Dive10
ヤーウェに存在しているモンスターは攻撃アルゴリズム、攻撃パターンが設定されている。それはスキルの数から効果から、そして連続攻撃のパターンから攻撃する前の仕草から、だ。
ゲーム内部でその攻撃パターンを記載されているモンスタースクロールを購入する事が出来たが、この世界ではそれを取り扱うNPCはいない。とはいえ、自分が作ったプログラムだ、大体の所は覚えているのだが。
通常攻撃にすぎないヤクザキック風のただの前蹴り。ステータス補正とレベル補正によりふきとばされたブラックグリズリーはHPバーを一気に削り取られ、豪快に吹き飛びながら霧となり拡散し、Dropアイテムがそこに残った。人と違いモンスターは蘇生魔法適用タイムは無いのだ。
顔面に向かって半泣きで殴りかかってきたフェリを格闘家のパッシブスキル体裁きで自動回避後ぽいっと後ろに放り投げる。そして目の前で鼻水と、涙と、そして土やら埃やらで汚くなった少女に目を向けた。
Dive 10
この少女を売れば金になるか?
「おい」
今だ呆然とこちらを見上げている少女に声をかける。ショートカットの赤髪はぼさぼさで、小枝がささって葉がくっ付いている。何が起こったのか理解できていないのか、何も答えてこない。めんどくさくなったので襟首を掴み上げ肩に背負った、というよりひっかけた。
「へぁっ」
変な声を出す、少女こと荷物。放り投げたフェリから、女性をまるで物みたいにあつかうんじゃないー! と、苦情の声が聞こえるが知った事ではない。
「ヴァルファニアのギルドに放り投げとけば後は勝手にやってくれるだろ、それでいいんだろ?」
目の前を飛び回りながらギャァギャァ叫び続けるフェリにそう伝える。何でこんな所に少女がいるのか、とかそんな事は正直如何でも良いし関係ない。家を探す気もないし、どうせ報告でギルドに行くつもりだったのでついでに過ぎないのだ。
「この最低! 馬鹿! 死ね!」
そう言えばリアルでも良く言われたなぁ、と思い出しながら【白虎】を呼び出す。【白虎】が現れた瞬間、肩に乗っていた少女がビクリと震え、硬直する。どうやら敵と思ったのか、それとも得体の知れないものに驚いたか、どちらにせよ説明する気もないのでそのふかふかの毛が生えた背中に少女を放り投げる。バフ、という音が相応しいくらいに顔面から背に突っ込んだ少女を【白虎】は受け止め、主人よそれはあんまりではないか、と言いたそうな目を向けてくる。フェリも同じような目をしている。
「手配書は全部終わった、さっさと帰るぞ」
そんな視線を物ともせず、先を促す。適当な素材も割りと集まったし採集クエストもある程度処理できるだろう。上手くいけばDランクくらいにはなれるかもしれない。
顔面から突っ込みまた半泣きになっていた少女を前のほうに座るよう押し出し、ヴァルファニアに向かうように指示を出した。
「きゃぁぁっ、ひぁっ、きゃっ、あぁ、いだっ!」
走り出した途端騒ぎ出す少女、あんまりにも煩いのでゴン、と拳骨を食らわせる。当然本気ではない、さすがの俺もこういった相手を殺すほど落ちぶれてない。今度は頭を押さえて泣き出した、はぁ、とため息を付く。これだから餓鬼はめんどくさいんだ、やってられん。そう呟いた俺にアンタも十分餓鬼よ、とフェリが呟いてきた。
ものの数分でヴァルファニアの近郊に付いたので【白虎】から降りて帰還させる。しかしいつまでもぐずっていてそこを動かない赤毛の少女。めんどくさいので襟首を掴み引きずっていく事にした。途中まさか警備兵に捕まることになるとは思わずに。確かに、俺の顔で少女を引きずっているこの光景は誰がどう見ても誘拐犯だろう。
「き、貴様! 白昼堂々誘拐とは! 応援を呼べ! 逃がすなよ!」
大通りを暫く歩いた後にかけられた最初の言葉。そしてようやく気付いた自分の状況。まったくもってやってられない、こちらとら人命救助をした上、善意でギルドに連れていってやろうとしているのにこの結果とは。本当にやってられん。
「エイス、これはさすがに私もアンタが100%どころか200%くらい悪いと思うわよ……」
「この馬鹿共が短絡思考過ぎるんだろうが」
「それをアンタに言われたくは無いと思うわ」
ため息を付くフェリを横目に、周囲を囲む兵士を睨む。ついには引きずっていた少女が助けて、と叫びだした。人が助けてやったのにその態度とは舐めきってるな。まぁ、いいそれなら望みどおり助けてやろう。
「おらっ」
右手に掴んでいた少女を兵士の一人に放り投げる、危なげにキャッチした兵士。直ぐに周りにいた人々に介抱される。サンドラさんところのお嬢さんじゃない! という声も聞こえる事からもう問題ないだろう。おそらくだが。
「さて、一応状況の説明をしたほうが良いかな?」
こきりと指を鳴らし、目の前に立ち剣を向けてくる兵士に声をかける。
「ふざけるな! 誘拐犯の話など聞くか! おい全員で捕らえるぞ! 相手は呪術師だ詠唱の暇さえ与えなければ問題無い!」
おそらく装備しているローブや、中に着込んでる服装で判断したのだろう。まぁ、中に来ている服はテスターの時に強化しつくしたあほみたいなスペックを持った呪術師の装備なのだが。これについては追々語ろう。
「ふむ、聞く耳持たずってことか、まぁ構わんがね」
剣を振りかぶって攻撃を加えてくる兵士を体裁きで自動回避、そしてその腹に一撃を加えた。
―――――ドゴォォォォン
後ろにあった家の壁をぶち抜き、備え付けられていた家具を吹き飛ばし、そして反対側の壁をぶち抜いて通りを転がってようやく止まったその兵士。格闘家Lv200スキル【天昇撃】、スタン性能を持ったスキルで、効果はスタン6秒、ステータス補正によるノックバックダメージである。そう、この攻撃では止めを刺すことが出来ないのが特徴である。
そして止まる時間、固まる空気。そこに居た人々も、彼を囲んでいた兵士も何が起こったのか分からない、いや、起こったことを理解できていない。まさに理不尽、まさに理解不能、最悪いや、災害がそこに存在していた。
「殺すとフェリがうるせぇからな、程々にしておいてやるよ」
にやりと笑い、他の兵士に視線を移す。視線があった兵士はびくりと震え、一歩後ずさるのが目に見える。
「ば、ばかな、呪術師だろう!?」
「人が、人が吹き飛んだぞ!」
騒然とする大通り、彼を囲っていた兵士が全員警戒するように後ずさる。
「言っとくが、俺は説明をしようとしたんだぜ? それに対して先に攻撃してきたのはてめぇらだ。覚悟は出来てるんだろうな?」
じゃり、と一歩先に出る、それとあわせて一歩下がる兵士達。さて、コンボで蹴散らしてさっさとギルドに報告に言って家をかわねぇとな、と考えている所で良く通る、そして芯の有る女性の声が大通りに響き渡った。
「何をしているっ!」
凛とした姿、透き通る声、金色のウェーブがかかったバストトップで切りそろえられた髪、整った顔。身を包む銀の鎧は麗美な装飾が成されており、左肩にかかるそのマントは騎士Lv100スキル【聖戦騎士】のスキル持ちである事をあらわしている。HP+1500、MP+1500の補正をもったパッシブスキル。それを持つ騎士はこの街には一人しかいない。ヴァルファニア最強の騎士、ヴァルファニア騎士団の騎士団長ラニア=フォドリゲスである。
「団長! 実は誘拐犯の拘束を……!」
「なに?」
誘拐犯という言葉と包囲されている俺の立居地を見て状況を理解したのだろう、厳しい視線を向けてこちらを睨む。
「そこの男、それは本当か?」
「あん? そいつがそう言ったのならそうなんじゃねぇのか? 俺はどちらでもかまわねぇよ、悪いがやる事があるんだ、邪魔するならてめぇもぶちのめすまでだ」
俺の返事に眉を潜め、状況の確認の為か傍にいた騎士に再度声をかけている。民衆に保護された少女を指差して説明している、騎士団長は何度か頷いた後こちらに再度向き直り、声をかけてきた。
「状況は分かった、悪いが詰め所まで来てもらおうか。事情を説明してもらいたい」
「お前は馬鹿か? その胸と同様に脳みそが頭に詰まってないのか? 俺はやる事があると言っただろ。あんた等の妄想と妄言に付き合っている暇は無い」
肩を竦めて鼻で笑い答える。同時に騎士団長である彼女のこめかみに青筋が浮んだ。どうやらコンプレックスなのだろうか、テスターでは特にクエストを受けるだけの相手だったので大して気にもしていなかったが、2chではかなり人気のあったNPCだ。ちなみに結婚したいヤーウェキャラクターの上位ランキングの一人であった。
「ほぉ……、ずいぶんな事を言ってくれるものだな。我等ヴァルファニア騎士団と敵対するつもりか?」
ギチリと腰に吊るしていた剣の鞘を掴むラニア、少しだけ抜かれた刀身が日の光を反射し、輝いて見える。
「するもなにもてめぇらから喧嘩売ってきたんだろうが。それを俺は買っただけの話だ」
みしり、と空気に皹が入る感覚に囚われる。生憎と重戦士のスキル【威圧】などといった便利なものは無い。そういえば騎士団に手を出したら街に住むことは難しくなるんだったろうか。いや、そんな設定はした覚えは無いがどうだったかな、とまるで他所事のように考えながら相手の出方を待った。
そんな一触即発の状況で間の抜けた声が響き渡った。
「ちょぉぉぉっと、まったぁぁぁぁあ!」
灰色のローブ、カルフマインのローブにつけられたフードの中から一人の、いや一匹のフェアリーが飛び出し、左手を腰に、右手を前に。この印籠が、とでも良いそうな雰囲気で俺と騎士団長の間に立ちふさがった。
「む、フェアリー、だと?」
突然飛び出したフェアリー族の彼女、フェリの出現に固まる騎士団長、そして周りの人々。警戒している様子は変わらないが、完全に注意はフェリに逸れている。そんな状態の騎士団長に何をするのかと思ったら、突然ガバッとでも効果音が付きそうなほど頭を下げて叫びだした。
「ほんとすいません! うちの馬鹿が本当にすいません! 事情は私の方から説明しますのでどうかここは落ち着いていただければと……!」
まるで空中で土下座するがごとく頭をぺこぺこと下げ、謝り出した。平に平にご容赦を~って、お前時代劇でも見たことでもあるのか……、とまでのテンションだ。だがしかしそれは気に入らない、なぜこいつに謝らなければならない、こっちは善意であの餓鬼を助けてやったと言うのに。
「おい、フェリ。こんな男女に謝罪する必要はねぇぞ、先に手を出してきたのは向こうだ」
「アンタは黙ってろおぉぉぉ! ややこしくなるからしゃべるな、話すな、息するなぁぁぁ!」
疑問を告げるがまるで顔だけでかくなったかと錯覚するほどの勢いで怒鳴られる。その勢いに押され、思わずたじろいでしまう。普段怒らない人が怒ると恐ろしいというのは本当の様だ。
「いや、それはさすがに死ぬと思うが……」
結局ぼそりと反撃する程度しか俺は喋ることができなかった。




