Dive1
世界を矮小に感じたことはないか?
己を納める器を、認めてくれる存在を求めたことはないか?
己の居場所に確固たる自信はあるか?
己の力に確固たる自信はあるか?
この世界は本当に己にふさわしい世界なのか?
問うても問うても解は得ない、それは結局己の中にあるのだから。
Dive 1
それは長いプロローグ 初
生まれた時は両親はまだ優しかったのではないかと、そう思う事がある。記憶には全く残っていないのだが、おそらく、いや、もしかしたら優しかったのではないかと思うのだ。
何が気に入らないのか、何が納得いかないのかはわからないが、日に日に激しくなる暴力はどうしようも無く、生まれてきたことが間違いだったのではないだろうかと考えた事もあった。
6歳の時、ヤカンの熱湯をかけられ、右足の太ももが完全に爛れてしまい、酷い有様になった。酷い痛みで泣き叫び、足が全て溶けて無くなってしまったんじゃないかと思ったほどだ。皮膚に服が張り付き、移植手術を必要とするほどの火傷。お尻から皮膚を移植したその手術はおよそ3時間かかったと聞いている。歩けなくなるほどの後遺症を残したわけではないが、その後のリハビリはそれなりに地獄だった。なぜ俺がこんな目にあわなければならない、と、そう思ったのはその時が初めてだった。それまでは俺が全部悪いのだろうと考えていたのだが。
半年近いリハビリを終え、退院したが実家に戻ることは無かった。それが原因で虐待が発覚し養護施設に預けられることになったのだ。まぁ、それが本当に良かったかどうかは分からない。ちなみにその火傷の跡は一生残るだろうと言われた。水泳は一生やる事は無いだろう。
中学生になった時、親が反省して迎えに来たという話を聞く。どうやら離婚したようで母親が迎えに来たと聞いた。以前のようにパチンコ三昧という訳でもなく、そして涙を流しながら謝り、そしてきちんと仕事もしているとの事で様子見も兼ねて一時帰宅が許された。許されたというのも変な話ではあるのだが。6歳の頃から考えて8年ぶりの自宅だったが、記憶にあるままと変わらずにそこにあり、古ぼけた表札がどこか哀愁を感じさせた。
部屋に入ると優しく母が話を振ってくるが、正直7年ぶりの再会だ、何を話して良いのかすら判らない。距離感を図りかねている俺に気を使ったのかどうかは分からないが、御飯でも作るね、と言ってキッチンへ向かって行った。そういえば今まで母親の手料理なんて食べたことが無かったな、と何処か他人事のように考えていた事を覚えている。
出された料理はそれなりに美味しかった。これがお袋の味と言うのかどうかは分からないが、少なくとも食べれないような味ではないし、世間一般的に見れば上の下、くらいには美味しいのだろう。だがどうも無表情で食べていることを心配したのか引っ切り無しに声をかけてくる。美味しいよ、とは言うのだがどうも信用してくれない。残念ながら6歳の火傷が切欠で感情がうまく表現できないと精神科の先生から言われている。それも当然母親には伝わっているはずなのだが、どうやらここまで酷いとは思って居なかったようだ。現実を理解したのか、ぽろぽろと泣き出し、ごめんね、ごめんね、と何度も繰り返していた。
中学生活は根暗といわれても仕方が無い方だったかもしれない。そもそも感情表現があまり無い人間と積極的に関わろうとする人は中学生にはそう居ないだろう。悪質ないじめや暴力的なものこそなかったが、自然と壁が出来、はぶられるのは時間の問題だった。それに対して不満が有ったわけではないし、もともと一人で居るほうが好きだった。グループで集まって何かをしなさい、とか、修学旅行なんかは多少困ったが、それでもとりあえず何とかなってはいた。
中学生の時に嵌ったのがパソコンだ。結局一人で出来、そしてのめり込めた物がそれだっただけであり、最初に他に何らかの一人で出来る事に出会っていればそちらに嵌ったかもしれない。とにもかくにも、部屋に閉じこもり画面を見ながらカチカチやり続けていたのは、今思い出してもそうとうに怖い光景だったかもしれない。
そんな中学生時代も終わり、高校生になる。母親との関係も改善されてきて、普通に母さんと呼べるようになったのもこの時期だ。最初に読んだ時とても嬉しそうにしていたその顔は今でも忘れられない。ようやく俺たちは親子になれたんだろうな、と思った時でもあった。
ただ、まぁ高校生活でもさほど俺の生活態度は変わらなかった。生活態度と言うよりは人間性だろうか。別に暗い訳ではないのだが、皆と騒ぐことにさほど興味を持たなかったし、こう熱血的な感情や感覚もいまいち理解できなかった。いや、まったく理解できなかったわけではないのだが、積極的にその輪に入ろうとは思えなかった。中学生と違って高校生はそこそこ大人な人間も居た為孤立する事も無かったが、変な奴、程度の認識はされていたのだろうな、と思う。
高校生でもパソコンからは離れられなかった。その内ハッキングやクラッキングの技術を習得したのもこの時期だ。別に悪事に使うつもりは全く無く、単純に興味本位から覚えただけ、プログラム技術もこの時期に学んだ。好きこそ物の上手なれ、ではないがまるで吸い込んでいくようにそれらの知識は覚えられた。残念ながら篭りっきりだったのでひょろっとした体格になってしまったのは止むを得ない。母親からさすがに少し運動しなさい、と言われたので最近は朝マラソンをする事にしているが何日続くかは疑問だ。母親から指摘ではないが、そういった小言を言われるのがとても嬉しかったことを覚えている。小言を言われているのに喜ぶなんて別にマゾヒストでは無いのだけども、そう言った事を言える関係になれたと言うのは大変ありがたい事なんじゃないかな、って考えていた。
高校2年生になったその年、別れた旦那、要するに俺の父親が尋ねてきた。学校から帰ってきて母親に声をかけ、鞄を自分の部屋に置いた所で玄関から怒鳴り声が聞こえたのだ。何かと思って顔を出すとそこにはおぼろげながら覚えていた父親が居たのだ。俺の顔を見ると直ぐに怒鳴り声で声をかけてくる。一体今更何なのだ、と。近所迷惑になるから帰ってくれ、と母親が言うも、迷惑か? 父親が迷惑か? 俺の存在が迷惑なのか? あ゛ぁ? と態と大声で叫びだす。警察を呼びますと言うとようやく引き下がった。最後にまた来るからな、と言う言葉が耳に残っていた。
焦燥した母親が俺に大丈夫だから、と言うが、明らかに大丈夫ではない。どう考えても母は今にも倒れそうだ。とりあえず横になって、と伝え、念のために警察に連絡を入れる。しかし、最初は悪戯か何かと思われた挙句、何かが起こらない限り警察は動けないと言う。市民を守るのが警察の仕事ではないのか、と思ったが、結果的には巡回を増やすから、程度の話で終わってしまった。ふざけてる、本当にふざけてる話だ。
その後数日は特に問題なかった。だがしかし5日後、またあの男は現れた。無理やり玄関の扉を開けて部屋の中に入ってくる。押しとめようとする母親を投げ飛ばして壁にぶつけた所で頭に血が上った。怒声を上げて殴りかかったのだが、結局の所パソコンの前にかじりついている貧弱な体、簡単に殴り飛ばされた。殴られた頬が燃える様に熱く、そして眩暈と吐き気がする。足に力が入らなく、あんなに怒り狂っていた気持ちが冷めていくのが手にとるように分かった。母が慌てて俺の傍に駆け寄り心配するが、正直母も壁に思いっきり叩き付けられていたのだ、俺より自分の心配をして欲しかったのだが、口の中が切れていたのか、舌を噛み切ってしまったのか変な言葉しか発せれなかった。
そんな俺に向かってばかな餓鬼だ、と笑っている男が視界に入る。自分にこの男の血が半分も流れていると思うと本当に死にたくなった。どうしようもないほどに嫌悪感が全身を覆った。なんで、なんでこんな奴が。あの時直ぐに動いていればあんな事にはならなかったかも知れないのに、けれどその時の俺はただ、ただ心の中で喚くだけで指一本動かそうともしなかったのだ。
ゲラゲラと笑う男に母が文句をつけて、出て行ってと何度も悲鳴のように叫ぶ。その返答は煩いの一言と殴りつける拳。悲鳴を上げる母親を見ても俺は指一本動かせなかった。殴られた事で体が言うことを聞かなかったのだろうか? いや、そんな事は無いだろう、俺はただ怖かっただけだ。殴られるのが、また殴られるのが怖かっただけだ。体にしみこんだ虐待の恐怖が体を縛り付けていたのだろう。
段々とエスカレートしていく暴力も俺はただ見ていることしか出来なかった。色々な罵声を浴びせながら母を叩くその男は、結局の所金、そう金が欲しいようだった。ならそうだ、金を渡せば帰ってくれる、きっと帰ってくれる。そう考えた俺は、金縛りに会っていたかのように動けなかった体を必死に動かし、母が溜めていた通帳を探し出し、そして持ってきた。これを渡すから帰ってくれと、もう母を殴らないでくれと、そして二度と来ないでくれと。その貯金は俺が大学にいけるようにと母が溜めていた金だった。でも俺にとってはそんな物よりずっとずっと母のほうが大事だったのだ。
その言葉を聞くと満足そうに満面の笑顔を貼り付け俺から通帳をひったくり、その額面を見て口笛を吹いて喜んでいる。ようやく開放された母の傍によると、なんで、どうして、と聞いてくる。あなたが、あなたの将来の為に溜めていたのに、と。でも俺はもうそんな物より母が居ればよかった、そう母さえ居ればよかったのだ。そう話すとぼろぼろと泣き出して謝られた、なぜ母が謝る必要があるのだ。悪いのはあの男だ、そうだすべてはあの男が悪いのだ。
今だ居座るその男に向かってさっさと出て行ってくれと告げると、はいはい、と笑いながら部屋を出て行った。そして玄関を開けて外に出た後、こちらを振り返り一言発した。その言葉、その景色、その時の気温から声の音質から全て、そう全てはっきりと今でも覚えている。彼は言ったのだ、じゃぁ、また来るな。と。
その時一気に血液が沸騰するのを感じた。ああ、きっとこれほど怒った事は無いのだろう、絶対そう確信できるほどあの時の俺は全身を覆う怒りを感じていた。こいつは駄目だ、きっと、きっと一生俺達に付きまとう、折角、折角本当の親子になれたのに、こいつが居るから、こいつが居るから駄目なんだ。だから、こいつを、消すしかない。
その後は良く覚えていない、キッチンから包丁を取り出し、玄関を閉じようとしていた男を呼び止め一気にその腹に向かって突き刺した。が、そうは簡単に世の中は進まない、そこで、そこでその男を殺していればよかった、本当にきっちりきっかりきちんと殺しておけば良かった。
右わき腹に刺さったその包丁を視界に納め、力なく倒れる男を見る。あぁ、これで、これで幸せになれると振り向き母を見る。呆然とした目で此方を見ている、あぁ、そうか、そうだよな。人を殺してしまった、そう、殺してしまった。でもごめんなさい、俺にはもう我慢できなかった、あなたがこれ以上苦しむなんて俺には許せなかったんだ。ぽろぽろと涙が零れて視界が歪んでいたのも良く覚えている。そしてその数秒後、驚愕に目を見開き、慌てて俺の傍に駆け寄り覆いかぶさるように俺を抱きかかえてくれた事も、良く、覚えている。
ドス、という鈍い音が聞こえる。しね、しねぇぇええという声と共に、何度も何度も鈍い音が聞こえる。母から赤い液体がどろどろと流れてきて顔にかかる。母の顔を見ると微笑みながら、そして、その微笑んだままの口から血がドロリと垂れて、覆いかぶさっていた俺からずるりと玄関の床へ倒れた。呆然とそこを見ると腹部を押さえながら包丁を振り下ろしていたのであろう男が視界に入る。なんで、どうして、何で、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで、いったいなんでこんな事になっているのか。
ざまぁみろ、と言いながら今度は俺に向かって包丁を振り下ろそうとしてくる。なんで、なんで、なんでこいつが生きてるの? 振りかぶり肩に刺さる包丁、しかし痛みは感じない。血に濡れたその男の腹部に、その切れ目に親指を押し込む。悲鳴を上げて手に持っていた包丁を放した後、ずぶりと自分の肩から抜き、そしてその男の顔面に突き刺した。そう、何度も、何度も、何度も、何度も。
そう、何度もだ。




