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その時

千葉県浦安市は震源地から遠く離れているにもかかわらず、液状化現象により被災地となりました。

日常生活がつつがなく続くことの奇跡、生きるということ、伸ばされた救いの手、あらゆる物への感謝。

私自身が忘れたくなかったので、記憶が薄れる前に記録に残す為に記します。

 その日その時、私は寝ていた。

 一度、グラッと揺れたような気もするが、何せ寝ていたものだから、確かではない。

 2011年3月11日14時46分頃。

 三陸沖で発生した地震は、おそらく数分遅れて届いたはずであるが、私室内ではいつも携帯で時間を見る私には、その時、時刻を確認する余裕はなかった。

 我が家は国道に近く、トラックが通れば微かに揺れる。

 地震かどうかは揺れの長さでいつも判断していたが、その時は地震であることにすぐ気付いた。

 始めはカタカタと小さく家具が音を立てていたが、それこそ二秒おきくらいに音が大きくなっていった。

 すぐに治まるだろう、と横になったままだった私は、寝台のすぐ横にあるフレーム組み立て型の、背の高い棚を押さえながら眼鏡をかける羽目になった。

《私は眼鏡を二種類持っていて、仕事の際に使う度の低いものと、外出する際に使う度の高いもののうち、後者の眼鏡を咄嗟に選んでいた。この判断を褒めてやりたい。》

 治まるどころか、酷くなる一方の揺れ。

 眼鏡の向こうでは、上下に二段重ねて使う天井までの高さの本棚が大きく揺れて、本が出そうになってはまた戻っていた。

 このあたりでは、縦方向の揺れよりも、横揺れが激しかったのだと思う。

 とにかく、部屋の入口脇に立つ本棚の上下がずれては戻る様を見て、向かい合った本棚と洋服ダンスに挟まれた位置にある、閉まったままの扉を開けなければと考えた。

 本棚、または洋服ダンスが倒れれば、扉からの出入りが不可能になる。

 階下では、父と母が大声で怒鳴り合っていた。

「早くテーブルの下に入りなさい!!」

 と父が叫べば、

「コロを捕まえられなかったの!!!」

 と母が叫び返す。

 とりあえず、飼い猫よりも自分の身を守ってください、お母さん。

 父の声は明らかにパニックに陥っていて、近くにパニックに陥った人がいた場合は逆に冷静になるものなんだなぁ、と考えた。

 大きく揺れるフレーム組み立て型の棚は放置して、椅子にかかっていた上着を羽織り、とっさに携帯をポケットに突っ込んで、よろめきながら部屋を出る。

 右にある部屋では扉が揺れの度に開閉し、その奥で収納の複数ある扉が全開になっていた。

 二階の廊下で、私は少し安堵していた。

 家具がない廊下では、何かに押し潰されたり、閉じ込められたりする危険性は低い。

 さすがに、続く揺れの中階段を下りようとは思わなかったが、階下で喚き続ける父母が気になって、階段上の手すりにしがみついた。

 どうやら、台所の火やらストーブやらは父母が必死で消したらしいと、階下で交わされる怒鳴り声からわかった。

 この頃には、横揺れと言うよりも、ぐるんぐるんと円を描くように揺れていることに気付いていた。

 これ以上揺れが大きくなる様子もない。

 幸いにして、飛び出してきた部屋の棚類が倒れる様子もなかった。

 安堵したのは、ほんの一瞬。

 ふと、前に向かって揺れる時に、傾きが大きくなることに気がついた。

 右、後ろ、左、と順を追って沈むよりも、前に沈む傾きが圧倒的に大きい。

「家が傾いてる気がするな」

「下に降りてきたら駄目だからね! 二階にいなさい!!」

 下に投げた声は、父の大声でかき消された。

 こんな揺れでは、降りようと思っても無理である。

 うん、と返事を返して、何なら持って行けるだろう、と考えた。

 家が傾いている以上、安全かと思われた二階廊下も危険かもしれなかった。

 傾きが酷くなれば、家屋倒壊の憂き目に合うだろう。

 もし倒壊しても、ここならば上から落ちてくるものは少ないはず。床が抜けてほしくはないなぁ……そんなことを考えた覚えがある。

 とにかく、貴重品類は持って出なければ。

 そして、できれば仕事に使うノートPCも持って逃げたい(ノートにしておいて本当に良かった)。

 部屋にある、地震前の自分が大切にしていたものの中には、何を置いても失いたくないものもあったが、全てを持ちだせないことくらいは分かっていた。

 ……紙は重いのである。

 地震は、我が家が倒壊する前に治まった。

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