエイスを睨みながら思う。やはりこの男にエイスの体に入れたのは失敗だっただろうか、いやしかしあの状況でマッチングが早かったのはこれだけだ、仕方が無かったのだ。
はぁ、とため息を付きながら報告を終わるのを待つ。同時に採集クエも数個同時に処理しているようで、驚くリーアの声が聞こえる。そしてどうやら無事Dランクに上がったようだ。こんな短期間でランクアップする人なんて初めてです。と感嘆の声を上げられている。
「是非今後もおねがいしますねっ!」
「断る」
満面の笑みでにこやかにしゃべるリーアに無表情無愛想の声で一言。ばっさりざっくり断るエイス、もう少し言い方が、というか絶対さっきの件引きずっている、絶対だ。本当に心の狭い男だ……。
「あー、ごめんねリーア。暇を見つけてまた来るから」
「うんうん、大丈夫よ。もっと理不尽な人も来るからね、かわいいものよ」
かわいいものよ、の発言でピクリと眉を動かすエイス。さっさと行くぞと吐き捨て、ギルドを出て行ってしまった。苦笑する彼女に手を振り私も後を追いかけた。
次に向かったのは土地購入管理人の場所、郊外に家を立てるつもりなのだ。配置が変わっていない為、直ぐに目的のキャラクターを発見、土地の購入を行った。金額は2億リブ、たとえ郊外といえ城塞都市ヴァルファニアの近く、この位は当然だろう。特に何も文句を言わず購入する。目の前に一枚の紙切れが出現し、そこの右下にサインする。ポンと軽快な電子音が鳴り、システムコンソールの所持物件一覧に項目が追加されるのを確認した。
ヤーウェの世界では土地購入は何回でも出来る、だがしかし2回目の購入から金額が割高になる。単純に倍々していくのだ。これは一人のプレイヤーがいくつもの土地を独占するのを防ぐ意味がある。また所有している土地に対しての所有税が発生する。これは土地の価格の1%に過ぎないのだが、3ヶ月以上支払いが行われない場合、土地の回収が行われてしまう。登録抹消ということだ。これは長期ログインしなくなった者に対しての処置である。当然事前に運営会社に連絡をすればある程度融通してくれるがそれでも最長半年だ。
まぁ、一生この世界に居るであろう彼らには関係の無い話しかもしれないが。
「さて、と。やるか」
「どんなのにするの? 建築スキルは全部登録してたよね?」
「最初は合衆国に居たときの様な形にしようかと思ったが、せっかくだしな、日本風にする事にした」
「え? ほんと! 私日本庭園とか夢だったんだぁ」
目をキラキラさせてはしゃぐ彼女を横目にシステムコンソールの中の建築スキル一覧をスクロールし、目的のスキルをタップする。必要な素材が表記され、足りないところは赤字、足りているところは白字で表記されている。テスターの時にいろいろ作れるために建築素材は大量にストックされているので問題は無い。すべて白字で表記されている事を確認した後、下に表示されていた確認ボタンをタップする。
すると長方形の巨大なカーソルが表示された。指を動かすとそのカーソルが移動する。これは建築する場所の指定であり、このカーソルを置いた所に一定時間のキャストタイムを使い家がつくられる。土地管理人から購入した土地の上にカーソルを持って行くと、設置可能です。のシステムポップが表示され、その後、最終確認ボタンを押した。
まるで魔法のように素材が空中で研磨され削られ、そして組み立て上げられていく。インベントリから取り出して建築場所の中央においていた素材は宙を舞い、宙を踊りどんどんと形を作り上げていく。今回選んだのは日本屋敷Ver3である。
瓦の屋根の2階建ての建物、2階は12畳の部屋が4つ、1階は24畳の部屋が二つ10畳の部屋が二つ。囲炉裏が付いており、そして素材置き場として使う予定の10畳程度の地下室が付いている。庭は石庭と松が生えており、小さな池と鹿威し、中には鯉が3匹ほど泳いでいる。そしてこの屋敷の最大の特徴、屋敷の一部が鍛冶場となっており、大仰な窯がそこに鎮座していた。
出来上がるまでおよそ4時間。本来であれば16時間かかる建造物であるが、建築士のマスターである彼は建築短縮スキルを取得しているのでそれだけの時間で済んだ。それにしてもなかなかの時間なのだが。
信じられない速度で出来上がっていく建造物。おそらくヴァルファニアにここまでの建築士はいないこと間違いない状況、たとえ郊外といえどその異様な光景に何人かの野次馬が気付いたらできていた。
強面の顔に怖気づいたのかどうかはしらないが、声をかけてこないので、というか声をかけてきたとしても違いは無かったかもしれないが、周りに集まっていた野次馬を無視して屋敷の中に入る。これでようやく落ち着けるな、と思いながら。
「きゃー石庭! 石庭じゃない! 整備いらずのゲームでこそよねぇ。って鍛冶場? なんで?」
屋敷に入ると同時に騒ぎ出すフェリ、入り口の門を潜り、石畳の通路の横に広がる石庭、そしてその反対側に鎮座する窯を見てそう話した。
「まぁ、一応な。この街は騎士が多いだろう。ヴァルファニアだしな、鍛冶は使えるだろう。まぁ気に入った奴にしか作るつもりは無いがな」
「あなたが気に入ることなんて有るの……?」
「さぁな」
右手を振り上げフェリに返事をした後、玄関、木造の引き戸を開けて中に入る。靴を脱げよ、とフェリに伝えたが、そういえば空を飛んでいるから関係ないかと思い直し、先へ進む。廊下は木造の床、壁は漆喰、引き戸は障子とまさに日本屋敷の内部である。
適当に部屋を空けるがそこには畳が敷かれているだけで何も無い。家具は追々集める必要があるだろう、家具職人のスキルは他の二人の担当だったので買うしかない。あとはトイレと風呂だけ和風以外に洋風のを作っておきたいな、と石庭の上ではしゃぐフェリを見ながらそう考えた。




