その直後
地震が治まった時、家は傾いていた。
何かを転がすまでもなく、はっきりと。
階下で、父母が飼い猫コロがいない、と騒いでいた。
完全な家猫だが、どうやら地震でパニックになり、そこら中を走り回った挙句にどこにいったのかわからなくなったらしい。
私の部屋は扉を閉めていたからいないとして、他の部屋を探すことにした。
二階には、私の部屋の左右に二つの部屋がある。
右手の部屋は猫が隠れられる個所が多いため、後回しにして、左手側の部屋を探す。
猫が隠れられる場所がない部屋に、コロはいなかった。
余震が来るかもしれないから、と父は母に二階に上がるように言い、母が階段を上っている途中で余震が来た。
コロがいないの、と途方に暮れた顔で、もう一匹の飼い猫ナナを抱えて階段を上がる母を、地震が来てるから、と急がせる。
動いていて地震に気付いていなかった母は、一度止まって揺れを確認した後、慌てて階段を上ってきた。
「探すから、そこの部屋にいて。猫隠れられる場所ないから、ナナが暴れても放して大丈夫だから」
母を部屋に押し込み、ナナが逃げないように扉を閉める。
その部屋には扉を塞ぐような大きな家具がなく、家が歪んで扉が開かなくなるような事態にさえならなければ大丈夫だろう、と考えたからだ。
また揺れ始めた地面を警戒しつつ、踊るような足取りで残る部屋に足を踏み入れる。
下の階では父が、恐慌に陥っているような、悲鳴のような怒声で叫んでいた。
「コロ、どこ!!!」
犬ならともかく、猫は呼んだからといって、こんな事態の中走ってきたりはしないんです。
収納が全開になった右手の部屋では、のんびりと猫を探している余裕はなさそうだった。
壁一面の大きな収納、寝台の下、家具の隙間……。
探す場所は多いのに、地面が大きく揺れ始めている。
揺れる度に、収納扉がガタガタと動く。
ここに手や頭を突っ込むのは危険である。
更に、この部屋には大きな洋服ダンスが多い上に、タンスの上には荷物が乗っているのだ。
家が傾いていて、それらはいつ倒れてくるかわからなかった。
コロは普段、名前を呼べば鳴いて応える猫だった。
「コロ」
祈るような気持ちで、名前を呼ぶ。
にゃあ、と小さく鳴き声が聞こえた。
どこだかはわからない。
もう一度呼ぶ。
にゃあ、にゃあ、と鳴く。
何となく、右手の方から聞こえてくるようである。
「いた!」
父母に叫んで、壁と洋服ダンスの隙間に入りこんでいるコロを見つけた。
隙間の前にあるごみ箱やらプレッサーやらを、大した効果はないだろうと思いながらもタンスの前に置いて、コロに手を伸ばす。
余程怖い思いをしたのか、コロは狭い隙間に頭からぴったりと入り込んでいて、出てこようとはしなかった。
タンスの奥行きは65センチほどだろうか。
かろうじて、指先が奥の壁に届くかどうか、といった幅である。
壁に向いたまま半座りの状態で、狭くてぴったりとはまり込んだコロは振りむくこともできないようだった。
揺れが段々と大きくなっていて、コロは怖いのか、にゃあにゃあと悲鳴のような鳴き声を何度も上げる。
出そうと手を入れたものの、つかみどころがない。
……どうやって出せというのだこんなもん。
本気でそう思った。
下手をすれば、腕を突っ込んでいる私ごと、壁とタンスに潰される。
死ぬよりは(多分)マシ、と、私は猫の首根っこの毛をがっしと掴んだ。
良く入れたな、と思う程度には、ぎゅうぎゅうに挟まった猫の救出に成功した。
揺れはまだ続いていた。
安堵するのは後回し、と、ナナを抱えて様子を見に来た母と共に、コロを抱えたまま、大きな家具のない左の部屋に戻って扉を閉めた。
父は、コロが二階にいると分かった時点で捜索を打ち切り、外に避難した。
ここでようやく、地震発生時に家の中にいた家族全員(ナナもコロも立派な家族の一員です)の無事が確認できたのだった。